「死 それは成長の最終段階」キューブラー・ロス著

シリーズ「死を受け入れるために」9回目。以下、本からの抜粋。


「死、それは成長の最終段階  続 死ぬ瞬間 」 E.キューブラー・ロス著 鈴木晶訳

 苦しみはあまりに大きい・・・でも、私はそれに耐えよう。
 これほど深く愛していなかったら これほど深く心を痛めることはあるまい。
 
 だが、私はあの貴い愛を 寸分たりとも捨てるつもりはない。
 私の心は痛む。 しかし、その痛みに感謝しよう。
 それは 私たちの存在の意味の深さの証なのだから。 
 だから私は そのことを 永遠に感謝しよう。                


 死は 避けることができない。
 人は 誰も いずれは死ぬ。 たんに時間の問題にすぎないのだ。
 
 死は、誕生と同じく、人間の存在と成長発展の一部である。(略)
 死は、打倒すべき敵でもなければ、そこから逃げ出す牢獄でもない。
 死は、人生の必要不可欠な部分であり、人間の存在に意味を与えるものである。(略)
 
 死とは、目には見えないが、親切な、人生の旅路の道連れであり、
 本当にしたいことは 先送りしてはいけないのだということを
 優しく気づかせてくれる友なのだ。   


 死とは この世での成長の最終段階である。
 死によってすべてが滅びるのではない。
 死ぬのは 肉体だけである。
 自己、あるいは魂(どう呼んでもかまわない)は 永遠である。
 気持ちの安らぐようなかたちで、人それぞれ自由に解釈すればいいのである。
 
 自分の気持ちや行為の一つひとつが、自分と関係のある人たちに影響を与え、
 その人たちが また他の人たちへ影響を与えるというように、
 次々に広がっていく影響というかたちで、人間は寿命が尽きたあとでも
 永遠に存在し続けると考えてもいい。
 
 たとえば、出会った人に微笑みかけたり、励ましの言葉をかけたりしたことが、
 さざ波のように広がって誰かに影響を与えているということを、あなたは知るまい。            

(中央公論新社発行。文庫版。著者は末期医療に多大な影響を与えた精神科医)

カテゴリ:「死を受け入れるために

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アゲラタム(オオカッコウアザミ)
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<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

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認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

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’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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