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社会的支援を使って父と兄が実家で生活を続ける可能性

ケアマネをしている友人が、心配して電話をくれた。
以下は彼女からのアドバイス。(他にもあった気がするが・・)

ケアマネだけでなく保健所の保健師(精神保健福祉士という資格を持った人もいる。)も支援してくれるので、なるべく多くの色々な人とチームを組んで父と兄を支えていけると理想的。

家族の言うことは聞かなくても、第三者の言うことは、以外とすんなり聞くということもある。

ヘルパーも最初は拒絶していても、実際に、利用してみて「あぁ、これは、楽でいいな」と実感すれば、徐々に受け入れていく場合がある。

父のみでなく、兄の世話のためにヘルパーを入れることもできる。

兄の将来の施設は、市内に限らず、近隣の市や私の住んでいる街で探すという手もある。


彼女の経験からアルツハイマーでも一人で暮らし続けている人は大勢いると言う。
新しいことは覚えられなくても長年してきたことは、何とかできるので、『こんなに病気が進んだ人が?!』と思うような人でもかろうじて生活している場合が多々あるらしい。
認認介護の夫婦(2人とも認知症)も決して少なくなく、その中には、子どもがいない夫婦もよく居るという。
それでも人間は、どうにかこうにか生きていけるのだと、彼らから教えられたという。
独居老人で、認知症になり、福祉とまったく無縁に生きている人も世の中には、数え切れないほどいるだろうともいう。

私は、父の変貌(記憶力はもちろん、判断力、思考力などの著しい低下)を見てショックを受け、こんな状態で生活を続けていくことなど不可能だと思い込んでいた。
まして兄の世話などできるはずがないと・・。
でもそれは正しくないのだとわかった。
社会的支援を上手く使っていけば、まだ父と兄が、あの家で一緒に生活していく手段はあるのだ。
病識があろうが、なかろうが、生活していける可能性はあるのだ。
希望が見える。

妹にも何度も言われ、私自身自覚しているが、私は、少し焦り過ぎている。
冷静にならなければいけない。悲観してはいけない。
楽観もできないけれど、希望を捨ててはいけない。
「必ず道はあるわよ。きっと何とかなるわよ」と彼女は言ってくれた。
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自宅での生活

特にアルツハイマーの人は環境の変化に弱いようですね。
住み慣れた家、知った顔、景色が与える安心感は健常者の想像以上に大きいのだと思います。それは自閉症も同じでしょう。
色々な手を借りて、なんとかお父様とお兄様が今のまま暮らせたらいいですね!

話は逸れますが、海外視察の報告を聞いたことがあります。
福祉先進国のスウェーデンでは20年前、既に老人ホームで自宅の家具や絵を置き、車椅子に座ったまま手の届く高さの花壇があり、出来る人は機織りや家具作り、夜は週1でビンゴ大会でした。
自分で車椅子移乗も出来ない寝たきりのおばあさんも、ヘルパー5人が交代でケアして、亡くなる数日前まで自宅で一人暮らしでした。
こんな安心が手に入るなら、北欧並みの高い税金を払ってもいいな・・と思いました。
戦後の不況で日本は民間任せの復興でしたが、スウェーデンは高品質な公共住宅供給で住居のケアから始めて、福祉政策主体で進めたそうです。

kimiさん

兄も自閉症ではないのですが、変化はダメですね。毎日判で押したような生活でないと混乱してしまいます。だから余計、全く違う施設に・・と考えると不安が膨らみます。

スウェーデンには親しい友人(日本人)が住んでいるのですが、あの国には、老後の不安というものがないんですよね。比べてもしょうがないかも知れませんが、あまりの差に愕然とします。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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