父,福祉車両を買う

毎週末実家を訪ねて家事や兄の世話をしている妹から電話があった。
実家の机の上に中古車を買った契約書があるという。
車いすに乗ったまま乗車できる中古のワゴンR。

そんな予感はしていた。
母を9人乗りの福祉レンタカーでレストランに行ってから、父は、母の外出に乗り気だった。
「お父さん、まさかあの大きな車を買う気じゃないよね?」
「ばか。あんなもの買ったら500万もかかる」
父は、あの時から軽自動車を狙っていたのだろう。

契約書にあるディーラーの連絡先を訊いて電話をすると、リクライニング式車いすが乗るかどうかまではわからないという。
キャンセルはできるが、バッテリーを代えたり、色々整備をしたので10万5千円はかかるという。

ネットで仕様を見ても母の車いすが乗るようには見えない。
ワゴンRの福祉車両を貸し出している所に電話をして訊くと、リクライニング式の車いすは乗らないという。
母の居る特別養護老人ホームにも電話をすると、ワゴンRがあるが、母の車いすは乗らないという。
「お父様は、それでお母様をどこに連れて行かれるおつもりですか?」
私の方が訊きたい。父が何を考えているのか、私にはわからない。
小型車両では乗らないからと、わざわざ大きな車に代えたことを忘れてしまったのか。

電話で伝えても途中で切られるだけだと思い、ファックスを送った。
(父は、メールを使えない。)
丸2日間を置いて、頭に上った血が下がっただろうと思って、今日、電話した。

「車、どうした~?」
「買う」
「ファックス読んだ?」
「無視」(父らしくない言い方だ。母のようなもの言いだ。)
「あっちこっちに訊いたけど、乗らないってよ~」
「一回り小さい(リクライニング式)車いすを買うからいい」
「・・・そんなもの(父の行きつけのリサイクルショップに)売ってるの?」
「入らなきゃ、(車いすの)頭を切るからいい」
高さの問題ではなく、長さの問題なのだと説明する。
母は、寝かせた状態でなければ移動できないのだと。
「大丈夫だ!問題ない!ちゃんと計算して買ったんだ!お前に文句を言われる覚えはない!」

父は、車を買う。
母が、一度も乗ることがないだろう車を。
それを毎日見て、父は、自分の判断力の低下を自覚するだろうか。
恐らくしないのだろう。
していれば、母が一度も使わない何台もの歩行器と車いす、ポータブルトイレ(1つ)、電動介護ベッド(1つ)を山積みすることもなかっただろう。


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公園に生えていた直径7cmのきのこ。
1夜にして現われて、3日目で干し椎茸になっている。
食べられるのかなぁ?

10月の帰省2日目(3)母の自己嫌悪

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認知症の人と周囲の意思疎通を円滑にする手帖

製薬会社のエーザイ(株)が制作・発行している認知症患者のための「わたしの手帖」というノートをのんた2号さんから頂きました。(B6サイズ。A4の半分です。)

認知症介護が楽になるという「センター方式」によって作られ、監修は、認知症介護研究・研修東京センターの永田久美子さん。

これ、本人にも介護家族にも介護施設スタッフにも(上手く使えば)とても役立つと思いました。

わたしの「大切なこと」メモ>と<「今日のわたしメモ」>というページのコピー画像を下に載せて置きましたので、クリックして拡大して見てみて下さい。

  <わたしの「大切なこと」メモ
一緒に書いていく段階で相互理解、深いコミュニケーションが進みます。
それをデイサービスや入居施設の職員が見れば、短時間で深く重要な情報を得られ、コミュニケーションの改善にとても役立ちます。
もし本人が書くことが無理であれば、家族が書いても施設で効果を発揮すると思います。
通常、職員は、長く付き合わない限り、ここに書かれたようなことは、中々わからないものです。

  <「今日のわたしメモ」
気分を○印で表せる所が良いなと思いました。
母をデイサービスに預けていた頃、泣いていないか、怒っていないか、笑顔は出ているのかと、毎日とても気になりました。
連絡帳の文章だけでは、そうした気分の変動(母はとてもひどかった。)がわからないのです。
母の場合は、あまりにも激変し続けるので、「この1週間どうだったか?」と訊かれても答えられない状態でしたが、こうして○を付けておけば、「今週は笑顔が多かった」など、変化を客観的に捉えることができます。
分析すれば、「○○の前にいつも不機嫌になる」など介護の問題点も発見できると思います。

このノートは非売品で、総合病院の物忘れ外来などで無料でもらえるそうですが、取り寄せはできません。
(確認しましたが、エーザイから入手することはできません。)

この手帖の使い方の研修に参加された方のブログ(「認知症の夜明け」)には、以下のように書かれています。(青字部分が原文そのまま引用。)

「わたしの手帳」はセンター方式をもっともっと身近なものにして、本人や家族が日記方式として書いていく。もちろんデイサービスやショートステイ、または、かかりつけ医も記入していく。
要は交換日記のようなもので、支援する人は本人のことをよく知ることが出来て、本人は自分のことをよく知ってもらうことで関係づくりの礎になる。
センター方式と同じように、全て記入しなくとも良い。記入できる範囲で記入する。
(ブログ「認知症の夜明け」からの引用は、ここまで。)


追記:やはり見にくいので、「私の大切なことメモ」の項目だけを書いておきます。

1. 呼び名は(こう呼んでほしい)
2. 住まいは
3. 私の大切な人・存在は
4. 私の大切なものは
5. 私の大切な思い出は
6. 私が行きたい所は
7. 私の楽しみ、喜びは
8. 好きな食べ物・飲み物は(嫌い・苦手な物は)
9. 好きな服装・色・髪型は
10. 好きな一曲、好きな音は
11. 私がリラックスできるのは
12. 私がイライラするのは
13. 不安や心配ごとは
14. 体調の調子や持病は
15. 人にして欲しいことは
16. 人にして欲しくないことは
17. 利用している医療、介護
18. 医療、介護への要望
19. 好きなことば
20. その他、自由に私が伝えたいこと、知ってほしいこと


わたしの「大切なこと」メモ>と題されたページ(クリックで拡大)
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「今日のわたしメモ」>と題されたページ(クリックで拡大)
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語ること聴くこと 家族の介護の問題

「臨床とことば」(河合隼雄・鷲田清一著)をおもしろく読んだ。
大部分は、臨床心理の河合氏と臨床哲学の鷲田氏の対談。
最後に鷲田氏(著書に「聴くことの力」他)が、書いている文章が、母とのコミュニケーションにもそのまま当てはまると思った。(引用は、以下の青字部分)
ここに書かれたことは、子供にも大人にも言葉を失いつつある認知症の人にも知的障害者にもそのまま通じる。
私たちは、何も変わらない。


   「臨床とことば」 鷲田清一

(略)じぶんが言ったことが承認されるかされないかは別にして、それでもじぶんのことを分かろうと相手がじぶんに関心をもちつづけていてくれることを相手のことばやふるまいのうちに確認できたとき、ひとは「分かってもらえた」と感じるのだろう。
理解できないからといってこの場から立ち去らないこと、それでもなんとか分かろうとすること、その姿勢が理解においてはいちばんたいせつなのだろう。(P.194)

じぶんの存在というものが他人のなかで何のポジティブな意味ももっていないということを思い知らされるのは、何歳になっても辛いことである。じぶんはいてもいなくてもどっちでもいい存在ということを思い知らされるのは。
生きる力というものは、じぶんの存在が他人のなかで意味があると感じるところから生まれる。(P.198)

(略)関心は強すぎてもいけない。「大きなお世話」になるからだ。相互性のすきまが詰まってしまうからだ。
家族による介護にはそういう詰まりがよく起こる。家族のなかでは、相手が漏らす一言一言に過剰に反応してしまう。(略)その(過剰な)意味づけが言外の傷のつけあいを招いてしまう。
そしてふたたび、ことばを呑み込むのがいちばんいいということになる。甘えが思いやりになり、思いやりがこんどは、ひどい仕打ちに、あるいは頑な防御に反転してしまうというのが、家族という関係だ。
相互性は生まれかけてもすぐに塞がってしまう。「分かっている」という一方の思い込みが、「わからない」という事態を許さぬことろがあり、「分からないであたりまえ」という他者どうしに、たがいがなかなかなりきれないからだ。(P.204)

聴くということはしかし、とてつもなくむずかしい
語りは語りを求めるひとの前ではこぼれ落ちてこないものだからである。語りはそれをじっくり待つひとの前でかろうじて開かれる。(P.206)
(略)じぶんがどんなこと言おうとも、そのままそれを受け入れてもらえるという確信、さらには語りだしたことで発生してしまうかもしれないさまざまの問題にも最後までつきあってもらえるという確信がなければ、ひとはじぶんのもつれた想いについて語りださないものだ。(P.207)


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10月の帰省2日目(2)障害者認定 福祉レンタカーを借りる

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幸福とは? 日経新聞・川上未映子の記事から

2011年10月19日の日本経済新聞夕刊(文化欄)に心に深く残る記事が載った。
川上未映子(作家。「乳と卵」で芥川賞)へのインタビュー。
テーマは、幸福。価値観が多様化し、従っていれば安心できた規範もなくなった社会で、幸福と呼べるものは、いったい何なのか。

記事の中のどの1文にも深く共感した。
荒れ狂う嵐の日々、頼りにならない自分を吹き飛ばされないよう支えてくれたのは、本当にささいなもの、まさに1枚の絵、1冊の本、1つの言葉だったと思う。
何年も、或は、何十年も前に言われた何気ない1言が、心の奥底に今も息づいている。
そんなものがと人が思うようなものが、1言が、私を静かに支え続ける。
不思議といえば、本当に不思議だ。

逆に見れば、人間は、どんなに辛く苦しいときにも必ず光を持つことができるということだろう。
闇に閉ざされたと感じているときにも、目をこらせば星(幸福)は、必ず存在しているのだろう。


以下、青字部分が、日経新聞(2011年10月19日)からの抜き書き。


   幸福とは何か・・・探し出そう
          「心のよすが持つ」が大切

私たちは心の中にバックドア(裏口)を確保しておく必要がある。
人は普段は社会に向けた表の顔で生きているが、それとは別のところに
自分だけのよりどころをもつことが大切ではないだろうか。

それはひそかに思う人の姿であってもいいし、
自分が強く心ひかれる1枚の絵でも、1冊の本でもいい。
ささいな何かで構わない。
それは他人にはわかってもらえないような純度の高いものであるほどいい。

そういう何かを心の深いところに持って自分の人生に向き合うとき、
人は初めて明日を生きる力を得られる。
自分の外に頼れるものがない時代を生き延びるためには、
そんな光のようなものをしっかりと持っていく必要があると私は思う。


(略)世の中の大半の女性はごく当たり前な平凡な人生を生きている。(略)
この小説(新作「すべて真夜中の恋人たち」)の主人公は自分の殻に閉じこもって生きていたが、心を通わせることのできる男性と出会ったことで人生が大きく変化する。
(略)人生のよすがとなるような、
かけがえのないものを持つことの大切さを伝えたかった。

(略)現実の中にもこんな愛を見つけることはできるはず。
恋人や夫婦のあたりまえな関係の中にも、
道ならぬ恋の中にも神聖な何かを見いだす瞬間はあるだろう。


幸せとは持続するものではなく、流れていく人生のそこかしこに点在するものだ。
「あの人があのとき、あんなことを言ってくれた」という記憶の点を
つないでできあがる星座のようなものが、幸福というものではないだろうか。


P1010729.jpg
2010年のハナミズキ。
写真をクリックして拡大して見て下さいね。

男性介護者を助ける「介護中」マーク

認知症の妻のトイレ介助等の時に「周囲の目が気になる」という男性介護者の声を受け、静岡県が作成、配布を始めたことを新聞で知りました。
全国初の「介護マーク」だそうです。

現物を見ると、「介護中」の「介」の字は、男性が女性を身体介護している形になっていて中々のデザインです。

出来てみると、「なぜ今までこういうものがなかったのか?!」と悔しくなります。
多くの方が困っている色々なことが、こうしたアイデアで1つ1つ解決していくといいですね。

認知症の方自身が、気持ちよくかけられるマークもできたらいいなぁと思います。
1人で買い物にも趣味の集まりにも出掛けられて、道に迷ったり、ちょっと困った時には、そのマークを見た方が、自然に声をかけ、ちょっと手助けする・・。
そんな社会になっていったら素敵ですね。

追記:カードの入手先を掲載していましたが、現在では、取り扱っていないそうです。
このカード(首からかけるひも付き)が必要な方は、お住まいの役所か静岡県の役所にお問い合わせ下さい。よろしくお願いします。



介護中

kaigomark2.jpg
静岡県公式ホームページに載っている写真。
首からかけて使用。裏にも同じカードが入っている。

10月の帰省2日目(1)母、字が書けた!

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10月の帰省1日目 父は何?

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「日野原重明100歳」の再放送あり

2011年10月10日にNHK特集「日野原重明100歳」の感想を書きました。
「夫にとっての妻の存在」という題の記事です。

今日(10月23日)午後4時から再放送があります。

記事には書きませんでしたが、聖路加病院のホスピスでの患者さん(末期がんを患う方)との交流の様子は、感動的です。


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こんな形をしたコスモスもあるんですねぇ。

認知症公開講座(in千葉市)のお知らせ

NPO法人(非営利団体)認知症フレンドシップクラブについては、以前、ご紹介しました。
認知症になっても安心して地域の中で暮らせるようにみんなでサポートしようという理念で活動している団体です。
(私も会員です!なんて言うとカッコいいですが、月会費は、150円です。
会員になるにはこちら)

そのDFC(略称)が、来月、千葉市で公開講座を開くそうです。
関東の中で、千葉市は、ちょっと遠いというイメージがありますが、周辺にお住まいの方、是非ご参加下さい!


  日時: 2011年11月12日(土)13時~17時

  場所: 千葉市 きぼーる(千葉市産業振興財団)13F
      (中央区中央4-5-1)

  定員: 70人。(事前申し込みをお願いします)

  参加費:無料

  申し込み・問い合わせ:認知症フレンドシップクラブ柏事務局
           TEL 04-7132-0032 FAX 04-7197-1230
           aotsu-a●kra.biglobe.ne.jp
           (●を@に置き換えてご連絡にご利用下さい。)


 < 認 知 症 公 開 講 座 >

  ●認知症ってどんな病気?  繁田 雅弘氏(首都大学東京 副学長)
 
  ●地域で支える認知症 認知症サポーター養成講座
                井出 訓氏(放送大学教授)DFC代表

  ●認知症フレンドシップクラブの紹介 徳田 雄人氏


*ちなみに現在、DFC東京事務局(高田馬場;活動エリアは都内全般)と柏事務局(柏
 市;活動エリアは千葉県内全般)では、企画運営スタッフ(アルバイト)を募集中の
 ようです。やりがいのある面白い仕事だと思いますよ。
 詳細は、こちら!


P1030642.jpg
ゲンノショウコ(現の証拠/神輿草)のようです。
下痢止めの薬草として昔から有名とか。
全然知りませんでした。

21日、帰宅しました。

帰ってきました。

色々ありましたが、母は、先月よりずっと調子が良かったです。
先月の母を見た時は、もう私たちに残された時間は、長くないのではないかと思ってしまいましたが、今回の母を見ていると『まだまだ大丈夫!』と思えます。(来月のことはわかりませんが・・)

母は、特別養護老人ホーム(特養)の職員ともすっかり馴染み、良い関係を築けています。
優しい職員の多いあの特養に入れて本当に良かったと安心しました。

父、兄に関しては、色々心配なこともありますが、今まで通り、できることをできる範囲でやっていくしかありません。

今日、久しぶりにスロージョギングをしました。
やっぱり気持ちがスカッとします。疲れも取れるし・・。
3日坊主を心配する初心者のための掲示板も是非覗いてみて下さいね。(もちろん経験者も歓迎です!)

しば


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紅紫檀(ベニシタン)だそうです。
なんとも優雅な名前ですねぇ。紫檀は、
ローズウッドとも呼ばれる香木です。

「前へならえ」をしているみたい。
実家の近所にありました。


10月17日から21日まで帰省します

今日(10月17日)の夕方から帰省します。

今回は、母の満期になった貯金関係のこと、兄の口座変更などの事務処理をすることになっています。
母の特養まで証券会社の職員に来てもらう予定ですが、希望通りに手続きができるのかどうか・・・。

兄の入れ歯の具合が悪いようなので、歯科医に相談。
兄が、通所施設の秋旅行に行くので、その準備と見送り。
母の身体障害者申請についても相談して、進めないといけません。
限られた時間なので効率よく動かないといけませんね。

記事は、21日からまた書きます。
みなさん、それまでお元気で!

しば

追伸:スロージョギング。騙されたと思って1回やってみませんかぁ?
   皆さん、1回目から色々な効果を感じていらっしゃるみたいですよ~。

追記:今夜のNHK-Eテレ「福祉ネットワーク」は、
  「シリーズ・認知症と向き合う 反響に応えて①」(詳細はこちら)


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公園は、宝物でいっぱい

母、リクライニング式車いすで博物館へ行く

  母が、リクライニング式車いすに乗って博物館に行った。
  特養の利用者3人と介護職員3人と一緒にバスで。


最初にこの話を伝えたのは、父だった。
「お母さんなぁ、今度、○○館(子供館)に連れてくって(相談員が)言ってたぞ!」
「お母さんが?!・・○○館に?!」
「おお。どこでも行けるみたいだぞ。今度、お前が帰って来たら家に連れて帰るぞ。○○(レストラン)もいいなぁ。○○にも行くか?」
「お母さんを家に泊める気?」
「泊めん。帰りたいって、毎日言うから連れて来るだけだ」

意味がよく理解できなかった。
確かなのは、父が母を自宅に連れ帰ると決めていることだけだ。
「どこ行くの?!嫌だ~!!」
泣いて暴れて特養に戻ることに抵抗する母の姿がありありと浮かんだ。

母に自宅がわかるだろうかとも思う。
少なくとも住所は完全に忘れている。
自宅の場所を訊けば、結婚する前に住んでいた住所を言う。

気持ちがずしりと重くなる。
辛い、嫌な思い出を作るためだけに苦労して連れ出すのか・・。
でも1度自分で経験して懲りるまで、父は、絶対に納得しないだろう。

妹に連絡すると呆れて絶句していた。母が外出できる訳がないと言う。

その後、妹に電話があり、1人づつ職員が付いて、○○博物館(有名な博物館)に行く行事があると聞く。
その日、母の体調が良ければ、連れて行ってくれるという話だった。

そんな手間の掛かることをしてもらえるなどと、入所の時には聞かなかった。
普通なら施設1番の「売り」として、自慢できることなのに・・。

言葉にならない程、ありがたく、嬉しく思った。
グループホームには、散歩の時間、外のベンチでひなたぼっこをする時間があったが、特養には、なかった。
大量のボランティアでもいない限り、それは不可能なことだと思う。

けれども囚人のように、あそこから出ることなく死んでいくと思うと辛い。
母の状態さえ良ければいくらでも連れ出せるのだが、もうそれは無理だと、私も妹も諦めていた。


母は、どんな顔で博物館を巡ったのだろう?
私や私の子供達と一緒に行った日のことを思い出しただろうか?

父は、その後、電話で言った。
「それなりに楽しんだみたいだぞ。俺が訊いても何にもわからんかったくせに、(訪問)リハビリの人が来たら100%正常になってなぁ。こんなのがあった、あんなのがあったって、事細かに説明してたぞ。あれには、たまげたな!人が来ると、突然、正常になるんだなぁ!信じられんぞ!」

母は、後半は疲れて、体が傾いてしまったそうだが、楽しんでいたようだと、妹が職員から聞いた。


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鈴蘭(スズラン)の実。
赤いとネットには書いてあるが、なぜか黄色。

スロージョギングの掲示板を作ってみました

追記:お詫び この掲示板は、5万3千を超えるアクセス数を頂きましたが、終了致しました。ご参加、ご愛読、ありがとうございました。
…………………………………………………………………………………………………

生まれて初めて、試しに作ってみました。
    
   (ここをクリック)
      ↓
 掲示板「打倒3日坊主 ☆ みんなのスロージョギング」


1人で走ってると淋しいので、仲間とおしゃべりしながらやれば、楽しく続けられるかなと思いまして・・。


「今から走ってきま~す」        
   「今日は3キロ走りました~」
    「今週の目標は、週4日走ることで~す」
       「こういう時は、どうしたらいいの?」
        「走っていて、こんなもの見つけちゃいました」
           「こんな効果を感じたんですよ~」などなど


何でもいいので、気楽に笑いながらおしゃべりできたらいいなぁと思っています。
きっとみなさんの書き込みが、みんなの、そして私の励ましになると思うし・・。

介護とは全然関係ない方でも歓迎ですよ。

一緒に「スロジョグ?」「スロジョ?!」仲間になりましょう♪


(万一不適切な書き込みがありましたら、削除させて頂きますのでご了承下さい。)

スロージョギングに関して書いた過去の記事は、こちら。


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今は泥の中でじっとしていますが、スロージョギングを続ければ
やがてこの蓮(はす)の花のようにパ~っと花開くんです。いつか、きっと!

スロージョギング初心者 挫折しないための3つの注意点(3)

皆さんから良いコメントを頂けたのですっかり嬉しくなり、もう少し追記することにしました。
これから始める方は、3つのことに気を付けて下さい。
(これは、私、しば個人が勝手に大事だと思っている注意点です。)


1. しんどくなったらスピードダウン

「ためしてガッテン」のサイトには「疲れたらいつでも歩け」と書いてあります。
(追記:途中で立ち止まっても、座って休んでも全く問題ありません。)
でも私個人は、歩くよりスピードを落とす(=歩幅を小さくする)方が好きです。

『あれ?何だか足が重いな』とか『何だかギクシャクするな』とか『膝に違和感を感じるな』というような時には、1度その場で足踏みにしてみます。(リセットするわけです。)
それから再び、できるだけゆっくりと前進してみます。
するとその後は、意外と平気で走れてしまいます。

ほとんどの方は、知らない内に無理なスピードになっていくと思いますので、くれぐれもご注意を。

私が、途中で歩かないのは、歩くとスイッチが入れ替わってしまって、気分もダウンしてしまうからです。
どんなに(歩くより)ゆっくりでも「走る」ことには、「歩く」ことでは味わえない高揚感、充実感、達成感があります。

2. 夜道に注意

交通事故や痴漢にぬかりなく。
なにせ暗がりですから、歳がわかりません。

3. 人と比べるのはやめよう

スロージョギングをしていると普通のジョギングをしている人にガンガン容赦なく追い抜かれます。
歩いている人に抜かれることはありませんが、抜くのもちょっと時間がかかります。
(或は、抜くこともできません。その時は、道を変えましょう。)

初心者は、(わっ、私、上級者みたい。)これで結構、恥ずかしく思ったり、めげちゃったりします。
私は、スロージョギングの唯一最大の欠点は、これだと思っています。

日本中あっちにもこっちにもスロージョギングをしている人がいればいいんですが、残念ながらまだ少数派です。
もうここは、開き直るしかありません。(中高年の得意技です。)
「千万人といえども我行かん!」です。
人は、ジョギング、私は、スロージョギング。はなから種目が違います。
痩せて、健康になって、脳が生き生きと活性化したバラ色の自分をイメージして、鼻歌を歌いながら、ご機嫌で走りましょっ♪

お知らせ「打倒3日坊主☆みんなのスロージョギング」という掲示板を試しに作ってみました。ちょっと介護を忘れて、ストレスを吹き飛ばして、「今日も走ったぞ~!」とか「こんな感じがしたよ」とか気楽に書いてみませんか?介護に関係ない方でも歓迎です。みんなで良い刺激を分け合って、楽しく健康になりましょう♪

スロージョギングに関して書いた過去の記事は、こちら。

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JAFMate(2011年4月号)より「スロージョギングの正しい走り方」。
1分180歩で走ります。

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ネコノヒゲ
ちょっと写り悪いですが、これが昨日ご紹介した
サルビア・ピンクパンサーの親戚です。






スロージョギング(2)安全のコツとダイエット効果

安全に走るためのポイントを追記しておきますね。

「ためしてガッテン」では、その後「スロージョギングの?に答えます」という番組を放送しました。その中で、足への負担を大幅に減らす走り方を紹介しています。

  1. 歩幅を小さくする。
  2. 着地の音を小さくする。


(追記:1秒3歩、1分180歩で走るのが正しい走り方です。自然に歩幅が縮まります。)

体が上下に大きく揺れる走り方は、膝や足首など痛め、危険です。
体重が多めの方は、特に注意が必要です。足踏みするつもりで、ゆっくり、ゆっくり。

でも毎日続けているとどんどん筋力が付いて、もっと速く走りたくなってきます。
私も2年前には、そうでした。どんどん速度を上げて失敗しました。

  速さを上げていく時の注意は:「走りながら話し続けられるペース」を保つ。

それが疲れずに(乳酸値を上げずに)最も速く走り続けられる「最適ペース」です。
このペースで続ければ、疲れず、筋力も体力も付いて、疲れにくい体に変化します。
息が切れるようなら、速く走り過ぎている(体に無理がかかっている)サインです。
このペースで走れる速度は、どんどん上がって行きます。(番組では健康のために始めた中高年が、長く続ける内に、ハーフマラソンやマラソンを完走できるようになると言っていました。)

  しかし速く走れば、どうしても足腰への負担は大きくなります。

私も2年前は、つい速く走ってしまいました。
その時は、爽快! でも翌日には、膝や足首などに違和感や痛みが出ました。
一度出た違和感や痛みは、何ヶ月も消えませんでした。
その間は、気持ち良く走ることができません。それでは走る意味がありません。

今は、歩幅をできる限り小さく、ゆっくり走ることを常に心がけています。
筋力が付いても、スピードは上げずに、走る距離(時間)を伸ばしています。
9月上旬までは30分で十分満足でしたが、今は、物足りなくて60分位、軽く走ります。
スピードを上げないので平気なんです。

さすがに1時間走ると温泉に長く浸かったような全身の疲れはあります。
でもそれは、コリが消え、全身が気持ちよくほぐれ、リフレッシュした感じの疲れです。
実際、仕事の後、家でゴロ寝をするよりも、30分でも走った方が、疲れも肩こりも腰痛も足のむくみも軽減されることがわかりました。

  <ダイエット効果・引きしめ効果>

普通に食事をしても、毎日走ってさえいれば、少しづつ自然に体重も落ちていきます。
1時間走った翌朝には、お腹がへこんでいるのを実感します。
(1回走っただけの夫も実感してびっくりしていました。)

スロージョギングは、お腹周りを引き締める効果があると感じています。
食べるのを我慢して減量すると胸から痩せていきますが(そしてストレスも溜まって、すぐリバウンドします。)スロージョギングだけで自然に体重を落とすと、痩せて欲しい所(ウエストからヒップ)から痩せます。
「気分がアップしたって、そのせい?!」と言われちゃったら・・、う~ん、ちょっとはあるかも。 (^_^;)

お知らせ「打倒3日坊主☆みんなのスロージョギング」という掲示板を試しに作ってみました。ちょっと介護を忘れて、ストレスを吹き飛ばして、「今日も走ったぞ~!」とか「こんな感じがしたよ」とか気楽に書いてみませんか?介護に関係ない方でも歓迎です。みんなで良い刺激を分け合って、楽しく健康になりましょう♪

スロージョギングに関して書いた過去の記事は、こちら。

ef1fbae69f5482b055963d34039f0e63.jpg
JAFMate(2011年4月号)より「スロージョギングの正しい走り方」。
1分180歩で走ります。

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オルトシフォン・ラビアツス(シソ科)
( サルビア・ヒ゜ンクパンサー)
サルビアではなくネコノヒゲの仲間だそうです。

スロージョギングの脳と体への健康効果(1)

人に健康法を勧めるって、ちょっと(かなり?)オバサンっぽい気がして、ここでは遠慮していました。
でも先日、友人と久しぶりに会ったら「別人のように元気だ」と言われ、名前くらいは知っているだろうと思っていたスロージョギングを全然知らないと言われて、書こうと決めました。

というのは、体(首から下)への効果もさることながら、脳への効果をとても強く実感しているからです。
介護が始まってから止めていたスロージョギングを再開した1番の目的は、認知症予防でしたが、抑うつ的な気分解消にも明らかな効果があることを実感しています。

介護者は、心(脳)と体の健康が頼りです。
こんなに費用がかからず、楽で、年齢を問わずに誰でもできて、効果が高いものは、他に思い浮かびません。

2009年6月3日に「ためしてガッテン」が紹介したスロージョギング
時速4~5km(歩くスピード)でジョギングするだけのごく簡単なものです。
このスピードで走ると、息は絶対に切れず、疲れず、筋肉痛になることもありません。
3週間続ければ、体の変化を実感できると「ためしてガッテン」のサイトに書かれています。

 効果は:

*血糖値、血圧、尿酸値などの数値を平常値まで下げ、動脈硬化も予防
*筋肉内の毛細血管を増やし血流が良くなる。
*萎縮した脳を大きくしたり、働きを活発化させ、認知症を予防する。
*ウォーキングでは鍛えられないインナーマッスルの大腰筋などを鍛える。
(それによって腰痛、肩こり、冷え性を解消し、お腹周りの脂肪を減らす。)
*ダイエット効果が大きい(消費エネルギーがウォーキングの1.6~2倍)。

 体重70キロの人の消費カロリーは(10分間で)
  時速4キロ 約50kal  (30分なら150kal)
  時速5キロ 約60kal
  時速6キロ 約70kal     
(雑誌「ためしてガッテン」2011年Vol.10に掲載)


私が、今、一番強く実感している効果は、悲しみや辛さやイライラが消えて、明るく元気になる、思考がポジティブに、行動が積極的になることです。
走る前にあった抑うつ的な気分が、走った後、消えるんです。

走り方の見本は、YouTubeで、考案者自身が、走って見せていますので、是非1度ご覧下さい。
雑音がひどいですが、最後の方に出てきますから途中で止めないで下さいね。
ジョギングより遥かに歩幅が小さく、足踏みに近い感じです。

 動画 → 『 田中宏暁教授のスロージョギング講座 Part 1 』in 福岡大学

走る時は、踵(かかと)よりつま先に重心を置く気持ち。(田中教授)
足を蹴って走るのではなく、足踏みしながら少しづつ前に進んでいる感じ。(しば)
より速く走ることより、ゆっくりより長く走る方が効果的。(しば)
きついと感じたらいつでも歩く。絶対に無理をしない。(ためしてガッテン)
1日30分を目標に。(朝10分、昼10分、夜10分と分けても良い)(同上)


私のもう1つのブログにも体験談など少し書いています。

お知らせ「打倒3日坊主☆みんなのスロージョギング」という掲示板を試しに作ってみました。ちょっと介護を忘れて、ストレスを吹き飛ばして、「今日も走ったぞ~!」とか「こんな感じがしたよ」とか気楽に書いてみませんか?介護に関係ない方でも歓迎です。みんなで良い刺激を分け合って、楽しく健康になりましょう♪

スロージョギングに関して書いた過去の記事は、こちら。

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JAFMate(2011年4月号)より「スロージョギングの正しい走り方」。
1分180歩(1秒3歩)で走ります。

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鐘馗水仙 (ショウキズイセン)
彼岸花の仲間ですが、彼岸花ではないんですねぇ。

9月の帰省4日目 毎月帰省しなければいけない理由

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夫にとっての妻の存在(NHK「日野原重明100歳」)

NHKスペシャル「日野原重明100歳」(2011年10月8日放送)を見た。
驚くことは多々あったが、日野原先生の妻への想いが、最も印象に残った。

夫婦共どもの長寿を神に感謝はするけれども、認知症を患う妻の寿命が、「もうこれでいいと思うことはない」と話していた。
「1ヶ月でも長く一緒にいたい」と。
家に帰った時、手を握って挨拶をする妻が消えた生活を想像するとと「恐ろしい」とも言っていた。
(録画もメモもしなかったので正確な言葉は、少し違うかも知れない。)

今まで4千人の患者を看取ったという現役医師が、数え切れない程の友人、同僚、親戚とも死別してきたはずの100歳の賢人が、目の前に迫りつつある妻1人の死を覚悟していない。
まだ受け入れることができずに怯えている。
人間の真実を見る思いがする。

認知症と診断されてから10年が経ったという妻は、90を越え、車椅子に無表情で座っている。
ほとんど話すこともできず、通常のコミュニケーションも成り立たない。
他人はもちろん、実子でも「もう十分長く生きた。あとはもう安らかに苦痛なく旅立ってくれたらそれでいい」と思うのではないだろうか。

けれども夫は、まったく違うのだと知る。
相手の存在そのものが、生きる支えになっている。
存在の仕方は、問題にしていない。

母に対する想いも、父と私たち子供とでは、まったく違うのだろう。
一言も口には出さないが、母を施設に入れ、1人で暮らす父の寂寥(せきりょう)の感、寄る辺(べ)のない心の危うさは、私の想像を絶するものなのだろう。

次から次へと収納もできない程多くのものを買い続けているのは、その心の隙間を埋めるためなのかも知れない。

そんな人が、『妻は、もう歩けるようにはならない、自宅での介護は無理』などとどうして簡単に認められるだろう。
母を自宅に連れ帰って、一緒に暮らし、世話することが、父の希望の灯火(ともしび)なのだ。

母に気持ちがあるように、父にも気持ちがある。
けれども往々にして、私は、それを忘れている。


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秋明菊
菊ではなくアネモネの仲間
下に写った長い葉は、別の植物のもの

認知症・うつ病の患者の内面で起こっていること

認知症を患いながら、その体験を書いているクリスティーン・ブライデンさんの本をここ数日ご紹介している。
その内面の描写は、胸に迫り、多くのことを介護者に教えてくれる。

下記の文章を読んだ時、母の言葉とあまりにも似ていて驚いた。
母は、急激に悪化する以前に、何かを見据えるような目でこう言った。
「いつも、何か大事なことを忘れてるような気がする。何かとんでもないことになるような気がする」

私には、母がなぜそんなことを言うのか、よくわからなかった。
母の動きは、体も頭もスローモーションにはなっていたが、記憶障害は、目立たなかった。
たまに私が電話で「何、とぼけたこと言ってるの?」と言う程度だった。
しかし母は、その時、既に記憶障害を強く自覚し、密かに悩み、苦しんでいた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「認知症への偏見 うつ病との共通点」(2011年10月6日記事)にも書いたが、脳の病気を患う苦しみは、外からは計り知ることができない。

下記に書かれたことの多く(ほとんどと言ってもいい。)は、うつ病患者にもそのまま当てはまると、私は思った。
一見普通に家事をし、仕事をしているように見えるが、心の中には、常に強い不安、葛藤、混乱、怯(おび)えがあり、それによっていつもヘトヘトに疲れ、時に苛立ったりする。
それを必死で隠し、崩壊することなく、なんとか今日1日を生き延びようとしている。

しかしうつ病患者のそういう葛藤を書いた本にまだ(私は)出会ったことがない。
なぜだろうと思っていた時、精神科医の書いた何かの本にあった。
「うつ病患者には、病気がひどかった時の記憶がない。だから同じ過ちを繰り返す。」
一面は事実だが、すべてを忘れてはいない。
自分の状態を客観視する視点は、保たれていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「見えない」ということは、「ない」ということではない。
たれ込めた灰色の雨雲の向こうには、いつも真っ青な空がある。(雨の日に飛行機に乗ると実際に見ることができる。)
存在に気が付いていないだけだ。
暴れる、泣く、できないことをしろと言い張る人の奥底にある”気持ち”に目をこらさなければいけないとブライデンさんの本は、教えてくれる。
そうすれば、患者本人も介護家族もお互いに少しでも安らぎに近付けるのだろう。


以下、青字部分が、本からの抜き書き。


 クリスティーン・ブライデン著「私は私になっていく」(P.142~146)

(略)話すことが困難になったし、たぶん以前よりも涙もろくなった。
そう、それに前より要求が多く、自信がなくなって、衝動的で、コントロールがきかなくなったかもしれない。

ストレスに対する私の耐性は非常に低く、ほんのちょっとしたトラブルでも大げさに反応して、叫んだり、悲鳴を上げたり、あわてふためいて、おろおろと歩き回ったりする。
私には驚きや突然の変化ではなく、静けさが必要だ。

この病気の根底には常に不安感がある。
何かしなければならないことがあるのに、それが何なのか思い出せない。
何か大変なことが起こるような気がするが、それが何だったか忘れてしまったように感じる。

パニックは嵐のように私たちを襲う。
それは、私たちが必死にストレスに対処しようとしている内部の葛藤である。
私たちは破滅をすぐそこに感じてる。
どうか私たちを助けて、ストレスに対応しようとする努力から、少しの間休息させてほしい。

ストレスに対応するもうひとつの方法は無感覚だ。
負荷がかかりすぎたのでスイッチを切ってしまうのである。
一度にあまりに多くのことが起きすぎると、もう対処しようという気さえ起こらない。
関心がないのではなく、エネルギーがないのだ。

不安は私たちがどうにかできるものでははい。
それをコントロールする脳の部分が欠落しているのだ。
だから私たちはあなたに気持ちを落ち着かせてもらわなければならない。

―けれども、心配しなくていいよ、などと言うのではだめだ!
私たちはそんなことはできないのだから。
必要なのは想像力なのである!
よちよち歩きの聞き分けのない子を相手にするように、うまく気持ちをそらせたり、ものごとをやりとげられるように手伝ったり、自信を与えたりしてほしい。

私たちが不安になるにはもっとなことなのだ。
私たちの多くにとって、書いたり読んだりできないというのは、現実的な不安だ。
何を着たらいいか、どうやって着るのかがわからないので、着たり脱いだりすることがストレスになる。

そしてもちろん、私たちは自分が覚えていられないことを知っているので、気をつけていないと何かをなくすのではないかと常に心配している。
覚えているべきことを覚えていられないので、イライラしている。

(略)イライラが生じてどんどん強くなり、今にも噴出しそうになる。
だから言葉を失った人が、やりたくないことをやらされる時に暴れるのは、私にもよくわかる。
「いやだ」と言葉で言えないのだ。
何かを強制する前に、私がそれを望んでいるかどうかを確かめてほしい。
私はもう大人だ。
あなた方が聞かせたいと思う音楽を私は聞きたくないかもしれないし、させたいと思うゲームをしたくないかもしれないし、食べさせたいと思うものを食べたくないかもしれない。
たとえ話すことができなくても、私は尊厳と敬意に値する存在だ。


P1030859.jpg
金木犀(キンモクセイ)。これ、ハートの形ですよ。珍しいですね。
中学生の時、七里先まで香るから七里香と呼ぶと(確か母から)
聞いてその名前が好きだったのに、今、調べてみたら七里香は
沈丁花で、金木犀は九里香とネットに書いてあってびっくり。

家族が誰かわからなくなっても

認知症を患う人の家族にとって最も辛いことの1つは、自分の顔を忘れられることだろう。
自分とその人との関係性が失われたように感じるから。
決して短くはない年月の間に積み重ねられた宝物のような思い出も愛情も信頼も絆もすべて消え去ってしまったかのように感じられるから。

(母にもその兆候が始まっている。忘れているのか、わかっているけれど反応できないのか、よくわからないけれど。)

しかし認知症を患いながらその経験を本に書いているクリスティーン・ブライデンさん(詳細情報は、こちら。<福祉ネットワークHP>)は、コミュニケーションの次元が変わるのだという。
私は、この文章に救われた想いがした。

以下、青字部分が本からの引用。


 クリスティーン・ブライデン著「私は私になっていく」(P.141~142)

私はあなたと一緒にいる一瞬一瞬を楽しんでいるのだから、たとえあなたを覚えていられなくても、それがどれほど重要だというのだろう?
私は、あなたが前に来てくれたことも、あなたが誰かも覚えていないかもしれないけれど、それでもどうか訪ねて来てほしい。
訪問してくれるその気持ち、私に与えてくれる親しみの気持ちのほうが、はるかに大切だ。
私がつながるのはできごとの認知ではなく、感情なのだから。

私が覚えられなかったり、同じことをくり返したり、あなたの言ったことを忘れたとしても、そんなにひどいことだろうか。
あなたの訪問を楽しんでいるのに、そのことを覚えていなければどうしてもだめなのだろうか。

なぜ、あなたが誰なのか思い出せないといけないのだろう?
それは結局、あなたのアイデンティティを満足させるためだけのことではないだろうか?

あなたの訪問は、記憶してあとで思い出すような認知の経験ではない。
私を「今」という時に生きさせてほしい。
私が楽しい思い出を忘れてしまったとしても、それが重要でなかったということにはならないのだから。

私は、より深い精神的、霊的次元でつながる。
私はあなたの訪問を「今」という経験として大切にし魂と魂でつながっていく。
だからあなたは私のアイデンティティを認めて、私と一緒に歩んでほしい。

私はあなたをはっきりと認識できないかもしれないし、あなたが誰で、会いに来てくれたのかどうかさえも思い出せないかもしれない。
それでもあなたは確かに深いつながりを私にもたらし、神があなたを通して働かれることを許してくれるのだ。
それは文化と言語を越えて起こりうるもので、とても意味のあるコミュニケーションの深みである。
きっと私たちはみな、このようなコミュニケーションをめざすべきなのだと思う。

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ローズマリー。とてもとても小さな花。
2羽の鳥が愛を語らっているよう。

9月の帰省3日目(4)皆で集まって食事

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認知症への偏見 うつ病との共通点

46歳で若年性アルツハイマー病と診断され、3年後には前頭側頭型認知症と再診断された患者本人が書いた本2冊を読んだ。

オーストラリア政府で働いていた並外れて優秀な女性なので、この著者と母を結びつけて考えることは、難しい部分があった。
それでも患者本人が描写する症状やそれに伴う気持ちには、迫力があり、胸に迫る。
認知症を患う人が、どんな気持ちでいるかを知るには、素晴らしい本だと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、読んでいて、これらの症状や気持ちは、うつ病患者にもそのまま当てはまると思った。

今は、頭の中全体にぼんやり霧がかかっていて、何をするにも大変な努力とコントロールが必要だ。大変な努力を払わなくては、いつも間違ってしまう。(略)一生懸命にやろうと努め、よく休息を取り、少しも疲れていない限り、私は大丈夫だ。その時は、ほとんど正常と言っても通るだろう。でも心の中では、まるで爪を立てて絶壁に張り付いているように感じている。
(「私は誰になっていくの?」74~75ページ)

外見は普通に見えるので、同僚にも家族にもその内面はわからない。
口に出して詳しく説明しない限り、誰にもわかるはずはない。
でも1つ1つの症状とそれに伴う気持ちを説明しようとは思えない。
「自分はすっかりバカになって、使い物にならず、価値もないと感じる」
そう思っていたとしても、そうは言えないものだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本の中で印象的な文章は多く、1つ1つご紹介できないのは、残念だ。
以下は、認知症(2004年の出版なので、本では痴呆と書かれている。今では痴呆という言葉は使わない。)を患う人に対するスティグマ(嫌悪感を伴ったレッテル)について書かれたものだ。
著者本人が望む認知症の人への接し方も書かれている。

認知症に対する特別視、負の感情は、依然として強いと思う。
アルツハイマー病で初めて受診する人の多くは、既に相当進行している人だという。
家族は『まさかあの人に限って”そんな病気”になるはずはない。歳相応だ』と思い込んでいるし、本人も『私は、”そんな病気”ではない!』と受診を拒否する。
家族が認知症であることを人に隠したり、介護サービスを受けたがらないという話もしばしば聞く。

これが、がんならば、少しでも疑いがあれば、誰でも積極的に受診するだろう。
(患者数は、認知症患者ががん患者をはるかに上回る。誰でもなる病気なのだ。)
がんも認知症も臓器の病気に過ぎない。
認知症になることは、悲しいけれども、恥ずかしいことでも何でもない。


以下、青字部分が、本からの抜き書き。


「私は私になっていく」副題「痴呆とダンスを」(クリスティーン・ブライデン著。2004年発行)

―スティグマからの解放―
 (略)
スティグマによって作り出されたこの壁が取り払われないうちは、人は助けを求めようとはしないだろうし、診断さえ受けようとしないだろう。そして得られるはずの治療や支援も受けられないだろう。痴呆とともに生きる私たちは、スティグマから解き放たれ、尊重され励まされてると感じたいのだ。高速道路をゆっくり車線の側に移るように、新しい人生を送ることができるのだということを知らねばならない。
私にはそのことが、知的障害を持つ人びとの苦境を描いたジェームス・ダドリーの本を読んだ時にわかった。知的障害と痴呆という言葉は簡単に入れ替えることができた。
 (略)
やがて自己を失うという悲しみを抱いて私たちの内なる世界は激しく動揺している。自分自身と同様に他者も失っていくことに、なんとか折り合いをつけていこうとしても、私たちは不安、怒り、悲しみ、疲労、衝撃、無力さ、無気力に圧倒されてしまうかもしれない。
 (略)
こんな言葉のすべてが、私たちに、能力のない人、地域社会の一員になる資格のない人、というレッテルを貼る。
私たちはただ進行性の脳の損傷を持つ、ひとりの人間なのだということを思い出すことができないものだろうか?
 (略)
痴呆を持つ人びとに対する差別に敏感になってほしい。私たちを正常な人と同じように扱い、まるでそこにいない第三者のように私たちのことを話すのはやめてほしい。批判したり、間違いをみつけて笑ったり、私たちがもうそこに存在していないかのように話したりしないでほしい。もちろん、何もかも私たちの代わりにやってしまわないでほしい。私たちを尊重し、私たちがなんとかやっていこうとどれだけがんばっているか、わかってほしい。
 (略)
私たちの欠陥ではなく、能力に注目してほしい。私たちを人間として扱い、人生に参加させてほしい。私たちが楽しんでやれることを続けられるように助けてほしい―自分が尊重され、感謝され、まだ社会の一員であると感じさせてくれるものであれば何でもいい。
(P.191~193)


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ペンタスだそうです。
ギリシャ語の「5」が語源。

うつ病と認知症の共通点

認知症を患った本人(クリスティーン・ブライデンさん)の書いた本を読むと、その症状やそれに伴う気持ちが、うつ病患者によく似ていることに気が付く。
下の2つの記事は、「うつ病」のカテゴリーに入れられなかったので、リンクを張っておきたい。


 「うつ病の患者の内面で起こっていること」

 「うつ病と認知症の共通点」


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ローズマリー。とても小さい花。
2羽の鳥が愛を語らっているよう。

障害者のきょうだいの抱える問題

Eテレ「ハートをつなごう」の「きょうだい~障害のある人の兄弟姉妹~」の再放送を今日見た。(2011年10月6日正午にも再放送あり。)

私も初めて知ったが、障害者や難病を患う人の兄弟姉妹のことを「きょうだい」或は「きょうだい児」と呼ぶそうだ。
「悩みや葛藤を抱えて育ちながら、今まで支援の対象となってこなかった」と公式サイトに書かれている。

私も「(障害者の)きょうだいの会」というものがあると知ったのは、10年程前、ネットを通してだ。
「きょうだい」への支援活動や「きょうだい」向けの本の存在を初めて知ったのは、1993~’95年に米国に住んだ時だった。
その時、そういう支援が、日本にも普及すればと思ったが、状況は大きくは変わっていない気がする。


番組に出演していた「きょうだい」の話を聞くと、自分と良く似ていると思った。
障害のあるきょうだいが大好きだということも、母親には複雑な想いがあるが、仕方がないことと諦めて自分の気持ちを押さえ込んできたこと、悩みを親にも人にも言えなかったこと、等々。

出演者「”私の弟、自閉症なの”って、言いたかったけど、どうしても言えなかった」

私も『何ら恥じることではないし、私にとって、とても重要なことだから言いたい』という強い気持ちを常に持ちながら、誰にも言えない長い時期を生きた。

相手の反応が恐いということもあった。
(実際、障害者を普通の人として見る人は、少ないと思う。可哀想と見る人が多い。言われ慣れた言葉だが、「きょうだい」には、抵抗感がある。一緒に育った「きょうだい」は、障害のあるきょうだいを普通の人と思っているから。)

「私の兄は、障害者です」と言葉にした途端に、押さえに押さえてきたものが噴出して号泣してしまいそうでもあった。22歳位までそうだった。

でも良い人と結婚し、子供も生まれた頃から変わった。
今では、兄のことを訊かれれば、誰にでも「知的障害者です」と平気で言える。
聞いてぎょっとする人も時々いるが、何とも思わない。
私は、既にその問題から完全に解き放たれている。

しかし、今、その問題のさなかに生きている「きょうだい」も大勢いるだろうと思う。
彼らが、必要な支援を求めること、彼らに支援の手が届くことを心から願っている。


番組のゲスト、吉川かおりさん(明星大学福祉実践学科教授。兄が、ダウン症)の言葉をご紹介したい。(下記、青字部分)
「きょうだい」の置かれた状況が、よく理解できると思う。


(障害児の)親御さんは、体が健康に、いわゆる障害がなく生まれれば、(「きょうだい」は)放っておいても育つと思ってるんですね。
ところが子供は、無条件の愛、手間暇かけてもらわないと健全には育つことはできない。そこではないかなぁという風に思います。

「きょうだい達」は、特に、無条件の愛情をかけてもらいにくい状況にあるんですね。
例えば、障害のある子のことで一生懸命な親の手伝いをしたら愛してくれる、良い子で居れば、成績優秀であれば愛してもらえる。
条件付き愛情というのが山ほどある。
(親からの愛が)無条件ではない。

「きょうだい達」の辛さって、自分が出会っている出来事が 自分では解決できないような出来事じゃないですか。
(きょうだいに)障害があるとか、親がそのことで振り回されているとか、社会からの誤解や偏見を受けるとか。
自分ではどうにもできないようなもの凄く大きな壁や圧力に、まだ自分のことを言語化できない時期から向き合わなきゃいけない。

それで自分のキャパシティーに、もの凄く色々なものが、どんどんどんどん、この器の中に溜まっていって、キャパが一杯一杯なのに、それにも気付けずに日々を送っていかなきゃいけない。
それがものすごく辛いんだと思うんですよね。


P1030622.jpg
ハナトラノオ
小さな花です。寒くなりましたが、まだ咲いています。
クリックしてアップで見ると中々華やかな花です。

9月の帰省3日目(3)兄との日常

夕方、兄が、ショートステイ先から帰宅した。
私を見ると嬉しそうに「コンニチワ!コンニチワ!」と言いながら、何度も深々とお辞儀をする。
兄までが他人行儀だと思い、淋しさを感じる。
兄は、私の言うことは何も聞かず、一方的に大きな声で話し続ける。
少し様子がおかしい。
何かあったのかもしれない。

毎週1回通っていた歯科医院にしばらく行っていないことが診察券裏の予約票でわかっていた。
父に理由を訊くと「○○か?ちゃんと行ってるぞ」。
「全然行ってないじゃない」と診察券を見せると「そうかぁ?」。

「お兄ちゃん、歯医者さん、行かないの?」
「イイ。オワリ」
「何か痛いことした?」
「イタイ。ダメ。オワリ」
「行かないともっと痛くなっちゃうよ。痛くないように治してくれるんだよ」
「イタイ。ダメ。イタイ」
「歯医者さん、”○○君、来ないかなぁ”って、待ってるって言ってたよ。来て下さいって」
「オワリ!オワリ!ナシ!」
兄は、一度言い出すと修正がきかない。
時間を置いて、また説得しないといけない。

「お兄ちゃん、髪、伸びたねぇ。床屋さんしようか?」
「ダメ。センセイ、オコル」
「○○先生?怒らないよ~!”カッコ良くなったねぇ”って言ってくれるよ~」
「センセイ、オコル!」
参る。これも時間を置いて再度アプローチ。

冷蔵庫のプリンを見せて、「これ、お兄ちゃんのだから、食べてね」と言うと喜んでいる。
朝食用に買ったパンも食べるように伝える。(父に伝えるより確かだ。)

6時には、母のいる特別養護老人ホームに皆で集まって食事をすることになっていた。
母が食べたいと言った餃子とフランクフルト、その他、色々準備をした。
「(2人で感激した)インドカレーは?」と訊いたが、まったく記憶にないようだった。

兄と一緒に買い物のためにあちこち行った。
兄は、荷物をみんな持って運んでくれる。

ある店で店員が、兄を見てぎょっとした。
ちらりと見て一瞬『え?』という顔をするのはいつものことだが、ここまで激しく反応する人は珍しい。
『知的障害者と会うのは、生まれて初めて?・・変な人・・』と心の中で笑った。
そんな自分も『変な人か・・』と思い、思わず、くすり。


P1030615.jpg
撫子(ナデシコ)



動画(YouTube)の有益な活用

思いがけず母の動画が撮れた時、様々なことを考えた。

スマートフォンは、カメラの形をしていないので、撮られる方もカメラを意識しない。
(或は、カメラだと認識しない。)
そのために自然な姿を撮影することができる。

もしも病気の初期からその時、その時の姿を記録に残して、YouTubeに投稿すれば、医療や福祉に従事する人たち、認知症を疑う(患う)多くの人とその家族にとって、どれ程わかりやすい貴重な資料になるだろう。

「せん妄」「歩行障害」「認知の変動」「うつ状態」など、レビー小体型認知症の多くの症状は、本で読んでもわかりにくいが、映像を見れば、一瞬で納得できる。
症状が進んでも心は残っている、思いやりの言葉も出るということもわかる。
むろん投稿には、本人の承諾、家族全員の承諾が、必要だ。


もし自分が、認知症や死に至る病を得た時には、そういう形で記録を提供したいと思った。

人間が衰えて、徐々に死に向かっていく姿は、人に多くのことを教える。
いのちのはかなさだけではなく、いのちの輝きを。
生きている今日1日が、どんなに貴重で素晴らしいものかを鮮明に伝える。
昔、ホスピスで傾聴ボランティアをした時に知った。

私は、家族に映像で遺言も残したいと思った。
もしその時、孫がいれば、成長していく孫にもメッセージを残したい。


P1030677.jpg
秋の芙蓉






9月の帰省3日目(2)母の動画を撮る

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寝たきりの瀬戸内寂聴さん(日経新聞エッセイから)

今朝の日本経済新聞の文化欄に瀬戸内寂聴さんがエッセイを書いていた。
「人縁という宝物」というタイトル。
「奇縁まんだら」の連載が終了した感想を綴っている。
(「奇縁まんだら」は、本にもなっている人気連載エッセイ。
瀬戸内さんが人生で出会った136人を描写してとても魅力的だった。)

震災後も寂聴さんは、被災地を訪ねて、多くの人を元気に励ましていた。
テレビで見るその姿は、「健康、エネルギッシュ」のイメージのままだった。

けれども今朝のエッセイで、あの寂聴さんも圧迫骨折で寝たきりの日々を過ごしていたことを初めて知った。
89歳。
当たり前といえば当たり前かも知れない。
でもイメージ(固定観念)というのは、恐いもので、寂聴さんや日野原先生のような人は、元気いっぱい百年以上生きて、ある日、軽やかに鮮やかにあの世に羽ばたいていくように、漫然と思っていた。

母と同じように圧迫骨折で寝たきりになり、トイレにも行けなかったという寂聴さんが、急に頭上10メートルから下りて来て、私の横に座った気がした。

母は、寂聴さんよりも20年早くそうなったが、今、その年数は、気にならない。
あれだけ元気で、火の玉のように活動してきた人が、母と同じ経験、同じ思いをしているということに、私は、「救い」を感じてしまう。
(決して、寂聴さんの不幸を喜んでいる訳ではない。)
寂聴さんが、母と同じ仲間として、同じ地点まで来て、母を慰めてくれているような気がする。
「あなただけが特別じゃないんですよ。誰でもそうなるんですよ」と。


以下、新聞からの抜き書き(青字部分)。


 「人縁という宝物」             2011年10月2日 日本経済新聞 

(略)
そして三冊めが出た昨年、私は十一月から背骨圧迫骨折で寝こんでしまった。
元気という病気ですなど、健康を誇示していたのに、寄る年波には敵わず、ついに、足が動かなくなってしまった。
体が痛くて仕事が出来ず、もの書きになって六十年、はじめて休筆をしてしまった。
病床にいたのは半年だったが、「奇縁まんだら」を休んだのは六回だった。

今年一月九日から再開した。体は動かず、ベッドに寝たっきりで、トイレにも行けないし、食事も運んでもらう。
それでも食事用の、ベッドに具えつけの机をひきよせて、その上で書いた。



P1030635.jpg
野菊。好きです。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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