「春を恨んだりはしない」

「松岡正剛の千夜千冊」というサイトの中に、心に残る詩が紹介されていました。
ヴィスワヴァ・シンボルスカ(ポーランドの詩人。ノーベル文学賞受賞)の『終わりと始まり』のなかの「眺めとの別れ」の一節だそうです。夫との死別の後に書かれたものです。


  またやって来たからといって
  
  春を恨んだりはしない
   
  例年のように自分の義務を
  
  果たしているからといって
  
  春を責めたりはしない
  
  わかっている わたしがいくら悲しくても
  
  そのせいで緑の萌えるのが止まったりはしないと



何千年も昔から言い尽くされているように、この世のものは、なにもかも滅んでいくんだなと、あらためて思っています。
若さも、健康も、ちゃんと動いてくれる脳も、親も、愛する人も、今ある日常も幸せも、目に見えない速度で、失われていくんだなと。
理不尽なのではなく、すべてのものが、何千年何億年の間、ずっと移ろってきたんだなと。

今ある幸せが、以前より輝いて見えます。


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八重のツツジの一種
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写真だけを楽しめるようにしました

「花の写真を見てると心が和むから、写真だけ見られるようにして」
と友人から要望があり、やっと最近の写真を集めたものを作りました。

  これです→livedoor PICS

花って見ていると本当に慰められますよね。

PICSも今日初めて知って、試しに始めたので、まだよく仕組みがわかりませんが、一言コメントとかを書き込めるみたいです。
よかったら気楽にコメント、お願いしますね♪

追記:メニューバーの中の「写真一覧」から「スライドショーで見る」を選ぶと、フルスクリーン(PC画面ほぼ一杯)にでき、好きなスピードでスラドショーを楽しみことができます。
これ、いいですねぇ。お気に入りの飲み物を飲みながら、のんびり・・・。

左下のリンク集の一番下にも入れておきますね。

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開く前の花水木(ハナミズキ)
ノースカロライナ州の州花で、dogwoodと呼びます。

一日一笑できる本

認知症を患う方にも介護者にも笑いは何より大切と思っています。
カテゴリにはないんですが、「一日一笑」という題でいくつか記事を書いています。

丸の内オアゾ(ビルの名前です。東京駅から徒歩3分)の丸善の中に松丸本舗という本好きには夢のような本屋があるんですが、そこで、思わず吹き出す本を見つけました。

ネット上のとんでもない写真を集めてコメントを付けた本です。
動物も多いですが、下ネタもチラホラあります。
ブラックユーモアは、ありません。

くだらない。
でも笑えます。(特に動物)

  片岡K「ジワジワ来る○○」

(うゎっ!アマゾンでは、酷評。「8時だよ。全員集合」みたいな笑いだからかなぁ?)
追記:松丸本舗は、編集工学者の松岡正剛と丸善が共同で設立した「実験的書店空間」。本との予期せぬ出逢いを演出しているそうです。本揃え、並べ方が違うんですよ。)


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踊るチューリップ
ご近所の玄関先で。
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100万人の男性介護者の悩み

2012年4月23日のフジニュースネットワーク(FNN)の記事を読んだ。
(→詳細は、こちらを。5分半のニュース動画付)
以下の青字部分が、その内容。

現在、妻や親を介護する男性は、100万人いるといわれている。
介護のために離職した男性は、2007年に10万人を越えた。

仕事を辞め若年性認知症の妻を介護するある男性の悩みを紹介。
男性は、社会との接点を絶たれたように感じ、妻の言動にイライラすることが多かったという。
ヘルパーとして仕事を再開したこと、東京荒川区の男性介護者の集い、通称「オヤジの会」に参加したことで心の安定を取り戻したと伝えている。

立命館大学の津止正敏教授は言う。
「社会との接点が、仕事一筋の男性たちが、今度は介護に入りますと、介護一筋になってしまうわけです。
介護が始まって、男性の社会との接点がなくなって、孤立化の傾向を深めていく。
自分たちの悩みを共有するような場があるということは、非常に情緒的な安定につながっていくんだろうと思います。
男性が、介護によって失われた社会との接点を、回復するわけ。もっともっと豊かにするわけです」


イライラして喧嘩を繰り返したというのは、先日、NHKの「ハートネットTV」に出演していた若年性認知症の夫を介護する妻たちも全員口にしていた。(→詳細は、こちら

親の介護と配偶者の介護は、違うと思う。
親は、かつて自分や自分の配偶者を育て、今は、老いて弱った人だ。
しかし配偶者は、長年対等な立場で助け合ったり、衝突し合ってきた同世代の相手だ。
病気とわかっていても、色々なことに対して怒りが込み上げるのは当たり前だろう。

FNNには出て来なかったが、多くの男性介護者は、まず家事(特に料理)から困り果ててしまう。
私の父も母を自宅介護していた頃、スーパーで買ってきた天ぷらを入れた味噌汁1品のみがおかずという夕食を認知症の母に食べさせていた。

若年性の場合は、介護する専門の施設もほとんどないという厳しい状況が続いている。
男性が発症した場合は、40代50代で仕事ができなくなるので、一家が経済的に追い詰められることも多いだろう。
高齢者の認知症に比べ、若年性の場合は、問題がより深刻になるといわれている。

しかし介護者の自助グループは、今、全国に増えつつある。
千葉県柏市の「NPO法人認知症フレンドシップクラブ柏事務局」の「よりあい所」でも男性介護者のための集まりに取り組んでいる。(柏事務局代表者自身が、男性介護者。)
(→公式サイト。→柏事務局ブログ。)

私が頼りにしてきた「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」も全国に広がっている。(→こちらを。

介護が始まると、山積する問題を前に途方にくれ、暗闇に閉じこめられた気持ちになる。
だが同じ介護を経験している人たちが運営するこうした所に相談をすると、混乱した頭も心も静まり、必ず光が見えて来る。
絶対に道はある。


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シャクナゲ
今、満開。ツツジのような花がかたまって大きなボール状になっている。
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新刊「第二の認知症 増えるレビー小体型認知症の今」

2012年4月26日に小阪憲司医師(レビー小体型認知症の発見者) 尾崎純郎(執筆協力)によるレビー小体型認知症の新刊が出ます。
「第二の認知症 増えるレビー小体型認知症の今」(下は、本の写真です。)

4314010886.jpg(ネットではアマゾン や出版元の紀伊国屋書店で予約可)

アルツハイマー型認知症などとの合併も多く、レビー小体型認知症と気付かない例も珍しくないようです。
レビー小体型認知症は、薬に対する過敏性(他の病気の患者なら出ない激しい副作用が出る。)があるので、医師が処方するアリセプトやリスパダールや抗精神病薬等で興奮したり、歩けなくなったり、重症化して寝たきりになったりします。
その薬を止めれば、すぐに治まるということもなく、取り返しのつかないことになります。

「物忘れ=アルツハイマー」が、国民の常識になったように、「レビー小体型認知症を知らない人なんていない」という社会になって欲しいです。自分や家族や大切な人たちを守れるように・・。


 以下、青字部分は、紀伊国屋書店の宣伝文(全文原文通り)です。

アルツハイマーの次に多い認知症、その数64万人!
もう知らないではすまされない――
幻視、転倒、高齢者のうつ、大きな寝言...... もしかしてレビー小体型?! 

 レビー小体型認知症は、精神科医である著者が1976年に最初に発見した病気で、近年認知症・介護分野におけるホットなトピックとして注目を集めています。
日本で64 万人と言われる患者数に比して、メディアでの報道や書籍などの情報は少なく、一般に知られているとはいえません。
医師でさえ正しい知識を持つ人が少ないために、何年もの間正しい診断と治療を受けられず、「幻視」などの特異な症状に苦しみつづける人も多いという現状があります。
 本書は、早期発見・早期治療がその後を大きく左右するこの病気について広く知っていただくために刊行されました。
第一人者による病気の平易な解説とともに、家族の体験談なども織り交ぜ、現在医療・介護現場などで起こっている問題やこれからの課題に迫っています。



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月桂樹の花。雄の木の花(雄花)のようです。小さいです。
葉は、料理に使うローリエ、オリンピック勝者の王冠になります。
クリックして拡大するとつぼみがどう変化するかわかりますよ。
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生物(いきもの)としての人間

佐野洋子(「100万回生きたねこ」の作者でエッセイスト)の遺作「死ぬ気まんまん」を読んだ。彼女独特の毒舌で医師と死をおおらかに語り合う対談があった。
対談の中の医師の言葉に強烈なパンチを食らった。
(注:対談は長く、この医師の心に染みる良い言葉は多かったが、今は、取り上げない)

「生物学的人生論から言うと、種族保存が生物の存在の第一目的だと思います。
だから種族保存のためなら、遺伝子が何でもやってしまう。
シャケが川を何百キロも上がってきて傷つくけど治る。そして子供を産む。
これは、遺伝子のプログラムが産卵が済むまでは壊れても治す、壊れても治すとやるんですね。(略)

人間も遺伝子がちゃんとやってくれるのは50から55歳ぐらいまでですね。
55歳以上では個人差がすごく大きくなってきます。(略)
50歳までは遺伝子が生存・生殖モードでプログラムされていますから、ほとんどの人は平等に元気に仕事ができるわけです。
だから55歳以上で種族保存が済んだら、社会的に世のため人のためには必要かもしれないけど、もう生物学的にはいらないんです。」

<対談から平井達夫(築地神経科クリニック理事長)の言葉。P.96~P.97>

嫌悪感を覚える方もいらっしゃると思うが、平井氏が言いたいことは、「人間は生物だ」ということだ。
「生物として自然の摂理に合わせて生き、死んでいくことに満足することが必要。自然の摂理に逆らってまで奮闘することは疑問だ」という内容のことを語っている。(P.99)
「生活習慣により状態がいい人は元気」(P.96)とも。


医学が日々進歩していくに従って、治らない病気が治るようになり、助からない命が助かるようになる。
お金さえ出せば、若さや美しさや健康が、手に入るかに見える巨大市場がある。
テレビや雑誌を見れば、いくつになっても健康で、若く、何でもできるシニアで一杯だ。
50歳から体が壊れていく人など、闘病ドラマか福祉番組以外には、出てこない。

そんな情報に浸かりながら、忘れずにいられるだろうか。
人間もシャケやミミズやアメーバと同じ生物(いきもの)なのだと。

健康は、人を傲慢にするのかも知れない。
少なくとも私は、傲慢だった。健康であることを「当然の権利」のように感じていた。
家族の「権利」を奪われたことを不当と感じ、取り戻すことに躍起になった。

母が急激に悪化した時、私は思った。『認知症だって、良い医師、良い薬、良い治療法さえ見つければ、きっと何とかなるはずだ』と。
狂ったように本やネット情報を読みあさり、治療法を探し続けた時期があった。
それは、必要なことでもあり、大切なことでもある。
しかし医学は万能ではないと肝に銘じることも同じくらい大切だ。

胃ろうの記事をたくさん書きながらも思う。
他人のことならば、いくらでも理性で考えられる。
しかし自分の家族(特に子供)の命が危うくなれば、電気ショックだろうが、人工呼吸だろうが、胃ろうだろうが、できることは全部やって下さいと、多分言うのだろうと思う。
誰でもなく自分自身が、死別の恐怖と苦痛に耐えられないからという理由で。


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桜の花の死
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胃ろうと人生の終幕(朝日新聞より)その3

2012年4月18日朝日新聞(朝刊P15)の「胃ろうと人生の終幕」と題した良質な記事を3回に分けてご紹介。
医師、自宅介護経験者、大学教授、それぞれの立場から胃ろうについて語っている。

3回目は、清水哲郎氏(意思決定支援ノートを作成した東京大特任教授。専門は哲学。妻の長期闘病を機に死生学に関心を寄せた。著書に「医療現場に臨む哲学」など)。
記事より1部抜粋。

 
  <死生観、医学に解はない>

胃ろうをすべきか、否か。その答えを医学自体は、持っていません。医療の現場には、戸惑いがあります。

胃ろうによって、より充実した人生になるのかどうか。本人の語りを丁寧に聞くことが大事なのです。

それは、自分1人で完結せず、家族や周囲の人たちとも大きく重なっています。
だから本人だけで決断するのではなく、家族が決めるものでもなく、一緒に考えていただきたい。

私たち研究チームは「高齢者ケアと人工栄養を考える」という手引きをつくりました。
(注byしば:ダウンロードは、こちら。全65ページ)
本人の生き方や価値観、人柄などを記入しつつ、意思決定の道を一歩一歩たどる。そうやって最も適した選択をしていくためのノートです。

ただ認知症が進み、全身の状態もかなり衰えている時は、グレーゾーンです。
例えば、あまり強く「うちのお父さんはもっと生きたいはずだ」と思い込んで胃ろうをつけるのは、独りよがりになりかねません。
「愛という名の支配」になってしまいます。

ですから医師と家族だけでなく、介護に当たっているケアマネジャーやヘルパーの方にも、話し合いに参加してもらうのがいい。
場合によっては、医師らがやんわりと「ご本人にとっての幸せということを、もう少し、一緒に考えてみましょうか」と促した方がいいですね。
一方、医師が一律に「延命措置はしない」と言い切るようなことがあっても困ります。
何かの理由で飲み下す機能がまひしているだけ、ということもあり得る。

がんなどの終末期ではQOL(生活の質)を大事にする考えが浸透しています。
でも高齢者については、まだ国民的合意ができたとは言えません。5年や10年はかかるかもしれない。
いま、ようやく一般市民が注目し始めたところなのです。


*胃ろう・嚥下障害・介護食などについて書いた過去の記事は、こちらを。


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ブロック塀に咲いていたとても小さな雑草の花。
蔦葉海蘭 (ツタバウンラン)だそうです。
別名:蔦唐草(ツタカラクサ)、海蘭葛(ウンランカズラ)
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胃ろうと人生の終幕(朝日新聞より)その2

2012年4月18日朝日新聞(朝刊P15)の「胃ろうと人生の終幕」と題した良質な記事を3回に分けてご紹介。
医師、自宅介護経験者、大学教授、それぞれの立場から胃ろうについて語っている。

2回目は、宮崎詩子さん(東京都在宅医療推進会議委員。ブログ「みやざ樹詩子のしあわせ介護」)。
記事より1部抜粋。


  <家族が使いこなせるなら>

胃ろうという技術は、正しく使いこなせば、価値が見いだせる。祖母(94)の姿を見て、そう実感してきました。
(祖母は、80歳頃認知症と診断。90歳で脳卒中。家族でチームを組み自宅介護)

祖母は、まひが残り、鼻から入れた管で栄養をとっていて、苦しそうでした。
医師に胃ろうを提案され、インターネットや本で活用法を調べました。
きっと祖母は回復する。そう信じていた私たちは、胃ろうをつけて家に帰ることを選んだのです。

退院した日からアイスクリームを1口2口と増やし、のみ込む機能を取り戻すリハビリを続けました。
2ヶ月後には、おかゆを食べ、半年後には、胃ろうがなくても口から栄養がとれる状態に。
1年後には、白いご飯を見て、ぱくりと食べるように。
五感を刺激し続けた結果、光や音も感じるようになりました。

胃ろうは、まるで実用性があるボディーピアス。
外せる状態になった後も、薬を入れたり水分を補給したりするために残しました。

胃ろうというツールを使うかどうか。その答えを出すための情報が、簡単に入手できないことが問題です。
医師らとコミュニケーションがとれ、十分な情報を得られるシステム作りが大事でしょう。

胃ろうをつけずに死までの時間をカウントダウンしていくのか、それともつけて、わが家のように幸福な時間を生み出す命綱とするのか。
この違いは、実は、家族が終末期にどう関わるかによるのだと思います。

胃ろうをつけると決めたからには、家族は、使いこなす努力をすべきです。
「介護は無理」と施設に送るくらいだったら、つけるべきではない気がします。

3月下旬、食べ物を口元につけても、祖母は口を開けなくなりました。
1週間かけ様子を探った結果、体がうけつけないことが、本人の意思、命の限りが近づいたと私たちは判断しました。
全ての医療行為と、胃ろうを使うことをやめました。
10日後、祖母は亡くなりました。

家族は、ずっと祖母の意思を決定する代理人として、老いて行く道を手作りし、生の充足を図ってきました。
家族の最後の責任は、「終わり」のサインをキャッチするこだったと考えています。



*胃ろう・嚥下障害・介護食などについて書いた過去の記事は、こちらを。


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木瓜(ボケ)
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胃ろうと人生の終幕(朝日新聞より)その1

2012年4月18日朝日新聞(朝刊P15)の「胃ろうと人生の終幕」と題した良質な記事を3回に分けてご紹介。
医師、自宅介護経験者、大学教授、それぞれの立場から胃ろうについて語っている。

1回目は、中村仁一氏(胃ろう増設に疑問を抱く医師。老人ホーム同和園付属診療所長。著書に「大往生したけりゃ医療とかかわるな」)。
記事より1部抜粋。(本文は、この倍程度の量)



 <最期は自分で決めておく>

お年寄りに胃ろうを造るのは、医師も家族もより慎重であるべきだと考えます。
日本老年医学会は、今年1月、終末期の高齢者には、胃ろうの差し控えや中止も選択肢とする考えをまとめましたが、もっと早く表明してもらいたかった。

お年寄りに胃ろうを造って、回復や生活の改善に役立ったケースは、ほとんどありません。
医師は「このままだと亡くなってしまいますよ」と時に脅迫めいた口調で胃ろう増設に同意を求めたりする。
だけど一度、胃ろうを造るとなかなか外せません。

本人の意思がわからないのに、少しでも長生きしてほしいからと勝手に造るのは、家族のエゴに過ぎません。
家族が自宅で看病するというなら、少しは理解できます。しかし現実にはそうでない方がたくさんいる。

食べたり飲んだりできなくなって何の医療も施さないと、人は、自然死の道をたどります。通常は、7~10日ほどで亡くなります。
僕らの先祖は、つい40~50年前までは、このような最期を迎えていたのです。
私は、この施設で自然死を迎えた方を250人以上みてきましたが、1人も苦しんだ方はいません。

日本人は、医療に過度な期待を寄せ過ぎです。老いと死に医療は、無力で何もできません。
その点を肝に銘じて、自分の人生の最期を生きている時から考えるべきです。


*胃ろう・嚥下障害・介護食などについて書いた過去の記事は、こちらを。

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花大根 (ハナダイコン)
別名:諸葛菜(ショカッサイ)紫花菜(ムラサキハナナ)大紫羅欄花(オオアラセイトウ)
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認知症介護家族のQ&A(Eテレ「名医にQ」から)

2012年4月14日放送のEテレ「名医にQ」。「認知症 あなたの疑問に答えます!」
この中から1部を抜粋してご紹介します。主にアルツハイマー病患者を対象にしています。
詳細は、番組公式ホームページを。→こちら

『実際には、そう簡単にはいかないから家族は苦労するんだよなぁ』と思う部分も多々ありますが、「理想像」として参考になると思います。
とにかく1人で悩まず、人(ケアマネ、家族会など)に相談することを私は、強くおすすめします。

以下の文章は、回答者のニュアンスが変わらないように、極力番組で使われた通りの言葉を書き写すようにしました。


 出演(回答者):東海林幹夫(弘前大学大学院教授)
         川畑 信也(八千代病院神経内科部長)
         大阪市社会福祉研修・情報センター

Q:病院に連れて行きたいが、拒否。怒って手がつけられなくなる。どうすれば?

A:認知症(1部除く)は、自分が病気だという認識に乏しいので受診の動機付けはない。

1.健康診断と誘う。「脳梗塞で寝たきりになると困るから脳の検診に一緒に行こう」
2.「市(行政)から健康診断の通知が来たから行かないといけないよ」と促す。
3.ホームドクターが居れば、相談して往診してもらう。

避けたい方法=「デパートや銀行に行こう」とだまして連れて行く。→トラブルに。
どうしてもだめなら地域包括支援センター(市役所等に行けばすぐわかる。)に相談。

Q:本人が機嫌良く生活してるなら受診する必要はないのでは?

A:遅かれ早かれ徘徊などの症状が出てくる患者もいるので、後々のことを考えれば早期診断早期治療が良い。

Q:告知はどうするか?

A:告知した方が、その後の介護や治療がしやすくなるし、周囲に理解されて自分らしい生き方ができる。
まず主治医に相談。これからどうすればいいかを説明すれば安心する。


Q:本人の自覚がまるでない。自覚させるにはどうすれば?

A:アルツハイマー病は、病識に乏しい。自覚させるのは、良い方法ではない。
本人ではなく、家族が病気を勉強、理解して対応する方が、上手くいく。
正しいことを教えようとしたり修正しようとしないこと。

忘れていることを家族が指摘をしても記憶にないのだから意味がない。
家族には11回目の質問でも患者にとっては1回目の質問。それを理解して上手に接することが大切。時間さえあれば、何度でも傾聴(共感してじっくり聴く)してあげること。
本人は、気になり始めると注意を他に向けることができないので、他のことをさせると良い。(散歩に行く、洗濯物をたたむ等)
予定などは、行く直前に言ってあげるなど、家族が接し方を変える。

Q:ものとられ妄想(お金を盗まれた等と怒って責める)をどうすればよいか?

A:「パーソン・センタード・ケア(その人らしさ中心のケア)」による解決法がある。
本人が何と言っているか。その言葉の本当の(裏側にある)意味を考える。
「お金貸したでしょ!」=孤独感、お金の管理ができなくなってきた不安から出た言葉。
「働きたい」=役割を持ちたいという望み、収入がない不安から出た言葉。
その気持ちに上手くこたえていけば、徐々に落ち着き、妄想も消えてくる。

Q:家族に言われると傷付く言葉は?

A:「忘れないでね。覚えておいてね」。覚えられない病気なので傷付く。
代わりに「私が覚えておくね」と言えば良い。

出来事や事実関係は、脳に残らないが、感情はしっかりと残る。
怒られた理由は忘れるが、嫌だったという感情は、長く残っている。
「そっち行かないで!」(命令)ではなく「こっちに来て下さい」(依頼)と言う。

Q:薬が、効いているのかいないのかわからない。それでも続けるべきか?

A:効いていないように見えても止めると急激に悪化する例が多い。
食べられる限りは、続けた方がいい。


Q:身内がデイケアに反対し、自宅で看るように言うが、行った方が良いか?

A:デイケアに行く方が、良い状態が、長く続くことがわかっている。是非行くべき。

Q:車の運転をやめさせるには?

A:色々難しいが、主治医から止めるように言ってもらうのも良い。

  <番組内で紹介された超早期発見の研究>
アルツハイマー病を発症前に発見する研究が進んでいる。(まだ実用化されていない)
特殊な注射をしてからPETでアミロイドベータの量を見る方法。
正常な人でも20%にアミロイドベータの蓄積が確認される。(病気の発症の10~20年前に溜まり始める。)
将来は、リスクを調べて予防できるようになるのではないかと期待されている。
脳脊髄液の中のアミロイドベータの量を調べる方法も。低下していれば症状の出る10年前から診断できる。


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木瓜(ボケ)。バラ科。
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本当の夫婦(テレビ放送から)

2012年4月12日放送のNHK「ハートネットTV」 町永俊雄リポート「若年認知症 妻たちの選択」(2)
<再放送:4月19日(木)午後1:05~午後1:35>
認知症の夫と同じ施設に泊まり込みながら仕事と介護を両立させる妻を紹介していた。
(家族が施設に泊まり込むのは、非常に珍しい。)
「若年認知症 妻たちの選択」(1)もだが、(2)も胸に迫るとても印象的な内容だったので簡単にご紹介。


夫は、52歳で若年性アルツハイマー病を発症。
妻は、家計を支えるため教師(教頭)の仕事を続ける。(夫婦に子供はいない。)
診断から7年で自宅介護が困難になり有料老人ホームに入所。
妻も同じ施設に寝泊まり。朝6時に自宅に帰って洗濯をし、7時から夜9時まで教頭として働き、夫のいる老人ホームに帰る日々。
妻「お父さん(夫)の笑顔を見に行く。介護をしているつもりはない」

入所して3年目。暴言・大声が増え、施設の中で孤立していった。
妻は、職員と解決策を何度も話し合い、本人が何をしたいかに耳を傾けて欲しいと頼む。
しかし入所者20人に対して3~4人の職員では、個別のケアに限界があった。

仕事を辞めて介護に専念すべきか悩んだ末、グループホームに2人で移る。
入所者9人に3人の職員。より家族的なケアが受けられるようになった。
職員全員が「父さん」と呼び、家族のように接することで徐々に落ち着きを取り戻し、暴言もなくなる。

仕事から帰った妻と夜勤の職員と夫(言葉は出ない。)のおしゃべりが続く。
そのことで妻の気持ちも楽になる様子。妻は、それを「家族の団らん」だという。
職員もそこは意識していて、「本人だけでなく、家族ぐるみでケアしたい」という。

町永アナウンサーの「認知症は進行しますよね・・」の言葉に妻は、涙で絶句する。
話の内容を理解していないように見えた隣の夫が、突然優しく妻の腕をさする。
妻「進行したら、一瞬嘆く。でもまだできることを見つけるのも楽しさ。何かあるかもしれない。お父さんのできることを一緒に考える。プラス思考の介護」

妻「この病気にならなければ、別々にね・・。結果を出すこととか、人より早くできることとか、人と違うことができることとか・・。それが良き生き方、勝ちの人生だみたいに思って、別々に仕事をして、時々話して、ご飯を食べて・・そんな生活だったと思う。
今は、いたわり合える。相手の想いを感じ取り、一生懸命感じ取ろうとしてることで、やっと本当に夫婦に近くなってきている気がする。本当の夫婦ってこうなんじゃないですかね」

*このブログのカテゴリ:「介護家族の心理

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スノーフレーク(鈴蘭水仙)だそうです。
(彼岸花科)
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本当の夫婦(テレビ放送から)

2012年4月12日放送のNHK「ハートネットTV」 町永俊雄リポート「若年認知症 妻たちの選択」(2)
<再放送:4月19日(木)午後1:05~午後1:35>
認知症の夫と同じ施設に泊まり込みながら仕事と介護を両立させる妻を紹介していた。
(家族が施設に泊まり込むのは、非常に珍しい。)
「若年認知症 妻たちの選択」(1)もだが、(2)も胸に迫るとても印象的な内容だったので簡単にご紹介。


夫は、52歳で若年性アルツハイマー病を発症。
妻は、家計を支えるため教師(教頭)の仕事を続ける。(夫婦に子供はいない。)
診断から7年で自宅介護が困難になり有料老人ホームに入所。
妻も同じ施設に寝泊まり。朝6時に自宅に帰って洗濯をし、7時から夜9時まで教頭として働き、夫のいる老人ホームに帰る日々。
妻「お父さん(夫)の笑顔を見に行く。介護をしているつもりはない」

入所して3年目。暴言・大声が増え、施設の中で孤立していった。
妻は、職員と解決策を何度も話し合い、本人が何をしたいかに耳を傾けて欲しいと頼む。
しかし入所者20人に対して3~4人の職員では、個別のケアに限界があった。

仕事を辞めて介護に専念すべきか悩んだ末、グループホームに2人で移る。
入所者9人に3人の職員。より家族的なケアが受けられるようになった。
職員全員が「父さん」と呼び、家族のように接することで徐々に落ち着きを取り戻し、暴言もなくなる。

仕事から帰った妻と夜勤の職員と夫(言葉は出ない。)のおしゃべりが続く。
そのことで妻の気持ちも楽になる様子。妻は、それを「家族の団らん」だという。
職員もそこは意識していて、「本人だけでなく、家族ぐるみでケアしたい」という。

町永アナウンサーの「認知症は進行しますよね・・」の言葉に妻は、涙で絶句する。
話の内容を理解していないように見えた隣の夫が、突然優しく妻の腕をさする。
妻「進行したら、一瞬嘆く。でもまだできることを見つけるのも楽しさ。何かあるかもしれない。お父さんのできることを一緒に考える。プラス思考の介護」

妻「この病気にならなければ、別々にね・・。結果を出すこととか、人より早くできることとか、人と違うことができることとか・・。それが良き生き方、勝ちの人生だみたいに思って、別々に仕事をして、時々話して、ご飯を食べて・・そんな生活だったと思う。
今は、いたわり合える。相手の想いを感じ取り、一生懸命感じ取ろうとしてることで、やっと本当に夫婦に近くなってきている気がする。本当の夫婦ってこうなんじゃないですかね」


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スノーフレーク(鈴蘭水仙)だそうです。
(彼岸花科)
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認知症早期発見の方法(テレビ放送から)

2012年4月7日のNHK Eテレ「名医にQ」。タイトルは、「早く気付こう!認知症」。
良い内容だったので、1部抜粋して簡単に紹介します。詳細は、こちらを
4月14日8pmの放送は、「認知症 あなたの疑問に答えます!」

 出演:東海林幹夫(弘前大学大学院教授)
    川畑 信也(八千代病院神経内科部長)
    大阪市社会福祉研修・情報センター

<早期発見・早期治療が大切な理由>

がより効果的に効き、良い(症状が軽い)状態が長く続く。
*周囲の理解で自分らしい生き方ができる。(職場の配慮があれば仕事も続けられる。)
原因を早く見つけられる。認知症の種類により治療法介護のポイントも違う。)

しかし日常生活で複雑なことをしない高齢者は、発見が遅れがちになる。
せっかく家族が病院に連れて行っても「異常なし」と誤診されることも多い
(番組では、3つ目の病院でやっと正しく診断された例を紹介。)

病的物忘れ>=自分の経験を覚えていない。ヒントを聞いても思い出せない。
       (例:「朝食食べたかな?」「そんな約束をした覚えはない」)

<受診時、医師は何を見ているか>

*歩き方。普通に動けるならアルツハイマー型認知症の可能性が高い。
     小刻み歩行ならレビー小体型認知症や脳血管性認知症の疑い。
家族と一緒に受診。(一人で来る人は、ごく軽いか、認知症でないことも。)
*医師「最近のニュースで印象に残ったものは何ですか?」(注1byしば)
 患者「老眼で最近は、新聞を読みません。政治には失望しているし・・」
 医師「夕べ食べた物は?」
 患者「魚とか肉とか野菜とか、色々です」
 医師「魚はどんな料理でしたか?」
 患者「(家族に)何だっけ?(家族に聞いてから)そうだ、そうだ。○○だ」
 
この会話は、(アルツハイマー型)認知症患者の典型例。
自分の状態(記憶障害)についての深刻感がない。質問をよく考えようとしない。場当たり的な「取り繕い」をする。人に頼り、自分で答えられないことを気にしない

<認知症を早期発見する簡単なテスト>

1. 1分間で野菜の名前を言う。10以上なら問題なし。5以下では認知症の疑い。

2. 立方体を描いてもらう。四角は描けるが、立体は、初期から描けなくなる。

3. 時計を描く。1時45分など短針と長針が左右に分かれる時間を選ぶ。
  異常がないように見える人でもおかしな時計を描くことが多い。↓

追記:病院でも行われる時計描画テストの詳細・実例こちら

4. 手でキツネを作る。両手でハト(親指をからめる)を作り、次に親指を離さずに
  手のひらの裏表をひっくり返す。(写真は、こちらを。
  認知症の場合、キツネはできるが、ハトはできない。↓
(追記:健康でもできない方が多数。レビー小体型認知症でもできる方がいます。)


<認知症と診断された後の重要な3つの柱> 
1. 薬物治療  2. リハビリ(番組では月1回の言語聴覚士によるリハビリ)
3. 適切なサポート

<適切なサポート> 
コミュニケーションを密に。できないことより、できることに目を向けて、できること、やりたいことをしてもらう。
「行動・心理症状(注2byしば)」には、意味がある
適切なサポートで、困った行動は、減らすことができる。
適切なサポートができているかどうか=笑顔が見られるかどうかでわかる。

注1byしば:この質問は、認知症を早期に発見する重要な質問。解説は→こちら。

注2byしば:以前は「問題行動」、その後「周辺症状(BPSD)」と呼ばれている症状。徘徊、暴力、妄想など介護が困難になる症状。不安精神的ストレスなどが背景にあると考えられている。

<関連記事>
認知症タイプ分類質問票(山口晴保教授作成)認知症は誤診が多いです。
認知症の種類別早期発見チェックリスト(認知症と誤診されやすい他の病気も)
5種類の認知症 種類別 本人と家族の体験談集

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ホトケノザ(仏の座)
あちこちに生えている雑草ですが、きれい!不思議!
花のアルバムは、こちら

障がいを受け入れること(大江健三郎の本から)

「恢復する家族」(大江健三郎著)から。

上田先生は次のようにそれを文節化していられる。
(注byしば:東京大学医学部リハビリテヒション部の上田教授が分析した、事故により障害を負った方の心理変化)
<「ショック期」の無関心や離人症的な状態。
「否認期」の心理的な防衛反応として起こって来る、疾病・障害の否認。
ついで障害が完治することの不可能性を否定できなくなっての「混乱期」における、怒り・うらみ、また悲嘆と抑鬱。
しかし障害者は、自己の責任を自覚し、依存から脱却して、価値の転換をめざす。
この「解決への努力期」をへて、障害を自分の個性の一部として受けいれ、社会・家族のなかに役割をえて活動する「受容器」。>(P.46~47)

小説という言葉のモデルをつうじて考える時、「ショック期」、「否認期」、「混乱期」の、障害者とその家族が苦しみをともにして生きる過程の重要さということも、あらためて自覚されます。
これらの大きい苦しみの過程がなければ、確実な「受容期」もない、それがすなわち人間であることだ、といいたい思いもいだくのです。(P.47)


こういう人生の出来事を、どういう仕方で、プラス・マイナスと評価することができるだろう。
それはただ、このようにある、ということができるだけだ、と思う。
良かった、幸運だった、といえるだろうか?悪かった、不運だった、といえない(あるいは、決して、そういうつもりはない)ということは確か。
しかし、単純に前者だとも、決して定めることはできない、という思いはやはりあるのである。なにしろ困難は継続中なのだ。(P.185)

35年を越えて小説を書いてきながら、僕は自分らの生に、全体の評価としての意味をあたえることはできない、と感じている。(略)
しかもその人生の不思議は、まさに手のほどこしようのないほど多義的だとも、まだ完結しない小説家として、しみじみ思うわけなのだ。(P.186)



<過去の関連記事・カテゴリー>
*「認知症介護家族の心理変化
*カテゴリー「介護家族の心理変化
*カテゴリー「重度知的障害の兄のこと
*「障害者ときょうだいと認知症を患う人
*「障害者のきょうだいの抱える問題


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桜(ソメイヨシノ)
花のアルバムは、こちら

認知症や障がいを受け入れること

「家族の認知症を受け入れることが、難しい/できない」
「子供の障がいを受け入れることが、難しい/できない」

最近、続けてそんな文章を読んだ。
受け入れるには、「自分自身の中にある偏見と差別に気付くことが大切」とも。

私は、この点で多くの人とは違っているということに気が付いた。
(注:障がいにも色々あるが、今は、知的障がいについて書く。)

障がいを持つ子供の親の多くは、障がいとは無縁の何十年間という人生があった。
私を含めて障がい者のきょうだい(厳密には妹弟)は、障がいと接点のない人生を知らない。
生まれた時から障がい児(者)の世界にいる。

知的障がいのある兄は、子供の私にとって常に普通の人だった。
優しい、大好きな兄だった。
(家族でなくても、幼い頃から身近に接すれば誰でもそうなると、昔、放送大学の教授から聞いた。)

けれども人はそう見ないということも、恐らく2~3才の頃からわかっていたと思う。
兄に普通の視線を向ける人は少ないし、普通に言葉をかける人は、もっと少ない。
公園や子供の遊び場に行くといじめられるので、兄と私は、いつも他の場所で遊んだ。
私たちは、いつでも、どこに行くのも一緒だった。

障がい者のきょうだいは、差別と偏見の対象にはなっても、その逆になる環境にいない。
同じ家族でも障がい児の親ときょうだいでは、障がいの捉え方が違うと思う。


このことは、両親の認知症を受け入れることも、接することも容易にしたのだろうと、今、思う。

言ってもそう簡単にはわかってもらえない家族と生活する。
予測不能な(他人が目をむくような)行動に出ることもある家族と一緒に外出する。
そういうことが、幼児の頃からの常だったせいか、私は、認知症とわかってからの母に対して怒りを感じたことがない。(認知症とわかるまでは「しっかりしてよ!」と怒りまくっていた。)

それはそれで、心のあり方としては、健全ではないだろうと思う。
けれども多くの人が苦しめられることに、私が、同じ意味で苦しめられることはなかったのだろうと思う。

良い悪いの問題ではない。
どう生まれ、どう育つかを選ぶことはできない。
病気もそうだ。
認知症になりたくて、なろうとしてなった人は、1人もいない。


(「障害」と書くか「障がい」と書くか迷った。ただ「害」という字に不快感や悲しみを感じる人がいるのなら使うべきではないのだろうと思う。過去の記事では、「障害」と書いている。)

*過去の記事「障がい者のきょうだいが抱える問題」は、こちら。
*「障がい者ときょうだいと認知症を患う人」は、こちらを。
*「認知症という言葉
*「”正常”と”異常”の間
<カテゴリ>
*「介護家族の心理変化・気持ち
*「認知症とは/ケア・介護など

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白木蓮(ハクモクレン)
十代の頃、木一杯に咲くこの花を「一斉に飛び立つ鳥みたい」
と言うと母は「あんたは、不思議こと言うねぇ」と笑っていた。








双極性障害(躁うつ病)でも違うタイプがある

双極性障害(躁うつ病)について書いた記事(1. 2. 3.)を読んだ方から色々な情報が寄せられました。
1つは、「診断基準は曖昧で、医師により異なる」というもの。
もう1つは、「双極性障害には、双極性2型という躁状態がごく軽くしか出ないタイプがある」というもの。

  1. ある医師からのコメント。(青字部分。原文通りではありません。)

精神科の病気の診断は、非常に主観的です。
診断に有用な客観的な検査は、ほとんどありません。
抗うつ剤が効く患者は、双極性障害とは呼べないという医師もいるようです。
抗うつ剤が効かない患者は、うつ病ではないと言う医師までいます。

同じ患者を診ても、医師により診断が違うという事がよくあるのが精神科なのです。
双極性障害はこうであると確定していない部分がまだまだ多いことを理解して頂きたいと思います。

これは認知症に関しても同様です。
認知症の診断基準に必須となっている「短期記憶障害」は、レビー小体型認知症の1部やピック病の初期などでは当てはまりません。


  2. 双極性障害には、記事で紹介した症状が出る「双極性1型」とは異なる「双極性2
    型」というタイプがある。
このタイプの躁状態は軽く、「双極性1型」のように日常生活に支障が出ることはない。
本人は、「自分はうつ病だが、今は、調子が良い」としか考えず、周囲も気が付かない。
「暖炉の会」(うつ病・躁うつ病の自助グループ)のホームページ>と<躁うつ病のホームページの中の「患者さんと家族のための双極性障害の手引き」>を参照。

「うつ病と診断された患者の4割以上は双極性障害という海外のデータがある」と聞いた時は、ちょっと信じられませんでしたが、「双極性2型」があると知り初めて深く納得しました。
やはり診断基準が曖昧といえば曖昧ですが、光トポグラフィー検査まで受けなくても、自分で思い当たる節があれば主治医に相談することをおすすめします。
抗うつ剤が効かず、治療が長引いている方は、特に。


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クリスマスローズ(別名:ユキオコシ)
2~3月の花ですが、今年は、今、満開。

双極性障害(そううつ病)の良いサイト

認知症は、初期段階でうつ病と誤診されることも珍しくありません。
一般にはあまり知られていませんが、認知症とうつ病には、共通する所がたくさんあります。

介護家族は、心身の疲労からうつ病にかかるリスクが高まります。
早期発見・早期治療・病気の理解につながると良いなと思い、うつ病に関する記事を書いています。<過去の記事は、こちら(うつ病のカテゴリ)

その関連で双極性障害(躁鬱病、そううつ病)にも初めて触れました。(記事はこちら

それを読んだ方が、双極性障害についてのとても良いサイトを教えて下さったのでご紹介します。

双極性障害を研究されている加藤忠史さんという精神科医のサイトです。
この方は、双極性障害を患う方々に対してあたたかい目を持っていらして、患者や家族に希望を与えるサイトです。
薬物治療についても詳しく、細かいQ&Aや患者・家族の手記などもあります。

   <躁うつ病のホームページ>

この中の「患者さんと家族のための双極性障害の手引き」は、この病気について広くわかりやすくまとめてあり、とても役に立つと思います。


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オオイヌノフグリ
とても好きな花です。
おひさまが大好きなようで、陽が当たると太陽に
向かって大きく開き、陽が陰るとピタリと閉じます。

そううつ病の症状

うつ病と診断された患者の4割以上は、双極性障害(そううつ病)というデータがあると昨日の記事に書いた。
うつ病と双極性障害では、治療薬が異なるので、これを自分や周囲が見つけることは重要だ。
では双極性障害とは、どういう病気か。

うつ病の症状に加えて下記のAとBに当てはまると双極性障害と診断される。

A 気分が異常に高揚し、イライラして怒りっぽい気分が、1週間以上続いている。
  或は、これらの症状により社会生活に支障をきたし、入院が必要なほどである。

B 下記の7つの症状のうち、3つ以上が続いている。
 (Aが怒りっぽいだけの場合は、4つ以上)
 
 1. 自分が偉くなったように感じる。
 2. 眠らなくても平気で、例えば3時間眠っただけでも休めたと感じる。
 3. 普段より口数が多く、長時間しゃべり続けようとする。
 4. 色々な考えが、次々と頭に浮かぶ。
 5. 注意がそれやすく、あれこれと手をつける。
 6. 活動的になり、じっとしていられない。
 7. 無謀な行為をする。(高額な買い物、無分別な投資、夜中に電話をかける等)

          <出典「うつ病のベストアンサー」(主婦と生活社発行)P.97>

双極性障害と言われている著名人(本当にそうだったかどうかは不明):ゴッホ、ヘミングウェイ、ウィンストン・チャーチル、、ヴィヴィアン・リー、夏目漱石、俳優の田宮二郎、中島らも、北杜夫、絲山秋子など。(ウィキベディアから)


私が、本やネットでうつ病の症状を読んで違和感を感じるように、双極性障害を患う方の話を伺えば、もっと違う面が色々あるのだろうと想像する。
外から見る症状と本人が感じている症状には、大きなズレがあるものだから。

*うつ病に関する今までの記事は、こちらを

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寒緋桜(カンヒザクラ)。別名 : 緋寒桜(ヒカンザクラ)
例年3月に咲いていたが、今年は、今が満開。

うつ病の新しい診断法と治療法(NHK番組から)

2012年4月4日のNHK「あさイチ」は「うつ病治療の新常識」と題した特集。
「うつ病は、心の病気ではなく、脳の病気」と番組に出演した木村真人氏(日本医科大学千葉北総病院メンタルヘルス科病院教授)。
「心が弱いから発病するわけではなく、心の持ちようで変わるものでもない」と説明。
(この番組は、今年2月12日のNHKスペシャル「ここまで来た!うつ病治療」の内容に基づいている。2月22日には、「うつ病治療 常識が変わる」も放送された。)

「あさイチ」の放送内容は、大きく分けて次の2つ。

1. 今まで問診で診断していたうつ病が、光トポグラフィー検査【NIRS(ニルス)】という先進医療(保険外)によってより正確に診断できるようになってきた。

2. アメリカでは、経頭蓋磁気刺激(TMS)という治療によって7割のうつ病患者に効果を上げている。しかし日本では、杏林大学医学部付属病院で臨床試験が始まる予定があるだけで治療を受けることはできない。

更に詳しい内容は、以下の通り。(「あさイチ」の公式サイトと放送から。)

1. うつ病と診断されている患者の4割は、双極性障害(躁うつ病)という海外の論文がある。
2つの病気は、治療法(薬)が違う。
間違った治療法(薬)では、効果がないだけでなく、衝動性を高め、思わず自分や他人を傷付ける行動を起こしてしまう場合もある。

脳内の血流量を調べる光トポグラフィー検査では、うつ病と双極性障害の区別が波形として出る。
現在、この検査を受けられる病院は、以下の14カ所。費用は、多くの施設で13000円。

群馬県 群馬大学医学部附属病院
東京都 東京大学医学部附属病院
東京都 国立精神・神経センター病院
大阪府 近畿大学医学部附属病院
鳥取県 鳥取大学医学部附属病院
山口県 山口大学医学部附属病院
栃木県 自治医科大学附属病院
東京都 東京都立松沢病院
福島県 公立大学法人福島県立医科大学附属病院
新潟県 医療法人楽山会 三島病院
千葉県 学校法人日本医科大学 千葉北総病院
京都府 独立行政法人国立病院機構 舞鶴医療センター
島根県 島根大学医学部附属病院
東京都 東京警察病院


2. 全米400カ所で行われている経頭蓋磁気刺激(TMS)は、うつ病患者で機能が低下する脳のDLPFC(背外側前頭前野。判断力や意欲に関係する部位)に磁気を当てる治療。
(1回40分間を毎日1ヶ月以上続けた患者を紹介。費用は保険適用で80万円)
抗うつ剤の効かない患者(3割というデータもある。)や長期化している患者にも有効。

DLPFCは、扁桃体(へんとうたい。不安・恐怖・悲しみの発信源と考えられている。)を抑制する機能がある。
うつ病患者は、この機能が低くなり、扁桃隊が暴走し、強い不安・恐怖・悲しみをに襲われると考えられる。
磁気の刺激でDLPFCの機能が上がると扁桃体を再びコントロールできるようになり、精神的苦痛も消えると考えられている。

この治療で良くなっても再発の可能性はある。その場合は、再び同じ治療を受ける。
この治療によって意欲がわき、自ら運動を始められるなど、良い循環は生じやすい。


*うつ病に関するこのブログ内の記事は、こちら。
*うつ病にも効果があるスロージョギンングの記事は、こちら。
*うつ病と有酸素運動の関係を書いた記事は、こちらを。


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雪柳(ユキヤナギ)。バラ科。

Eテレの認知症番組

Eテレ「きょうの健康」(午後8:30~8:45)。
今週のテーマは、認知症です。

4月2日(月)「認知症どんな病気?」    再放送 4月9日(午後1:35~1:50)
  3日(火)「アルツハイマー病の治療」  再放送 4月10日 
  4日(水)「認知症とわかった時ときのケア」再放送 4月11日
  5日(木)「進行したときのケア」    再放送4月12日

出演:2・3日 山田正仁(金沢大学大学院教授) 
   4・5日 藤本直規(日本認知症学会理事)


Eテレ「名医にQ」(午後8:00~8:45  再放送 金曜1:05~1:50)

4月 7日(土)「早く気付こう!認知症」
4月14日(土)「認知症 あなたの疑問に答えます!」

出演:東海林幹夫(弘前大学大学院教授)
   川畑 信也(八千代病院神経内科部長)
   大阪市社会福祉研修・情報センター


両番組の内容詳細は、こちらを。
(ネットとFAXで認知症への疑問質問も受け付けています。)


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日向水木(ヒュウガミズキ)別名:伊代水木(イヨミズキ)
下向きの小さな花が、木にたくさん。
葉っぱはまだ出てきません。


佐野洋子と認知症の母

佐野洋子(「百万回生きたねこ」の作者)のエッセイ集「神も仏もありませぬ」を読む。
「これはペテンか?」と題したエッセイは、佐野洋子と認知症の母親の会話で始まる。

母親は、何度も何度も「あの失礼ですけどお幾つでいらっしゃいますか」と訊く。
佐野洋子は、「63です」と答えながら、「まさか私が63?これは何かのペテンか?」と思う。
そして母親に歳を尋ねると答える。「そうねぇ。4歳ぐらいかしら」

「これはペテンか?」は、自分が老年になっていくことに対する「ウソだろ?」という違和感と発見を見事に描いたエッセイだ。
そして最後は、こう終わる。(原文通り)

呆けたら本人は楽だなどと云う人が居るが、嘘だ。呆然としている四歳の八十八歳はよるべない孤児と同じなのだ。年がわからなくても、子がわからなくても、季節がわからなくても、わからないからこそ呆然として実存そのものの不安におびえつづけているのだ。

不安と恐怖だけが私に正確に伝わる。この不安と恐怖をなだめるのは二十四時間、母が赤ん坊を抱き続けるように、誰かが抱きつづけるほか手だてがないだろうと思う。自分の赤ん坊は二十四時間抱き続けられるが、八十八の母を二十四時間抱き続けることは私は出来ない。

そしてやがて私も、そうなるだろう。六十三でペテンにかかったなどと驚くのは甘っちょろいものだ。

(佐野洋子著「神も仏もありませぬ」P.11から)


私の母は、調子の悪い日には支離滅裂で会話も成立しないのに、調子の良い日は、はっきりと病識がある。
自分は、すっかりバカになり、家族に迷惑をかけるばかりだから死にたいと言う。
自分の人生は途切れてしまい、自分の人生に自分はいないと言う。

毎日訪ねたいと思う。抱きしめたいと思う。笑わせてあげたいと思う。
母が生きていることが、私たち家族の幸せなのだと毎日毎日伝えたいと思う。
でも遠くに住んでいる私には、それが、できない。


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カタクリ
今年は3月28日になっても1割も咲いていなかった。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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