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9月1回目の帰省3日目(1)父の初診 診察室に入るまで

<初めて読む方に*父はアルツハイマーが強く疑われるが、本人は「100%健康だ!医者に行く必要などない!」と受診拒否。「物忘れ、ひどくなったと思わない?」などと訊くと「物忘れなど全然ない!」と怒り出し、手がつけられない状態。元々短気だったが、それが激しくなる。理解力、判断力、思考力も極端に落ちている。>

診察日の朝、保健所から電話。緊急のことが起こり(よくあると言う)応援の人員を出せなくなったので受診日を延期して欲しいとのこと。
私は、ことは緊急を要するので、とにかく今日行きますと伝える。

母を訪ねる。やはり感情はないかのよう。言う事は、支離滅裂。
施設の職員に写真の額を飾るために壁に釘を打ったりできるかと訊ねると、思った通りだめだと言われる。
「小さな台を部屋の隅に置いて、その上に飾ったらどうですか?」
母の部屋でサイズを測って、サイドテーブルのようなものを買いに行く。滑り止めのシートも買う。

実家でそれを組み立てていると、父が仕事から帰ってきて、ふと言う。
父「お母さんを○○(ショートステイで利用していた特養)に移すにはどうしたらいいんだ?」
『これで受診させられる!』と思う。
私「うん。ケアマネの○○さんに相談してみるね」

父には、「○○病院(兄が通っている。)の院長先生から私に電話があって、お母さんのことで伝えたい重要なことがあるので、お父さんと9月2日に来て下さいと言われた」と伝えてあった。
思考力の衰えた父は、何も疑わず、すぐに受け入れた。
私が帰省してからは、「何の話だろう?」とか「なんで俺じゃなくてお前に電話したんだ?」などと言ったが、適当な嘘を付くとすぐに信じた。

父は、私が帰省してからは落ち着いているし、母のためだと言えば、きっと成功すると確信する。
でも念のために、運動靴とパンツ(ズボン)で行く。父を取り押さえるために・・。

病院に着き、受付をして一般の待合室で待つ。
少しして伯母が来てくれる。「お母さんのことで大事な話があるなら私も聞きたいと思って・・」
父はそれを不思議とも思わず「悪いねぇ」と言っている。

私は、慎重に話し始める。父の反応を探りながら。

院長先生は、今日は、急用ができたので、昨日、呼ばれて私が会った。レビーは、薬に対して反応が強く出るのが症状の1つだから、処方が変わったらよく観察しなさいと言われた。
それから、寝ずに介護したお父さんのような介護者は、脳にかなりの疲労がたまっているはずだから、必ず脳の健康診断をしなさいと言われた。
丁度今日、ケアマネに電話してお母さんを特養に移す方法はないかと訊いた。お父さんが健康診断をして、疲労度がひどいと診断されれば、優先順位がぐんと上がると言われた。調べてみなければわからないけれど、とにかく一度母のために健康診断を受けてみるようにと言われた。

支離滅裂だが、父さえ理解し、納得すればいい。全エネルギーを込めて話していた。
伯母は、横から上手く間(あい)の手を入れながら、涙を拭いている。

父「要するに、俺がここで今日、健康診断を受けるってことか?」
私「そうだよ」激高して立ち上がっても対応できるよう身構えてから、ゆっくり答える。
父「なんだ。それならそうと何で早く言わないんだ。別に健診くらいいつだって受けてやるよ」(父、平静)

かなり緊張した笑顔の看護士2人が来て、診察室に案内すると言う。
「今日は混んでいるもんですから、空いてる部屋を使います。すみませんね」
父と叔母と共に救急患者が運び込まれる広い部屋に通される。
冷たい空気の満ちた部屋だった。

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プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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