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6月の帰省4日目(2)心配スパイラル 賢母の顔

面接が終わると、母は、また別人になった。
心配スパイラルが始まる。
「どうすればいいの?」「どこに行けばいいの?」「夕食は、何にすればいいの?」「どこで待ち合わせすればいいの?」「間に合わなかったらどうするの?」
険しい顔で、際限なく問い続ける。
妹が、おどけて一生懸命笑わせるが、一瞬微笑んだ後は、また眉間にしわを寄せる。

「ねぇ、あんた(私)、荷物、もうちゃんとまとめたの?戦闘服入れた?」
これには、妹と2人で大笑いした。
しかし母が突然言う意味のわからない言葉は、象徴的で、時々ドキリとすることがある。
私は、実家に帰る時、目には見えない戦闘服を着ているかも知れない。

夕食後に再び母を1人で訪ねると、穏やかな顔をしている。
頭も今回の帰省の中で1番良く動く。
母たち(兄の通所授産施設の保護者)が、何十年も積み立てたお金で悲願のケアホーム第1号が近々できること、そこに兄が優先的に入れることをゆっくりと説明した。

母は、適切な質問をしてくる。
「ううん。必ず入れてくれるって所長さんが、ちゃんと約束してくれたんだよ。お母さん、病気だし、お父さんも大変だろうからって。真っ先に入れてくれるって。
お兄ちゃん、そこで安心してずっと暮らせるよ。週末は、○○(実家)にも戻って来れるよ。お母さんにも毎週会いに来れるよ。
お母さんの何十年来の夢が、やっと叶ったね」
「・・・良かった・・・。本当に良かった・・・。こんなに嬉しいことはないね・・」
昔通りのしっかり者の母の顔でつぶやいた。



父には、帰省の度に生活のあらゆること(掃除の仕方、ゴミの出し方、買い物の仕方、洗濯の仕方、等々)を繰り返し伝えてきたが、まったく無意味だと初めて悟った。
父の家事には、理解できない面が限りなくあるが、父は、それを正す気はかけらもない。
今後も何も変わらないだろう。

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時計草(トケイソウ)
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6月の帰省4日目(1)介護認定調査 特養面接

仕事の休みが取れた妹と要介護認定の訪問調査の立ち会いに行く。
母は、あまり元気がなく、ささやくような小声で話す。
この4日間で1番小さい声だったが、妹は、これが普段の声の大きさだと言う。

調査員は、詳細に体を調べたり、施設職員と家族の両方から聞き取り調査をした。
1番最初に名前を訊かれた母は、しばらく考えた後「○○(私の苗字)○○(母の名)」と答え、一同驚いた。
生年月日と年齢と季節は、ほぼ正確に答えられた。(答えられない時が多い。)

介護に関して話していると、職員に対する態度と家族に対する態度が違うことがわかる。
職員には、常に気使いがあり、反抗したり、怒りをぶつけることはないようだ。

「拘縮(足が固まって動かない)、腕の筋力低下も進んでいます。間違いなく要介護5です。ご家族は、さぞご心痛のことでしょう。どうぞお大事になさって下さい」

「心痛」という言葉が、消化されずに固く重く残った。
『母の状態は、私たちが考えている以上にひどいものなのか・・・?』
後になってわかるのだが、私たちは、その時、その深刻さににまったく気が付いていなかった。


午後には、特養から相談員、介護職員、看護師の3人が面接(調査)に来る。
母は、6人(家族と職員も含む)に取り囲まれて緊張していたが、質問には答えられる。
介護方法に関わる具体的なことをこと細かく確認していく。
今までの母の趣味、楽しみ、性格なども丁寧に訊き、記録していく。

ケアに関する家族の希望も訊かれた。
何も考えていなかったが、「これ以上体が固まってしまわないように、よく動かし、リハビリをして欲しい」と伝える。(訪問リハビリは、難しいと前日伝えられていた。)

看護師「私たちの所は、離床(寝たきりにさせない)が基本ですが、それでもいいですか?」
 私 「その方がいいです!」
看護師は、病気のこと、薬のことなどを職員から詳しく訊いている。
母は、持病が多い。何と言う病気が何歳から始まったかなどは、妹が正確に答える。

話の切りが付いた所で、主治医となる医師の薬に対する考え方を看護師に訊く。
「なるべく少ない薬を処方される先生です」
母は、リスパダールで歩けなくなったり、アリセプトで興奮したりして、副作用が激しく出るタイプなので、毎月主治医と話し合って、薬の量を減らしてきたことなどを説明する。
今は、幻視と妄想がひどいが、これも主治医と話し合って、薬を増やすことはしないことにしたと伝える。

骨粗鬆症の注射治療(フォルテオ)の話もする。
主治医とグループホームさえOKなら制度上毎日訪問看護を呼ぶことができることを確認したと伝える。
「グループホームと特養では違うと思いますが、訪問看護で毎日注射を打つことは無理でしょうか?」
「訪問看護は・・(ありえない)。骨粗鬆症治療に関しては、主治医と相談してみますので・・」

入所には、主治医の診断書(レントゲン結果を含む)と紹介状が必要。
グループホームの職員と話し合って、診断書(紹介状も)は、グループホームのホームドクターに頼み、紹介状は、レビーを診ている医師からももらうようにという話になった。

私 「じゃあ、私が、明日母をホームドクターの所に連れて行きます」(妹は仕事)
職員「福祉タクシーは、前日では、予約が取れませんよ。混んでて無理無理」
しかし妹が、すぐに電話をし、手配してくれた。
1日でも早く、母を湯船に入れてやりたかった。

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コウオウソウ(紅黄草)だそうです。
英名french marigold(フランスのマリーゴールド)
の方が、ぴったりですね。

6月の帰省3日目(3)子の自立 母の悲哀

夕食後、父と母の所に行く。
私たちが入ると同時に、母と親しい男性利用者が、「どう?」と入って来る。
職員は慌てるが、「どうぞ、どうぞ」と椅子をすすめ、座ってもらう。
父が嫉妬するのではないかと一瞬心配したが、父は、母とではなくその利用者と話し始める。
男性利用者は、いつも認知症とは思えない話し振りだ。
父は、今まで何度も「あの人、認知症か?!ほんとか?」と訊いた。


いつものことだが、母は、兄のことを心配している。
今、どこにいるか、食事はしたか、服は汚れていないか、困っていないか、繰り返し訊く。

「お兄ちゃん、何でも自分でできるようになったんだよ。凄いよ」
「○○(兄)が自立したのは、いいことだと思うよ。思うけど・・・」
目に涙を溜める。
「・・・淋しい?」
「淋しいよぉ!○○(兄)は、平気なの?」
「お兄ちゃんだって、いつまでも親に頼っていられないから、自分がしっかりしなきゃって思ってると思うよ」
「きっとそうだよ」
男性利用者が、優しく言う。
父には、こういう「気持ちに寄り添う言葉」が、決して言えない。
心は、人一倍優しいのだが・・。
私「子供は、自立するのが親孝行でしょ?母親は、その淋しさに耐えるのが仕事。どこの母親もみんな淋しいのを我慢してるんだと思うよ。違う?」
「そうかなぁ・・・」
母は、切ない声を出す。

実家の青梅で作った梅ジュースを飲ませる。
「美味しい・・」
気分が変わる。


このグループホームには、各階9人の利用者がいる。
母の階の人は、9人中4人が、いつでも微笑んでいる。
皆さん、母にも私たち家族にもあたたかい言葉を掛けてくれる。
ここを出て行くということは、この人達とも別れるということだ。
そしてその微笑みを支えている心優しい多くの職員とも・・。
彼らとの別れが、母を不安定にさせなければよいと心から願う。

このグループホームで、母は、本当に良くしてもらったと思っている。
許可なく色々勝手なことをする父もあたたかい目で見てくれていた。
断っても断っても色々言ってくるしつこい私にも。
今は、感謝の気持ちしかない。

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黒種草(二ゲラ)

6月の帰省3日目(2)嚥下障害? 訪問リハビリ

母の所へ行く。
自分からは何も話さず、ぼんやりしているが、表情は穏やかで、受け答えもできる。
この状態なら側に居ても何も困ることはない。父でも長居できるだろう。

食事の介助(自分で食べる手伝い)をすると全部食べる。
持って行ったさくらんぼやナッツ、ドライブルーベリーも少量美味しそうに食べる。
あんなに好きだったお菓子を欲しがらなくなったのが不思議だ。

じっと観察するが、飲み込みに問題があるようには見えない。
しかし最後のお茶を吸い口で飲ませると激しくむせた。
健康な人間なら大きなせき払い1つで済みそうに見えるが、母は、力のない咳をいつまでも繰り返した。
骨が折れない程度に背中を叩いた。(母は重症の骨粗鬆症。)
これが嚥下障害だろうかと初めて思う。


「お母さん、私、今からお墓参り行って、伯母さんの所、ちょっと行ってくるね」
「え?!もう行っちゃうの?!」
「・・ずっといて欲しい・・?」
「ずっといて欲しい・・・」
「・・淋しいの?・・」
「淋しい・・・」
「一眠りして、起きたら戻ってるよ」
「一眠りして、起きたら、あんた、いつもいなくなってる」

突然訪ねた伯母は留守で、後で電話で、経過を連絡する。


訪問リハビリの時間に合わせて母の所に戻る。
担当者は、若い可愛い男性だ。母は、急に元気になる。
「あなた、奥さんは?何トロトロしてるの!私、いいの、みつけてあげるから!」
次から次と面白いことを言っては笑わせ、自分も楽しんでいる。
(半分位は、意味のわからないことを言うが、それはそれで楽しい。)

「今日は、すごく調子がいいですねぇ!じゃあ、座るのに挑戦してみましょうか!」
ベッドから足を下ろし、両手で支えられて座ることができた。
「前回は、痛がって、10秒も座れなかったんですけど・・。良かった!」
そのまま見事な介助でリクライニング式車いすにもフワリと移動できた。
魔法を見ているようだった。

担当者に、骨折したら寝たきりになることは避けられないのかと質問する。
「骨折前の状態、骨の状態にも寄ります。○○さん(母)は、かなり急激に悪くなった方だと思います。お年寄りでもリハビリで完全に元通りに戻る人も中にはいます。○○さんは、骨のもろさが響いたのかなぁ。
一度骨を折ると、痛みがずっと残る人は、とても多いんです。腰が痛いって、ずっと湿布を貼り続ける人とか。
ただ、認知症があると、それが本当の痛みなのか、想像の痛みなのか、私たちには、判断できません。
特養の訪問リハビリもあちこちに行っていますが、10人の制限というのは、聞いたことがありません。調べてみて、何か良い方法がないか、またご連絡します。
今、リハビリを止めてしまったら、あっと言う間に体は固まって動かなくなってしまいますから」


リハビリの担当者が帰ると、母は、別人の顔付きになった。
「私のかばんから財布を出して。通帳も持って来て」と言い張る。
「お金、またなくなったの?隠してるの?どうして嘘つくの?ここに持って来てよ!」
手が付けられなくなって、職員に頼んでひとまず帰った。

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ピンクのランタナ
(いつもおどけていた母のイメージ)

6月の帰省3日目(1)特養入所に関する説明 終末期医療

昨日1人で見て回った特養に電話をし、見学の予約をして再び訪ねる。
担当の相談員が、1床空きが出たという4階を案内してくれる。
(過去に何度も電話で話しているが、この相談員は誠実で信頼できる人だ。)
空いているのは、4人部屋の窓側だが、症状によっては、スタッフルーム前の個室に入る可能性もあるという。

津波対策の説明から始まる。(郷里では、それが深刻な問題になっている。)
10日分の水と食料は4階と屋上に備蓄してある。建物は、震度6強まで耐える。
「私たちは、どこにも行きません。ここでお世話を続けます」

医師は、週2回来る。母の主治医は、その医師になる。
毎日の注射治療はできない。インシュリン注射の方、胃ろうの方の入所も断っている。

家族の希望があれば、看取りをする。
症状が進むに連れて家族の気持ちも揺れるので、何度も話し合いを重ねる。
ここでは、週2回の点滴と酸素、鼻からの経管栄養に限ってできる。
それで対応できなければ、入院になる。

15年程前までは、多くの方がここで亡くなった。
今は、医療事情が全く変わって、ここで亡くなる方は少ない。
「肺炎で入院すれば、ほとんどの方が胃ろうになって帰って来ます。まだ自分で歩けるのに胃ろうの方もいます。
急変したからと救急車を呼んで、”延命措置はしないで下さい”と言うと、”じゃあ何でここに連れて来た!”」と家族が怒られるんですよ。私も付き添って行って、何度も見ています。”命を救うことならいくらでもできる。でも死なすことはできない”と病院は言うんです。
意識があれば本人に”どうしますか”って訊くんですよ。生きたいか、死にたいかと本人に訊くんです。そう訊かれたら、誰だって生きたいって言いますよ。
家族の思いと医師の考え方は、大きく隔たっていることが多いんです。本当に難しい問題です」


風呂は、1人用、数人用など8種類あり、その人に合ったものを選べる。
寝たきりの人が入る機械浴(リフト浴)は、週2回。皮膚疾患や多汗の人は、週3回。医師の指示があれば毎日。

リハビリは、一人一人の利用者の状態に合わせて計画を立て、看護師とスタッフが、やっている。
理学療法士はいないので、リハビリの時間やリハビリの専門スタッフはいない。
訪問リハビリを外部から呼ぶことは問題ないが、主治医が保険のための意見書を書けるのは10人まで。既に10になっているので、保険は使えず、全額自己負担で呼ぶことになるのでかなりの高額になる。
(この人数制限については、制度上のルールではないと訪問リハビリの責任者から後日、電話で直接聞いた。)

家族会は、年2回。ランチを挟んで朝から午後2~3時まで。親睦も兼ねている。

ボランティアは、定期的に来ているのは2グループと少ないが、毎月色々な所から次々とは来ている。

レクは、日常的には、デイサービスほどではないが、行事は他の施設と比べても多い。
夏祭りは、地域を巻き込んだ大掛かりなもの。

今回たまたま1床空いた。○○さん(母)1人にしか声は掛けていない。
面接は、現時点で24時間医療が必要な状態ではないということを確認することが目的。
現在の主治医の診断書と推薦書が出れば、すぐにでも入れるが、診断書に1~2週間かかるケースもある。

「相談でしたら、電話でもどんなことでも私がお答えします。4階の担当ですから。以前は、介護スタッフでした。そうです。ケアマネの資格を取って、相談員になりました。
お母様の病状や様子が知りたいということであれば、私が、担当スタッフや看護師から詳しく訊いてご連絡します。いつでもお電話下さい」

注射治療と訪問リハビリのことに失望し、色々な面には安心し、複雑な想いで特養を後にした。


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名前不明。

6月の帰省2日目(3)せん妄状態?

4時頃、再び母の所へ。
4時半には、夕食が運ばれて来た。
個室のベッド上で介助されて食べる母は、他の利用者より食事時間が30分早い。

母は、痛がらず、座る状態近くまでベッドが上げられた。
作って来たテーブルの上に膳のトレーをのせる。具合がいい。
長いスプーンを使って自分で口まで運ぶように手伝う。
とても時間がかかるが、辛うじてできる。

母の好物のイカのサラダ(柔らかいもの)は、美味しいと言って沢山食べた。
イカ以外は、あまり食べたがらなかった。
「私はいいから○○(私の子)にやって。可哀想に、お腹空かせて・・」
「もう一口食べようよ~」と口に入れると
「もういらない!!いらないって言ってるのがわからないの?!」
と歯を剥き出して唸り、食べ物を噴き出した。
そんな顔を初めて見た。症状が進んでいることを思い知らされる。

しばらくすると
「ごめんね。嫌だね。私、怒っちゃいけないよね。ごめんね」
「怒りたい時は、怒った方がいいよ。我慢することばっかりじゃ、誰だって辛いよ」
「私、あんたにだけは、怒りたくないんだもん!」

食後は、幻視が特にひどく、母は、次々と現われる人や動物と生き生きと会話を続けていた。
亡き祖父が来て、兄が居て、父、妹が居て、猫が来て、モンチッチ(猿のぬいぐるいみ)が走り回って、何人もの子供達が、入れ替わり立ち代わりやって来る。
手を振ったり、大きな声で呼んだり、微笑んだり、叱りつけたり、あやしたり・・・。
イッセー尾形の一人芝居を見ているようだ。

「痛いよ~!痛いよ~!どうすればいいの?!何とかして!痛いよ~!助けて~!」
突然、足全体が、ジンジン痛むと訴える。すっかり細くなった足をさする。
幻視との会話と思い出したように痛くなる足。延々とその繰り返しだった。
これも一種のせん妄状態なのだろうか。
そんな状態ではあっても職員が来ると、必ず微笑んで声をかけた。
「ありがとうねぇ。悪いねぇ」
手を振ったり、おどけて投げキスをしたりもする。

夕方、父が、面会に来る。母の状態は、変わらなかった。
「どこだ?!どこが痛い?!足か?!」
父は、インドメタシン入りの液体の薬を足中に塗りたくる。
会話にならないとわかると、さっさと立ち上がる。
父「じゃあな!」
母「チューなし?」
父「おぅ」(おでこにキスをする。)
10分ほどで逃げるように帰ってしまった。

母と親しい利用者が、部屋に入って来る。
常に慈悲深い笑顔をたたえている痩せた男性だ。
椅子をすすめると母の側に座って、優しく話し掛ける。
「どうかね?・・動かないでいるのも難儀だね。動ければ、気も紛れるだろうに・・。
頑張ろうな。みんな、○○さんが元気になること、期待して待ってるからな」
ふと嗚咽が出そうになり、場違いだと思って抑えた。

帰宅して、父に、あれは母の一番悪い状態かと訊く。
もっと悪い時は、帰れと怒鳴ると言う。
妹に電話で訊くと、かなり悪い状態だとわかる。
父に怒鳴るのは、父の対応がまずいからで、私に怒るのは、甘えているのだろうという。
その通りなのだろう。

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つゆくさ

6月の帰省2日目(2)特養を見に行く

明後日面接に来る予定の特別養護老人ホームに一人で行く。
郊外にあり、私の住む地域にはない大規模な施設だ。

面会家族のふりをして全階(4階建て)全フロアーを細かく見て回った。
(ルール違反は承知。施設は、解放されていて、自由に行き来でき、家族は、何時でも自由に訪問できると、以前もらった印刷物に書かれていたので、行っても大丈夫だと思った。)
壁の掲示物も残らず読み、写真も1枚1枚見た。
後日、職員に案内してもらう前に1人で丹念に見たかった。

ステージ付きの広いホールがあり、喫茶店があり、ボランティア研修室がある。
職員が作ったのか、ボランティアが作ったのか、簡単にはできない大掛かりな飾りが各フロアーにあった。
他の施設では、見たことがない。

職員は明るく、誰もが、私に気持ちよく挨拶してくれる。
歩ける利用者のグループからは、笑い声も聞こえる。
姿を隠して職員と利用者の会話を聞く。
心の通い合ったあたたかい会話だ。
スパイのような行動に、かなり後ろめたさもあったが、母のためにも自分のためにもどうしても確認しておきたかった。納得したかった。
声を掛けてくれた特養が、ここで良かったと思う。


帰宅して母の訪問リハビリの担当者と電話で話す。
「痛みを訴えるので座らせることもできない。実際に見に来て欲しい」と言われる。
父は、立ち聞きして、また怒っている。
母が少しも良くならないのは、いい加減なリハビリのせいだと言う。

「リハビリさえちゃんとやれば、絶対に車いすに乗れるようになる!大手術した後だって、ちゃんと歩けるようになったじゃないか!10人の医者に診せれば、10人言うことが違うんだ!治せる医者もいる!いい加減なやつばっかりじゃない!骨は治ったんだから、これからどんどん良くならなきゃおかしいじゃないか!」
「じゃあ、お父さんが連れてってよ!介護タクシー呼んで、ストレッチャーに乗せて、10軒の病院に連れてってよ!」と叫ぶ自分を想像しながら黙っていた。
父も辛いのだ。

父は、母を1度も1人で病院に連れて行ったことはない。
多分、何をどうすればいいのかわからないのだろう。
病院に連れて行くのは、(私の帰省時でない限り)常に妹だ。


その後、柔らかいイカを買って来てサラダを作る。
職員が、母にあればと言っていた食事用のベッド・テーブルもスーパーでもらった発砲スチロールで作る。
テーブルクロス代わりに、母のバンダナを巻いたら可愛くなった。

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カランコエだそうです。
(カランエコだっけ?コエンカラだっけ?と
色々検索しても出ず、1人で唸っていました。)

6月の帰省2日目(1)レビーの主治医の言葉

レビーの定期検診(月1回)に行く前に、ベテラン職員から母の症状を聞く。
「あまり変わらない。飲み込める。夜も眠る。精神的にも安定している」と言われる。
ただ妄想と幻視はひどくなっていて、何と答えればいいか困る時が多いと言う。
骨折して寝たきりになってから、母自身は、病院に行かず(整形外科以外は。)私や妹が代わりに行っている。

「今から病院に行って、お母さんのお薬もらってくるね」
「モンチッチ(猿のぬいぐるみ)、どっか行っちゃった・・・」
「ここにいるじゃない」(常に母の横に居る。)
「それはモンキッキ。モンチッチは死んだよ。殺されたの」
「モンキッキ?新しい猿だね。・・誰が殺したの?また大きな犬が、来たの?」
「違う。動物園のらくだに噛まれたの。凄い声でないたよ。恐くて見れなかった。
 ねぇ。○○(妹)、いつ来るの?」
何度、妹は仕事で来られないと言っても、繰り返し繰り返し同じことを訊いた。


以下、レビー小体型認知症の主治医との質疑応答(質問は省略)。

「妄想や幻視がひどくてもそれで本人が苦しんでいなれば良いよ(薬で抑えない)」
「抑肝散は、安眠の薬でもあって、増やせば眠ちゃうよ」
「メマリーは、2週間毎の処方だから、認知症の人が通院するのは、ちょっと大変だね。
主な副作用は、めまいって言われてるけど、まだあんまり(メマリー服用)患者を診てないからわからない。
肝機能、腎機能に問題がある人は注意っていうのは、アリセプトだってそうだよ。どの薬も同じ。○○さんの肝機能なら全然問題ないよ」
「飲み込み、悪くないって?!本当?!信じられないなぁ。むせる力すらないんじゃないの?声が変わっても気が付かないんじゃない?聞こえない位小さな声でボソボソ話すでしょ?」
「夜、どうして眠るようになったのかは、わからない。なんでだろね」

父が、絶対に伝えてくれとしつこく言った質問を伝える。
「父が、薬で車いすに乗れるようにしてくれと言ってますが、無理ですね?」
「無理。・・・お父さん、言うこと、面白いよね」
「無茶苦茶です。あれが症状なのか、何なのか、私にももうよくわかりません」


病院の帰りに母と行ったインド料理屋に行き、持って行ったタッパーにカレーを詰め、ナンを包んでもらい、グループホームに急ぐ。(マンゴーラッシーも持って行きたかったが、実家に水筒がなかった。)
しかし12時前に既に母の昼食は、終わっていた。
(母は、介助が必要なので、他の利用者よりも随分早い時間に食べる。)
それでも何口かは、「美味しいねぇ!」と言って食べた。

「何か、他に食べたいものある?何でも持ってくるよ」
「・・・・イカのサラダ・・細かいの」
「どんなの?」
「イカを細かく切ってマヨネーズを入れたサラダ」
甘い物が何より好きだった母は、なぜかお菓子を食べたがらなくなった。

食後、母との会話は、中々会話にならない。
「モンチッチが、モンチッチがいなくなったって怒ってるよ」
と言ったと思うと、脈絡なく、突然「ねぇ!早くして!」と言う。

母「ねぇ。何か、面白い話ないの?」
私「面白い話?・・・ないねぇ!この歳になると、面白くないことばっかりだねぇ!
  まっ、それが人生だ~!」(ちょっと「フーテンの寅さん」風に)
何がそんなに可笑しかったのか、母は、笑い転げるが、声(音)が出ない。
母「○○(妹)!○○!ねぇ、聞いた?姉ちゃんったらねぇ!・・・・・何だっけ?」
妹が、ベッドサイドに見えるようで、笑いながらずっと話し掛ける。


実家に帰って、父に主治医の言葉を柔らかく伝える。
「じゃあ、どうするんだぁ?!どうしようもない医者だな、あいつは!!」
本気で怒っている。
どうしたら父は、現実を受け入れられるのだろう。
どうしたら父の心に平穏が訪れるのだろう。

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ベコニア

6月の帰省1日目(2)追い詰められる父

部屋の中は、蒸し暑く、母は、うっすら汗ばんでいる。
触ると体中ペタペタしていた。
職員に頼んで部屋のクーラーを付けてもらう。
(節電中かと訊くと「寒がる人がいるから」という答え。)
私「体、拭く?」
母「いい。寒い」

職員の言う通り、限界だろう。
気持ち悪いだろう。
風呂に入れてやりたい。今、すぐ。

父の買ったリクライニング式の車いすを初めて見た。
汚れてはいないが、かなりの旧式。
腰掛けてみると、座り心地が悪い。
人間工学など無視した設計だ。
お金がかかっても母のQOL(生活の質)を思えばレンタルの方が良いのではないか。
今は、抱え上げられる男性職員がいる時に限って、痛がらなければ、たまに座らせてホール(リビング)に連れて行くのだという。


実家では、父が、ソファーで眠っていた。
父の顔までが死人のように見えて、ゾッとする。
立った姿を見ても、急に姿勢が悪くなり、ひどく老いて見える。
歳よりもずっと若く見える人だったのに・・。
母のことで精神的に参っているのだと感じる。

「なぁ、お母さん、車いすに座れるようにならんか?」
「・・・わからない・・・」
「リハビリ、もっとまともにやれば、治るだろ?」
寝たきりになると気力もなくなると整形外科医が言っていた通り、先月、母も「(リハビリは)頑張れない」と言った話をする。
「そうかぁ?!」
父は、押し黙る。
「リハビリしてる間にもまた折れる可能性が高いって言われてるし・・」

「明日、○○(レビーの主治医)の所、行くんだろ?薬、変えてもらってくれ!」
「どういう症状を治したいの?」
「車いすに乗れるようにしてもらってくれ!」
「それは薬では治せないよ。全身の筋肉も気力も立つ力もないんだもん」
「それじゃ、出掛けれんじゃないか!”どっか連れてってくれ、インド料理、食べに行きたい”って、いつも言うぞ!お父さんが行くたび言うぞ!どうするんだ?!」
ずっと穏やかだった父が、久しぶりに興奮して怒っている。
私は、それ以上、何も言えなかった。

父は父で限界を迎えている。
母に何もしてやれない辛さに耐えられなくなっている。
ただ黙ってベッドサイドで母の話をじっくり聞くということが、父にはできない。
妄想や幻視の話に受け答えができない父の面会時間は、どんどん短くなっているようだ。


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ゴーヤーの花

6月の帰省1日目(1)母の衰え

私の顔を見ると、母は、びっくりして
「おぉ・・来たの?」
と微笑んだ。
力のない声。

顔は、明らかに衰えた。
(間があくと変化に敏感になる。翌日からは、以前と同じに見える。)
目に力はないが、目元は険しい。
目の下の筋肉(頬や口の回り)が、そげ落ちたように見える。
目をつぶると、棺の中にいた祖母と同じ顔に見える。
一歩、また一歩、母は、死んでいくのだと思う。
死は、息の止まる瞬間のことではなく、砂の城が崩れていくように、少しづつ、止まることなく進んで行くものなのだと、初めて実感する。

「石原裕次郎のテープ持って来たよ」
「わぁ、うれしい」
無表情のまま、つぶやくように言う。耳元で聞かせる。
「これ、○○(私の夫の名)?」
「石原裕次郎だってば。お母さん、好きでしょ?」
「○○(私の夫)は、こんな歌、歌ったら人気出ただろうねぇ。もう消して。うるさい」

会話になると言えばなる状態から、徐々に意味のわからないことを言い出し、妄想と幻視の話が9割、あとの1割は、何のことかわからない言葉になった。
「・・ひろえさん(誰か不明。)・・ひろえさんって誰よ?・・嫌だよ!」
「何が、嫌なの?」
「知らない」

先月まではなかったトンチンカンな聞き間違いも多くなった。
言葉の意味が、つかめないようだ。

目の前にいる母が、違う次元に生きている遠い人に見える。
つかもうとしてもつかめない蜃気楼のようだ。
途方にくれてすぐ帰るという父の気持ちが、よくわかる。

「お父さん、もう私のこと、好きじゃないよ」
昨日、皆で旅行に行ったのに、父だけが一人で別の所へ行ったと言う。

新人の職員が、お茶を持って部屋に入ってきた。
「○○さん、昔は、人気者だったんじゃないですか?今は、こうでも、人を惹き付ける力がありますよね」
「・・誰からも愛される人でした。いつも皆を笑わせて、いつも細かく心を配って・・・」

「今日は、”起きたい”って言って、頭を2センチ位も持ち上げられたんですよ~!」
そこまで悪いということを、その時、初めて知った。


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ドクダミ
可哀想な名前。こんなに清楚なのに。

6月24日、帰宅しました

今、特養に電話をし、ショッキングなことを聞きました。

『なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ?・・・』

人間は、そう問わずにはいられない動物のようです。


妹が、ずっと頑張ってくれています。

来週、特養との話し合いに行ってくれます。


変えられない現実は、受け入れていくしかありません。


しば

20日から24日まで帰省します

5月の帰省から今回の帰省までは、何だか目まぐるしく、ジェットコースターに乗っているような日々でした。

懸命に母のために動いてくれる妹や父に、あらためて感謝の念を深める日々でもありました。
私一人の力は、本当に小さなものですが、3人力を合わせれば、道は開けて行くのだと、あらためて知りました。

皆さんから頂くコメントから教えられることも本当に多く、いつも励まされます。
本当にありがとうございます。


今回は、母へのお土産に石原裕次郎のカセットテープを用意しました。
母は、長年、石原裕次郎の大ファンです。
1年前、ラジカセなら母でも自分で操作できるかと思い、買って送りました。
結局、母が自分で操作することは、一度もありませんでしたが、私の家族の声をテープに入れて持って行ったりしています。
(ちなみに石原裕次郎のテープは、既に販売されておらず、ネット・オークションで買いました。)
母の笑顔が見られたらいいなぁ・・。

気分の良くない気候が続きますが、(そしてこういう気候は、レビー患者を不穏にさせたりしますが)皆さん、どうぞお体に気を付けて・・・!

しば

追伸 「写真の花は、全部庭に咲いているの?」と質問されました。
    残念ながら我が家に庭はありません。ベランダで植物を色々育てていますが、
    最近は、花より料理用のハーブが増えてしまいました。
    花は、全部、近所の家や公共の花壇や空き地で撮ったものです。 
    コンパクトカメラ(LUMIX)で撮っています。ぼかしはPC上で入れています。

P1020782.jpg
私は、琉球月見草と教えられたのですが
昼咲き月見草(昼咲き桃色月見草)が
正しい名前みたいです。
写真はどれもそうですが、クリックして
拡大して見るとまた違った魅力が発見できますよ。

特養から電話が来る!

急展開だった。

グループホームでの生活が「限界」と職員から伝えられた妹は、急遽、新しい特養を訪ね歩き、既に申し込んである特養には、窮状を訴えた。
ある特養では、グループホームに意見書を書いてもらい提出するように言われた。
グループホームで十分な介護ができない理由を具体的に書かなければいけないようだ。

既に1年前に申し込んであるある特養からは「何がどうなるかわからないので、いつでも入所できる心構えでいるように」と言われたという。
順位を知りたいと切実に思うが、既に経験しているように、特養は、「(順位は)刻々と変わるものだから」と慎重な態度を取る。

運もある。
期待してぬか喜びするのは、辛い。
しかしその言葉に期待は、高まる。
その言葉の細かいニュアンスや真意はわからないにしても・・。


翌日。
その特養から妹に電話が入った。
母を面接したいという。
(面接は、近々入所できる人に対して、問題がないかどうかの確認のために行われる。)

2月には、入所順位約200番と言われた所だ。
その順位を聞いた時は、全身から力が抜けた。
2月の帰省で色々調べ、3月に入所を断った特養の担当者からも言われた。
「特養に入れるということは、宝くじに当たるようなものですよ。今、断れば、次はないですよ」

・・捨てる神あれば、拾う神あり・・。
天でも仏様でも神社でも、何でもいいから手を合わせて感謝したいと思った。
必死で頑張ってくれた妹と手を取り合い、飛び跳ねて喜びたかった。

面接は、来週。偶然、私の帰省中に予定が組まれた。


電話では、父も喜んでいた。
「立派なとこだぞ~」
(私も以前、妹と見学に行った。かなり規模の大きい特養だ。)
父は、実家から少し遠くなることなどは、まったく気にしていないようだった。
ひとまずほっとする。

入所前に、確認しておかなければいけない点を考えて、書き出す必要がある。
入所までまだ間があるとしたら、入浴のこともあらためて考えなければいけない。
(家族数人でグループホームへ行って入浴介助をする?
利用者と一緒に風呂に入る家族がいると、以前聞いた。)
前回のように父の行動が問題視されることは、もうないとは思うが・・。
(父が一人で母を連れ出すことは、不可能な身体状態になったから。)
時間が経つごとに、より多くのことが、頭をめぐっている。

P1020751.jpg
英語では、hydrangea。
ハイドレンジア(「水の器」が語源)

母の骨粗鬆症治療、突然始まる。

母の骨粗鬆症治療(フォルテオという皮下注射)の話が頓挫(とんざ)してから父は父で懸命に動き続けていた。

「ゲルマニウムっていうのが効くって何かに書いてあったぞ。どうだ?」
電話をかけて意見を求めてくる。
サプリメントにも副作用や害があるので、やたらに飲ませる訳にはいかないと説明した。

その後、父は、近所の薬局に行って相談をした。
薬剤師は、週1回飲む良い薬(ビスフォスフォネート系薬剤のアレンドロネート。商品名フォサマック。フォルテオに次ぐ効果がある。)があるので病院で処方してもらえばいいと言った。

父は、すぐに近所の内科病院に行き、その薬を求めたが、「本人を診察しなければ処方できない」と断られた。
すぐに別の病院に行き、「整形外科の主治医に処方してもらって下さい」。

そのことをグループホームの職員に話すと
「じゃあ、ホームドクターの○○先生(内科医)に相談してみますね」
と言われたと、嬉しそうに話した。
父の長い話を打ち切るための気休めの言葉としか、私は思わなかった。

その飲み薬のことは、整形外科の主治医から説明があったが、寝たきりの人には処方できないと言われたことを父に伝えた。(飲んでから30分間体を垂直に立てていなければいけないと言われた。)
父「そうか・・。難しいんだな・・。上手くいかんな・・」

その翌日、父から久しぶりに弾んだ声で電話があった。
グループホームに内科医が来て、母を診察し、骨粗鬆症の飲み薬(週1回飲むもの)を置いて行ったという。

私「お母さん、座れないんじゃないの?!30分も真っすぐ座れるの?!」
父「わからん。医者がいいって言うもの、いいんだろ!」
(翌日、医師が「多少とも頭を高くして居られれば問題ない」と言ったと知った。)


私は、自分の思い込みが、完全に的外れだったことを知った。
私は、母が、もう長時間は座れないのだと思っていた。
だから整形外科の言う飲み薬を飲むという選択は、母には一生ないのだと思っていた。
信頼できる別の整形外科に一人で行ってセカンドオピニオンを求めようと考えていた。

ホームドクターの往診が、定期的なものなのか、母のために呼ばれたのか、他の患者のために来たついでに診たのかは、わからない。
内科医が、骨粗鬆症の薬を処方するということも知らなかった。
グループホームとそのホームドクターが連携すれば、こんなにものごとがスムーズに進むということも初めて知った。
(サプリメント1つでもそのホームドクターの許可が必要で、他の病院にかかっていると不便なこと、ものごとがすんなり進まないことがある。)

とにかく今回は、父の行動のお陰で母の骨粗鬆症治療が開始された。
感謝と安堵と喜びでいっぱいだ。
1番効く薬ではないにしろ、治療しないよりは、した方が、ずっと良いに決まっている。
次から次へと圧迫骨折を繰り返し、痛みに苦しみながら死んでいくなど耐えられない。

P1020772.jpg
アーティチョーク(朝鮮アザミ)
花の直径16cm。縦横130cm。
(実寸。もっと大きいものも。)
欧米ではつぼみ(食用)をスーパーで売っている。

緊急の施設探し 保健師のアドバイス

去年、受診拒否をする父を病院に連れて行く時に相談にのってくれた保健師に電話で相談をした。(実家のある市の保健所・保険予防課勤務なので、今は、会いに行けない。)

  以下、保険師からのアドバイス。

確かに清拭(体を拭く)だけだと床ずれもできやすく、問題がある。
入浴は、衛生面だけでなく、血流を良くしたり、健康のために良い効果が多い。
グループホームは、元々重症の人のためにできていないので、手が届かない部分がある。

かと言って、すぐ入れてくれる特別養護老人ホーム(特養)などどこにもないので老人保健施設(老健)や老人病院を1つ1つ当たっていくしかない。
どちらもベッドが空いていれば、すぐ入れるが、今は、高齢者が多く、どこも一杯の状態が続いている。

グループホームで重症化して、そういう所に移った人が過去にもいるはずなので、どういう所に行ったか、グループホームに訊いてみて、まずそこから当たってみては?
グループホームによっては、同じ系列の老人病院があったりして、優先的に入れてもらえる。

グループホーム側も特養にすぐ入れないことは、よくわかっているはず。
「今、一生懸命次の所を探しているので、次が見つかるまでは、お願いします」と頼んでいれば、グループホームも理解し、「すぐ出て行って欲しい」ということは言わないはず。

老人保健施設(老健)は、元々自宅に帰るためのリハビリ施設だったが、今は、特養に入るまでの間、待機する狭間の施設として利用している人も結構いる。

寝たきりでも3ヶ月で退院させられる普通の病院とは違い、療養型病床(老人病院)なら、期間を気にせず長期(年単位)に居られる。
ただ、ある程度良い所は、費用がかなり高額(月数十万円)になるので経済的に可能かという問題が出てくる。
(注byしば:安い所は、家族が『こんな所にだけは、入れたくない』と思うような所だと聞いている。)
どこも空いてさえいれば入れるが、最近は、一杯になっている。
問題行動(暴力をふるう、大声を出す等)があると断られるが、認知症で多少困った行動がある位なら受け入れてくれる。

いずれにしても特養に入ることができれば、それが一番良い。
特養に直接足を運んで、窮状を理解してもらうという手もある。
介護認定で要介護5が出て、グループホームでも看られない、御主人もピック病で自宅介護できないとなれば、特養入所の順番は、格段に高くなるはず。


 医療保険を使った訪問看護サービスを制度上は問題なく受けられると言われているが、
 グループホーム側が、無理だと言い続けている理由を訊いた。

施設側の理由は、色々あると思うが、よく聞くのは、グループホームの担当医師が、他の医師の指示で訪問看護が入ることを嫌がるということ。
もちろん色々な医師がいるが、「もう歳なんだからしょうがない」と、家族が求める治療やリハビリを認めない担当医師がいるという話は、過去にも何度も聞いたことがある。
それが理由で、グループホームを出て行ったという話も聞いた。
グループホームには、他の施設にはない難しさがあるようだ。

P1020736.jpg
紫露草(むらさきつゆくさ)
放射能に反応するとネットに書いてあり驚く。
本当?

グループホームに居られない

状況は、突然、変化した。
全介助となった母は、グループホームから出て行くことを職員から勧められるようになった。
その方が、母のためになるからと。

先月までは考えもしなかったことだ。

グループホームには、寝たきりの人を風呂に入れる設備はなく、母は、清拭(せいしき。ベッド上で体を拭く。)のみで2ヶ月を過ごした。
「清拭で衛生を保つのは、もう限界」と妹は、職員から言われた。

寝たきりになった時の入浴はどうなるのかと、2月に施設長に確認したが、その時には、「2ヶ月で限界になる」とは言われなかった。
「まだ何年も先のことですし・・。大丈夫です」と言われた記憶がある。
(私の記憶が間違っていなければ。)

既に特別養護老人ホーム(特養)には、いくつも申し込みをしてあるが、さらに申し込みを増やすよう職員に言われ、妹が、奔走してくれている。
妹は、風呂に入れてもらえるグループホームも見つけた。

私は、在宅なら受けられる移動入浴サービスをグループホームで受けられないかを調べたが、「在宅サービスと施設サービスの併用はできないので、不可能だ」と、実家のある市の保健師から言われた。

去年の8月と同じように、再び、突然、母の行き先(施設)探しが始まろうとは・・。

妹からその話を聞いた瞬間から、無力感が全身に広がっていった。
「なぜこんなことになってしまったのか?」
考えても答えがないとわかっている問いが、沸々と沸き続けた。
「なぜ私は、こんなになるまで何もできなかったのだろう?」
百害あって一利もないと知り尽くしている自責が、押さえても押さえても頭をもたげた。

「答えはない!!」「自責は無意味だ!!」
振り払っても振り払っても、それは、梅雨の湿気のように全身にからまりついた。

けれども追い詰められた気分は、数日間で、薄れていった。
考えていても母を救うことはできない。
去年の8月と同じように、姉妹で協力し、とにかく動くしかない。


P1020745.jpg
額紫陽花(がくあじさい)

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深い考えもなく、試しに始めてみたブログランキング。
思う所あって、止めます。
(時間はわかりませんが、今日中には消えると思います。)

クリックすることで支持を示して下さった皆様には、心からお礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。

しば


アルツハイマー新薬情報(朝日新聞から)

新薬メマリー(メマンチン)がレビー小体型認知症治療にも期待が持てるという記事を以前載せた。そのメマリーが、今月発売された。

アリセプト(ドネペジル)と同じ作用をするレミニール(ガランタミン)は、3月から発売されている。

新薬に関して、また予防研究に関して書かれた朝日新聞の記事を抜き書きしてご紹介する。(青字部分。ほぼ原文通り)


2011年6月14日の朝日新聞

   <アルツハイマー新薬続々  症状遅らす効果、貼り薬も登場>

 <複数の併用も可能>

今年3月にはアルツハイマー治療の新薬レミニール、6月にはメマリーが発売された。
7月には、効果が同じ2種類の貼り薬のイクセロンパッチとリバスタッチパッチが発売予定。いずれも欧米ではすでに広く使われている。

「いずれの薬も根治はできないが、症状を1~2年遅らせることができる。これまではアリセプトが効かなくなると他に治療がなかった。新薬の登場で選択肢が増えた意義は大きい」
(洛和会京都治験・臨床研究支援センターの中村重信所長)
アリセプト、レミニール、2種類の貼り薬は、基本的には同じ作用の薬。

レミニールは、アリセプトよりも効きが良いが、吐き気や徐脈など副作用が出ることがある」(中村所長)
アリセプトの効きが悪くなったらレミニールを服用するといった治療になるという。
少しづつ薬の量を増やすことで副作用を抑える。
貼り薬は、薬が飲めない人が対象。

メマリーは、他の薬と作用が違う。
他の薬は、症状が軽度~中等度の患者が対象だが、メマリーは中程度~重度が対象。

 <予防研究にも進展>

最近の研究で、脳にある微量のアミロイドβをポジトロン断層法(PET)で測ることができるようになった。
このため、症状が出る前にアミロイドβを測り、予防や治療につなげる試みも始まった。

「高血圧や高血糖がアルツハイマー病発症の危険性を高めるとされる。症状が出ない、軽度のうちから、運動や薬で血圧や血糖を下げれば発症が防げるかもしれない」
(東北大学加齢医学研究所荒井啓行教授)

現在、国内36カ所の研究機関で600人を対象にアミロイドβなどを測り、アルツハイマー病との関連を調べる研究が進んでいる。

だが、脳内にアミロイドβがたまっている人がどのくらいの割合で発症するか、どのくらいの期間経つと発症するのかなどわからないことが多い。
根本的な治療法がない現状で、結果だけを知らされれば、不安をあおることにもつながりかねない。
「現在は、診断法が治療法よりも進んでいる状態。医師が画像診断の結果を患者に伝える場合には、慎重な対応が必要だ」
(国立長寿医療研究センター脳機能画像診断開発部伊藤健吾部長)

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エケベリア。(多肉植物)
葉は花の向こうに写っているもの。

ビタミンDの多様な効果(日経新聞より)

医学や健康や栄養に関する研究は、日々進み、最新研究の報告には、びっくりすることが多い。
紫外線など、今では「親の敵(かたき)」のように嫌われているが、日経新聞の記事を読むと日光浴が必要だと書かれている。
日に当たらないからビタミンDが不足し、骨がもろくなり、なおかつ転びやすくすらなるという恐るべき悪循環があることは、この記事を読んで初めて知った。
要介護の高齢者が日光に当たることの必要性も書かれている。


以下、「日経プラス1からの抜き書き。(青字)

NIKKEI PLUS1 2011年6月11日 

  ビタミンD、上手に摂取 骨の代謝促進・生活習慣病を予防・・・
  晴れた日、肌を露出 食事に魚やキノコを

ビタミンDが、骨の代謝以外にも、生活習慣病予防など重要な働きを果たしていることが分かってきた。
食物に含まれる他、日光の紫外線を浴びると皮膚内でも作られる。
80年代の米国の調査で、日照量の少ない北部地域で大腸がん(結腸がん)の死亡率が高いことが明らかになった。
(その後、日本でも同様の調査結果が出ている。)

これをきっかけに、ビタミンDの作用についての研究が進んだ。
その結果をまとめた報告書が07年に発表された。
がんの予防効果については、カルシウムの効果がほぼ確実とされ、カルシウムの吸収を助けるビタミンDについても効果がありそうだと評価された。

5月に開催された日本抗加齢医学会総会では、ビタミンDのアンチエイジング効果が注目された。
ビタミンDは、モルモンとして重要な働きをしている。
骨質を保つ効果、運動能力を維持し転倒を予防する効果、糖尿病や動脈硬化などの生活習慣病を予防する効果など、高齢者の健康維持に重要な成分であることがわかってきた。

これまで日本人は、ビタミンDを豊富に含む魚を食べる機会が多いため、ビタミンDが不足することは少ないと考えられてきた。
しかし昨年発表された調査によると、介護施設で暮らす女性高齢者の8割は、ビタミンDの血中濃度が低過ぎた。
日光を浴びることが少ないことも原因の1つに考えられる。

「皮膚が作り出すビタミンDの量は多く、日光浴の重要性を見直したい。肌が赤くならない程度なら紫外線による皮膚がんや肌荒れなどを心配する必要もない」
(国立国際医療研究センター国際臨床研究センターの溝上哲也疫学予防研究部長)

晴れた日に上着やズボンの裾をめくって10~20分ほど日光に当てるだけでも十分なビタミンDが作られる。
色白で日焼けしやすい人ほど効果的。

日に当たらない人や冬期は、食事に注意。
魚(特にカジキ、サケ、サバ)の脂肪や肝臓、キノコ類(特にキクラゲ、干し椎茸)に豊富に含まれる。

また最近では、ビタミンDが強化された牛乳なども開発されている。
高齢者や妊婦、授乳婦は、主治医と相談の上、利用を検討を。


 ビタミンD含有量(100gあたりのマイクログラム)

キクラゲ(乾燥)  435
カジキ       38
サケ        32
干しシイタケ(乾燥)17
サバ        11
鶏卵        1.8
豚レバー      1.3


P1020708.jpg
不思議な花。
キバナノコギリソウだそうです。


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しば

母の幻視・妄想に対する父の戸惑い

母の認知症が進み、父が戸惑っている。
元々夫婦の会話が苦手で、「風呂に入れる」とか「ドライブに連れて行く」など、何かを「する」ことで気持ちを表していた。
それができなくなった今、父は、気持ちの表現の仕方がわからない。

父は、最近、よく電話してくるようになった。(一時期まったく電話してこなかった。)

「今日行ったらお母さん、機嫌悪くてなぁ!”嘘つき!”だの何だの、言いたい放題だ」
「で、一緒に怒るの?」
「あれだけギャーギャー言われりゃ、誰だって頭に来るぞ!」
「お父さんが怒れば怒る程、お母さんの症状も悪くなって行くよ。幻覚(幻視)も訳のわからない話(妄想)も言いたい放題(暴言)も。
優しくしてあげるしかないんだよ。何を言われても、優しく接して安心させてあげない限り、お母さんは、変わらないよ」
「お前、言うのは簡単だけどな、そんなこと、できんぞ!」
「お母さんは、病気なんだから、自分で努力して変えることは、もうできないんだよ。お父さんが変わる以外にないんだよ」
「わかってる!わかっててもできんこともあるんだ!」

まったく同じことを、去年から何十回目と言い続けている。
この先も、何十回でも何百回でも繰り返そう。

また別の日。
「お母さんなぁ、幻覚ひどいぞ!無茶苦茶言うぞ!薬で何とかならんのか?」
「何ともならないよ。抑肝散っていう漢方薬が効いた時もあったけど、もう効かないし。どうしようもないよ。言うことを否定しないで、安心させてあげるしかないよ。
今日は、どんなものが見えたの?」
「部屋の中が土砂降りで、○○(兄)がずぶ濡れで、風邪引いて死ぬって言うんだ!」
「お父さんは、何て言ったの?」
「”部屋の中に土砂降りが降る訳ないだろ。○○は○○(施設)に行ってる”って、いくら説明してもわからん」
「もうお母さんには、説明してもわからないよ。”じゃあ、○○を連れてく”って言って、一旦席を立って、ちょっとしたら”○○は、家に送ったからもう大丈夫だ”って言ってみたら?」
「そんなことできるか!目の前に立ってるって言うんだぞ!」
「そう言ってれば、お母さんは、安心するの。安心すれば落ち着いて、幻覚も少なくなるよ(これは出任せ。少なくなるかどうかはわからない。しかし幻視が原因の興奮は減るだろう。)」

「なぁ、あの医者、まじめに(治療を)やってるのか?薬でどうにかなるだろう?」
「ちゃんとやってるよ。薬ではどうにもならないよ。そういう病気なの。やたらに薬を飲ませると副作用で大変なことになる病気なの。お母さんには、薬が毒になるんだよ」
「なんとかならんのか・・・」
「怒らない。否定しない。説得しない。優しくして、安心させてあげて。それしかないから」
「そりゃ、一番難しいぞ・・。できんぞ・・」
「お母さんのために、頑張って」
「大変だな・・・。難しいぞ・・。そりゃ・・大変だぞ・・」

人に「頑張って」と言ったのは、何年ぶりだろう。
無理だとも思い、気の毒だとも思う。でも、そう言う以外ない。
母の症状が安定しないのは、父に寄るところも大きいと思う。
愛情はとても深くても、父には、認知症患者との接し方がわからない。
でもそれは、短気で不器用な多くの男性高齢者に共通しているのだろう。


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2m程の木にこんな形の実(1cm程)がいっぱい。
追記:「ぐみの実では?」のご指摘。
確かに限りなくぐみの実に似ています。
ただどの実も2つ付いているような形が変なんですよね。

父、救急車で運ばれる 

前回の帰省から戻った3日目には、父が、救急車で運ばれた。
めまいを訴えて近所の内科の病院に行き、そこで吐き、院長の判断で救急搬送された。
妹が連絡を受け、大きな病院に駆けつけた。
脳血管障害(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血)の疑いということだった。
CTなど精密検査を受け、異常なしと言われて帰宅した。
帰宅して昼食を済ませた父は、さっさと仕事に出掛けたらしい。

実家の近くに住む妹は、常にこうした不測の事態に対応しなければならない。
それだけでもとても大きな負担だと思う。
父は、兄の薬の管理や兄の世話を十分にできないので、それもすべて妹が担っている。
本当にありがたいと思い、同じだけ申し訳ないと思う。
だから私は、私にできることを、できる限りやらなければと常に思う。
帰省した5日間は、30日分働こう、30日分母と過ごそうと思う。

夕方、父に電話をすると、その日の明け方、緊急の特殊な仕事が入り、かなりの緊張感の中で仕事をしたのだと興奮して説明する。
こういう時の父は、奇妙に饒舌だと感じる。
「人間っていうのは、緊張すると体もおかしくなるんだな!めまいはするし、気持ちは悪いし、なんだかおかしくてな!」
「お父さん、お腹、下してなかった?」
「腹か?・・ああ、そういえばそうだなぁ」
「食あたりじゃないの?古い魚の揚げ物とか食べてない?」
(実家の冷蔵庫には、いつ買ったのかわからない魚の天ぷらがいくつも入っている。)
「記憶にないなぁ!」

妹も父に同じ質問をしたが、否定したのだという。
恐らく医師にもそう言ったのだろう。

父は、体だけは丈夫で、認知症を除けば、風邪以外の病気を知らない。
妹も私も『父は、母と違って頑丈にできている』という長年の思い込みがあった。
しかしそれも75になった父には、もう当てはまらないのだろう。

今回は、たまたま笑い話で済んだ。
しかし今日元気でも、明日は、倒れるかもしれない。
去年の母がそうだったように、入院すれば、認知症の症状が一気に悪化して別人になるのかもしれない。
母がしたように一晩中叫び、便のついたオムツを投げ、ベッドを乗り越えて落ちるかもしれない。
(「夜間せん妄」と呼ぶ。)
考えたくもないが、そんな日が、再び突然やって来ることはないと誰が言えるだろう。

高齢者の生活は、いつも薄い氷の上にある。
それを支えることになる私たち中年の生活もだ。
そして負担は、近くに住む子供に重くのしかかる。
その時、遠くに住む私は、どうすればいいのか・・。
ほとんど考える間もなく、次から次へと問題は起こり続ける。
それを何とかしようと右往左往している内に1年以上が、流れ去った。


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美容柳(美女柳。ヒペリカム)

グループホームで医療保険を使った訪問介護

グループホームで医療保険を使った訪問看護が受けられるかを調べて得られた情報のすべてです(6月9日現在)。
色々教えて下さった方々、本当にありがとうございました。


1. 訪問看護ステーションからの最終的な答え。(青字部分)

訪問看護は、特定疾患(定められた病気)でしか入ることができない。
骨粗鬆症の治療では、入れない。
しかしパーキンソン関連疾患は、訪問看護の対象なので、その主治医が、訪問看護が必要だという指示書を書けば毎日入ることができる。
骨粗鬆症の皮下注射だけではダメだが、全身状態を診ることを目的とし、骨粗鬆症の自己注射も見守っていくという拡大解釈であれば、法律上は何の問題もないことを確認した。

主治医が、指示書を書いてくれるかどうか、加えて、グループホームが、そうした形で看護師が入ることを認めるかどうかが問題。
グループホームにも週2日看護師が入っているので、監査が入った時、なぜそれ以外に必要なのかと問題になっても困る。そこは、グループホームとよく話し合って確認して欲しい。

料金は、平日は、交通費の300円のみ。(距離によって違う。)
本来1100~1200円かかる自己負担分は、パーキンソン病関連疾患なので無料になる。
土曜日は、月2日は、休業日なので加算が付き、自己負担2000円と交通費がかかる。
土曜日でも営業日は、交通費のみ。日曜は、加算が付き、2300円かかる。


2. 6月8日に親切なブログの読者が、自らの体験から教えて下さった情報。
「訪問看護については、自治体で異なる。その県の老人施設の管理監督の部で決まっているので、県に確認したほうが確実。
ただし利用者から県に直接確認すると、その施設に調査が入ることがあるので注意。
またグループホームは、経営上の問題や規則から訪問看護の契約を増やせないことがある」


3. 社団法人全国訪問看護事業協会がネット上に公開している「認知症対応型グループホームにおける 『医療連携』を進めるために ~訪問看護ステーションとの連携を中心に~Ver.2.2」には、以下のように書かれている。(青字部分。原文通り)

 グループホームの入居者に医療保険で訪問看護を行うことは可能でしょうか?
介護保険の「医療連携」の看護婦訪問については述べているとおりですが、それとは別に医療保険での訪問看護を利用することは可能です。医療保険の場合は、入居者個人との契約になり別途契約書と利用料が必要になりますので、ご本人・家族の同意が必要です。

①主治医からの「特別訪問看護指示書」が発行された場合
入居者が急性疾患合併などの場合、1ヶ月に14日間に限り発行できます。その期間は毎日、あるいは一日複数回の訪問看護が可能になります。

②厚生労働大臣が定める疾患・状態の場合
別記の疾患・状態の場合には、介護保険を利用しながら訪問看護は医療保険で受けられます。週4日以上の訪問が可能です。
厚生労働大臣が定める疾病等
①末期がん②多発性硬化症③重症筋無力症④スモン⑤筋萎縮性側索硬化症⑥脊髄小脳性症⑦ハンチントン病⑧筋ジストロフィ症⑨パーキンソン病関連疾患(進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症、パーキンソン病(ホーエン・ヤールの重症度分類がステージ3以上であって生活機能障害度が?度または?度に限る)) ⑩他系統萎縮症(線条体黒質変性症、オリーブ橋小脳萎縮症、シャイ・ドレーガー症候群) ⑪プリオン病⑫亜急性硬化症全脳炎⑬後天性免疫不全症候群⑭頸髄傷又は人工呼吸器を使用している状態

4.「訪問看護相談支援センターかごしま」のホームページにもグループホームでの訪問看護についてのQ&Aがある。

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ガウラ(白鳥草、白蝶草)だそうです。


骨粗鬆症の新薬フォルテオ(テリパラチド)の記事

2011年6月7日の朝日新聞に骨粗鬆症の特集記事が出た。(kimiさんからの情報)
わかりやすい優れた記事だ。
母(72才)に受けさせたいと思っている皮下注射治療についても詳しく書かれている。
フォルテオのさらに詳しい副作用については、こちら(1番下のコメント)を。
注射のリスクに付いては、近日中に書く予定。

追記:フォルテオの薬剤費用(価格)は、28日間で約5千円(健康保険適用1割負担の場合)。図解入り詳細な使用方法は、こちら

以下、青字部分は、記事の抜き書き。(8割程は原文通り。)


   <骨粗鬆症に骨作る薬 重症の患者向け 自分で毎日注射>

骨粗鬆症の患者は、高齢者を中心に1千万人いるといわれる。
自覚症状があまりないが、進むと寝たきりになる危険がある。

ある66才の男性は、ビスフォスフォネート製剤(古い骨が溶けてしまうスピードを抑える薬)を飲み続けていたが、効果なく、次々と骨折。
2010年10月に発売となったテリパラチド(商品名フォルテオ)を毎日打ち始める(皮下注射)と3ヶ月で15%骨密度が増えた。

骨は通常、3~4ヶ月のサイクルで新陳代謝を繰り返している。
しかし加齢や閉経、運動不足などが原因で、代謝のバランスが崩れると骨を作るよりも壊す働きが強くなり、骨がもろくなる。

これまで治療の中心だったビスフォスフォネート製剤やSERM製剤は、古い骨を溶かすことを押さえる効果があった。
しかし、新たに骨を作る働きも鈍らせてしまう作用もあった。
一方、新薬のテリパラチド(フォルテオ)は、骨を作る働きを活発にする。
古い骨を溶かす働きも促進されるが、溶ける以上の量の骨ができると期待されている。
臨床実験では、腰椎の骨密度が12ヶ月で約10%、18ヶ月で約12%増えた。
東京大学の田中栄准教授は「従来の薬では骨にあいた穴はふさがらず限界があった。テリパラチドを使うと、穴もうまると期待できる」と話す。

毎日、ペン型の注射器で自分で皮下注射する必要がある。
臨床実験では、3.6%に血中の尿酸値が上昇する副作用が確認された。
使用期間は、一生に2年までと制限されている。
虎の門病院の竹内靖博部長は「まず従来の薬で効果が十分でない重症の患者さんにテリパラチドを2年使う。その後は増やした骨を減らさないようにビスフォスフォネート製剤などを使う治療が望ましい」と話している。

   <生活習慣病も骨折リスク>

最近の免疫調査で、糖尿病や高血圧などの患者に、骨密度に関係なく、骨折のリスクが高い人がいることがわかってきた。
日本骨粗鬆症学会は「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン」の改訂作業を進めている。
薬による治療をいつ始めるべきか、基準の見直しを検討中だ。

普通なら折れない状況で骨折する脆弱性骨折のある50歳以上や年齢に関係なく20~44歳の骨密度の平均値の70%未満だと薬による治療の対象とする。
同学会理事の中村利孝・産業医科大教授は「骨も臓器の1つ。全身の代謝と密接な関係がある。生活習慣病のお年寄りは、骨質が劣化しやすい。骨折のリスクが高くなっていないか、医師に診てもらって欲しい」と話している。
   
   <骨折リスクの評価手法>    

世界保険機関(WHO)は、骨折のリスクを評価できる手法FRAXを開発した。
年齢、身長、体重、病歴、喫煙の有無などを入力すると、10年以内に骨粗鬆症による骨折のリスクが判定できる。
日本骨粗鬆症学会もこの手法を使い、骨折のリスクが15%以上で75歳未満の人を薬による治療の対象とする見込みだ。


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カナメモチの赤い若葉。

(検索用 フォルテオの値段、経費、月いくら)

訪問看護ステーションの予想外の答え

ケアマネに言われた通り、母が通う市立総合病院内の訪問看護ステーションに電話をする。
責任者から折り返しの電話が来る。

「医療保険を使った訪問看護には、色々な制約があります。サービスを受けられるのは、例えば末期のがん等の方です。病気や病状も厚生労働大臣によって細かく指定されています。それに当てはまらないとサービスは受けられません」
「末期がんの他には、どんな病気が指定されていますか?」
「人工呼吸の場合とか。多発性硬化症、重症筋無力症、筋萎縮性側索硬化症、脊髄小脳性症、ハンチントン病、筋ジストロフィ症・・。どれも当てはまりませんよね?」
「他には、ないんでしょうか?」
「まだいくつかありますが・・。パーキンソン病関連疾患もそうです。ただし(ホーエン)ヤールの重症度分類がステージ3以上であって生活機能障害度がある(2度または3度)場合に限るという条件が付きます」
「母は、パーキンソン病関連疾患の認定を受けています」

母は、今は、整形外科に通っているこの市立総合病院で6年前にパーキンソン病と診断された。
2010年5月に「びまん性レビー小体病」(レビー小体型認知症)と診断され直したが、「この病気(レビー)は、パーキンソン病関連疾患です」と説明され、それまでの認定がそのまま更新された。
(注:「びまん性レビー小体型病」は、1984年命名の古い呼び方。2007年には既に「レビー小体型認知症研究会」が活動していた。)

「(レビー小体型認知症の)主治医の先生は、変わりませんか?」
「変えました。今は、開業医の○○内科医院にかかっています」
「そうですか。もしその先生が、骨粗鬆症の治療が必要だという指示書を書いて下さったら、毎日訪問看護が入れるはずです。制度上は、全く問題ないはずです。
ただ整形外科と内科は、科が違いますから、そこをどうすれば問題なく申請が通るのか、確認して明日お電話します。パーキンソン病関連疾患の認定のことも調べたいので、こちらの病院の診察券番号を教えて頂けますか?」
妹に教えてもらい、伝えた。

押しても引いてもビクともしなかった扉が、突然、音もなく開いた。
でもまだ安心はできない。
まだ頑丈な扉がいくつも待ち構えている気配がする。


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レモンの花。
ネットの他の写真を見ると5弁が開いている。
咲き終わりか?


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しば


リハビリも車いすも訪問看護もダメ?

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制度に関係なく頼める訪問看護サービス

昨日の記事を読んだ方から非公開のコメントで「お近くにあれば、もしかして選択肢の1つになるかも」と、制度に関係なく頼める有料訪問看護サービスの組織を教えて頂きました。

   全国訪問ボランティアナースの会「キャンナス」

さっそく上記のサイトで所在地を調べると、全国的にあるのですが、私の郷里にはありませんでした。
それでも電話で問い合わせると、内容や頻度によっては、交通費を負担すれば可能な場合もあるとのこと。
料金を訊くと、1時間1600円。(大都市はもっと高く、九州などではもっと安い。)
1日最低2時間から受け付けるとのこと。

残念ながら、5分で終わる注射を頼むには、割高になってしまいますが、こういうサービスもあるのだと知ったことは大きな収穫でした。

Sさん、コメントを頂き、本当に本当にありがとうございました。
知らない方からこうしたコメントを頂くたびに、『世の中には、なんて親切な人がいるんだろう』と素朴に感動してしまいます。

東京の周辺に住んでいると、見知らぬ人から親切にされるという経験は、ほとんどありません。
(十代の頃は、それが堪えました。震災の後は、少し変わった気がする時もあります。)
普段は、それを当たり前と思って生活しているのですが、こうしてネット上で人の温かさに触れると、『世の中、捨てたもんじゃない』と思い、とても勇気が湧きます。
頑張ろうと思えます。

コメントを下さる方々には、いつも本当に感謝の気持ちで一杯です。
コメントを書こうか、どうしようかと迷っている方は、どうぞ肩の力を抜いて、軽い気持ちでお送り下さい。楽しみにしています。

(非公開のコメントは、コメントを書く画面の「非公開コメント 管理者にだけ表示を許可する」の四角をクリックして下さい。画面には、名前もコメントも一切出ず、コメント内容は、私の所にメールで届きます。私から送信者のメールアドレスなどはわかりません。アドレスの欄に打ち込んで頂ければ、わかるのだと思います。)

しば

P1020667.jpg
今日咲いたタイサンボク。
両手を広げたより大きい花。
強い芳香がある。



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「注射は家族で打って下さい」

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5月の帰省5日目 注射治療に向けて

早くも帰宅する日になった。今回は兄と会えないのが淋しい。

ある内科の病院から父が予約をすっぽかしたと連絡が入った。
父「予約だ?予約なんかした覚えないぞ。知らん。放っとけ」

隣の○○さんの所へ手土産を持って挨拶に行く。
父は、町内会で気に入らないことがあり、興奮して全く同じことを何度でも○○さんに言いに来たという。
「ああいう所は、やっぱりちょっと普通じゃないと思うねぇ。あと、仕事場をよく開けっぱなしにして出掛けちゃうよね。見つけると、そうっと閉めて来るのよ。車の扉も時々開けっ放しね」

母の訪問リハビリを担当している○○療院に電話し院長と話そうと思ったが、外出中だった。
グループホームではベッドも高くせず、安静にさせてリスクを避けたいように感じられるが、家族としては、車いす生活に戻したいと強く希望していると伝言する。

整形外科に電話して骨粗鬆症の治療の注射は、本人を連れて行かなくても処方してもらえるか確認する。
処方前に血液検査があるため本人が行かなければいけないと言われる。
妹の都合に合わせて予約を入れる。
妹1人ではストレッチャーの母を連れて行けないと言うので、ヘルパー(介護保険とは関係なく頼める有料サービス)を頼むように言う。

母の所へ行く。穏やかな顔をしている。
妹が車いすに座ってみている。私も初めて座ってみる。
見た目以上に快適な座り心地だ。これなら苦痛なく長時間座れると思う。

母「トイレ、行けるかな?」
私「今は、無理だよ。リハビリして立ったり座ったりできるようにならないとね。
  お母さん、これから、リハビリ、頑張れる?」
母「頑張れない」
普通の顔で、当然のことのようにサラリと言う。

先月作ってきた写真集は、枕元に置いてあるが、自分で手に取って見る様子はない。
ふと、私と夫の写真のページを開いて見せてみる。
私「これだ~れ?」
母「私だよ」
私「お母さん?!ホントに?これだよ」
母「そうだよ。私」
私「そうなんだ・・。じゃあ、こっちは?」
母「○○だよ。(妹の夫の名前)」

しばらくすると母の表情が、急に変わり「困った。困った」と言い出して止まらない。
「あれ?私、どうして動けないの?なんでこんなことになっちゃったの?どうしよう?困ったなぁ!どうしよう?困った!」
「お尻が痛い」も繰り返し言う。
何を言っても収まらなかったが、やがて眠ってしまった。
今回から母は、話していてもすぐ眠りに落ちるようになった。

施設長と会う。
骨粗鬆症の注射治療を始めたいので訪問看護をお願いしたいと伝える。
「そうですよ!お父様、あれだけ愛情深いんですから、ちゃんとやってくれますよ」
なるべく常にベッドも起こして、安静にさせないこと、なるべく早めにリクライニング式の車いすを使うことをお願いする。
「わかりました。○○さんもこれに乗って向こう(共有スペース)に行けば、気が紛れてきっと元気になると思いますよ」
父が注射を打つ時は、近くで見ていてもらえるかも訊く。
「見ている位なら大丈夫ですよ。忘れていらしたら、言うこともできますし」

これでやっと母の治療が始まると安堵して帰路に着いた。
その夜に、すべてがひっくり返ることになるとは、想像もしなかった。


P1020568.jpg
初めてみた花。表は白く、裏はピンクの模様。
120cm位の木に沢山の花を付けていた。
追記:更紗空木(さらさうつぎ)だそうです。

5月の帰省4日目(2)白内障の手術は無理 骨粗鬆症治療の注射を家族で打つと決める

伯母の家から母の所に戻ると、今度は、泣きそうな顔をして心配ばかりしている。
「○○(兄)は、どこ?迷子になったらどうするの?すぐ迎えに行かなきゃ」
「私、どうすればいいの?私、どうすればいいの?」
どんなになだめても、何回でも繰り返す。

夕方、妹と母の眼科の主治医の所へ行く。

診察室に入る。眼科の主治医に母の現状を伝える。
私 「リハビリで車いすに座れるようになるかどうかはまだわかりません。いつまた骨折
   するかわかりません。座れない状態で、診察,検査、手術は可能ですか」
医師「検査には、座らなければできないものがあります。特に白内障手術後の合併症
  (炎症など)のための検査は、寝たままではどうしてもできません。
   あぁ。手術室に行くエレベーターもストレッチャーは入らないですね。」

レビーの主治医(内科医)から「手術は体力的にも無理だろう」と言われたことを伝える。
医師「私たちが一番重視するのは、内科医の意見です。内科医が無理と言うなら無理で
   す。
   手術に当たっては、抑制が効くということが、とても重要です。子供は我慢できな
   いですよね?子供の手術はできません。
   以前、認知症だと言う方が居たんですが、”手術、我慢できますか?”と訊いたら
   ”はい。できます”って、しっかり答えたんです。これなら大丈夫だと思って手術を
   しました。
   手術には、リスクとメリットがありますから、両方を計りにかけて、メリットが
   大きければやります。○○さんの場合、リスクの方がかなり大きいようですね。
   手術は、無理にしない方がいいと思います」
私 「手術をしなければ失明しますね?どういう時間的経過を辿りますか?」
医師「進行は個人差が大きいんです。いつまで見えるかということは、予測できません。
   まぁ、3月に0,7見えてますから1年後に失明するということはないでしょう。
   寿命と失明とどちらが先かは、わかりません。心臓やその他の病気で亡くなる
   場合もありますし・・。
   心配したら切りはないですよ。それ程神経質になることはありません」
私 「進行を遅らせる手段は?」
医師「今もさしてもらっている目薬を1日4回さすことで進行は遅らせられます。大丈夫
   ですよ」


帰宅して、父に初めてフォルテオ(骨粗鬆症治療薬)の説明をし、週2回母に注射を打つことを説得する。
父は、最初から逃げ腰で、嫌がり続ける。
「そんなもん、刺せるか。痛いじゃないか」
「痛みは、ないんだって。米粒より短い針で、誰でも簡単に打てるの」
「1年半もやるのか~?!そりゃ大変だぞ~!」
「それをやらなかったら次から次へと骨が潰れるんだよ。寝たきりで、死ぬまでずっと痛
 がり続けるんだよ。お父さんは、それでいいの?」
「・・・わかった。やる。肚くくった!」
渋々そう言いながらもなお抵抗する。
「なぁ、ビタミンDはどうだ?ビタミンDが一番効くって言うぞ。飲ませたらどうだ?」

夜も母の所へ行った。
怒りもなく、不安もなく、ただ眠そうにぼんやりしていた。
普通の会話は成立しない。
「ねぇ、あんた、どこ、寝る?足をこっちにして頭をこっちにすれば寝られるね」
「○○(実家)に帰るよ」と言っても通じないので話を合わせる。
「じゃ、ここで寝るね。その前にお風呂入ってくるよ。先に寝てて。おやすみ」
頬ずりすると母は安心して目を閉じた。

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スーパーで買ったネギから伸びた花とつぼみ。
実家から戻ったらつぼみが付いていた。

5月の帰省4日目(1)リクライニング式車いすは来たが

朝9時、グループホームにリクライニング式車いすが届く。
早い方が良いと思ってすぐ手配できるという唯一のもの(自費の月額レンタル料9千円)を頼んであった。

とてもコンパクトで驚く。折り畳むこともでき自家用車にも乗る。
7千円、8千円のものは、一回り大きい。
8千円のものと9千円のものの違いは、背当て部分の調整のあるなしだという。
9千円のものは、背中の曲がった人にもフィットする。
職員と一緒に、使い方、調整の仕方の説明を一通り受ける。

母は、眠そう。機嫌が悪く、意味もなく怒っている。
寝かされた状態でいたので整形外科医に言われた通りベッドを起こす。
途端に「お尻が痛い」と盛んに訴える。
再び寝かせるしかなかった。

ぞっとした。
褥瘡(じょくそう。床ずれ)の前触れか。
リハビリどころか、座ることすらできず、このまま寝たきりか。
廃用症候群が一気に進み、嚥下障害を起こし、食べられなくなり・・。
頭の中を最悪のシナリオが駆け巡った。

すぐに新しい車いすに乗せてみようと考えていたが、職員に声が掛けられなかった。
2人で抱え上げなければ移乗できないことも、見て初めて気が付いた。
特別養護老人ホームでは、スライドボード(スライディングボード、スライディングシート)と呼ばれるものを使って楽に移譲するが、グループホームにそれらがあるとは思えない。


母が眠ったので、グループホームを出て、墓参りに行き、伯母の家に寄った。
伯母は、腰痛や膝痛もひどく、あまり体調は良くない。

母が「○万円要るから持って来て」と頻繁に父に頼み、父が「持って行くべきか」と悩んでいるという。
「”持って行かない方がいいと思うよ”って、何回も言ってるんだけどねぇ・・」
「私が行った時も”ご飯くれない”って言ってたよ。前は、そんなこと言わなかったのにね」
「”私、ここ追い出されたら行く所ないの。お義姉さんの所、行ってもいい?”って言うから、”いつでもおいで”って言ったら安心してたね。お父さんもそうやって話を合わせられたらいいんだけどねぇ。お金のことでも何でもまともに取っちゃうからねぇ。困ったねぇ」

P1010005.jpg
オジギソウ。触ると葉が動いて閉じる。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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