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幻視はどう見えるのか(ominaeshiさんの体験談)

若年性レビー小体型認知症と生きるominaeshiさん(54才。女性)の体験談です。

私(しば)は、今まで幻視について詳しく聞いた方々のお話から「幻視は、本物と区別がつかない」と理解し、そう書いてきましたが、違う場合もあることを知りました。
幻視は触ると消える」と言う方が多いですが、ominaeshiさんは、消えない例です。
幻視には、多くの共通点もありますが、見え方、見える時間、見える時の意識状態、受け止め方には、個人差があるようです。(→レビーの幻視の種類と特徴


 < 幻視は、どう見え、どう感じるのか。幻視について、どう考えているのか >

夜中にふっと目を覚ました時、周囲にが見える。多い時は、7〜8人。毎日ではない。
(暗闇の中で、視力がとても悪いままの状態で見ている。)
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「この幻視再現画と似ている」   (画像は「ためしてガッテン」公式サイトから)

幻視(幻覚)の人は、ぼんやり、影のような、半透明な感じで、色もなくグレーっぽい
本物の人間とは思わない。ただ、顔だけは、はっきり見える

病気の症状と知るまでは幽霊だと思っていたが、子供の頃から幽霊を見たことがあり、祖父が住職だったので、特に怖いとは思わなかった。自然な存在として受け入れていた。

1度だけ触ってみたことがあるが、人は消えずに、手が向こうにすり抜けた
トイレの戸を開けたら居たとか、突然目の前に現われて驚いたという経験はない。
何も悪いことをしないことも分かっているので、不安も恐怖もない

日中や意識がはっきりしている時に人の幻視を見たことはない。
できれば人の幻視は、出て来て欲しくない。

日中は、小さな飛ぶ虫天井に張り付いている虫をよく見かける。
ずっと本物だと思っていたが、最近、家族に言われて、初めて幻視だったと知った。
本物にしか見えないので、いつも叩いたり、追い払おうとしていた
どれが幻視かも、いつ頃から見えていたのかもわからない。

幻聴(物音)も多いが、幻聴なのか本物の音なのかは、自分ではよくわからない。
ただ誰もいない部屋から音がしたりすると幻聴なのだろうと考える

幻覚(幻視や幻聴)は、病気の症状なので、恥ずかしいとは思わない
ただ人が、それを理解することは無理だと思っているので、自分から話すこともない
幻覚を説明したところで、経験したことのない人には分からないだろうし、それは、仕方がないことだと思う。
ただ多くの人が、「レビーもアルツハイマーも一緒。同じ認知症」と思っているのは、残念だし、抵抗がある

子供の頃から霊感が強く、予知能力があったり、多くの神秘体験をしている。
でもその時に見たり聞いたりしたものは、今ある幻覚症状とは違うと思っている。
(そういう第六感の強さを)人と違うと自覚していたし、人から変に思われるのも嫌なので、注意深く隠して生きてきた。

今は、「どんな症状があるの?」と聞かれれば「幻視がある」と答えている。
それは、病気の症状に過ぎないから。


追記:この時点で「は見ない」と話されていましたが、後にご家族から指摘されて、自分が頻繁に見ていたが、実は幻視だったと初めて気づいたそうです。本当の虫と思っていて、叩いたり、払ったりしていたそうです。

<関連記事>
レビーの幻視を取り上げた”ためしてガッテン”関連リンク集「補足の記事は是非
*「若年性レビーHさんの幻視」(普段からものが二重に見え、幻視も二重に見える)
*「若年性レビーKさんの幻視」「Kさんの幻視・幻聴・体感幻覚・幻臭
*「幻視はどう見え、どう感じているか疑似体験しよう
*「ominaeshiさんとKさんの体験談(空間認知能力)」(時間感覚/料理に苦労)
*「ominaeshiさんの語る若年性レビー小体型認知症の苦しみ」 「今までの経過
*「Hさんの語る若年性レビー小体型認知症体験談」「車いすで沖縄家族旅行
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野草です。名前はわかりません。
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若年性レビー小体型認知症 Kさんの治療 その後(3)

50代のKさんは、パーキンソン症状はなく、自律神経症状薬剤過敏性が強い。
Kさん「レビーは、症状も治療も一人ひとり違いますが、自分の治療の成功や失敗が、同じ病気の方に少しでも参考になるなら幸せです。情報も寄せて頂ければ嬉しいです」

 <今までの経過・治療・気持ち>
Kさんの体験談治療と経過漢方治療本人が語る症状認知症の苦しみ

 <その後の経過と治療>
10月は、体調の悪い日が多く、治まっていたうつもぶり返した。
気温が毎日大きく変動したり、長雨・台風が来ると、頭痛だるさが悪化した。
リバスタッチパッチ(イクセロンパッチ)の増量の是非を主治医に相談した。

「それほど早く薬の効果が薄れることは、あまりない。うつは、季節的なものかも。
増量は、判断が難しいところ。良くなるかも知れないし、副作用が出るかも知れない」


増量はせず、シンメトレル(パーキンソン病薬)を試してみることに。
「誰にでも効く訳ではないが、もし合えば、かなり頭がスッキリするはず。
効果を感じなかったり、合わなければ止めて下さい」

困っていたリバスタッチパッチを貼った部分の赤いかぶれは、ヒルドイドクリーム(保湿クリーム)でも予防効果がなく、リンデロン軟膏を処方される。
「ステロイドといっても飲む訳ではないので、副作用を心配することはない」

漢方医院で処方された真武湯で、重症の冷え性は治ったと報告する。
「それは良い!冷えは、全身の血流、つまり脳の血流も悪くなるということですから」

シンメトレルは、2回飲んだが、頭に嫌な違和感を感じたので止めた。
リンデロンは、かぶれに効くが、貼ってある部分は、常にかゆい
うつは、気候の安定と共に消えた。晴天が続くと体も随分楽になる。

10月、漢方医は、真武湯を1日5g(1日3回の総量)から6gに増量。(通常は1日7.5g)
(漢方薬局では、その微妙な量を1回分づつアルミの袋に小分けし密封してくれる。
それで特に料金が高くなるということもない。)→今までの漢方薬治療の詳細

しかし1袋(2g。1日で6g)を飲むと眠ってしまった。
(通常量2.5gでも眠ったので、3分の2に減らして、良い効果を感じていた。)
朝と昼は、自分で少し量を減らして飲み、夜だけ1袋(2g)飲んでいる。
医師も「通常は起こらない反応なので、なぜそうなるのかはわからない」と言う。

真武湯を飲むようになって、以前と比べると長く眠れる日も増えている。
「夏でも寒く、冬は何枚着ても常に寒い」という状態が長年続いていたが劇的に改善した。体質だと思っていたので、治療で治るとは思っていなかった。

追記;非公開コメントで抗ヒスタミン薬(レスタミン他)が、かゆみに効果があったという経験談が寄せられました。医師への相談の際のご参考に。
公開コメント欄にもかぶれ対策のコメントがあります。

→「その後の症状と治療」に続く。

<関連記事>
*「レビーの薬剤過敏性と副作用の怖さ」(危険な薬剤一覧。家族会のサイト)
*「新しい認知症ケア」介護家族が薬などの詳しい医療知識を知ることができる良書
*「ominaeshiさんとKさんの体験談(空間認知能力)」(時間感覚/料理に苦労)
*「ominaeshiさんの語る若年性レビー小体型認知症の苦しみ」 今までの経過
*「Hさんの語る若年性レビー小体型認知症体験談」「車いすで沖縄家族旅行
*「若年性認知症 普通の人として普通に暮らす
*「認知症のわたし(朝日新聞連載記事)
*「NHKある夫婦の記録「隠したって何もないもん」
*「認知症の方本人はどう接して欲しいと思っているのか
*「若年(性)認知症の方とその家族が直面している経済的問題と対策

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紅葉(モミジ)

孤立する認知症高齢者(NHKスペシャル)

2013年11月24日のNHKスペシャル「”認知症800 万人時代” 助けてと言えない 孤立する認知症高齢者」を見ました。<再放送は、11月28日(木)午前0:40(27日深夜)>

一人暮らしをしている認知症の高齢者が、都内には大量に居る。
認認介護(認知症の妻が認知症の夫を介護など)もざら。
彼らは、介護サービスがあることすら知らないまま、放置されている。
なんとかならないかとケアマネ同士でよく話すが、仕事に追われて、どうにもならない」
3年前(2010年)に 東京都でケアマネジャーをしている友人から聞きました。

番組は、そうした社会の暗部にライトを当て、「あなたは、どうしますか?」と視聴者に疑問を投げかけて終わっていました。

多くの方と同様に、私も見ながら、暗たんたる気持ちになりました。
しかし落ち着いて考えていけば、それほど絶望することはないと思えてきました。

ただ座り込んで、国の助けを待っていたら、死んでいくだけでしょう。
でもインターネットを利用している私たちは、そこまで無力ではありません。
現在の多くの高齢者のように情報弱者ではない。

ネット上で情報を集めることも、家族会に連絡を取ることも、同じ境遇の仲間を見つけ助け合うことも、ネットワークを広げることもできます。
独身者が集まって1軒の家を借り、助け合いながら老後を生きることもできます。
地域で孤立している高齢者を探し出すアイデアを考えることもできれば、仲間を集め、ボランティア組織を作って実現させることもできます。

自分たちの頭と心と手足を動かしていけば、いくらでも道は開けていくはずです。
失敗を怖れずやってみて、失敗したら、どんどん改善していけばいいだけのことです。
実際、そんな風に動いている方達が、全国に数え切れないほどいらっしゃると思います。

大切なのは、人ごとだと思わないこと
いつか必ず自分の身にも降りかかってくる問題だと思って、今から準備を始めること。

関心を持って、知識を得る、老後に孤立しないように地域に仲間を作る、高齢者のためにボランティアをしてみる・・。やれることは、いくらでもあります。

近所の一人暮らしの高齢者に話し掛けてみる、街で困っている高齢者に声をかけてみる。
そんな些細なことでも、皆がすれば、番組が示していたような希望も未来もない社会を変えていくと、私は信じます。

<関連記事>
*「認知症カフェ、全国に広がる」(新聞記事)
*「同じ病気の仲間が集まり朗読会」(新聞記事)
<家族会など>
レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会(私がお世話になった会です。)
認知症の人と家族の会
認知症フレンドシップクラブ

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川面(かわも)に映る紅葉

病気を打ち明けることの利点(体験談)

若年性レビー小体型認知症と生きる方々とそのご家族へのインタビュー。

  <病名を人に話して、気持ちはどう変化したか>

★「自分の一番辛い部分を親しい人にわかって欲しいという気持ちはとても大きい。
カミングアウトすることで救われ、深いつながり持つ仲間を得られた
いろいろな苦しみがあるが、仲間がいれば乗り越えられると思う」(介護家族)

★「人に話せなかった頃は、いつ死んだら良いかということばかり考えていた。
人に迷惑かける前に、自分で人生の終止符を打つことだけを思って生きていた。

病名を人に言ってからは、 『もう少しだけ生きてみたい、自分らしく生きてみたい』と思い始めた。徐々に『できるところまで頑張ってみるか』と気持ちが変わった。
今は、(周囲に迷惑をかける時期を少しでも短くするために)元気な時間を少しでも長くしようと色々努力し始め、うつ状態も良くなった。

病気を理解できるかどうかは、問題じゃない。
理解できなくてもいい。知ってくれたらいい。

この病気だからやれることもある。伝えなければいけないことがあると思う」(本人)

★「こんなに多様な症状の病気は、当事者以外、誰にも理解できないと諦めていた。
自分の気持ちも考えも整理できず、人にどう話せばいいのかもわからなかった。
伝えることで、大切な人たちの心に重荷を負わせたくないという気持ちもあった。

話せなかった頃は、深い谷にかかる細く長い平均台を一人で歩いている気がした。
自分が気を確かに持って、上手く歩かなければ、すぐに谷底に落ちてしまう。
心の奥底では、不安で、心細くて、怖くて怖くてたまらなかった。
でもそれを認めてしまったら、足がすくんで、もう一歩も進めなくなると思っていた。
逃げ道はないのだから、落ちるか、進むか、どちらかしかないと思った。

人に話して受け入れられた瞬間、谷の上ではなく、大地に立っている自分を感じた。
自分は一人ではなく、支えてくれる人達が、最初からずっと周りにいたのだと気づいた。
張りつめていた気持ちがゆるみ、同時に勇気と力が湧き上がってきた」(本人)

  <病気のことを人に話して良かったこと>

●より多くの情報を得られるようになった。
●病気を隠していたら出会えなかった多くの出会いがあった。
●周囲の多くの人が、受け入れてくれて、心配してくれたのはありがたかった。
●自分一人が悩んでいるのではないと知り、落ち込まなくなった
●自分の気持ちを整理し、納得させ、病気と向き合う覚悟ができ、強くなれた。
●自己開示することで相手も自己開示してくれるので、深い人間関係が築けた。
●受け入れてもらえると確信できる人でないと話せないが、 家族会は、同じ悩みを持った
人が集まっているので、必ず受け容れてもらえた。心の内を分かち合い、救われた
●(家族会では)自分が話すことが、他の人の慰めにもなるのだと知った。

  <病気を隠すことの不利益>

●深い孤独感に苛まれる。(そのストレスが病気も悪化させる。)
孤立無援になり、情報も慰めも支援も何も得られず、追い詰められる。
に嘘を重ねなければいけないことへの罪悪感に苦しめられる。
●病気を知られてはいけないと怖れたり、緊張したり、過度に神経を使う。
●この病気を知り、関心を持ち、理解しようとしてくれる人が、増えない。

  <人に話したとき、言われてつらかった言葉>

「え?!そんな病気なの?!じゃあ、ボケてしまうの?」
「誰だってそれぞれ人に言えない苦労がある。あなただけじゃない」
「・・ウソ・・?!」とそのまま絶句される。病気を理解されず、きょとんとされる。

  <人に話したとき、言われてうれしかった言葉>

「○○ちゃんは、○○ちゃん。病気になっても好きだよ」
「苦労したんだね」という今までのつらさを労(ねぎら)う言葉。
「辛かったね。言ってくれてありがとう。これからも(関係は)何も変わらない」

<関連記事>
*「若年性認知症の苦しみ Kさんの場合」「ominaeshiさんの場合
*「レビー小体型認知症は「認知症」なのか」(記憶力、思考力等は長く残る方が多く、一般にある「認知症」のイメージとは、全く異なる。)
*「若年性レビーと生きるHさん(60代男性)の体験談(若年性認知症リンク多数)
*Kさんの体験談治療と経過(漢方薬も含む)/本人が語る症状(幻覚と意識障害)
*「認知症のわたし(朝日新聞連載記事)」越智さん、中村さんの体験談
*「NHKある夫婦の記録「隠したって何もないもん」」仙波さんご夫婦
*「認知症の方本人はどう接して欲しいと思っているのか」佐藤さん
*「若年(性)認知症の方とその家族が直面している経済的問題と対策

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紅葉(モミジ)
写真の上をクリックすると拡大します。
写真に加工はしていません。陽に照らされてこの通りに輝いていました。

認知症介護と仕事の両立に関する調査 協力者募集

NPO法人認知症フレンドシップクラブ理事の徳田雄人さんが、同法人理事長の井出訓放送大学教授と調査をします。
お2人ともイベントでお会いし、お話ししたことがあるのですが、とても素敵な方々です。
ご協力可能な方は、この状況を変えるため、是非ご協力よろしくお願いします。
以下青字部分は、こちら(問い合わせ・連絡先も。)からの抜粋です。


   【介護離職に関するインタビュー調査 ご協力のお願い】
 
高齢化が進む中、親などの介護をしながら働く人は、全国に240万人
仕事の調整や、介護サービスの選択などに悩む人が増える中、残念ながら、年間10万人が介護を理由に仕事を辞めざるを得ない現状です。

本調査では、特に介護において負担が大きいとされる認知症の人の介護をテーマに、介護で離職せざるを得なかった方、あるいは、現在、介護と仕事の両立に困難を感じている方を対象に、現状についてのインタビュー調査を実施します。

今後、介護と仕事の両立が可能な社会環境に必要な施策や支援の方向性を考える上で、基礎的な資料として役立ていきたいと考えております。どうぞご協力の程よろしくお願い申し上げます。

  □研究課題名
認知症高齢者を介護する家族介護者の離職に関する現状分析とサポートシステムの構築
  (科学研究費助成事業:平成25〜27年)
  □研究代表者 井出訓(放送大学・教養学部教授)
  □インタビュー実施者 徳田雄人(株式会社スマートエイジング)

  □実施期間 2013年11月〜2014年1月
  □実施時間:1〜2時間
  □実施場所:ご都合のよい場所へ訪問し、実施いたします

<インタビューのご協力をお願いしたい方>
 ● 認知症の方を介護されている方で既に離職された経験のある方
 ● 認知症の方を介護されている方で仕事との両立について困難を感じる方

<インタビュー内容>
 ● 家族構成・労働環境・利用している介護サービス
 ● 介護と仕事の両立に関して感じる困難・必要な支援・施策 など
 ● お話いただいた内容は、秘密を厳守いたします。

 ★お問い合わせ・連絡先は→こちら

<関連記事>
*「認知症になっても普通に、安心して暮らせる社会を目指して
 認知症フレンドシップクラブの啓蒙イベント「RUN伴」(ランとも)

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カラスウリ
(写真の上をクリックしないと小さくて見えないですね。)

レビーを取り上げた「ためしてガッテン」関連リンク集

  4大認知症早期発見のためのチェックリストこちら

認知症は、誤診多い病気です。(中期頃まで物忘れが目立たない種類の認知症も)
アルツハイマー病は、スタスタ歩き健康な人に見え急には進みません。
歩き方が変・よく転ぶ・体調が悪い・急に進行した・幻覚が見える=レビー小体型

  レビー小体型認知症のチェックリスト(3種類)
  →レビー小体型の歩き方の動画

レビー小体型とその他の認知症の診断基準などを書いた記事群は、この画面の下方に並んでいます。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     2013年10月2日のNHK「ためしてガッテン」で放送された
   「気づいて!新型認知症 見分け方&対策大公開」 関連の記事。

番組の詳細(「ためしてガッテン」公式サイト)

番組内容の再確認と補足必ず読んで下さい!
 (レビーは怖い病気ではありません。「医師にお任せ」にはリスクが。)

<認知の変動>という症状(番組に補足)
 (急に起こる「ぼーっとした状態」は、リラックスした状態ではありません。)

レビー小体型認知症の疑い 病院は何科へ?
 (多くの医師は、レビーを知らない。病院選びが、その後を決める。)

ためしてガッテンのDVD
 (研修や勉強会で利用される方は、ご相談下さい。)

レビー小体型認知症チェックリスト(3種)他、最重要リンク集
 (これさえ読めば大丈夫。)

幻視はどう見え、どう感じているのか、疑似体験してみよう!
 (「訳のわからないことを言って、訳のわからないことをする」のは、なぜ?)

<高齢者だけではありません。40〜50代でも発症する若年性レビー小体型認知症
(うつ病、統合失調症、パーキンソン病と誤って診断されることが多いので注意)
50代のご本人が語る体験談(認知症に見えないと言われて考えること)
ご本人が語る体験談・うつ病と誤診されたominaeshiさんの場合
車いすで沖縄へ家族旅行・パーキンソン病と診断されていたHさんの場合
ご本人が語る体験談「この病気になって苦しかったこと」うつ病と誤診 Kさんの場合

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番組の中で使われた幻視の再現画。「ためしてガッテン」公式サイトより。

大野更紗さんらの「見えない障害バッジ」

身体症状も強いレビー小体型認知症、一見元気なアルツハイマー型認知症、話しても認知症とはわからない方も少なくない前頭側頭型認知症(ピック病)。(→関連記事
それぞれ症状はまったく違いますが、皆さん「見えない障害」のために誤解を受けたり、様々な不便、苦労を抱えながら社会の中で生活していらっしゃいます。

周囲の配慮が必要な病気であることをさりげなく知らせることのできる素敵な(病気でない若者も付けたくなるような)目印ができたらいいのにと去年位から思っていました。

認知症に限りませんが、「見えない障害」向けのとても素敵なバッジがあることを最近知りました。「困ってる人」の著者、大野更紗さんたちの呼びかけで(会社でもNPOでもなく)有志が作って実費で配布しています。(下の写真)

デザインも理念もこの活動も、なんだかワクワクしませんか?
応援したいです。これを全国に普及させたい。障害は、他人の話ではないからです。

「人間には2種類しかいません。今、障害を持っている人とこれから障害を持つ人です」
(放送大学講師の言葉。すみません、ご本人から伺ったのにお名前を覚えていません。)

  ★ バッジのお申込はこちらから「わたしのフクシ。」(公式サイト)

以下青字部分は、「わたしのフクシ。」「見えない障害バッジ」からの抜き書きです。

難病、内部疾患、発達障害など、社会で認知されず
   福祉政策でも「制度の谷間」に落ち込み、サポートが受けにくい
      「目に見えない」障がい、困難、痛みをもつ人が数多くいます。
電車で席を譲られることもなく、「怠けている」「わがまま」「やる気がない」
   と思われることもめずらしくありません。

「バッジをつけて、見えない障害を知ってもらおうよ。」
    twitter のみんなの声から、このバッジはうまれました。
       障害をもつひとに当事者用と、もたないひとには啓発用を。
『 大切なものは目にみえない 』
 「星の王子さま」の)きつねの秘密が刻んであります。
   当事者バッジをつけているひとがいたら、「お手伝いできることありますか?」
     って声をかけてみてくださいね。

<関連記事とリンク>
大野更紗著「困ってる人」(壮絶な難病体験をユーモアに包んで綴る)
*「優先席に座って白眼視・見えない障害」(2012年9月23日産經新聞・公式サイト)
男性介護者を助ける「介護中」マーク(トイレ介助や下着売り場などで役立つ)
*内部障害者・内蔵疾患者のための「ハート・プラスマーク」(公式サイトへ飛びます)
「手助けをして下さい」(「認知症のわたし」朝日新聞)
「ケア・ダイアリー(介護手帳)」ピック病体験談に協力して下さった家族が作成。
*「リクライニング式車いすの乗る軽自動車」(役立つモノの1つ)

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当事者用(赤いハート入り。啓発用はハートなし。両方共350円+送料80円〜)

ホームホスピスで看取る

2013年11月16日の日本経済新聞夕刊から抜粋。
2013年11月18日の「あさイチ」でもエンディングノートを取り上げていました。
終末期をどこで、どう過ごしたいか、どう人生の幕を閉じたいかは、50代から考えておきたい大切な問題だと思います。親とも、なるべく早い時期から話し合っておきたいです。


  <「家」で看取る  市原美穂さんに聞く 
            疑似家族と穏やかに 最期まで生活支える  >

民家を借り、末期がんに認知症を併発したりした高齢者らを受け入れるホームホスピス「かあさんの家」を宮崎市に開設(2004年)した市原美穂さんへのインタビュー。

「かあさんの家は、自宅でも施設でもない『もう1つの我が家』。日常の衣食住は、ヘルパーが24時間体制で援助し、かかりつけ医や訪問看護師、訪問歯科医、理学療法士など地域の様々な専門職が支えます。
針灸師が施術に、美容師が髪を整えに訪れ、アロママッサージや音楽療法のボランティアも来てくれます。ここから外部の事業所のデイケアやデイサービスに出かける人もいます」

「現代の死は(略)デジタルで可視化されているけれど、家族には実感が湧きません。
それは、声をかけたり体を触ったりし、脈や息が絶えるのを感じることで大切な人の死を受け入れていく伝統的な看取りの文化の消失です」

かあさんの家は、30〜40坪の民家に5人が入居し、スタッフ5人が支える。
気配が感じられるこの広さと人数が最適です。掃除や洗濯の音、人の話し声が終始聞こえ、食事の匂いが漂う穏やかな暮らしの空間だからです」

「ある男性が亡くなった時、(略)入居者の女性が胸に手を当てて『立派な旅立ちでした。またお会いしましょう』と話しかけました。仲間が看取られながら眠るように逝くのを目の当たりにすることで入居者はさらに安心されるのではないでしょうか」

「生活の場での看取りケアは、最後の1日までその人らしく生きるための援助です。
人の手を借りなければ生活できない状態になっても、最後まで大切にしてもらえているという幸福感や感謝の気持ちに包まれて臨終の床にいたいと誰もが願っているのではないでしょうか」

「都市には大量の空き家があります。そこを自宅に近い形で暮らせる場にしてはどうでしょう。地域に医療や介護の基盤があれば、決して不可能ではありません」

宮崎で生まれたホームホスピスは、全国14カ所に広がり、7カ所で開設を準備中。


<関連カテゴリ・記事>
*カテゴリ「死を受け入れるために
*カテゴリ「介護家族の心理変化・気持ち
*「意識がないように見える人に話し掛ける

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市原美穂さん(写真は社会貢献支援財団HP「受賞者紹介」から

認知症の苦しみとは Kさんの場合(2)

若年性レビー小体型認知症 Kさん(50代女性)へのインタビュー。
(1)からの続き。


診断から4ヶ月以上経った現在は、将来を楽観できる情報も少しづつ増えてきて、怖れているようなことにはならないと思えるようになってきた。

適切な医療を受け、東洋医学も使い、運動もし、食事など様々なことに気を付けて生活しているので、どんどん進行することも、薬で劇的に悪化することも、自分が自分でなくなることも、多分ないと思っている。
(不安や恐れが脳を蝕むので、そう信じることで進行を遅らせる効果もあると思う。)

少しづつ進行して、色々なことができなくなっていっても、しばさんのお母様の例のように思考力は残ると信じている。
「レビーは、最期までその人らしさが失われない病気だ」と家族会の方からも伺った。

子供にも友人にも病名を話せるようになった。
話して初めて、そのままに受け止め、受け入れてくれることを知り、本当に楽になった。
自分を支えてくれる人たちがこんなに居たのに、一人で勝手に殻にこもって悩んでいたのだとわかった。


この病気の理解は、誰にとっても難しいと思う。情報が、あまりにも少ないから。
「認知症の人」は、世間では「何もわからない人」という意味で広く使われている。
自分が認知症と診断されて初めて「認知症患者」「認知症の人」という言葉の冷ややかさ、荒っぽさを感じてしまうようになった。

病院でも相談機関でも誤解され「いえ。家族ではなく私です」と常に訂正する。
「認知症には全く見えない。会話をしてもわからない」と多くの人に言われる。
「認知症の人」と「認知症と診断された自分」の間にあるギャップは大きい。

でも注意力低下で車の運転は危ないし、記憶力や判断力の低下でミスをすることは多い。
(ガンダム型)ロボットの内部で操縦している自分(の思考能力や感情)は全く変わらないのに、ロボットの性能は低下していて、よく思いもかけない誤作動を起こすと感じる。

いつどんなミスをするか予測ができないので、それを防ぐための対策は精一杯しているけれど、自分を信頼することはできない。気配りもできなくなったと自覚している。
だから病気を隠して(親しくない)人と会う時は、緊張し神経も使うのでとても疲れる。

すべての人がこの病気を理解し、1つの病気に過ぎないと普通に受け止めてくれたら、病気を隠す必要もなくなるだろう。
病気を隠す必要のない社会なら、多分、「認知症の苦しみ」というもののほとんどは、消えてしまうような気がする。

<関連記事>
*Kさんの体験談治療と経過(漢方薬も含む)/本人が語る症状(幻覚と意識障害)
*「ominaeshiさんとKさんの体験談(空間認知能力)」(時間感覚/料理に苦労)
*「ominaeshiさんの語る若年性レビー小体型認知症の苦しみ」 今までの経過
*「Hさんの語る若年性レビー小体型認知症体験談」 「車いすで沖縄家族旅行
*「若年性認知症 普通の人として普通に暮らす
*「認知症のわたし(朝日新聞連載記事)
*「NHKある夫婦の記録「隠したって何もないもん」
*「認知症の方本人はどう接して欲しいと思っているのか
*「若年(性)認知症の方とその家族が直面している経済的問題と対策
*「認知症と生きる人のためのサイト」(「3つの会@web」)

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ドウダンツツジ(灯台躑躅、満天星)

認知症の苦しみとは Kさんの場合(1)

若年性(期)レビー小体型認知症と生きるKさん(50代女性)へのインタビュー。

    「この病気になって苦しかったこと」

 <うつ病だと誤診され、抗うつ剤を飲みながら転職を繰り返していた頃>

絶対に治すと決めて、必死になってあらゆる努力をしても体調不良を繰り返したこと。
ひどいうつと注意力や記憶力の低下も常に同時に起こり、仕事でミスを繰り返し、辞めざるをえない状況に追い込まれた。
体調が戻れば働きたいと思い、働くことがリハビリになると信じ、また仕事に就いた。
「うつ病」を治せない自分、何年も仕事の失敗を繰り返す自分に失望し、もう社会から必要とされない人間になってしまったと思いながら生きていたこと。


 <幻視からレビーと自覚したが、診断されず、治療もしていなかった頃>

調べても「若年性レビー小体型認知症は、進行が早く余命も短い」といった情報以外は何もなく、自分もそうなるのだ思い込み、最悪の未来しか想像できなかった。
一番耐えられないと思ったのは、進行し、せん妄妄想などのBPSD(本人も周囲も困る症状)で、自分が家族を苦しめるようになること。

 <レビーと診断されて治療が始まってから>

病名を人に言えなかったこと。夫にだけは伝えたが、それも簡単には言えなかった。
レビーを理解している自分ですらこれほどの衝撃を受けるのだから、私を愛してくれている人たちには、更に大きな衝撃と不安と絶望しか与えないと思った。

人に病名を伝えて、どんな言葉が返ってくるかも想像できず、それも怖かった。
(うつ病だと人に話した時に言われた言葉で対人恐怖症のようになった経験がある。)

伝えたところで、この病気を理解することなんて無理だろうという深い諦めもあった。
しかし体調不良で約束を突然キャンセルすることも多く、既に様々な支障があったので、その理由を隠してごまかし続けることも苦しかった。

1匹の羽虫の幻視を見ても、どんどん進行していく気がして、恐怖感と孤独感を感じた。

(通院のため)混んだ電車に乗っている時に意識障害で倒れそうになっても立ち続けるしかないことがあった。以後、座れない時間帯には、電車に乗らないようにしている。

 (2)へ続く。

<関連記事>
*Kさんの体験談治療と経過(漢方薬も含む)/本人が語る症状(幻覚と意識障害)
*「ominaeshiさんとKさんの体験談(空間認知能力)」(時間感覚/料理に苦労)
*「ominaeshiさんの語る若年性レビー小体型認知症の苦しみ」 今までの経過
*「Hさんの語る若年性レビー小体型認知症体験談」「車いすで沖縄家族旅行

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アメジストセージ(サルビアレウカンサ)

認知症を理解するための9大法則・1原則

先日、どうしたら幸せな介護ができるかという記事を書きました。(→こちら
もう1つ重要なのは、認知症という病気の症状や特徴を学び、理解するということです。

特にレビー小体型認知症の症状は多様なので一通り知っておくと介護が楽になります。

例えば、レビー小体型認知症では、幻視(そこにないものが見える症状)の他にも幻聴、体感幻覚(痛み等の幻覚)、幻臭などが出ることもあります。(→本人の語る詳細
薬剤過敏性もありますから、「痛い」という訴えに合わせて鎮痛剤を飲ませると意識を保っていられないなど、症状が悪化することがあります。(→詳細

では、(記憶障害を主とする)認知症特有の言動は、どう理解し、対応すれば良いのでしょうか?
認知症の特徴を解説する「認知症をよく理解するための9大法則・1原則」(杉山孝博氏作成)に基づいた解説をご紹介します。
(主にアルツハイマー型を対象としていますが、参考になる部分があります。)

以下青字部分は、2013年11月に行われた日本認知症学会での同氏の講演「9大法則・1原則に基づき介護者が認知症を理解するためのポイント」からの一部抜粋、一部要約です。
(記事全文→日経メディカル オンライン


●「症状の出現頻度に関する法則」(より身近な介護者により強い症状が出ること)
これは幼い子供が母親に対して甘えているのと同じで、最も信頼している人に症状を強く出してしまうと解釈する。
 
●「記憶障害に関する法則」は、3つに分類される。その具体例と対応の仕方。 

1. 認知症の人が、何回も同じことを話すのは、本人が話したことを忘れているため。
 家族が「この人はいつも初めてのこととして話している」との理解に基づいて対応する
ことで、認知症の人の心も安定する。

2. 楽しい所に連れて行っても、行ったこと自体をまるごと忘れてしまうこともある。
「忘れてしまっていても、本人がその時に楽しんだことで十分」と納得することが大切。

 食事をしたこと自体も忘れる。 バナナなど軽食を出すことで、本人は納得する。
 1食分出しても構わない。過食は一時的な現象。杓子定規な食事制限は避ける。

に台所で食べ物を探し回るのなら、見つけやすいところに簡単な食べ物を出しておく
少しでも食べれば本人は満足して就寝し、長く探し回ることはない。

3. 記憶が、現在から過去のある時期までの間、失われることもある。
今から会社に行ってくる」と出かけようとしたなら、
「今日は“国鉄”が止まっているので、会社から休業にすると電話がありましたよ」
といった対応で乗り切るようにする。話を合わせることが肝心

このように理解することで、認知症の人の言動は必ずしも異常ではなく、同じ状況になれば健常者でも行う言動にすぎないことが分かる。
「これらの法則をまとめた小冊子を読んでもらうことで、家族の表情もずっと明るくなる」と杉山氏は強調した。

<関連リンク>
「認知症をよく理解するための9大法則・1原則」 工夫と発展の経緯 by 杉山孝博(このサイト外)
*関連記事:「せん妄(意識障害)とは」言っているのは、訳のわからないことなのか。
関連記事:「幻視はどう見え、どう感じているのかを疑似体験しよう
*関連カテゴリ:「認知症とは/ケア・介護

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河津桜 (カワズザクラ)

若年性レビー小体型認知症 ominaeshiさんの体験談(3)

(1)症状(2)の続き。ominaeshiさん(54才女性)が語られた言葉をなるべくそのまま使いながら再構成しています。

Q「ominaeshiさんが口にされた”認知症の苦しみ”とは、具体的にどんなものか?」

この病気は、人間の本質を試される病気だと思う。
自分が自分でなくなっていく・・、それを自覚しているし、記憶もしている。
そういう中で生きていかなければいけない病気だから。
人間として、どう生きたらいいのか、どこまで成長できるのかという課題を与えられている。それがこの病気の特色だと思う。

この病気だからやれることもある。伝えなければいけないことがあると思う。
(認知症全体だが)レビー小体型認知症は、特に知られていないし、理解されていない。
患者の声も聞こえて来ない。
本当は、たくさんいるけれど、皆,声に出せないでいるのだと思う。
そりゃあ言えないに決まっている。昔なら、精神分裂病(現在の統合失調症)と診断されて、異常視される病気なのだから。
それなら、私が、声を上げてもいいと思う。

この病気に負けたくない。この病気と闘っていきたい。
闘わなかったら、負けてしまう。負けたら家族や周りに迷惑をかけてしまう。

自分が、この先どうなるかは、わからない。
パーキンソン症状がひどくなるのか、記憶障害がひどくなっていくのか・・。
本当は、不安も辛さもあるし、落ち込んでしまう時もある。

でも落ち込んでいてもどうにもならない。気持ちの持ち方を自分で変えなければ・・。
先がわからないからこそ、1日1日を大切に生きたい。それは、今の自分の必死の想い。

将来、どんなことになろうとも受け入れるつもりだし、受け入れざるを得ない。
将来、体が動かなくなったとしても、精神的には、自分を高め続けていきたい。
人間として最後まで磨かれていきたい。

Q「レビー本人は1人という中で認知症の家族会に毎月参加されている。
  介護する側の苦しみや悩みを聞くことが、辛くはないのか?なぜ参加するのか?」

介護家族の苦しみを知って、理解できる内に理解しておきたいから。
そして自分の家族の将来のために、自分ができることをして備えておきたい。
患者自身の気持ちも伝えたい。伝えなければ、わかってもらえないことがたくさんある。

Q「周囲の方々に病気のことを打ち明けることに抵抗や不安はなかったか?」

病気のことを人に打ち明けるのは、良いことだと思う。
自分が忘れるかもしれない、何か食い違うことがあるかもしれないと、問題が起こる前にあらかじめ伝えておく方がいい。
病気のことを話して、もし(友人の何人かが)離れて行くなら、それでもいい。
それはそれで仕方のないこと。それだけの縁だったのだと思う。

本当は、弱い。だから(明るく)「病気(認知症)で〜す!」と言っているのかも・・。
どんなに苦しくても人に嫌な顔はしたくない。最後までこのキャラクターでいたい。

補足 by しば:どんな人の心も明るくし、誰からも慕われ、頼られる方だと感じます。

<関連記事>
*「レビー小体型認知症は「認知症」なのか」(記憶力、思考力等は長く残る方が多く、一般にある「認知症」のイメージとは、全く異なる。)
*「空間認知能力(若年性レビー小体型認知症体験談)
*Kさんの体験談治療と経過(漢方薬も含む)/本人が語る症状(幻覚と意識障害)
*「若年性レビーと生きるHさん(60代男性)の体験談(若年性認知症リンク多数)
*「若年(性)認知症の方の抱える問題

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花水木(ハナミズキ)

認知症は介護者の気持ちを模倣する(新聞記事)

2013年11月5日の朝日新聞に「認知症を患う方は、介護者の感情をそのまま模倣する」という記事が載りました。→記事全文

母を見ていると介護者を写す鏡のようだと以前書きましたが(→記事)、それを証明した論文があるのだと初めて知りました。

以下、青字部分は、その記事からの抜粋です。

アルツハイマー病では、他者の感情への感受性が高まり、一部の患者では記憶力や思考力の低下に伴い、それが強まるようです。
つまり、介護者が不安や怒りを感じていたり、逆に落ち着いた楽しい気分でいたりすると、患者はその感情を模倣するのです。
アルツハイマー病患者は、たとえ社会的状況を理解することが困難となってきても、このような方法で他者とつながっており、介護する人が幸せな気持ちでいれば、患者さんも長期にわたり穏やかで幸せな気持ちを維持することができるのです。 (筆者:笠間睦氏)



では、いったいどうすれば、介護者が、幸せな気持ちでいられるのでしょうか。

大勢の人たちに自ら支援を求め、支えてもらうことが、第一歩だと私は思います。
家族会、ケアマネ、施設・介護職員、ヘルパー等。できれば近隣の方、友人、親戚も。

人に頼り、甘えること、世話をかけることに罪悪感を抱いてしまうなら、それを固く握りしめている指を1本づつゆるめ、手を離し、「小川の流れ」に放ってみましょう。
川のそばで、せせらぎを聞いて立つ(座る)自分をイメージしてみて下さい。
自分を傷つける気持ちを、いつまでも握りしめている必要などどこにもありません。

また、介護する家族が、心身ともに疲れ切っていたら、心の安定を保つことは困難です。
心と体、両方の疲れを減らしながら介護を続けられる方法、或は、介護を休む方法を援助者と一緒に考えましょう。
そうした方々は、豊富な経験と思いも付かない知恵を持っているものです。

悩みは、一人で抱えている限り、更に重く、暗く、大きく育ち続けます。
勇気を持って、まず、人に話してみましょう。
言葉にして口から出た途端に、悩みは勢力を失い、代わりに新しい道が見えて来ます。

あなたの悩みを真剣に聞いてくれる人は、決してあなたを叱ったり、見下したり、笑ったりはしません。
家族が病気になったことは、誰が悪いのでもなく、恥じることは、何もありません。
介護に疲れ、怒りや不安を感じるのは、誰にでも起こるごく自然な感情です。

(これは、自分に向けた言葉でもあります。)

<関連記事>
*「母親の介護はなぜ辛いか
*「認知症介護家族の心理の変化の過程
*「怒りを消す方法(1)」 (2)
*カテゴリ:「介護家族の心理変化・気持ち

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菊(キク)
お寿司屋さんの前にあったこの花を撮っていると店から店主が飛び出して来て
色々熱心に解説して下さった。菊の世話をしているせいで健康だと言われる。
植物には、そういう力があると思う。動物とは、また少し違った不思議な力が。

同じ病の仲間で集まり朗読会(新聞記事)

2013年11月7日の読売新聞から。
ぜんそく、がん、糖尿病など様々な病気と共に生きる方が、同じ病気を持つ仲間同士で集まり、朗読会をするという活動の記事です。

これは、全国に広がってほしい素晴らしい活動だと思います。
言葉の力の大きさを哲学者の池田晶子さんは、こう言い切っています。

死の床にある人、絶望の底にある人を救うことができるのは、医療ではなくて言葉である。宗教でもなくて、言葉である。」(池田晶子著「あたりまえなことばかり」)

『レビー小体型認知症(特に若年性)にもこの活動があれば!』と瞬時に思いました。
課題は、色々あります。レビーは、歩行障害自律神経障害認知の変動、日中の眠気、意識障害などで外出が大変な方が多いです。でもそれならネット電話もあります。
全国に点々といらっしゃる皆さんでネットワークができたらいいなぁと想像しています。

以下、記事からの抜き書きです。(→記事全文


  < 同じ病の仲間 集まり朗読会 >
        
同じ病を持つ人が集まり、本を順番に朗読する。そんな取り組みが始まった。
「言葉と声の力」で自分を見つめ直し、元気になれるという。

(紹介された10冊の中から)山本さんが選んだのは、「十歳のきみへ 九十五歳のわたしから」。日野原重明さんが、10歳の頃の自らを振り返り、命や家族のことをつづった。
同じ本を選んだ参加者で、円卓を囲み、自己紹介代わりに、本を選んだ理由を話す。

参加者が、本から抜粋した文章を印刷したプリントを手に順番に読む。
全員が読み終えると、コーヒーを片手に、和やかに感想を話し合った。
「声を出すことは気持ちいいし、温かなつながりを持つことができた」と笑顔で。

朗読の指導をしている青木さんは、(略)ある思いを感じるという。
病気になって気付いたことや、ありがたく思ったことを伝えたい、との意思だ。
「自分の言葉で話すのは苦手でも、作家の文章を借りて表現する朗読は、その願いをかなえる一つの方法」「心底共感していることが伝わってきました。今の自分にぴったりの言葉に出会ったからですね」

<関連記事>
*「病気になったら(詩)」(リンクでその他の詩もご紹介)
「困ってる人」大野更紗著(とても勇気づけられる言葉の数々)
*「ニャン公の季節 片倉もとことうつ病(調子の悪い時、しんどい時の在り方)

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コキア(和名:ホウキギ)

介護に役立つ良書

「完全図解 新しい認知症ケア 介護編」 →アマゾン →楽天
(三好春樹 著 編集協力: 東田勉 講談社 2012年発行)

介護の本は一時期たくさん読みましたが、実践で役に立つ本はあまりありませんでした。
この本は、そうした多くの介護本とは、基本となる考え方が、少し違っています。
認知症とともに生きる方の言動の<意味>と具体的な対応を示す実践的な本です。
介護サービス利用法や施設の選び方についても1章を割いて詳しく書かれています。

中の作りは、医療編とほぼ同じですので、本の特徴はこちらをお読み下さい。→医療編

著者の認知症に向き合う姿勢は、私が理想と考えているものです。
著者が書いたように、私たちは、「認知症から<かけがえのない多くのことを>学び
味わう」ことができる・・、そうした機会(チャンス)を与えられたのだと思います。

以下、青字部分は、本からの抜粋です。著者の想いが書かれているので、少し難しく感じられるかもしれませんが、本全体は、易しい文章で大変わかりやすく書かれています。
生まれて初めての介護に苦労されている方にも、介護・医療・福祉の仕事をされている方にもおすすめします。


「どこに行くんですか」と尋ねると「ロシアに行って来る」。
この”ロシア”っていったい何のことだろう、と考え始めたのが、私が「認知症」と呼ばれるようになった老人たちに関わるきっかけでした。
「認知症は脳の病気なんだから、訳の判らないことを言っているだけだ」と周りの人たちは言いました。
しかし例えばこの男性の場合は、その生活史をたどっていけば、”ロシア”が”象徴”や
”隠喩”であることが判ってくる
のです。
認知症老人の表現は、言語とは何かという問題にまで関わる人間的なものであるらしいと考え始めました。(略)

認知症とは何か、認知症にどう関わればいいのかは、その認知症老人たちの精神の世界
そのものと向き合うより他にない
のです。
その世界は「見当識障害」なんていうひとことで言い表せる世界ではありません。
まして「異常」と断定される世界でもありません
そこから私たちが学び、味わうのです

(P.2  「はじめに—医学より人間学へ—」から)

<その他の推薦本>
レビー小体型認知症の介護がわかるガイドブック(小阪憲司・羽田野政治著)
*関連記事:「認知症を患う人とつながる
*関連記事「認知症とともに生きる方が必要としているもの
*関連カテゴリ:「認知症とは/ケア・介護

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若年性レビー小体型認知症 ominaeshiさんの体験談(2)

(1)からの続き。ominaeshiさんが語られた言葉をなるべくそのまま使いながら再構成しています。

日常生活の中に不便はたくさんある。『あ~あ』と思うし、嫌になる。
『これからどうなっていくんだろう』という不安もある。本当は、泣きたいほどつらい。
でも、なってしまったものは、しょうがない。受け入れて、くよくよしないようにした。
うつで家にこもっていたら、『私の人生、何?』って思う。
旅行でも何でも(積極的に)するようにしている。

自分に負けたくないって思う。
「認知症」の一言で片づけてもらいたくないっていう気持ちもある。

家族に迷惑をかけたくないので、家事もつい頑張ってしまう。
(しかしそれは大変なことで)1日1日が、まるで戦争のよう。

家族、特に子供に迷惑をかける時間は、できるだけ短くしたいと思う。
それでもいつかは、迷惑をかけてしまう。・・でもそのときは、そのとき。今は、今。
それまでに自分自身でやれることをやっておこうと思う。
子供(成人)にも病気を伝え、うるさいだろうなと思いつつも「今、伝えておくね」と言っておくことは多い。

工夫をすれば、まだ(色々なことが)できる。何を補えばできるのかと(常に)考える。
『ダメだ!これもできない!あれもできない!』と落ち込んでいたら、参ってしまう。
「できない」じゃなく、「まだできる」と発想を変えること。
心の持ち方を変える(という)ことを(常に)やっていく。

父は、パーキンソン病と診断されていた。幻視(幻覚)はあったが、77才で亡くなるまで頭はしっかりしていた。16人の里子を自分の子と分け隔てなく育てた人だった。

祖父は住職だったので、子供の頃からお寺が身近にあり、自然に影響を受けたと思う。
「この世は修行で、修行を終えたら浄土に帰る」という教えがある。
この病気になったことも、その修行なのかなと思ったりする。

病名を友人達にも言ってあるが、誰もが「認知症には見えない」という。
皆が、今まで通りに接してくれていることを有り難いと思う。
(今まで通り)悩みの相談を受けることも多い。

診断された時、夫は「俺の人生どうしてくれるんだ。(進行したら)心中しよう」と言った。今は、「お母さんは、自分なりに病気のこと、理解しているみたいだから大丈夫だ」と息子に言い、私には「お前は、90まで生きるよ」と言っている。

 <(3)に続く

注:家族性(遺伝によって起こる)レビー小体型認知症の症例は、少ない。
(小阪憲司・池田学著「レビー小体型認知症の臨床」2010年発行。P.148から)

 家族性パーキンソン病は、5〜10%。→詳細(順天堂医院 神経内科 公式サイト)
「パーキンソン病とレビー小体型認知症は、ほぼ同じ病気。両者を合わせてレビー小体病と呼ぶことが多い。この病気の治療法は、研究が進んでおり、将来的には治る病気になる水野美邦 順天堂大学名誉教授
(2013年11月2日「第7回レビー小体型認知症研究会」にて)

<関連記事>
*「レビー小体型認知症は「認知症」なのか」(記憶力、思考力等は長く残る方が多く、一般にある「認知症」のイメージとは、全く異なる。)
*「パーキンソン病とレビー小体型認知症の関係。違い。注意点。
*「若年性レビーと生きるHさん(60代男性)の体験談(若年性認知症リンク多数)
*「若年(性)認知症の方の抱える問題

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ランタナ

若年性レビー小体型認知症 ominaeshiさんの体験談(1)

若年性レビー小体型認知症と共に生きるominaeshiさん(54才女性)の体験談です。
電話で取材させて頂きましたが、長い会話の中で認知症と感じることは、まったくありませんでした。聡明で前向きで人間的な魅力に溢れた方という印象。
とても勇気を頂きました。
今回は病状、次回はominaeshiさんのお気持ちを中心にお送りします。

 < 病歴 病気の経過 >

高校時代:  膵炎を繰り返し、検査しても説明のつかない背中の痛み等がある。
20代:   自律神経失調症と診断される。
40代初め: 歩幅が小さくなったが、検査しても異常なしと言われる。
40代終わり:階段で勝手に足が動くようになり、手すりなしには、恐くて歩けなくなる。
52才    フラフラして無意識に斜めに進み、真っすぐ歩くことができなくなる。
       他人とすれ違うだけで恐怖感、発汗、動悸、息切れがして歩けなくなる。

精神科に行くと軽いうつと言われる。処方薬を飲むと(副作用で)眠ってばかりいた。
夜中、室内に人が数人見えるようになった。<幻視(幻覚)
現実と区別がつかない異様にリアルな悪夢を毎晩のように見るようになった。
夢遊病のように部屋を歩き回るようだが、自分では何も覚えていない。
この症状は、現在までずっと続いている。

最初に夫が、レビーを疑った。主治医に伝えると「ありえない」と言われた。

53才  姉が亡くなり、うつが重症化。希死願望が強く、入院を勧められる。
    顔全体の筋肉がこわばり、目が半分しか開かない状態になる。

54才  一人で大学病院に行き、レビー小体型認知症と診断される。

治療の効果で今は楽になり、毎日のように見えていた幻視も減った。
抑肝散加陳皮半夏で、うつも改善した。
しかしはじめは、薬が合わずに副作用で眠り続けたりし、何度も種類や量を変え、落ち着くまでは大変だった。

 < 今、困っていること >

●ちょっと動いただけで吹き出す大汗。(自律神経症状)
●毎晩のように見るリアル過ぎる悪夢。眠ったという実感がなく、朝から疲労感。
●何でも忘れるわけではないが、記憶が、スコーンと抜け落ちることがある。
●普通の単語や簡単な文章を理解するのに、何度も読み返さなければいけない時がある。
●何かを思い出すのに時間がかかる。質問と答えに時間差が生まれる。
●時間の距離感覚がない。何年前も昨日も同じように平たんに感じる。
●料理は、シュミレーションし、メモを見ながらでないと作れない。

 (2)に続く。(ominaeshiさんが病気をどう考え、どう対応されているか)

<関連記事>
*「重要リンク集」レビー小体型認知症チェックリスト・全症状・家族にできること他
*「空間認知能力(若年性レビー小体型認知症体験談)
*Kさんの体験談治療と経過(漢方薬も含む)/本人が語る症状(幻覚と意識障害)
*「若年性レビーと生きるHさん(60代男性)の体験談(若年性認知症リンク多数)
*「若年(性)認知症の方の抱える問題

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水引(ミズヒキ)。
肉眼ではほとんど見えないほど小さな花です。

介護家族に伝えたい言葉 田口ランディの著書から

私自身がそうであったように、家族会や私に相談をされる方は同じ問題を抱えています。
「レビー小体型認知症の親が、急に悪化し介護が困難になった。どうすれば良いのか」

皆さん、例外なく処方薬による副作用で劇的に悪化しています。(→詳細
すぐ気が付き、処方を変えれば回復しますが、私のように気付かずにいると、親は、車いす生活になったり、寝たきりになったりします。

無知だったことへの後悔は、深く、長く人を苛(さいな)み続けます。
田口ランディ著「パピヨン」に、そんな方へそのまま伝えたい言葉がありました。

  可能な限り悔いる気持ちと和解することに最大限の努力を払っていただきたい。
  人生において、願望がすべてかなえらえると考えるのは非現実的だ。
  おなじように、完璧でありつづけること、後悔しないこともまた非現実的である。
  後悔する自分を許すことだ。
  もっとよい選択をしていればよい結果が得られたと考えるのも真実とはいえない。
  あのときのあなたは、あなたなりに最善をつくしたのだ。
(エリザベス・キューブラー・ロス/デーヴィッド・ケスラー著「永遠の別れ」から)

     田口ランディ著「パピヨン」P.138

相談してこられる方に、私が、自分の経験からよく伝えることがあります。
「医療・介護・福祉の現場では、信じられないようなこと、ありえないことが、次々といくらでも起こります。覚悟し、めげず、落ち着いて、1つ1つ解決していって下さい」

耳を疑うようなことや様々な理不尽を田口ランディさんも親の介護で経験されています。

  医療と介護の制度の不備について考え始めると暗澹とした気持ちになる。
  だが、暗くなったところでつらいのは自分だけだ。
  私が悩んで制度が変わるわけではない。
  介護で大切なのは無策な制度の前でへこまないこと。
  まずは自分のメンタルケアだ。(略)
  解決できない問題で悩まない。
  まず、目先のことをクリアする。

      田口ランディ著「パピヨン」(’08年発行)P.130から

<関連記事>
*「『ペコロスの母に会いに行く』の作者と田口ランディさんの対談
*「意識がないように見える人に話し掛ける」(田口ランディさんの本から)
キューブラー・ロス著「死の瞬間」から「続・死ぬ瞬間」から
(原題:On Death and Dying)

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ビデンス(ウィンターコスモス)
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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