山田太一脚本ドラマ「ながらえば」

先日、山田太一脚本のドラマ「ながらえば」(1982年放送)の再放送を見ました。
笠智衆主演の高齢者問題を描いた家族の物語です。

DVDにもなっているようですし、NHKオンデマンドでも見られます。


名古屋に住む老人(笠智衆)は、妻の入院を機に、富山に住む息子に引き取られます。
しかし重い病の妻が心配でたまらず、翌日から名古屋に帰りたいと頼むのですが、息子からも嫁からも頭ごなしに怒られ、無視されます。
居ても立ってもいられない老人は、ついに家を飛び出し、名古屋に向かいます。

老人は、お金も息子に管理され、現金を十分に持っていませんでした。
電車を途中で下ろされ、名古屋には辿り着けません。
途中、妻を亡くしたばかりの老人(宇野重吉)と出逢い、深く心を通わせ、助けられます。

翌日、やっとの思いで妻の病院に駆けつけると、待合室に居た娘や息子達から散々なじられます。
「夕べ、お母さんは危篤だったのに!連絡も取れないし、こんな時間までどこにいたの?!なぜ真っすぐお母さんの所に来てあげないの?!」
一言の釈明もせず、ただ黙っている老人に、娘は、憎しみの目を向けます。

一人病室に行くと、眠っている妻。
その額にキスしようとして、妻が目覚めると、慌てふためいて背を向ける老人。

手を握るでもなく、「大丈夫か」とも「お前が心配で来たんだ」とも言いません。
背を向けたまま、ただぶっきらぼうに「名古屋に帰りたい」と言うだけです。
「わがままを言ってはいけません」とたしなめる妻。
名古屋の娘の家は狭く、父親を引き取る余裕などなく、富山に行く以外ないのだと。

「・・わしは、お前と居りたい・・・。わしは、お前と居りたい・・・」
背中を見せたまま肩を震わせて泣く老人。

(ここで画面が変わる。)

老人は、息子に連れられて富山行きの電車に揺られていました。
その目は、虚ろでした。

<関連記事>
*「語ること聴くこと 家族の介護の問題」(鷲田清一の著書から)
*「認知症の人の気持ちを代弁する詩
*「認知症の母からの”手紙”
*「障害を持った兄のこと

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ニゲラ(黒種草)
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<しば>

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私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

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認知症に関連するビジネスもしていません。
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’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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