いじめについて

大津のいじめ事件についてずっと考え続けています。
あの事件によって一体どれだけ多くの人間が、子供が、深い傷を負ったのでしょうか。
私たちは、何をしなければいけなかったのか。これからどうしなければいけないのか。

認知症と何の関係があるのかと思われるかもしれませんが、脳の病気や障害を持ったあらゆる人は、誤解、偏見、差別、いじめ(虐待)の対象となり続けているのが現実です。

私も知的障害のある兄のことで、中学まで10年近く断続的にいじめを受けました。
「こいつ、○○の妹だ」と障害のない兄の同級生(兄は私と同じ公立学校の「特殊学級」と呼ばれるクラスに通っていました。「普通学級」との交流がありました。)に取り囲まれて突き飛ばされたり、兄と行った公園で知らない子供達から砂場の砂を投げつけられたりしました。

私は、1度だけそのことを母に訴えた記憶があります。
(6歳前後だったと思いますが、子供の記憶なので不確かです。)
母は、目を真っ赤にして、震えていました。そして恐い顔で一言言いました。
「そんな子は、可哀想な子だと思いなさい」

私には、理解も納得もできませんでした。何の救いにもなりませんでした。
可哀想なのは、何1つ悪い所がないのに酷い目に遭い続けている兄の方だと思いました。
いじめる子供に対して精神的優位に立てる程、私は大きくなく、余裕もありませんでした。

そしてこの話をすることは、いけないこと(罪)なのだと感じました。
私は、2度と再び母にも他の誰にもいじめられたことを話しませんでした。
そのことは、私の子供時代をより困難なものにしたと思っています。

あの時、私が、言って欲しかった言葉が、今ならわかります。
「辛いよね。悔しいよね。そう思うのが、当たり前だよ。そう思っていいんだよ。
そう思うのは、弱いからでも何でもない。苦しい時は、苦しいって言っていいんだよ。
あなたは何も悪くない。何も恥じることはないし、後ろめたく思うこともない。
悪いのは、あなたをいじめる人で、あなたではない。あなたは、絶対に悪くない。
”嫌だ!止めて!”って大声で堂々と言っていいんだよ。人に助けを求めていいんだよ。
一人で我慢する必要なんて全然ないんだよ」


昨日の朝日新聞の記事を読んで私は、ある危うさを感じました。(この方は素晴らしい方ですが、同じことを同じ立場の子供達に求めることはできないと思います。)

悲痛な経験にプラスの意味を見つけられるのは、そこから精神的に立ちあがった時です。
もがき苦しんでいる最中は、そのことを家族や人に話すことすら困難です。
なぜそんなことが起こっているのかもわからず、いじめられ、くじけている自分に非があるのかとすら考えてしまいます。

愛する人を亡くし絶望に打ちひしがれる人に「これはあなたを成長させる素晴らしい機会だと思って感謝しなさい」と言うことの残酷さを多くの人は想像できると思います。
いじめを受ける苦しみも同じだと私は思っています。

*「認知症や障害を受け入れること」という記事は、こちら。
*長野県のある中学での具体的いじめ対策は、参考になります。→こちら。
*兄のことを書いたカテゴリは、こちら。

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グラジオラス

「RUN伴(とも)」スタート

私も会員になっているNPO法人認知症フレンドシップクラブ主催の「RUN 伴(とも)2012」が、今日(2012年7月27日)始まりました。

認知症の方や家族、支援者が1つのたすきをつないで走ろうというユニークな企画です。
(参加、ボランティア、協力方法の情報詳細は、こちらを。

認知症フレンドシップクラブ(代表 井出訓・放送大学教授)の支部は、現在、札幌、函館、帯広、石狩、東京、町田、柏、奈良にあります。(連絡先は、こちら。

千葉県柏市の事務局では、誰もが気軽に寄れる「よりあい所」や若年認知症家族会(アルパの会)を立ち上げています。(認知症情報も充実した柏事務局のブログはこちら。)

RUN伴は、ツイッターでの実況中継もあります。→こちら

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病院

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認知症は治るか

父は母の認知症を薬で治すのだと言い続けている。
けれども特定の認知症(正常圧水頭症など)を除いて認知症が治ることはない。

患者本人や家族が困り果てる症状(周辺症状/BPSD)を落ち着かせて、より良い生活を送ることは、可能なことがある。(レビー小体型認知症では、それが劇的に起こることもあれば、どれだけ努力しても変わらないこともある。)

レビー小体型認知症の発見者である小阪憲司医師は、薬(向精神薬など)を増やしていくことよりもケアの方法(本人を安心させる接し方)がより重要だと言っている。

薬の副作用が激しく出る特徴のあるレビー小体型認知症の場合は、問題を起こしている薬を止めたり減量することで大きな効果が出ることもある。
逆に医師の処方した向精神薬で劇的に悪化する例も少なくない。(母もそうだった。そういう例を今まで多く聞いてきている。)

介護家族が「認知症を治したい」と言う時には、どういう症状を治したい(=どういう症状に苦しめられている)のかをきくことが大切だと思う。

父は、幻視(幻覚)を薬によってなくしたいと思っている。
母が、「空にライオンが寝ている」「(亡くなった父親が)手を振っている」などと言うことが、父にとっては、最も耐え難いことのようだ。
父は、「そんなものはいない。いる訳がない」という最も不適切な対応しかできず、常に母と喧嘩になる。

母は、幻視に苦しんではいない。
亡くなった家族が頻繁に見舞いに来てくれたり、大好きな動物たちを見ることは、むしろ楽しみになっている。
時々不気味な幽霊も来るというが、無視していれば大丈夫だという。
幻視は、家族にとって(最初は)ショッキングな症状だが、本人が苦しんでいない限り問題視せず共生していけば良いのだと思う。

レビー小体型認知症は、不思議な病気だ。
「認知症は進行していくもの」と覚悟していたが、突然、状態が良くなることがある。
ほとんど会話もできない時もあった母は、現在、ごく普通に会話ができる。
(記憶障害―物忘れ―は、最初からずっと目立たない。)
幻視と妄想さえ口にしなければ、会った人は、認知症とは分からないかも知れない。

手だけがどうにか動く程度でいすに座ることも困難だった身体機能もなぜか突然改善し、ものにつかまって立つという信じ難いこともできるようになった。
脳と体の奇跡的改善の原因は、わからない。
だからまた突然、会話も成立せず、体も動かせない状態に戻ることも覚悟している。

奇跡を期待することは、勧めない。
けれども「認知症は、悪くなっていく一方」という「常識」は、少なくともレビー小体型認知症には当てはまらないことを私は、母から教えられた。

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桔梗(キキョウ)

高齢者に敬意を示す社会

最近、韓国人(韓国在住)の方と初めて友達になりました。
大学生なのにとてもしっかりしていて(徴兵制により既に2年間兵役に就いた経験があります。)、礼儀正しく、バイタリティーに溢れていて(自転車で北海道から九州、ソウルまで走ったそうです。)とても驚きました。
優秀な青年だとはいえ、日本の若い世代と比べると、色々考え込んでしまいました。

私は、韓国のことはほとんど知らず、色々と無知な質問を彼にしました。
丁寧に言葉を選んで返されるその答えにも一々深く考えさせられたのですが、1つ、ちょっと衝撃を受けたことがありました。(正確に言うと、戦争のこと等色々と衝撃は受けました。)

韓国の時代劇で見る韓国式の深々としたお辞儀(その動画は、こちら)。
現代でもする機会があるのかと質問しました。
「久しぶりに祖父母と会った時。もっと丁寧にするのは、先祖に対して」という答えでした。

日本にも「敬老の日」という言葉だけは、残っています。
しかし老いることに何の価値も置かない今の日本では、後期高齢者でも「敬老」などという言葉を喜ばないのではないでしょうか。

私たちの社会は、高齢者に敬意を払わない社会なんだなと思ってしまいました。
(韓国の高齢者事情について、このこと以外に何も知りはしないのですが・・。)
ネット社会は、それを加速させているでしょう。
人は、「おばあちゃんの知恵」よりもネット情報を頼り、PCを使えない高齢者は、情報弱者と呼ばれています。

今、介護が、深刻な社会問題となっている背景には、そうした意識の変化もあるのだと初めて思いました。
高齢者が尊敬と愛情の対象ならば、介護は、もう少し違う語られ方をするのかも知れません。

むくげ
ムクゲ(韓国の国花)



徘徊への対応(読者の体験談)

徘徊が、介護家族を深刻な状況に追い詰めた経験を今まで度々耳にしてきました。

(追記;しかし徘徊という言葉、実は真の姿からかけ離れています。詳細と対応方法

レビー小体型認知症患者が、アリセプトの副作用(興奮等)によって徘徊を始めた話も伺いました。(私の母は、要支援2だった2010年に転倒による圧迫骨折から歩けなくなり、徘徊はしませんでした。)

このブログの読者、Mさんのお母様は、レビー小体型認知症で現在は要介護2。
一人暮らしのお母様をMさんが自分のマンションに引き取り、会社勤めをしながら一人で介護。徘徊には、悩まれたそうです。
しかし最近、あることをきっかけに徘徊がなくなったといいます。
Mさんから直接伺った体験談をご紹介します。

 徘徊のきっかけは?

徘徊の始まる前、「ここはどこ?いつになったら家に帰れるの?」という質問ばかりし、「早く帰りたい」と泣いたりしました。

 どこに、どうやって行こうとしましたか?

実家や自分の生家などにタクシーで行こうとしました。
警察や病院(救急車で運ばれた。)から連絡をいただいたこともありました。
「夫(故人だが生きていると認識。)に申し訳ないから、このマンションにはいられない」というのが、母の徘徊の理由でした。


 どういう対策を取られましたか?

徘徊が始まってすぐ、首に迷子札を下げ、ドコモのイマドコサーチとココセコムの契約をし、職場から常に母の居場所を確認しました。
家に不在と分かると携帯に電話し、タクシーの運転手さんに電話を代わってもらい、私のマンションまで送り届けてもらいました。
いつも携帯の入っているバックを持参してくれていましたので助かりました。
1度、靴を隠しておいたら、スリッパで出てしまいました。

無理に止めさせる方法を考えることは止め、『もし外に出たら早く発見すれば良いのだ』と思ったら少し気が楽になりました。


 徘徊が治まったきっかけは?

いつも外に出てしまう3時~5時にヘルパーさんをお願いし、見守りをしてもらったことです。
人がいれば寂しくないので外に出ようとはしなくなりました。年配の女性ヘルパーさんとの会話も楽しいようです。本当にヘルパーさんをお願いして良かったと思っています。

「ここは良い所。実家に戻っても一人で生活するのは大変よ。」と言い続けたことも効果があった気がします。


 徘徊に悩む介護家族の方にメッセージは?

徘徊は、気持ちが追い詰められますが、永久に徘徊するわけではないのでどうにか乗り切るしかないと思います。
やはり介護サービスを上手に利用し、他者の協力を仰ぐことだが大切だと感じます。


*徘徊に関してMさんが参考にしたサイト→「介護みまもりの記録
他にもこんなサイトもあります。「「徘徊への対応(看護ネット)」「徘徊の対応(健康長寿ネット)」「今から知っておきたい介護のABC 徘徊は突然やってくる

<関連記事>
徘徊の種類別・原因と対応方法(朝日新聞)

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グラジオラス

臨床美術が認知症状を改善(新聞記事)

2012年7月19日の中日新聞掲載記事から。(青字部分。原文通り。記事の一部は省略)
(記事全文は、こちら「中日メディカルサイト)を。

芸術療法が認知症症状を改善することを数値で示した研究があることを知りませんでした。
本物そっくりに上手く描くのではなく、手が動くままに、心向くままに描くということが大切なのだと思います。
家族が試してみる場合は、「○○を描いて」「これは何?」「りんごは赤くて丸いでしょ」などの言葉は控えて、「素敵」「凄い」「楽しそう」など誉める言葉、共感や肯定する言葉をかけると良いコミュニケーションが生まれると思います。(しば)

*************************************

   心の壁、絵で解かして 芸術療法 自閉症児、うつ病にも
        東海のNPO法人 手足で着色 五感に刺激

絵を描いたり造形をすることで脳を刺激する芸術療法「臨床美術」が、全国の医療現場で認知症患者のリハビリなどに取り入れられている。
うつ病や自閉症での効果も期待されることから、東海地区でもNPO法人が普及に取り組み、対象は障害児や一般の人に広がっている。

「『雨』から感じる色を4つ選んで、絵を描いて」
自閉症や知的障害の子どもたちが通うデイサービス施設「さくらんぼ」(名古屋市昭和区)で、NPO法人「あーとふるmomo(もも)」(名古屋市)のスタッフが呼び掛けた。

渡された透明なアクリル板を手に、子どもたちは青や緑、ピンクなど自由に色を選ぶ。
筆を使わず手足で描く子や、乾いた絵の具を爪ではがしながら作品に取り組む子に、スタッフは「その色きれい」「面白いね」と声をかけ続ける。
じっと座るのが苦手な子どもが集中して絵を描き続ける姿に、「自分の思いを表現して、すっきりした顔をしている」。
生方清美代表は「絵画教室と違い、上手に描くことが目的じゃない。絵を否定せず、表現のサポートに徹する」と話す。

臨床美術は1996年、医師や芸術家らが認知症の予防、症状改善を目的に開発。
題材を正確に模写することよりも、「梅干しのすっぱい感じを絵にして」「怖かった気持ちを色にして」などと、会話や回想を通じて感覚を表現するよう導くのが特徴だ。
五感のイメージを表現する過程で、右脳が刺激される。

NPO法人「日本臨床美術協会」(東京)が指導を担う「臨床美術士」を認定し、全国で1500~1600人が活動する。

協会によると、認知機能の国際的調査方法「MMSE」で調べたところ、臨床美術を体験した認知症患者の25%は症状が改善、48%は進行が抑えられた。
全国約120カ所の施設や病院のほか、各地の自治体が介護予防事業に取り入れている。

臨床美術は、気持ちを表現することが苦手な自閉症の子どもや、ストレスでうつ病になった人への効果も期待されている。
自分の思いを絵にする過程で言葉の表現力を高めたり、ストレスを発散できる。
生方さんは「職場の悩みから、うつ病になる社会人も多い。企業のメンタルケアなどにも取り組みを広げたい」と意欲をみせた。


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初雪草だそうです。
去年の夏に撮った花です。

運動によって認知症・うつ病予防(新聞記事)

2012年7月20日の日本経済新聞朝刊のランニング特集記事(P.36一面)から一部抜粋。
以下、青字部分が新聞から。(文章はほぼ原文通り。一部要約。)


    能力アップ 走って実感
      高まる集中/認知症予防も期待
           海馬と前頭前野 活性化

筑波大人間総合科学研究科の征矢英昭教授の研究。
最大酸素摂取量の50%の強度で10分間自転車のペダルこぎをするとある知能テストの成績が上がることを実験で証明。

脳の活動が高まった領域は、左脳の前頭前野背外側部(ブロードマンの46野)。
ここが活性化すると類推、選択、判断の機能が上がる。

ここは、注意、集中、メモリー機能ともかかわり、活動が低下すると認知症やうつ病(原文には自閉症も)を患う危険がある。
運動の認知症、うつ病予防効果に期待されている。

勤務中に仕事力が低下したと思ったら、10分休みをとって軽く走るだけで効果があるという。

ランニングなどの軽い運動をすると脳内の海馬(学習、記憶にかかわる部位)が活性化することもわかっている。
ネズミを使った実験では、運動によって海馬が大きくなることがわかっている。
週5回の運動を6週間続けると、新たな神経が生まれ海馬が太り始める。
高齢者でも半年から1年走ると効果が現われる。

中強度(最大酸素摂取量の50~60%)の運動よりも低強度のジョギング(原文ではランニング)の方が、海馬が活性化する。
海馬を刺激したいのならスロージョギングで十分で、速歩でもいいという。

前頭前野は、中強度のランニングで活性化する。
視床下部も活性化するのでストレスを感じ、疲労感が出る半面、快感を覚えることもある。

また征矢教授は、「気分」「ムード」にも着目してスポーツの大切さを説いている。
「運動すると脳が活性化し、その結果として気分、ムードが良くなる。運動には、ムードチェンジング効果がある。ストレスから逃れられない世の中になり、小学生でもうつになる。どうやってストレスへの処理能力を高めていくのか。スポーツには、その力がある」

*スロージョギングに関するこれまでの記事(カテゴリ)は、こちらを。

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正しい走り方。踵から着地しません。
1分間に180歩の速いテンポで走ります。

ノーベル賞作家が認知症になること

2012年7月7日にノーベル文学賞作家のG. ガルシア=マルケス (84歳。代表作「百年の孤独」)が認知症だというニュースが流れました。
それ以前から認知症らしいという噂は、友人の話としてネットに流れていました。
ツイッターには、「ショックだ」など驚きの反応が多数ありました。

私は、このニュースにとても違和感を感じました。
なぜそれがニュースになるのかが、私には、わかりません。

認知症は、誰でもが、なるうる病気です。
認知症になる人の割合は、年齢が5歳上がると共に約2倍になります。
65歳以上の約10人に1人は認知症です。
85歳以上では、約4人に1人が認知症になります。
(小阪憲司著「第二の認知症 増えるレビー小体型認知症の今」P.18より)
84歳のG. ガルシア=マルケス が認知症になることは、何も珍しいことではありません。

優れた知能や精神力を持った人が、認知症になりにくいという研究はありません。
マーガレット・サッチャー元首相も認知症になっています。
認知症予防には、頭や手を使うことが良いとは言われていますが、大学教授でも医師でも弁護士でも画家でもピアニストでも認知症になります。
誰でもなりうる、年齢と共に罹りやすくなるという点では、がんと変わりません。

また認知症になった途端に全ての能力、感情、人格を失う訳ではありません。
失うものは、その人の中のごく一部分でしかありません。
(重度になると様々なことが困難になりますが、それでもその体の中にその人は豊かな感情を持って存在しているのだと私は信じています。)

クリスティーン・ボーデン(ブライデン)さんは、アルツハイマー型認知症を患いながら優れたを書きました。
病気の進行にも寄りますが、G. ガルシア=マルケスが、認知症になったからこそ新たな世界を描けるということも十分可能だろうと想像します。

母の居たグループホームと現在居る特別養護老人ホームには、見事な絵を描く方がいらっしゃいます。一方の方は、全国で個展を開くべきだと私は、密かに思っています。
アウトサイダー・アートと呼べるものだと思います。

認知症を患う方には、そうした能力を発揮できる可能性があると思っています。
それまで絵とは全く無縁だった方でも画材を持ち、自由に描く機会を得れば、きっと驚くような作品を描く方が、少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。

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去年の11月に母が自由に描いた絵

最近の様子

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胃ろうを止める(新聞記事)No.2

2011年2月9日読売新聞の医療サイト「ヨミドクター」に日野原重明さんが書いた胃ろうの記事。(冒頭部分は省略。全文原文通り。)

先月、このブログに「胃ろうを止める」という記事を書きました。
日本老年医学会が指針を発表したところで、胃ろうを途中で止めることは極めて困難ではないかというコメントを医師から頂きました。私もそう考えていました。

しかし日野原さんは、この記事の中で「日本尊厳死協会に入会しておけば倫理的に認められる」と書いていました。

以下、青字部分は、ヨミドクターからのコピーです。

(略)ところが以上のような状態が長く続くと、鼻孔からの補液を1日3~4回繰り返すのではなく、腹部を小さく切開して胃のあたりの皮膚に孔を開ける処置をします。
それを「胃瘻(いろう)」と呼びます。ここから液体を補給することは鼻孔栄養よりも操作が楽だから、介護人でも可能です。

しかし、意識が回復しないか、または認知症がひどくてうとうと眠っている老人や、がんの末期でホスピスでの療養が望ましい重症患者では、胃瘻から水分や栄養物を補給しても、それが本人のためになるかどうかは分からないケースが多いのです。
その時は、胃瘻からの補液はむしろ中止した方が当人に望ましいと、医師や家人は考えるかもしれません。

もし患者の意識がはっきりしている時に、当人が日本尊厳死協会に入会しておれば、家人は医師と相談して、補液の中止を行っても、これは倫理的に認められることで、栄養補液をすこしずつ減らしていけば、結果として尊厳死となるのです。
そこで、以上のような重症な病気にならない前に、前もって日本尊厳死協会に登録すればよい。
今日、この登録者は29万5千人にも達しています。

胃瘻を続けていても、その補液は食道から逆流して気管に入ることがあり、そのために嚥下性肺炎で死亡することもあるので、鼻孔からの補液と同様に、胃瘻には副作用もあるわけです。

今、日本では口から食べ物をとれないために胃瘻で延命している人は約40万人にも及ぶと言われています。
自分が重症となり、回復が望めなくなったと思われた時には、補液などをしてほしくないことを事前に家人や医師や日本尊厳死協会に登録しておけば、それが一番よい手立てであることを覚えておいてほしいと思います。


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モチノキの仲間(生け垣の小さな花)
去年撮影。

長谷川和夫氏の講演(新聞記事から)

2012年7月8日の長野日報の記事から。(青字部分)

母は、認知症症状(物忘れは目立たず、幻視と妄想が主)が一気に悪化すると同時になぜか難聴が治りました。そんな話は聞いたことがありませんから、かなり特殊な例かも知れません。
脳の一部が壊れると他の部分がそれを補おうとするといいますから、そのせいなのだろうかと思っていました。

「母は、超能力者のように人の心を正確に読む」ということにも家族は驚いています。
母には、私たちがどんな気持ちでいるのか、何を考えているのかが、恐ろしく正確にわかる時がよくあります。
この記事を読んで、それが母だけではないことがわかりました。

追記:長谷川氏は、認知症の「長谷川式簡易知能評価スケール」(最も有名な簡易テスト)の開発者です。

 以下、青字部分は、記事からの抜き書き(原文通り)。


認知症をテーマにした介護予防講演会(岡谷市主催)が7日、岡谷市幸町のカノラホールであり、元聖マリアンナ医科大学長で認知症介護研究・研修東京センター名誉センター長の長谷川和夫さんが講演した。
認知症の予防と介護について語り、「その人らしさを大切にするケアが大事」と呼び掛けた。

長谷川さんは「認知症の物忘れは、記憶の帯から体験全体が抜け落ちて忘れるので、思い出せない」と指摘。
他方で「認知機能は左の脳にあるので、右の脳が相対的に活性化する。
認知症の人は感情によるコミュニケーションが得意になり、私たちの感情を敏感に察知する」とした。

その上で、介護の心構えを「『何も分からない人』と見下ろすのではなく、その人らしさを大切にするケアを」と強調。
具体的には 1、寄り添う心と絆 2、聴くことを第一に。待つこと 3、目を見て話す4、明るく楽しい気分ーを促し、「演技してでもにこにこ笑うこと。それが認知症の人にはありがたい」と助言した。

一方で「家族も当事者。認知症の人と家族の人は10~15年 にわたって歩いていかなければいけない。周りの人が支えていくことが求められる」とし、地域に見合った支え合いの仕組み作りを訴えた。

認知症予防では▽若いときから頭を使う▽運動をする▽50歳以降は魚や野菜、果物を豊富に食べる―ことを強調した。

<関連記事>
*「認知症の方本人は、どう接して欲しいと願っているのか
*「認知症の人が求めているもの
*「認知症のわたし(朝日新聞連載記事)
*「NHKある夫婦の記録「隠したって何もないもん」

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蓮のつぼみ
(去年撮影)

戻りました

夕べ遅くに帰宅しました。

2年4ヶ月ぶり(遠距離介護が始まって以来)の旅行は、本当に心の底から楽しめました。
知らない土地を歩くというのは、こんなに沢山の刺激を受けるものなんだなぁと思いました。
脳も刺激を受けて活性化する気がしましたよ。(笑)

日々介護に追われている皆さんも、ぜひ無理矢理にでも計画を立てて旅行に行ってみて下さい。
きっとリフレッシュして、新しい気持ちで介護にも向かい合えるようになると思いますよ。
心身の健康には、本当にたくさんの注意が必要です。
みなさんの身体も心も良い状態を保てますように・・・!

しば

読んで頂いてありがとうございます。

ブログを読んで下さったみなさま、本当にありがとうございます。
できる限り正確で公正で役に立つ情報をこれからも書いていきたいと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。

あさって7月12日まで(多分)コメントへの返信ができませんのでご了承下さい。
2年4ヶ月振りにリフレッシュのための旅行に行って来ます。
毎月遠い実家に通う日々の中では、旅行なんて考えも付きませんでした。
やっとそんな心のゆとりができたかと、ちょっと感慨深いですね。

では、暑い日が続きますが、みなさま、くれぐれもお体に気を付けてください。
行ってきます。

しば

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去年の6月に撮ったネギ。
実家から戻ると花が咲いていました。

施設で個別ケアを可能にするには

2012年6月25日放送のNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で「闘う介護、覚悟の現場(介護福祉士:和田行男)」を途中から見ました。(内容詳細は、こちら
(再放送は、7月13日午前1時40分=12日の深夜過ぎ。東北地方を除く)

全部を見ていないので番組の感想は書けません。
ただ『これと同じことを介護現場に求めることは無理だ』と思いました。

和田さんは、もちろん素晴らしい方で、介護現場の不可能を可能とするために文字通り闘い続けています。
しかし同じことを日本中すべての介護施設、介護職員に求めるのは、間違っているだろうと思うのです。

和田さんの施設では、認知症の方1人に介護職員が1人付いて、電車に乗って海に行きました。
現在、日本には、270万人の認知症患者がいると言われています。
(認知症介護研究・研修東京センター推計)
その内の何人が施設にいらっしゃるかはわかりませんが、和田さんのような個別のケアを全員にしようとすれば(ごく単純に考えると)同数の介護職員が必要になります。

その介護職員(その家族を含め。)の生活を支えていくためには、十分な報酬が支払われなければいけません。(現在、報酬が十分でないことが知られています。)
個別のケアを可能にするためには、非常に大きな費用がかかります。
介護家族は、今の何倍、いえ、それ以上の費用を負担することができるでしょうか?

介護職員の方々は、もう既に限界まで頑張っていらっしゃいます。
どの施設でもそうだと思います。
もっと頑張れというのは、理不尽です。

では、どうすれば個別のケアが可能になるのか。
私は、今以上にボランティアを活用するのが良いのではないかと思っています。

米国では、老人ホームに居る決まった方を定期的に訪ねて話し相手になるというボランティアがあります。
老人ホームに居る希望者が、施設のバスに乗って週1回ショッピングセンターに買い物に行く時、個別に付き添うというボランティアもあります。
どちらも非常に喜ばれました。(20年近く前、米国に住んだ時に経験しました。ただあまりに古い話ですし、買い物の付き添いは短期間しかしなかったので、ここに書くのはとても気が引けます。)

ボランティアに関する問題など、更に詳しいことは、次回に書く予定です。

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紫陽花(アジサイ)






レビー小体型認知症に関する特集記事(週刊誌)

サンデー毎日(2012年7月1日P.151~P.153)にレビー小体型認知症の特集記事掲載。
書かれた情報は正確で、問題を広く網羅している良質な記事です。

記事に書かれた多くのことは、既にこのブログにも書いています。(こちら)
まだこのブログに書いていなかったこと、何度でも繰り返し訴えたいことをこの特集記事から要約してご紹介します。(以下、青字部分)

   第二の認知症「レビー小体型」 推定60万人超 
   知らなかったと悔いる前に●医師の見つけ方●改善する介護
   大声で寝言、よく転ぶ・・は要注意

メディカルケアコート・クリニックの小阪憲司院長(この病気の発見者)の言葉。
「多くの患者が誤診されている。家族がネットで調べて誤診を疑い来院する。
初診後は、過った薬、量の多い薬を減らす。

(注byしば:レビーは薬物過敏性が特徴。処方された薬で劇的悪化の可能性もある。)
早期に診断、適切な治療を始めればQOL(生活の質)は確実に向上する」

「パーキンソン病とレビー小体型認知症は本質的には同じ病気。レビー小体(αシヌクレインというたんぱく質の固まり)が脳幹に出ればパーキンソン症状が、大脳皮質に出れば精神症状や認知症が現れる。
パーキンソン症状が先に出るケースと後に出るケースがある」

専門医でもレビーに詳しいとは限らない。
「レビーの患者がいるか」と経験や知識の有無を確かめるのも医師選びの1つの方法。(「レビー小体型認知症研究会」事務局長 尾崎純郎氏)

医療機関では問診、CT、MRI、SPECTの画像を参考に診断される。

(注byしば:母は症状が進んだ段階で「画像は正常。認知症ではない」と診断された)
最近は心臓交感神経の変性などを診るMIBG心筋シンチグラフィが精度を発揮している。

薬は、アリセプトが効果を示すが、医療保険が適用されない。
2013年には適用になる可能性がある。

(注byしば:ただしアルツハイマーの患者と比べ興奮などの激しい副作用が出やすいので、ごく微量から試さなければ危険。しかしそのことを多くの医師は知らず、「微量では効果がない」と反対する。)

レビー小体型認知症は症状が多彩な「全身病」なので介護家族の負担は大きい。
「最初から適切な診断と治療がなされていれば行動を理解できたし、家族も苦しまなくて済んだかも。レビー小体型認知症に詳しい医師は、患者数に対して圧倒的に足りない。情報も少ない」(パーキンソン病と診断され、5年後にレビーとわかった患者の介護家族)

医療現場でレビー患者に起こる悲劇の1例。意識を失う発作を繰り返し、大学病院では心臓発作とみてペースメーカーを入れようとした。幸い薬を減らすことで転倒は少なくなった。

家族は、症状をよく観察して記録につけ、医師に示すと役に立つ。
「大丈夫だよ。お母さんは、お母さんだよ」と声をかければ不安も和らぐ。(介護家族)

(注byしば:病識、記憶、抑うつ症状などがある母は、「私は頭がおかしい。どんどんバカになっていく」と言い続けている。不安感が強く精神的に不安定になりやすい。)

追記:パーキンソン病とレビー小体型認知症におけるMIBG心筋シンチグラフィの所見については、小阪 憲司・織茂 智之 著”「パーキンソン病」「レビー小体型認知症」がわかるQAブック”に詳しいようです。内容は、こちらで読めます。→「メディカ出版公式サイト」

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紫陽花(アジサイ)

上手に歩いて健康効果(NHKニュースから)

2012年7月6日の朝7時台のNHKニュースで面白い研究結果が放送されました。

東京都健康長寿医療センター研究所の青柳幸利副部長の追跡研究で、どう歩けばどんな病気が予防できるかがわかったというものです。

青柳氏は、歩き方の2つの項目に注目しています。
 1. 毎日の歩数
 2. 軽く息が切れる速度(中強度の運動量)で歩行する時間
この両方の目標を達成しないと効果が出ないようです。

研究結果は、以下の通りです。

    うつ病予防  1日4000歩 中強度の歩行5分以上

    認知症予防
    脳梗塞予防  1日5000歩 中強度の歩行7.5分以上

    骨粗鬆症予防
    動脈硬化予防 1日7000歩 中強度の歩行15分以上

    糖尿病予防
    高血圧症予防 1日8000歩 中強度の歩行20分以上


この研究結果に基づき、東京都町田市など都内5カ所に「健寿の駅」を設置。
会員になると活動計を持ち、歩行の記録を毎日付け、それに従って指導を受けられるそうです。
埼玉県、宮城県でもこれから同様の取り組みを始めるそうです。

放送の中では、高血圧の高齢男性がこれに従って歩き続けた結果、1年後には血圧が正常値に下がったと伝えていました。
この男性は、軽く息が切れる中強度の歩行(かなり早足)のためにメトロノームを聞いていました。

このブログでは、田中宏暁教授の提唱するスロージョギングをおすすめしてきました。
(スロージョギングのカテゴリーは、こちら

しかし30年40年50年と運動習慣のまったくなかった方は、爽快感を感じる前に疲労感を感じてしまうようです。運動嫌いの方にとって「運動を続ける」というのは、思った以上にハードルが高いのですね。
(中には毎日5分から始めて数ヶ月後には30分楽に走れるようになったという50代の方も実際にいらっしゃいます。続けさえすれば誰でもそうなると思うのですが・・)

軽く息が切れる程度に歩くというのも中々キツいと思いますが、(スロージョギングは息が切れない速度で走ります。)ウォーキングから始めて、体力アップしてきたらスロージョギングを試してみるというのも良い方法かと思います。

追記:2013年3月24日の日経新聞P.15に掲載された記事から抜粋。
信州大学の能勢博教授はインターバル速歩(普通のウォーキングの合間に3分間の速歩を入れる)を推奨。5千人対象の調査で筋力、持久力共に向上。血糖値、血圧、肥満度、うつの評価尺度が改善。普通のウオーキングではここまでの結果は出ず
 
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スロージョギングの正しい走り方。
1分間を180歩。1秒3歩で走るのがポイントです。
2012年7月4日の「ためしてガッテン」でも紹介されました。内容は、こちら。

上手に歩いて健康効果

2012年7月6日の朝7時台のNHKニュースで面白い研究結果が放送されました。

東京都健康長寿医療センター研究所の青柳幸利副部長の追跡研究で、どう歩けばどんな病気が予防できるかがわかったというものです。

青柳氏は、歩き方の2つの項目に注目しています。
 1. 毎日の歩数
 2. 軽く息が切れる速度(中強度の運動量)で歩行する時間
この両方の目標を達成しないと効果が出ないようです。

研究結果は、以下の通りです。

    うつ病予防  1日4000歩 中強度の歩行5分以上

    認知症予防
    脳梗塞予防  1日5000歩 中強度の歩行7.5分以上

    骨粗鬆症予防
    動脈硬化予防 1日7000歩 中強度の歩行15分以上

    糖尿病予防
    高血圧症予防 1日8000歩 中強度の歩行20分以上


この研究結果に基づき、東京都町田市など都内5カ所に「健寿の駅」を設置。
会員になると活動計を持ち、歩行の記録を毎日付け、それに従って指導を受けられるそうです。
埼玉県、宮城県でもこれから同様の取り組みを始めるそうです。

放送の中では、高血圧の高齢男性がこれに従って歩き続けた結果、1年後には血圧が正常値に下がったと伝えていました。
この男性は、軽く息が切れる中強度の歩行(かなり早足)のためにメトロノームを聞いていました。

このブログでは、田中宏暁教授の提唱するスロージョギングをおすすめしてきました。
(スロージョギングのカテゴリーは、こちら

しかし30年40年50年と運動習慣のまったくなかった方は、爽快感を感じる前に疲労感を感じてしまうようです。運動嫌いの方にとって「運動を続ける」というのは、思った以上にハードルが高いのですね。
(中には毎日5分から始めて数ヶ月後には30分楽に走れるようになったという50代の方も実際にいらっしゃいます。続けさえすれば誰でもそうなると思うのですが・・)

軽く息が切れる程度に歩くというのも中々キツいと思いますが、(スロージョギングは息が切れない速度で走ります。)ウォーキングから始めて、体力アップしてきたらスロージョギングを試してみるというのも良い方法かと思います。

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スロージョギングの正しい走り方。
1分間を180歩。1秒3歩で走るのがポイントです。
2012年7月4日の「ためしてガッテン」でも紹介されました。内容は、こちら。

認知症患者の「人の役に立ちたい」

2年間治まらない母のBPSD(妄想、感情の爆発等の困った症状)に対して、私がうまく対応できたことはほとんどない。
治療も効果なく、言葉かけも何もだめで、どう頑張ってもどうにもならないことだと思うようになっていた。
自宅介護をして、24時間あたたかく包みこんであげられたらBPSDも消えるのかもしないと思うが、それは不可能だ。

先月の帰省時は、非常に良い状態(=普通に会話ができる。)が長かったせいか、不安に襲われた時にも、あることが、とても効果を上げた。
それは、過去にも試そうとしたことだったが、抑うつ症状がひどくて「何もしたくない」と言ったり、落ち着いて何かができる状態ではなかったりして実現しなかった。
(だから誰にでも、いつでも効果があるとは思わない。)


母は、この2年間、「仕事がしたい」「人の役に立ちたい」と度々言っていた。
母の調子がとても良いので、母にきいてみた。
「お母さん、今度、ちょっと家事を手伝ってもらえるかなぁ?」
「いいよ」
「これならしてもいいなとか、これはしたくないと思うこと、何かある?」
「掃除。掃除は、嫌!」
(以前は掃除好きな人だった。本人は認識していない時が多いが、全く歩けない。)
「洗濯物をたたむのは、どう?できそうかな?」
「うん。そのくらいなら私にもできるよ」

数時間後、色々なハンドタオルを持って母の居る老人ホームに再び行った。
その時の母は、眉間にしわを寄せて、不安と緊張が高まり始めた状態だった。
訳もなく突然不安が押し寄せて来て、自分では感情を制御できなくなる時がよくある。

また怒り出すかと思いながら「お母さん、洗濯物たたんでくれる?」ときいてみた。
母は、「いいよ」と言い、無言で一生懸命たたみ始めた。ゆっくり、ゆっくりと。
10枚たたみ終えた時には、眉間のしわが消え、穏やかで満足げな表情に変わっていた。
「ありがとう、お母さん!お陰で凄く助かっちゃった!本当にありがとうね!」
「そのくらい、いつだってしてあげるよ」
母は、自信に満ちた顔で微笑んだ。

しかし30分も経たない内に、母は、また落ち着きを失い険しい顔になった。
試しにもう1度頼むと、同じようにゆっくりとたたみ、同じように穏やかになった。
ただ少し疲れたようだった。
私は、ただただ驚いていた。まるで魔法。

その人の好み、残存能力、意欲も含めた精神状態等に合った仕事を探し出すことは、決して簡単なことではないだろう。
しかし認知症の方が「仕事をしたい。人の役に立ちたい」と言うことは、稀ではない。
その願いを叶えることは、想像以上の効果があるのかもしれないと初めて思った。

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ガクアジサイ


脳梗塞からのリハビリによる回復体験談(2)

体験談(1)からの続きです。

  <再び口から食べられるようになる >
発症40日目に初めて口から嚥下食を摂りました。心配していた家族は、感嘆しました。
1日3食の内の1食で、ベット上で言語聴覚士(嚥下の専門家)の全介助です。
次に面会に行った時には、経管が外されていて安堵しました。
その後、食堂で車いすに座り、自力摂取。刻み食まで食べられるようになった劇的な回復ぶりには目を見張りました。
もし転院していなければ、今頃は、寝たきりで胃ろうだったと思います。

  <家族の悩みと不安>
父が倒れてからずっと緊張が緩むことがありません。あれこれ思い悩みます。
本人の体調も安定せず、今月は、下痢、発熱、痰の増加、皮膚の炎症を起こしました。
意欲の低下、リハビリの拒否もあり、これから始まる在宅介護が、心配で不安です。
先日は、家族が吸痰の方法を習いましが、本人が嫌がって振り払うので大変でした。
起ち上がりの練習を拒否して、トイレへ行くことを固く拒むようにもなりました。

  <同じ介護家族の方へ伝えたいこと>
脳卒中は時間との闘いです。
倒れたら一刻も早く病院へ連れて行かなければいけません。
急性期病院での治療は2週間程度。後遺症が残れば、専門のリハビリで回復を目指します。
医療保険上、脳血管疾患のリハビリは、発症から180日以内、回復期リハビリ病棟に入るには発症から2カ月以内と制限があります。
リハビリも時間との勝負です。
早い段階で十分態勢が整った病院を探すことが大事です。

  <参考にしたサイト>
全国回復期リハビリテーション病棟連絡協議会の公式サイトが充実しています。
   *主な質問へのQ&A
   *より良い回復期リハ病棟を選ぶためのポイント
   *回復期リハ病棟について

朝日新聞「患者を生きる」で女優・真屋順子さんのリハビリの様子が連載されました。
   (1)(2)~(6)
(6)リハビリ情報編には、有益情報が書かれています。

バラ
薔薇
(バラ 5月16日撮影)

脳梗塞からのリハビリによる回復体験談(1)

このブログの嚥下障害・胃ろうのカテゴリーが役に立ったと非公開コメントを下さった方(runmoleさん)が、脳梗塞を発症されたお父様とご家族の貴重な体験を提供して下さいました。(以下、青字部分)
リハビリの重要性が、ひしひしと伝わる内容です。

*認知症の症状は、個人差が大変大きいことをご理解下さい。
*字数の関係で、runmleさんが書かれたものを要約させて頂いています。


  <脳梗塞発症以前の状態>
父は、80歳。20年以上前から肝炎の薬を服用。毎月内科で検査をしていました。
しかし健康状態は良く、自転車にも乗り、家事全般もする程元気でした。
喫煙者だったこと以外に脳梗塞になった原因は思い当たりません。
1年2か月前に、一過性脳虚血発作。救急車で病院へ。しかし1日で回復しました。
脳卒中の基礎的知識を持っていれば、脳梗塞の前兆だとわかったのにと悔いが残ります。
 
 <発症後1ヶ月間の様子>
1月早朝に脳梗塞で倒れ、要介護5に。(右半身マヒ、失語症、嚥下障害、認知機能障害)
発症して1ヶ月近くは、一般病院で寝たきり。食事はできず、栄養は、点滴だけでした。
頬がこけ、声を掛けても反応があるのかないのかわからないような状態でした。
医師からは、「このまま食べられなければ胃ろうを」と説明されました。

 <回復期リハ病棟への転院>
自分でネットで調べ、専門的なリハビリ病院に転院することに決めました。
入院中の病院では、転院先を紹介してもらえませんでした。
自分で調べて3つの病院を選び、病院から連絡してもらうよう頼みました。
2つからは断られ、1つがベッドの空き待ちでした。
12日間待ち、転院できたのは、発症後29日目でした。

  <本格的なリハビリが始まる>
転院してすぐ、摂食機能療法に基づいた口腔ケアで、口の中がきれいになり啖も減少。
経鼻胃管栄養(鼻からの管を通して胃に流動食を送るもの。)をしました。
転院して10日目(発症39日目)にリハビリ病棟に移りました。
理学療法、作業療法、言語聴覚療法を週7日毎日ほぼ3時間受けました。
最初に作業療法士の方に会った時、素晴らしい声掛けに目頭が熱くなりました。
転院して本当に良かったと思いました。現在でもその思いは変わりません。
リハビリには、家族も立ち会うことを勧められ、できるだけ参加しました。
介護の具体的な方法の指導を受け、様々なアドバイスを頂くことができました。


(2)に続く。

バラ
薔薇(バラ 6月1日撮影)

知的障害を持つ50代の兄の成長

「塞翁が馬」を信じている。
では、両親が認知症になって、何か良いことはあったかと訊かれれば・・。
あった。重い知的障害を持つ兄(50代)が、劇的に変わった。

母は、知的障害を持つ子供の、1つの典型的な母親だった。
(韓国映画「母なる証明」を見た時、主人公(母)は、母にそっくりだと思った。)
兄の一挙一動に世話を焼く。
『命に代えてもこの子だけは私が守り抜く』という執念と悲壮感が常にあった。
それが母にいくつもの難病を発症させてきた気がする。

兄は、認知症という病気を理解することはできないが、母がもう「頼れる人」ではなくなったことを早い時期からわかっていた。
それまで母に任せていた多くのことをできないながらも自分からするようになった。

以前にも記事に書いたが、兄は、自分から電話に出られない人だった。
重い言語障害もあり、言葉で他人と意思の疎通をすることは、とても難しいからだ。
私と2人きりの時に電話が鳴ると、半ばパニックになって「デンワ!デンワ!デンワ!」と叫んだ。

母が、グループホームに入った後、私が、実家に電話をすると兄が初めて電話に出た。
「オトウサン、オカアサン、イナイ!」
電話をかけてきた相手を知ろうともしないまま受話器は、ガシャンと置かれた。
それでも兄が、勇気を奮って電話に出たことに驚いた。

やがて、私の声を聞き、電話を切らなくなった。
中々会話は成立しないけれど、とにかく双方向で話せるようになった。

先日は、電話で初めて近況を教えてくれた。
単語の羅列だが、「友達と○○に行った。楽しかった」という内容だった。
兄が、自分の近況をそんな風に教えてくれたのは、初めてだった。

兄は、今、グループホームから通所授産所(作業所)に通っている。
グループホームの職員の方が、一生懸命兄の話し相手になってくれているのだと思う。
兄は、自分にも人とコミュニケーションができるのだという自信を身に付けたように見える。

父が母を自宅に連れ帰った時、妹が、「ほら!黙ってないで歌でも歌って盛り上げてよ」と母に言った。
すると兄が、突然、タイガーマスク(古いアニメ)の主題歌を歌ったのだという。
「最初は何だか全然わからなかったんだけど、よく聞いてたら、どうもタイガーマスクみたいなんだよね!」と妹は、驚いていた。
母を見る度に「カワイソウ」と涙を見せる兄は、母を喜ばせようと必死だったのだろう。

*このブログのカテゴリー「重度知的障害の兄のこと
*過去の記事「障害者ときょうだいと認知症を患う人
*過去の記事「障害者のきょうだいの抱える問題


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露草(ツユクサ)
去年撮った写真。とても好きな花。


プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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