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9月1回目の帰省3日目(3)兄の着替え(他)母の一時帰宅は?

夕方、隣の家の○○さんの所にお土産を持って報告に行く。
「そう・・。悲しいけど、しょうがないのよね・・。
あなたに言われてから、そういえば、あんなこともあった、こんなこともあったって、次々と思い出したの。去年からよね。おかしかったの。
6月には自治会費の集金があったんだけど(自治会の役員の父が)全部の家を朝の7時前に回ったの。そのお金もずっとお家に置き放しでね。そんな人じゃなかったのになぁって、不思議に思ってたの・・」
これから色々なご迷惑をお掛けすることになるだろうこと、台所の壁は石材なので、火事になることはないということなど説明する。
「私でできることなら何でもするから言ってね。気が付くことがあれば、すぐ妹さんに連絡するからね。」

兄の通所授産施設(ショートステイも同系)の先生からクレームの電話が入る。
お願いしてショートステイを急に増やしてもらい、今朝、兄を送り出した。
(明日は母の誕生日なのでどうしても全員で祝いたかったが、明後日には、母を名古屋フォレストクリニックに連れて行かなくてはいけない。兄を名古屋に連れて行くことも、家に置いていくこともためらわれた。)
3日分の着替えを入れるように言われたので、夕べ、兄に説明し、一緒に服を選び、かばんに入れてと伝えた。
当然入れたものと思っていたが、念のためにチェックしてみると1日分しか入っていなかった。
過信してはいけないんだ・・と思いながら、3日分の着替えを入れ直しておいた。
その着替えが、1日分しか入っていないという電話だった。あの後、また出した?!私の兄への説明不十分だ。
着替えを届けて下さいと言われる。

父が中期のアルツハイマーだと言われたことを伝える。
「そうなんですか?!○○さん(兄)が、(ショートステイから)帰宅して大丈夫なんですか?!」
「・・わかりません。今の所は、何とかかんとか・・。でも先のことはわかりません・・」

兄は、薬ももうわずかしかない。(父も兄も薬の管理ができず、兄は飲み過ぎては倒れ、怪我をする。)次回の受診予約を早めなければいけない。けれども妹が病院に行けるだろうか・・。薬の管理は、いったいどうすればいいのか・・。

妹に電話。妹は泣いていた。
明日は、私が御馳走を作るから、自宅で母の誕生祝いをしようと言うと、自宅に戻れば、せっかく忘れた家のことを思い出して、また「家に帰る!」と泣いたり怒ったりの騒動になるのではないかと言う。
そうかも知れない。そうでないかも知れない。私には、わからない。
自分の家にすら帰れない母が哀れでたまらない。しかし母の感情失禁に対応するのは私ではなく、父や妹だ。
母の好きな蟹料理の店に電話すると、車椅子でも利用できるとの答えだった。

夕方、母の所に行くつもりだったのに、力尽きてしまった。一度も顔を見せられなかった。
同じ街に居ながら・・・。ごめんね。お母さん・・。

夜、また家の中をジョギングする。何も考えないようにする。考えてもわからないことが多過ぎる。
妹は泣いていた。でも私は、何の感情もわかない。何事もなかったかのように。
また例によって麻痺しているのか?後でまとめてどっと襲ってくるのか?それは、いつ?

父は、母への誕生祝いに金の指輪を贈ろうとして6軒も回ったと言う。
母は、今年、結婚指輪をなくして、それをずっと気に病んでいた。
この不況で父の知っていた5軒の宝石店は、全部潰れて(倒産して)いたと言う。
どこもここも、誰もかれも大変なのだ・・と思う。
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プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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