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母の茶目っ気と記憶力の低下 リハビリ相談

母は、普通に会話が成り立つことが多い状態が続いているという。
(私が帰省した時は、よくわからないことを言うことが多く、普通の会話は、あまりできなかった。)
「家に帰りたい」と泣くことも多いが、グループホームで皆で歌を歌う時間に「踊ったりして皆を笑わせたよ」と妹に言ったそうだ。
母は、元気な頃、いつもおどけては、皆を笑わせ、その場の空気を和ませる人だった。
ショートステイに通っていた頃も時々人を笑わせていたと聞いていた。
母らしい茶目っ気が再び現れたことに、妹も私も心から喜ぶ。

しかし今日は、妹の名前が出て来なかった。
妹を私の名前で呼び、「違うよ」と言ってもわからず、暫くしてから「あっ!○○○○(妹の旧姓と名前)だ!」
妹が、結婚後の名前を言っても理解せず「あんたは、名前が3つあるんだよね」と言ったという。
以前利用していたデイサービスとショートステイの日程も「忘れないように書き出しておいてね」と言う。
自宅で介護していた時、妹が母に頼まれてスケジュールを紙に書いてベッドの正面に貼っていた。しかし母にはよく理解できず、「明日は、どっちに行く日なの?」と常に不安がっていた。

記憶障害があまり目立たずにきた母の頭の中から色々なものが消えていっている・・。
いつかは、家族の名前も顔も完全に忘れる日が来るのだろう・・。

『再び歩けるようになって自宅介護を』という父と母の強い希望(妄想ではあるが。)を少しでも叶えたいと思い、グループホームにリハビリのことを相談するファックスを送った。
母の以前の担当ケアマネは、訪問リハビリのサービスもあるので、グループホーム専属のケアマネと相談するようにアドバイスをくれた。
けれども母にリハビリ自体が可能かどうかも、グループホームの介護方針としてリハビリをさせることに賛成なのかどうかも今の私には、わからない。
(母は、私の帰省時には、支えられて立つのがやっとだった。今は、多少改善しているようだ。
転倒骨折入院を繰り返してきたので、グループホームでは、立たせたり、歩かせたりはしていない様子だった。)
施設長、ケアマネ、看護士、スタッフの皆さんのアドバイスを次回の帰省時(今月15日~18日)に頂きたいと書いた。
グループホームに機械浴(寝たきりでも入浴できる風呂。特養にはある。)はないので、少なくとも母は、人に支えられて立てる能力は保ち続けなければいけない。
車椅子に座ったままの生活でそれが可能なのかどうかも私は知りたかった。

妹が、母を訪ねると、さっそくグループホーム専属のケアマネが母の運動能力のチェックに来ていたという。
ケアマネが、母の意思を訊ねると「歩けるようになりたいです!」とはっきりと答えたそうだ。
(リハビリの効果の有無は、本人の気持ちが大きいと妹は、説明された。)
ケアマネは、骨折の可能性を家族が承知するならと「施設長と相談してからですが、まず機能改善訓練のマッサージから始めてみましょうか」と言ったという。
それを聞いた妹も、妹から電話を受けた父も心から喜んでいた。
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新しい処方が奏功したみたいですね

明るいお母様が帰ってきて良かったです!
周りの人も茶目っ気で和みますものね。

うちの母はフェルガードで元のエンガチョの厄介者に戻ってしまいました。使用注意書きに「元の性格が明るい方のみお使いください」とでも書いて欲しかったなぁ・・

フェルガードには気持ちが前向きになる効果も確かにありそうですね。
リハビリに積極的になれたのはとても良い事だと思います。

うちの母は猜疑心の固まりになり周囲全員を攻撃し出したので、前向きというのも出方によってはマイナスになることを実感しました。
今のところ医者を変えて拒薬は解消されたので、処方薬の効果を見極めて行こうと思います。

猜疑心

リハビリに前向きな気持ちになれたことは良いのですが、以前のように、一人で勝手に立って歩こうとすると、目が離せない状態になるので、施設長も判断が難しい所だと思います。

母は、それ程でもないのですが、父の猜疑心が非常に強くなり、困っています。手続き上必要なのに妹に預金通帳の番号を教えようとしなかったり、妹が、実家の苗字の印を持っている事を怒ったりします。(母のことに関しては全ての事務手続きを妹に任せているのに。)

kimiさんのお母様も新しい薬で良い方向に向かっていけると良いですね!
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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