スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

9月の1回目の帰省2日目(後半)父の混乱

グループホームで母は、相変わらず眠らず、夜通し「お父さ~ん!」と呼び続けていたりすると聞く。
「助けて~!」と言う日もあるという。一晩中そう言い続けた母をなだめた夜を思い出す。

この日、母は、初めてヘルパーに連れられて入院していた病院(整形外科)に受診に行った。
妹は、父からヘルパー代のことで文句を言われることを恐れて私に行って欲しいと言ったが、私は、父の受診の準備を優先した。
母「優しいいい人だったよ」・・良かった。

母は、私の子ども達にお年玉の準備をしたいと言う。お正月はまだまだ先だから心配ないよと伝える。
帰宅して父にその話をすると、父にも「孫におこずかいをあげたいから」と毎回何度もお金を欲しがると言う。
父「どうすればいいんだ?あげていいのか?」
私「それはまずいよ。施設長に相談してみるね」
後日、施設長(母は、知的障がいの兄だと信じている。)に話すと
「私にもよく”千円あげるからね”とか言いますね。”お母さんの財布は、施設長が預かって大切に保管しているので、お金のことは、施設長に訊け”と言うように、お父さんには伝えて下さい」

この日、ケアマネの○○さんに電話して、今までの経過を報告する。
「保健所でそういうことするんですか?!」と驚いている。
「明日のお父さんの受診結果をまた連絡して下さい」
同じことを連絡しなくてはいけないのは、母の要支援の時のケアマネ、今日会った保健師、兄の通う施設の担当者。

夜7時。母が父と兄の個人年金のためにかけていた生命保険の担当者が来る。父と玄関で話をしている。
「ご解約には、保健証券が必要です」
「ない!そんなものはない!」(確認して金庫に入れたはずなのに)
「・・・ご契約者の○○さん(兄)は、ご在宅ですか?」
「いない!」(実際にはいた。)
「では、ここにある電話番号にお電話下さい。そうしますと」
ガシャンと玄関を閉める音。父が、話の途中で閉め出したのだろう。
この担当者とは、私と妹が会って、今後の話はつけてあった。それを父が突然解約すると言い出したようだ。
私「どうしたの?」
父「別に何でもない。口出しするな。俺がやるからいい。」
父は、日中、郵便局にも行って、通帳もハンコもないが、母にどれだけの預金があるか調べろと騒いだようだ。
「まったく融通のきかない奴らだ!俺と顔馴染みのくせに!」と一人で怒っていた。
母の認知症が急激にひどくなった時紛失していた母の通帳とハンコは全て出てきて、これも金庫に入れたはずだった。

母の介護はないので、今回の帰省は、身体的には本当に信じられないほど楽だ。
でも神経が疲れる。夜、突然、家の中で30分スロージョギングを始める。何ヶ月も休んでいたことだ。
頭を空にして、体を動かさないと、頭が処理能力を超えて壊れてしまいそうだ。
父は、不思議そうに見ている。「体にいいんだよ」とジョギングしながら言うと、ちょっと真似してギクシャク走ったりしている。

寝る前、母がお世話になったデイサービスにお礼の手紙を書く。
本当は、お菓子でも持ってお礼に行くつもりでいたが、時間が取れなかった。
そこで見た母の生き生きとした表情や笑顔が忘れられないと書くと涙があふれて来た。
あそこで母は、皆さんから愛されていた。本当に有り難かった。
母の母らしい茶目っ気や笑顔を思い出す。
もう2度と見られないのかも知れない母の笑顔を・・。

関連記事

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。