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9月1回目の帰省5日目(前半)名古屋2度目の受診

朝6時半、父と妹と3人で母を迎えに行く。名古屋フォレストクリニックの2度目(1ヶ月振り)の受診だ。
私から父に後部座席に母と座るように言うが、「俺の運転が一番安全だ!」と聞く耳を持たない。
私が助手席に座って、終始安全確認をする。
私「お父さん、右に車居るよ。危ないよ」
父「一々うるさい奴だなぁ!そんなことはわかってる!少し黙ってろ!」

車は高速道路に入る。母は、車の中で私の作ったサンドイッチを食べると「トイレに行きたい」と言い始める。
しかし中々サービスエリアが出て来ない間に、間に合わなかったことがわかる。
妹と2人で障害者用トイレに車椅子の母を連れて行く。
大量の軟便がズボンにまで溢れ出していた。2人で20分位かけて必死で拭いた。市販のおしり拭きが、半パックなくなる。
母は、自力で立っていることもできないので、1人だったらどうにもならなかっただろう。母自身は、終始無表情。最後に「ありがとね」と言った。

父は、インターチェンジを乗り越して、一般道を迷いながら進む。(カーナビを使っていたのに)
(「日本中どこに行こうと絶対に道に迷わない!」というのが、方向感覚に優れた父の長年の自慢だった。)
余裕を持って出発したので受診時間の9時には間に合った。
まだ完成していない新興住宅地の中にある一般的なサイズ(決して大きくはない。)のきれいな病院だった。
待合室に熱帯魚の水槽があり、母と「きれいねぇ!」と見ながら待っていた。
受診前に体重測定。48キロ。軽いショックを受ける。健康だった頃より10キロ近く減っていた。それでもまだ痩せてはいないけれど・・。

4人でこじんまりした診察室に通される。
父が中期のアルツハイマーであろうと初診の後、言われたこと、告知は16日で、本人に病識がまったくないこと等を書いた短いメモを先生に渡す。その場で目が通される。

私は、母が、初診以来、頭がはっきりすると同時に、泣いたり、怒ったり、理路整然とした恨み言を繰り返すようになって家族が困ったこと、眠るために処方された薬(ベンザリン)は、効果がなく、歩行困難になるので止めたこと、グループホームに入り、最初の3日位は大変だったが、今は、感情も思考も低下したような状態で落ち着いていることなど説明する。一時期消えていた幻視(幻覚)と妄想もまた出ている。

先生は、親しみを感じる名古屋弁(だと思う。)で、夜、寝ないこと自体が、せん妄だと言う。
ベンザリン1錠に加えて、精神薬のセロクエルを処方される。副作用はほとんどないとの説明。
それでももし興奮などの症状が出たら、どうすればいいかと訊ねると、その時は、マドパー(パーキンソンの薬)を減らすように指示される。

今、落ち着いているのは、環境が変わったせいか、薬が効いているせいか判断できない、もう少し様子を見ていかないと、と言われる。
父の一番の希望は、歩けるようにすること、そのためにリハビリもさせたいと父は考えていると伝える。
先生は「いいんじゃないですか」と即答し、母に、フェルガード(認知症に効果があるという健康補助食品)を初めて勧める。
「お父さんも一緒に飲んだ方がいいよ」
「いや、私は、別にどこも・・」
「私も毎日飲んでるよ。まだ51(才)だけど、ボケちゃ困るからねぇ。まぁ、お父さんも飲みなさい」

受付でフェルガード2人分(1ヶ月分)を買うが、父は、「なんで俺が飲むんだ?」と言い続けている。
やっと父にも「治療」(医薬品ではないので言葉が不適切か?)ができるという安心と喜びと感謝が半分。本当に忘れずにしっかり飲むのかという不安が半分。

その時、父の携帯が鳴った。仕事だ。外に出て話す父を追い、話を聞く。何か間違いがあったようだ。
「いや、そんな馬鹿なことがあるはずはないんですがねぇ。何度も何度もチェックしましたし・・」
父は、まったく信じられない様子。予想通り、仕事でもミスを繰り返しているのだと確信する。
このまま信用も自信も誇りも崩れていくのをただ見ていて良いのか?
でも信用や自信を失わない限り、父が仕事を辞めることは、考えられない。
父が傷付く前に、仕事を辞めさせる方法はないのか・・・。
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No title

お父様のお仕事のこと、取引先に病気のことをお伝えすることはだめなのでしょうか? 何か間違いがあってからより、先に間違いが起きない手立てが必要な気がします。

妹さんがいらしてよかったね。力を合わせる人がいてほんとうに良かったです。病気のことは誰も悪くないものね。本人も誰も・・・
周りの人は大変かもしれないけれど、これも人生の順番かもしれない。ただ、一番大事なのは、体気をつけてね。いつも応援しています。   てつ恵

てつ惠さま

親身になって考えて下さって本当にありがとうございます。
でもこの次の記事で書いたような問題があります。

妹は、本当に命綱です。妹がいなければとっくに破綻していたでしょう。

体には、十分気を付けています。大丈夫ですよ。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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