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両親の変化

母の認知症を治すのだと、父は、車で何時間もかかる複数の病院に母を連れ回してきた。
それが母にとってどれほど危険で負担が大きいかということをいくら話しても無駄だった。

しかし最後に連れて行った病院で長谷川式簡易知能評価スケール(テスト)を受けた母は、数点しか取れなかった。
脳の萎縮もかなり進んでいると言われた。
「お母さんは、もう治らないんだな・・」と父は、電話で言った。


私は、立ち会っていないが、長谷川式テストは、母の能力を表してはいないと思う。
当日、調子が悪かったのかと妹に聞くと、普通だったという。
(調子が悪ければ、ほとんど会話もできず、理解力も反応も極端に悪い。)

もし質問の意味を母が完全に理解するまで繰り返しゆっくり説明していれば、そして母が答えを出すまで何分でも待っていれば、得点は、まったく違ったものになったと思う。
レビー小体型認知症は、頭の回転がゆっくりになるので理解に時間がかかるが、理解力がひどく劣っているわけではない。
口から出任せのいい加減なことも言わない。
時間をかけてよく考え、真面目に一所懸命に答えを出せたはずだ。


しかし結果的に、父は、母を病院巡りに連れ出すことを完全に止めた。
母が幻視や妄想について話す時も「そんなものは、いない」「そんなはずがない」と言わなくなった。
父は、母の言動に忍耐強くなり、ニコニコ笑って側に付いているようになった。
父は、「母の病気を治療で治す」という目標を失って「母の余生をなるべく幸せに過ごさせる」という新しい目標に邁進しているように見える。

父が変わったことで母も変わった。
父と居る時の母が、とても穏やかな顔をしている。
「お父さん、優しくなったよ」と嬉しそうに私に言う。

「お母さん、そう言って、幸せそうに笑ってたよ」と父に伝えた。
父は、黙って、ただ微笑んでいた。


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「ストレプトカーパス・クリスタルアイズ」

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再会に思うこと

年末に色々あり(生きていると本当に驚くようなことがあるものです。)
既に落ち着いたのですが、なんとなくゆるゆると過ごしています。

今年は、何十年振りの再会というのが、いくつかありました。
四半世紀前に『この人、キツい人だなぁ・・』と苦手意識を持って、長年ご無沙汰していた方とも再会。
実は、とても心のあたたかい方だったということに気が付きました。

やはり四半世紀前にトラブルがあって会わなくなった方の消息も何十年振りに再会した別の方から聞きました。
「○○さんには不義理をしたので、申し訳なくて連絡が取れない」と言っているとも。
とても懐かしく思い、是非また会いたいと思いました。
何かがあったということは覚えているのですが、何があったかは、すっかり忘れました。

昔、「苦しいだけで何の役にも立たない経験」と思ったことも、今年、役に立ちました。

20代、30代、40代でわからなかったことが、50才になって初めてわかるということもあるのだと知りました。
10年20年ではわからないこと、解決しないことが、30年40年経って、初めてわかる、初めて解き放たれるということが、人生には、あるんですね。


*最近聞いて心に深く響いた歌を皆さんに贈ります。
 この歌も歳を重ねるごとに深く味わえるようになるのだろうと思います。

  「いちばん近くに」by HY (YouTube) →<こちら

カシワバアジサイ
柏葉紫陽花(カシワバアジサイ)
6月に撮ったものですが、歌のイメージで選びました。

絶体絶命の危機から抜け出す方法

親が認知症とわかった時、認知症が一気に悪化した時、主な介護者が倒れて介護が困難になった時、人は、危機に直面します。
そんな時に役立つ方法をある本から見つけました。(以下、青字部分)

 本→「オタクの息子に悩んでます 朝日新聞「悩みのるつぼ」より
   (岡田斗司夫著。幻冬舎新書)

深い悩みに落ち込んだ場合や、「もうどうしようもない」というジレンマに陥ってしまった場合、僕がいつも使う方法を紹介しましょう。
その悩みを、三つに分けるんです。
   1. 今すぐ「私が」手を打たなければならない問題
   2. 年内に「私か誰かが」手を打たなければならない問題
   3. 「人類が」いずれ解決せねばならない問題
     (P.71より)

***************************************
(ここからは、私、しばの思うことです。)

困ったこと、解決しなければいけないことは、何十でも出て来ます。
全部紙に書き出しましょう。それを分類してみましょう。
すると「今すぐ私が手を打たなければならない問題」は、それほど多くないことがわかります。

さらに重要度で順位を付けてみると、手をつけるべき順番も見えてきます。
その1番目からすぐ着手すれば、とにかく1歩目が出ます。
次に2番目に当たれば、ちゃんと2歩目が出ます。
絶体絶命の混乱の中からでも、ちゃんと一歩つづ抜け出していくことができます。

その時、自分の感情は、とりあえず横に置いておく。
主観で見ると判断を誤ります。同じ状況の知人に相談されたら・・と考えてみましょう。

何かを捨てる(傷を負う)覚悟をする。(親を捨てるという意味ではありあません。)
そうでなければ、何も決断できず、選択ができません。
何も失わず、傷も負わず、すべての人が幸せになれる選択などありません。
人からどう思われるか、どう言われるかを考える必要はありません。
批判する人がいたら、その人に介護を手伝ってもらいましょう。

すんなりものごとが進むことなどありません。
現実とは信じられないようなことが、次から次へと起こります。
冷静になりましょう。諦めず、「ダメで元々」とあらゆる方法を試してみて下さい。

電話も入れれば、私は、10人以上に相談し、10以上の介護施設をあたりました。
1人が「わからない」と言えば、「どこに聞けばわかりますか?」と質問しました。
地域の人にしかわからない(ネットにはない)地域の情報もあります。
家族会も強力な味方です。

大丈夫です。深呼吸しましょう。道は必ず開けます。

*関連記事:「遠距離介護のコツ(何をすればよいのか)
レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会は、私が信頼する家族会です。

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ドウダンツツジ(灯台躑躅、満天星)




漫画「ペコロスの母に会いに行く」2(Eテレ)

Eテレ「ハートネットTV」で2012年11月29日に放送した「みつえとゆういち ―親子で紡ぐ“認知症”漫画―」。(→記事はこちら
番組の中で印象に残った言葉を出てきた順番にメモしておきます。

岡野「(あの漫画は、母の)しぐさの可愛さとか、ちょっとしたズレの面白さみたいなも
   のを面白がってもらえたら一番いいと思う」

12年前、岡野さんのお母さんは、隣の家の植木鉢を全部持って来た。認知症に気付いた。
岡野「失敗というか、ズレがどんどん増えた。ただ僕はずっと面白がってたんですね。
   ゆっくりぼけていったので悲惨な気持ちはなかった」

6年前脳梗塞で倒れ、認知症が一気に進行した。悩み抜いた末、施設に預けることを決断。親戚からは「親を見放すのか」と問い詰められ、言葉を失った。
岡野さんは、母の介護を放棄したという罪悪感に苛まれるようになった。
しかし漫画の読者には「それでいいんですよ」という人が多かった。
介護は、自分一人で全てを抱え込む必要はないのだと読者から教えられた。

<作家田口ランディとの対話>

岡野「興味(漫画のテーマ)が母のズレの方に行った。妙な言い方ですけど、すごく面白
   いんです」
田口「普通の人は、認知症の人のズレが、耐えられないんだよ」
2人:それを面白がれるのは、漫画を描いているから。描くことによって落ち着き、冷静
   でいられる。(しば:客観的な視点を持つことで救われたのは私も同じ。→記事
岡野「実際は、無茶苦茶叱ったりとか、ありました。描かないだけで。だって親が、わー
   っとなった時に優しくできるはずがないんですよね」
田口「お母さんの介護が、辛いんじゃないの。お母さんの介護をしている時に鬼になって
   しまう自分が辛いわけよ。介護の辛さって自分の闇と向き合うことだよね。
   やらなきゃいけないのに、こんなに嫌とか、優しくしなきゃいけないのにできない
   ってことが、一番辛い」

岡野「”(亡き)父ちゃんが来たよ”って、考え方によっては詩的。ぼけるっていいんじゃ
   んって実感した」
岡野「nowhere(どこにもない)は、2つに分けるとnow(今) here(ここ)。母は、ど
   こにもいない。どこにいるのかも自分ではわからない。でも”今、ここ”にいる」
田口「認知症の人ほど、今、ここに生きている人はいないんです」

<漫画の1シーン>
母「こん中(目の中の小箱)には、今まで見て来たもんが、全部入っとるよ。じゃけん、
  もうなんもかんも忘れてしもうて、よかろ?」
子「よかさ。生きてさえおれば、なんば忘れてもよかさ」

追記:2013年2月17日、テレビドラマになり放送されましました。記事は、こちらを

<関連記事>
*アルツハイマー型に次いで多いレビー小体型認知症の不思議な日常をほのぼのと描く
 レビー漫画:(1)故人の幻視を不思議がる (2)孫の幻視で興奮 (3)風景の幻視
       (4)転倒 (5)妄想
介護家族に伝えたい言葉 田口ランディ著「パピヨン」から
*田口ランディの体験に触れた記事「意識がないように見える人に話しかける
*漫画にしたら絶対に面白いと思う「レビー小体型認知症の母の日常
*カテゴリ:「認知症ケア・介護など
様々な種類の認知症を早期発見するための知識とチェックリスト
*このブログのカテゴリ:「介護家族の心理

ペコリス母に会いに行く
漫画「ペコロスの母に会いに行く」
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作者の岡野雄一さん(ペコロス)とグループホームに暮らす母・光江さん
(写真は、「ハートネットTV」公式サイトから。)

ご無沙汰しました

しばらく更新できずにいたら、お気使いの非公開コメントをいくつも頂きました。

ご心配おかけしてすみません。

お陰さまで両親も穏やかに過ごしています。

私も元気です。


2012年もあと2週間。

皆さま、どうぞお体にお気を付けて年末をお過ごし下さいね。

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河津桜 (カワズザクラ)だと思います。
11月30日撮影。


生死について書かれた良書2冊

今、まとまったものが書けない状況なので、思い付いたまま書きますが、ご容赦下さい。


中村勘三郎さんの訃報にショックを受けています。
イケメンとは違うのに、人を強く惹き付ける素晴らしいお顔をされていましたよね。
なぜだろうと考えた時、この方の心の深さ、真摯な生き方が、強く表れているからだろうと思いました。

50代の死は、若過ぎると誰もが思います。
でも私は、同じ歳の親しい友人を22才の時と40才の時に突然亡くしています。
いのちは、年齢に関係なく、突然消えてしまうものなのだと、私は、この2人から深く教えられました。

生と死について、最近読んで心に深く残った良書を2冊ご紹介しておきます。

*癌が進行しても死を自然なものとして完全に受け入れている佐野洋子さんの
 「死ぬ気まんまん」。

*「柳原和子 もうひとつの「遺言」—がん患者に贈る言葉と知恵—」工藤玲子編著。

やはり癌で亡くなった、しかし絶対に死にたくないと闘い尽くしたノンフィクション作家柳原和子さんのことを綴った本です。柳原さんが、講演で話された全文も収録されています。圧倒的な迫力があります。

この本に書かれた医療への批判の多くは、そのまま認知症医療にも当てはまると思いました。問題の多い医療といかにうまく付き合いながら、病気と共に生き抜くかという具体的な方法の数々も参考になります。

ここにあげた皆さんのご冥福を心からお祈りします。

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花水木(ハナミズキ)

私と家族のこと(プロフィールから)

私、「しば」は、1960年代生まれの既婚女性です。
関東で家族と一緒に暮らしています。

300km離れた郷里に定期的に(2010年から月1回、2012年から1〜2ヶ月に1回)帰省。
前頭側頭型認知症(ピック病)の父、レビー小体型認知症の母に会っています。
母は、現在は、特別養護老人ホームに居ます。

私は、認知症についての情報を集めている一介護家族です。
自分が情報不足のために苦しい思いをしたので、集めた情報を同じ介護家族の方々と共有したいと考え、このブログを書いています。

情報には、偏りがないよう、公正、正確であるよう、細心の注意を払っています。
(特定の医師・治療法や介護施設等をお勧めすることはありません。)
(信仰する宗教もありません。)

私は、医療・福祉の仕事をしている者ではありません。
(パート職員として特別養護老人ホームで、少しの間、働いた経験はあります。)
(昔、がんセンターやホスピスで傾聴ボランティアをしていました。)
認知症に関係するビジネスもしていません。


ブログを読んで、もしご質問、ご不明な点があれば、私のわかる範囲でお答えします。
公開/非公開コメントでお寄せ下さい。
(非公開を選択するとブログ上には何も出ず、私だけに届きます。返信用のメールアドレスをお書き下さい。)


私の好きなこと:読むこと・書くこと。
        散歩して見つけた草花の写真を撮ること
        (ブログに載せています。)
        珍しい料理を作って食べること (レシピブログも書いています。)
        スロージョギング(ブログ内のカテゴリでご紹介)  などなど多数



 <ブログに登場する家族の紹介>

母 '05年に、パーキンソン病と診断される。
  ’10年3月に、「要支援2」から「要介護4」へ激変する。
  5月に、レビー小体型認知症と診断される。
  2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難となり、8月末グループホームに入所。
  ’11年3月に、圧迫骨折で寝たきりになる。
  7月に、特別養護老人ホームに入所。要介護5に認定される。
  '12年に要介護4に回復。
  昭和13年(1938年)生まれ。

父 ’10年3月から初の介護、家事を担うが混乱を極める。自営業者。
  7月から認知症が疑われるが、受診拒否。
  9月にピック病(前頭側頭型認知症)と診断される。
  要支援2だが、「必要ない!」と言い、サービスを受けない。
  昭和10年(1935年)生まれ。

兄 重い知的障害、言語障害等がある。
  グループホームから通所授産施設に通う。週末帰宅。

妹 実家と同市に住み3人の世話を担っている。

両親のもう少し詳しい経過はこちら

P1030016.jpg
蓮(ハス)の花。
母の老人ホームの近くの蓮田で撮影しました。

認知症と診断されても

癌と認知症、どちらの告知の方が辛いだろうかと時々考える。

多くの人は、認知症といえば80、90の高齢者を想像するが、若年認知症(65才以前に発症)もある。
思考力も判断力も衰えていない状態で認知症と告げられる辛さはどれ程のものだろう。

そんな告知の言葉には、驚くべきものが多い。語録を作りたくなるほどだ。

「レビーかどうかなんて解剖しなきゃわかりませんよ。わかった所で治す薬も治療法もありません」(母のパーキンソン病の主治医の言葉。2010年)
「治療法はありません。病院でできることはありません」(父をピック病と診断した医師の言葉。2010年)<両方共事実ではない。治療法はある。>

「治りませんよ。どんどん進行するだけです」
「(薬以外に)進行を遅らせるためにできること・・ですか?ないんですよ」
「すぐ死にますよ」と言われた人もいると最近知った。

認知症という診断でボロボロになっているところに、医師の言葉でとどめを刺される。

2012年4月10日の中日新聞に医師のこんな言葉が書かれていた。
院長は「本人の努力次第でいくらでも改善できる。心配しないで」と肩に手を置き、ほほ笑みながら助言してくれました。(52才。高血圧の人の言葉。→中日新聞公式サイト

同じ言葉を認知症と診断されたすべての人とその家族にそのまま伝えたい。
「できることは、いくらでもあります!大丈夫です。悲観しないで!絶望しないで!」

「体に良いことは、脳にも良い」(茂木健一郎の言葉)
正しい薬物治療と接し方(介護・ケア・対応)以外にも、
体を動かすこと。バランスの良い健康的な食事をすること。禁煙し、大酒を慎むこと。
今まで通り人生を楽しみ、気持ちが良いと思うことをし、よく笑うこと。

脳を含めた全身の血流を良くするために体を冷やさないこと(服、飲食)。
ぬるめのお風呂にゆったりと浸かって体を温めリラックスすること。
マッサージ・鍼灸・アロマ・音楽・園芸・ストレッチ・ヨガ・気功・座禅・森林浴・・
「あぁ気持ちがいい!」と思えるものなら何でも効果があるはずだ。

体と心と脳は、深くつながっている。
ストレスを減らし、より良い精神状態を保てば、体も健康になり、脳にも良い。
運動習慣と良い食生活が、体と脳の状態を改善し、心も明るく元気にする。
動けなくなった人でも家族の笑顔や肌の触れ合いなどで症状が改善する。

認知症になっても穏やかに幸せに暮らしている人は、大勢いる。
薬の副作用で劇的に悪化したレビー小体型認知症患者でも奇跡のような回復をする人もいる。
レビーは、進行したと思ったら突然改善して治ったかのように見えることもある不思議な病気だ。決して階段を下りて行くようには進行しない。
いつでも希望はある。

<関連記事>
*「認知症に鍼(はり)治療」(効果のあるツボを紹介)
*「認知症、うつ病を予防する食事(栄養素)
*「若年性認知症で仕事を続けている方々」医師の一言で号泣した話も
*「認知症の予防(インスリン・血管・運動)」(進行も遅らせる)
*「認知症ケアのポイント(新聞記事)
*カテゴリ:「認知症の予防・診断・治療」(予防効果があるなら発症後でも良いはず)
*カテゴリ:「スロージョギング」(ウォーキングも。有酸素運動の健康効果)

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花水木(ハナミズキ)

認知症と診断されても

がん(癌)と認知症、どちらの告知の方が辛いだろうかと時々考える。

多くの人は、認知症といえば80、90の高齢者を想像するが、若年認知症(65才以前に発症)もある。
思考力も判断力も衰えていない状態で認知症と告げられる辛さはどれ程のものだろう。

そんな告知の言葉には、驚くべきものが多い。語録を作りたくなるほどだ。

「レビーかどうかなんて解剖しなきゃわかりませんよ。わかった所で治す薬も治療法もありません」(母のパーキンソン病の主治医の言葉。2010年)
「治療法はありません。病院でできることはありません」(父をピック病と診断した医師の言葉。2010年)<両方共事実ではない。治療法はある。>

「治りませんよ。どんどん進行するだけです」
「(薬以外に)進行を遅らせるためにできること・・ですか?ないんですよ」
「すぐ死にますよ」と言われた人もいると最近知った。

認知症という診断でボロボロになっているところに、医師の言葉でとどめを刺される。

2012年4月10日の中日新聞に医師のこんな言葉が書かれていた。
院長は「本人の努力次第でいくらでも改善できる。心配しないで」と肩に手を置き、ほほ笑みながら助言してくれました。(52才。高血圧の人の言葉。→中日新聞公式サイト

同じ言葉を認知症と診断されたすべての人とその家族にそのまま伝えたい。
「できることは、いくらでもあります!大丈夫です。悲観しないで!絶望しないで!」

「体に良いことは、脳にも良い」(茂木健一郎の言葉)
正しい薬物治療と接し方(介護・ケア・対応)以外にも、
体を動かすこと。バランスの良い健康的な食事をすること。禁煙し、大酒を慎むこと。
今まで通り人生を楽しみ、気持ちが良いと思うことをし、よく笑うこと。

脳を含めた全身の血流を良くするために体を冷やさないこと(服、飲食)。
ぬるめのお風呂にゆったりと浸かって体を温めリラックスすること。
マッサージ・鍼灸・アロマ・音楽・園芸・ストレッチ・ヨガ・気功・座禅・森林浴・・
「あぁ気持ちがいい!」と思えるものなら何でも効果があるはずだ。

体と心と脳は、深くつながっている。
ストレスを減らし、より良い精神状態を保てば、体も健康になり、脳にも良い。
運動習慣と良い食生活が、体と脳の状態を改善し、心も明るく元気にする。
動けなくなった人でも家族の笑顔や肌の触れ合いなどで症状が改善する。

認知症になっても穏やかに幸せに暮らしている人は、大勢いる。
薬の副作用で劇的に悪化したレビー小体型認知症患者でも奇跡のような回復をする人もいる。
レビーは、進行したと思ったら突然改善して治ったかのように見えることもある不思議な病気だ。決して階段を下りて行くようには進行しない。
いつでも希望はある。

<関連記事>
*「認知症に鍼(はり)治療」効果のあるツボを紹介
*「認知症、うつ病を予防する食事(栄養素)
*「認知症ケアのポイント(新聞記事)
*カテゴリ:「認知症の予防・診断・治療」(予防効果があるなら発症後でも良いはず)
*カテゴリ:「スロージョギング」(ウォーキングも。有酸素運動の健康効果)

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花水木(ハナミズキ)
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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