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4月の帰省1日目(2)「どこ行きたい?」 兄の置き手紙

病院からグループホームに戻ると、母は、寝たまま職員に夕食を食べさせてもらっていた。

私 「(介助を)やってあげればよかったのに!」
子供「え?!やっていいものなの?!」

2時間程2人で居る間、昔一緒に行った旅行の話などをしていたという。
母は、「こんな所に居たって、ちっとも面白くないでしょ?どこ行きたい?」と繰り返し孫(学生)に言い、「ばあばの顔が見たくて来たんだよ」といくら言っても押し問答になったという。

母は、元気な頃から、孫の顔を見るといつもそう言っていた。
いや。子供と帰省すると電話で伝えた瞬間から言い続けていた。
「どこ行きたい?どこでも連れてってあげるよ。何したい?」
孫が、高校生、大学生になっても変わらなかった。


実家に着くと、父も久しぶりの孫に、私には見せない表情を見せる。
愉快そうに、饒舌に、孫を相手に話し続ける。
しかし私は、父の目からまた力がなくなったと思って見ていた。
父は、地震の話になる度に「ここは全然揺れんかったぞ~」の決まり文句を何度でも繰り返す。
(3月11日には、ここでも震度3の長い揺れがあった。)

母も父も落ち着いている。
孫との再会を本当に喜んでいる様子を見て、緊張が解けていく。
3月11日から50日近く続いていたものなのだろう。
溶けた外壁の中から、今度は、疲れが、噴き出してくるのを感じた。


(話は、数時間前に戻る。)
病院の待合室にいる間、妹が、1枚のメモを私に手渡した。
妹「お兄ちゃん、これを机の上に置いて、お父さんが起きる頃(7時)には、もう家に居な
  いんだって。前は、お父さんに言われた通り、ちゃんとバスの時間(8時半)まで家で
  待ってたのにね。
  でも、お兄ちゃんが、置き手紙するだなんて・・信じられないよね!」

メモには、兄の几帳面な字が、バランス良く並んでいた。

  「○○(授産施設の名前)行きます。
   先生 友だち なかよく。」

私は、3月11日以降、涙腺が壊れているようだ。
メモを見た途端、ハンカチを目に押し当てた。

「仲良く」は、母が、元気な頃、兄に言い続けてきた言葉だ。
兄は、普段はとても穏やかだが、父や人からこだわりを否定されたりすると大声が出る時がある。
その度に母は、「怒っちゃだめ!仲良く!仲良く!」と言って聞かせていた。

3日後、ショートステイから兄が戻った時、「お父さんに手紙を書いたんだね。凄いね」とメモを見せて言ったが、兄は、ただ黙って微笑んでいるだけだった。

(兄の話す言葉は、2~3語の羅列だが、以前から簡単な漢字や文章を書くことはできる。筆談はできない。置き手紙は、生まれて初めてだ。)

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4月の帰省1日目(1)孫の力

私の子供(年下の方。学生)も13ヶ月振りに一緒に行った。
妹の迎えで、駅から直接母のグループホームへ向かう。

孫の顔を見ると、母は、昔のままの笑顔を見せた。
母「本当に来てくれたんだねぇ!」
私「私も来たんだよ~」
母「そんなことわかってるよ。ねぇ、○○(母の孫の名前)」
孫の力は、絶大だ。

母は、よく笑い、よく話した。
こんな母は、想像もしていなかった。
(帰省前に聞く母の様子と帰省して見る母の様子は、違っていることが多い。
調子が良かったのは、この日だけだったが・・。)

テンポ良く会話をしている中にも幻視(幻覚)や妄想は、ポツリポツリと混じる。
母「20人も来るんだから早く(食事の)支度に取りかからないとね」
私「誰が来るの?」
母「誰が?ここにみんな居るじゃないの。あんたの後ろにも黒人の背の高い人が・・」

子供のことも年上のきょうだいと何度も間違える。
それでも終始笑顔で、会話も弾んだ。
幸せなひとときだった。


職員に病状を訊くと、腰痛の消えた1週間前からとても落ち着いたという。
夜中に叫んだり、居ない父や人を呼ぶこともなく、手は空中でよく動いているが、静かだという。
毎日24時間ベッドの上だが、開いた扉から共有スペースにいる皆が見える。
他の利用者(認知症の方々)も代わる代わる母の部屋を訪ねてくれているという。


子供を1人母の所に残し、私と妹は、レビーの主治医の所へ。
セロクエルを2晩飲まなくても変化はなく落ち着いていたという職員の話も伝える。
医師「良かったじゃない!落ち着いているなら、薬はなるべくいじらない方がいいよ」
今まで通りの薬の処方になった。

薬局で、いつもの男性薬剤師から病状を訊ねられる。
腰椎圧迫骨折で寝たきりになっていることを伝えるとメモを取っている。

薬剤師「幻覚(幻視)や妄想は、どうですか?」
私  「今日は少ないですが、普段は、かなりあるそうです。でもこの1週間は、それで
    困ることはないようです」
セロクエルにも幻視を押さえる作用があると説明を受ける。
抑肝散は、使い始めは幻視を見事に消したが、今は効果を感じられないことを伝え、それでも飲み続けた方が良いのか質問する。
薬剤師「セロクエルを増やすよりも抑肝散をベースとして飲み続けた方がいいです。幻覚
   (幻視)もある程度見えるのは、受け入れるしかない部分もありますよね・・」


tag : 抑肝散 認知症

帰宅しました

4月29日、帰宅しました。

母は、ずいぶん変わっていました。

認知症でも白内障の手術ができるのか、骨粗鬆症の最新治療法など知って帰って来ました。

これから少しづつ書いていきますね。

しば




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しば

tag : 認知症 白内障 骨粗鬆症

車椅子に座れなくなった母

今日、4月25日から29日まで実家に帰省します。
13ヶ月振りに子供(学生)も一緒に行きます。


母は、しばらく腰痛も抑うつ症状も妄想も激しく、完全に寝たきりでした。
車椅子には乗れず、食事もトイレも介助されて、ベッドの上でするようになりました。

毎食数口しか食べないと聞いていましたが、22日頃から痛みが引き、その途端に、完食(残さず食べる)するようになったそうです。
精神的にも多少落ち着く時も出てきたようです。
(しかし相変わらず激しい波があります。)

グループホームの看護士(非常駐)の見立てでは、車椅子に乗って病院に行くことは無理とのこと。
私の帰省中、内科(レビー)眼科(白内障)整形外科(圧迫骨折)に行く予定でしたが、整形外科以外は、母抜きで行くことになると思います。

父「そんなもん、救急車を呼んで行けはいいじゃないか~!」
しかし施設入所の認知症患者を救急で受け入れる病院は、限られています。
トイレから立てなくなって救急車を呼んだ時も、「かかりつけは○○病院」と伝えても断られました。
妹「ベッド数が足りないとかって言われるけど、本当は、(認知症患者は)手がかかり過ぎるから嫌なんだよね。世話したくないんだよね」

帰省中、記事の更新は、多分できないと思いますが(子供がPCを持って行きますが)、今までの症状や「カテゴリー」をご覧になって、興味を持たれた部分を読んでみて下さい。
(帰省中の出来事は、帰省後に書いているので、「月別アーカイブ」から探す時は、翌月にずれ込んでいる場合が多いです。ご注意を。)

それでは、行ってきます!

P1020267.jpg
スイートピー


tag : 認知症 救急

うつ病自己診断テスト

 うつ病自己診断テスト」
 (画像上をクリックすると拡大して読めます。)
両親
(注意:これで「うつ病ではない」となったとしても、その後さらに悪化してうつ病になる可能性もあります。安心して放置したりせず、ストレス軽減(解消)や注意深い観察を続けて下さい。)

< 良書の紹介 >

いつもコメントを書いて下さるkimiさんからご紹介頂いた野村総一郎氏(精神科医。日本うつ病学会第一回総会会長)の本で「うつ病をなおす」(講談社現代新書。2004年第1刷発行)を読みました。

とても濃い(一部専門的でもある)内容を誰にでもわかる言葉で書いた素晴らしい本です。
著者の心のあたたかさ、思いやりの深さもにじみ出ていて読む者をほっとさせさます。

どうしてこんな良書をもっと早く見つけられなかったのかと、不思議にも残念にも思いました。
早期に読んでいれば、病気の治りも早まっていただろうと思いました。
うつ病についての知識は十分あると自分では思っていたのですが、この本を読むと、今でも腑に落ちる所が多々あり、心に刺さったままだった刺がいくつか抜けた気がしました。
(例えば、「うつ病になると親しい友人や妻や夫までを避けようとする」という箇所。)

患者はもちろん、その家族、うつ病についての理解を深めたいと思うすべての方に強く勧めたい本です。

介護うつ病もいつでも起こりうる深刻な問題ですし、今回の東日本大震災で精神的に追い詰められている方は、膨大な数に上ると思われます。

しかし私自身がそうでしたが、うつ病になってしまうと、自分がうつ病であろうという正しい判断すらできなくなってしまいます。(できる方もいると思います。)
初めての場合は、病院に行くこと、薬を飲むことに抵抗を持つ方も少なくないと思います。
でもそれでは、病気をどんどん重くし、治りにくくしてしまいます。

この本の65ページにあった「うつ病自己診断テスト」は、私が今まで見た中では、一番使いやすいものです。
(本からの注意:もちろん正しい診断は、専門医の診察に任せなければいけません。)
自分や家族が、『今までとは違』うと感じたら、是非チェックして受診の参考にしてみて下さい。

追記:「うつ」を治す(大野裕著。PHP新書)も良い本です。

★うつ病と長年誤診されていた若年性レビー小体型認知症本人の語る体験談こちら
 若年性アルツハイマー型認知症もうつ病と誤診される場合が、大変多いです。

P1020285.jpg
今、咲き誇るドウダンツツジ
秋の紅葉も見事な木です。

tag : うつ病 介護うつ

なぜこんな苦しみ、悲しみがあるのか

昨日(4月21日)また震度4の地震があった。
この40日間で、いったい何回目だろう。

大きな余震が来る度に、隆起したり、陥没したりして地形が変わっている。
(私の住む地域は、液状化がひどかった。浦安市ではない。)
補修した所が、また崩れたり、地割れが広がったりしている。
補修されずに破損したままの場所も無数にある。
歩いていると、毎日どこかでつまずいて転びそうになる。
(被災地と比べれば、取るに足らない。
ただ私には、自分で体験したことしか書けないので、関東のこの地域の日常を書いている。)


昨日の「クローズアップ現代」では、まだ数年間、大きな余震が続く可能性があるという。
巨大地震によって地盤の状況が激変し、どこでどんな地震が起こってもおかしくないという。

そんな中、原発事故の影響は、日増しに大きくなっていく・・・。
何百万人、何千万人の人の心が、張り裂けていく・・・。


それでもなお、私は、「なぜ?」とは、問うまい。

「なぜこんなことになってしまったのか?」
「なぜこんな苦しみ、悲しみがあるのか?」
「なぜ死ななければならなかったのか?」
不幸の意味を問い続ける限り、苦しみは止まない。

  『答えはない。
  答えは存在したことがない。
  答えはこれからも存在しない。
  それが答えなのだ。』  
    

(著作家で詩人のガートルード・スタインの言葉。
出典は、春秋社発行「癒しのことば」ラリー・ドッシー著。
これは、学術本で癒しの言葉集ではない。)

P1000632.jpg
名前不明。教えて下さい。
追記:オオツルボでした。
お陰さまでやっと今日名前がわかりました。
和名があるとは思っていませんでした。


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tag : 液状化

心をほぐす 山椒の花

大震災から40日。
関東ですらストレスの強い状態が続いています。
気持ちが沈むという話を人から聞かない日はありません。
まして被災地の方々のストレスは、誰も経験したこともない程大きなものだと思います。
心の健康を何とか保って頂きたいと祈るばかりです。

昨日、ヨガのインストラクターから、初めて「笑うヨガ」を勧められました。
「ワーハッハッハッ」と大声で何度もバカ笑いします。
最初は、相当恥ずかしく、「小学生の劇」になってしまうんですが、続けているとそんなことをしている自分が可笑しくて本当に笑えてきます。
終わると心が、何だかとてもすっきりして軽くなるのを感じます。
笑いの力は、凄いですね。
免疫力が上がって、病気も予防できるそうです。

座って目を閉じてするいつもの腹式深呼吸もイメージを浮かべてするように教えられました。
吸う時は、宇宙のエネルギーが自分に取り込まれて、あたたかく美しく輝く光となって体内を照らしているイメージ。
吐く時は、ストレス、疲れ、痛み、不安、悲しみ、怒りなどが、黒い煙となって体から出て行くイメージ。
繰り返しながら、どんどん体内が浄化されていくことを想像します。
これも終わった後、びっくりするほど爽快感を感じました。

楽しみを持つこともずいぶん救いになりますね。
それがどんなに小さなことであろうと。

私は、この1ヶ月で伸び始めたベランダの草たち(主にハーブ)を見ると、無条件に嬉しくなって、元気が出ます。
私のもう1つのブログ(趣味の料理レシピ、草花の写真、気楽な話を載せています。米国でのホスピス・ボランティア体験記もウェブ・ページに入っています。)に山椒の花のつぼみの写真を載せました。
よかったら覗いてみて下さい。

誤嚥性肺炎を防ぐ(避難所で)

2011年4月15日日本経済新聞夕刊「らいふプラス」震災と病(3)に掲載された「誤嚥性肺炎」という記事をご紹介する。
解説は、舘村卓・大阪大学大学院歯学研究科準教授。

私もこの難しい病名を去年まで知らなかった。
この記事は、誤嚥(ごえん)性肺炎とその予防について、とてもわかりやすく解説されている。
記事の中にある口腔体操の内容は、ネットでも紹介されているし、月刊誌「きょうの健康」2011年2月号にも紹介されている。見ながら一緒にするには、YouTubeの「お口の体操ビデオ・ゆっくり編」などがわかりやすい。

以下、8割は、記事からそのまま抜き書き。


誤嚥(ごえん)性肺炎とは、細菌を多く含む唾液や食べ物が、誤って気道に入り起こる。
肺炎は、死因の第3位の脳血管疾患に迫るほど増えている。
高齢者の肺炎の70%は、誤嚥性肺炎ともいわれる。

この10年ほどで口をきれいにすると肺炎が起きにくくなることがわかってきた。
口腔(こうくう)ケアの基本は、歯みがき。
使い捨ての歯ブラシもない場合は、ガーゼでぬぐう方法もあるが、粘膜を傷つけてしまうこともある。
ストレスや少ない食事の量は、唾液の分泌を減らし、細菌が増えやすい環境にする。
米食は、口に貼り付きやすく、歯垢(しこう)ができやすい。

含まれる細菌は、排泄物と変わらないほど多いが、歯ブラシで落とせるので実践してほしい。
水不足でも、歯ブラシに水1、2滴を付ければ、それで刺激を受けて唾液が出る。
それを吐くだけで歯垢は、ずいぶん取れる。
歯周病は、糖尿病など慢性疾患との関連が指摘されている。
全身疾患の持病を悪化させないためにも口腔ケアが求められる。

入れ歯を失うと、口を動かす範囲が狭くなり、食べる力が弱まる。
咀嚼(そしゃく)に使う筋肉は、使わないと2週間で約4割も力が落ちる。
1ヶ月で元の30%になる。
こうなると普通食は食べられず、離乳食のような食事になる。

柔らかい食事を続けると舌の筋肉も落ちる。
舌を動かせなくなり、中長期に影響する。

歯ブラシで舌を左右などに押して、舌がやせないようにする訓練をして欲しい。
口を広げたり、発声したり、下を動かす口腔(こうくう)体操も効果がある。

姿勢も重要。
寝たままだとせき払いしにくく、誤飲で気管の中に入るリスクが高い。
立った状態だと横隔膜が下がり、胸が開いてせき払いしやすくなる。
背もたれのあるところで、ひざの裏をサポートする姿勢で食事をしてほしい。


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ハカラメ(葉から芽)という植物



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tag : 誤嚥性肺炎 口腔ケア 口腔体操

母,寝たきり生活の始まりか

昨日(17日)仕事を終えて帰宅し、グループホームに電話する前にメールをチェックした。
母の状況が変わったというメールが妹から来ていた。

母は、腰を痛がるので、一日中ベッドで横になっている。
しかし表情も穏やかになり、笑顔も見せ、正常な会話もできたという。
ベッドの上で抵抗なく排便もした。

職員は、家族が承諾してくれるのなら、しばらくこうして安静を保つ方向で介護したいという。
寝ていれば痛みもあまりないようなので、病院の予約を早める必要もないという。
妹は、承諾した。

母「私は、調子の良い時と悪い時と波があるからねぇ」

妹は、1年以上に渡る治療を身近で見てきて、既に治療に対してほとんど何も期待していない。
(今の主治医は、レビーの症状がひどくなってから4人目。1人は転勤で変わった。)
ただ母の症状の波の上のサーフボードのように気持ちの上下を繰り返している。

父は、あやしげなサプリメントを買い与え、母が普通の生活に戻れることを固く信じている。
母の波が上がれば無邪気に大喜びし、下がれば、怒鳴ったり、生気を失ったりする。

私は、母の側に居て支えてやれない分、薬による症状の改善の道はないかと躍起になる。
300km離れた所で、「こんなに悪い、あんなに悪い」と聞かされては、『一緒に沈むものか』ともがき、状況を変える方法を探し求める。

遥か遠くから眺めてみれば、私たち3人は、似たようなものだ。
同じように母の波をかぶって、ずぶ濡れになっている。
そのまま座り込んでいようと、怒ろうと、対策を考えようと、大差はない。
海の波が止まることはない。
何をしてもしなくても、波はやってきて、また濡れる。

詳しいことは、27日に整形外科の主治医と話さなければわからないが、このまま安静にしていれば、母は、寝たきりになるだろう。
父と兄とドライブすることも、一緒に外食することも、自宅でくつろぐこともできなくなるだろう。
体を動かさなくなれば、全身のあらゆる機能が、低下していくだろう。
もう少し先だと思っていた嚥下障害、胃ろうの選択も遠くはないのかも知れない。


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セージ(白はあまり見ない)

tag : グループホーム

手の付けられない母 追い詰められた父と妹

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追記/グループホームにパソコン

2011年4月15日の日本経済新聞夕刊に載っていた「津波の映像を繰り返しみることの危険性」をこのブログの過去の記事に<追記>として簡単に書き加えました。

今日、通りがかりに見た隣の町のマンホールの写真を過去の記事の中に加えました。
浦安市ではありませんが、液状化で、1mほど持ち上がっています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今月下旬に帰省するので、母への土産を作っています。
手元にある動物の写真をカラーコピーした写真集です。
(我が家のプリンターは、故障中。)

母も私も動物が、とても好きです。
『あぁ、これは可愛い。これは面白い』と思った雑誌等の写真は、捨てられずにとってあります。
動物の絵葉書も気に入ると買わずにはいられません。
意識したことはなかったのですが、考えてみると30年近く集め続けてきました。

母は、見ればきっと微笑むと思います。
問題は、白内障の目でちゃんと見えるのかどうかです。
妹を私と違えるというのも、よく見えないからかも知れません。

このアルバムは、グループホームの共有スペースに置いて頂いて、皆さんに自由に楽しんで頂けたらと思っています。

それにしても、グループホームにパソコンさえあればとコピーした写真をハサミで切りながら思いました。
そうです!
特養でもどんな施設でもパソコンがあれば、どんなに利用者が楽しめるでしょう。

花や動物の写真をスライドショーにして楽しむこともできます。
YouTubeで昔懐かしい映像も音楽も大笑いできる映像も楽しめます。
スカイプで家族の顔を見ながら会話すらできます。無料で。
もちろん職員の調べものにも使えます。
会話の中でどうしても思い出せない有名人や物や場所なども画像を出して、「ほら~、これよ」と確認することもできます。

施設にパソコン。必須だとは思いませんか?
それとも以前のリハビリの話のように、私が知らないだけで、もう既にどこにでもあるのでしょうか?

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ミッキーマウスという品種のチューリップ
名前は、この花を育てた方から聞きました。




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tag : グループホーム 特養

うつ病に有効な認知行動療法(4月14日日経新聞夕刊から)被災者の心のケアにも

2011年4月14日の日本経済新聞の夕刊(P.9生活面・医療)に意義深い記事があった。
(日経の記事は、下の青地で書かれた部分。)

認知行動療法は、うつ病などの精神疾患に有効であるとされ、海外で広く普及している。
しかし日本では、その治療を受けることがほとんど不可能だ。
(記事を読むとその理由がわかる。)

日本では、うつ病に対しては、薬物療法が一般的だが、2人に1人は再発すると言われている。
過剰な薬物投与で病気を悪化させる多くのクリニックの例もNHKで報道された。

私もうつ病で長年抗うつ剤を飲んだが、薬だけで治ったとは、考えていない。
薬も必要だが、それだけでは限界があり、認知行動療法との併用が必要だと思った。
認知行動療法を受けられないのなら、書籍で実践しようと色々な本を読んだが、一般人がこの療法を独力ですることは無理だと諦めた。
(注:私が、その時、そうだったのであって、今の書籍の状況、他の人のことは、わからない。)

当時の私(社会復帰に失敗しては悪化。)が、一番役に立ったと思ったのは、認知療法をとてもわかりやすく具体的に書いた<40歳からの「バカになれる脳」の鍛え方> (高田明和著。講談社プラスアルファ新書)という本だった。
タイトルとはかけ離れた良い内容で、繰り返し繰り返し読んで、ある程度、自分の考え方を修正できた。
うつ病になると考え方が、否定的な方向に変わってしまい、それが悪循環を生む。)
今は、もっと良い本が、出版されているのだろうが、調べていないのでわからない。

前置きが長くなったが、この記事で紹介されている認知行動療法センターは、日本の精神医療を変える画期的なものだと思う。
記事の中にもあるが、東日本大震災の被災者の心のケアにも重要な役割を果たすと期待する。


以下、所々省略したが、9割は記事から原文通りの引用。


 ― 最前線・現場 ―  認知行動療法の「根拠」

うつ病などの治療方法として近年注目されている認知行動療法
その治療に当たる専門人材育成のための国内初の研修・研究センター「認知行動療法(CBT)センター」が、4月1日、国立精神・神経医療研究センター(東京都小平市)に正式に発足した。

認知行動療法は、日常生活でのものの考え方や行動を見つめ直し、ネガティブになりがちなパターンを見つけ、自分自身をコントロールできるようにする治療法。
薬物治療と並行して受けると効果が高いとされ、海外の研究では、うつ病、不眠、パニック障害などで有効性が確認されている。

昨年、医師による認知行動療法が保険適用となった。
しかし指導できる国内の専門家は10人に満たない。
同療法の国際認定組織から認定を受けた医師も5人以下だ。

CBTセンターは、医師、看護士、保健師、臨床心理士などを集めて講習を開く。
内容は、うつ病だけでなく、不眠症、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、薬物依存などに分ける。

東日本大震災の被災者の心のケアも期待される。
金吉晴副センター長は「被災地向けに長期的かつ専門的ケアが必要。今後、秋から冬にかけてはうつ病を発症しやすい」と警戒する。

今後は講習の録画をインターネットで見られるようにする。
通信教育も検討中。
大野裕CBTセンター長は「国内の精神医療は、治療効果に関するデータがほとんどない。今後2年間で100人の専門人材を育成したい」と語る。 

以上、日経新聞の記事から。

うつ病を疑ったら「介護うつ病(うつ病のチェックリスト)」もご参考に。

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tag : うつ病 認知行動療法 認知行動療法センター 心のケア

4月11日の記事「祈り(東日本大震災から1ヶ月)」への追記 芸術の力(音楽と絵画)

4月11日「祈り(東日本大震災から1ヶ月)」という記事を書きました。

そこに「シャコンヌ」と呼ばれるバッハの曲を入れました。
私の好きな曲ですが、とてもシリアスな旋律で、聴く方によっては、お辛くなる可能性もあると思いました。

それで、フォーレの「レクイエム」を付け加えました。
日野原重明医師が、著書の中で「自分の臨終の枕元で流してくれたら幸せにあの世に行ける」と書かれていた曲です。
本当に心の癒される、美しい、優しい曲です。
フォーレを聴いて、心安らかなひと時が過ごせますよう・・・。


  ♪<フォーレのレクイエム>透き通った美しい静かな歌曲でどなたが聞いても心の平
  安を感じられると思います。(YouTubeにつながります。)

  ♪<バッバ 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ(シャコンヌ)
  苦難の人生を、傷付きながらも生き抜こうとするひたむきさを
 (私個人は)強く感じる曲です。(YouTube)
  聴く時の気分によっては、暗く辛い曲に聴こえてしまうかもしれません。    


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ルオー「ピエロ」
この絵のことについては多くは知りません。
ただ、昔、とても辛いことがあった時、ブリジストン美術館(東京駅の側)で、偶然この絵と出会いました。
この絵に『救われた』と体感した経験があります。(私は、何の信者でもありません。)
とても小さな絵です。常設されています。

朝日新聞「患者を生きる」胃ろう

いつもコメントを下さるkimiさんが、朝日新聞の「患者を生きる」というコラムを紹介して下さいました。
ネットで読もうとして朝日新聞のサイトに会員登録をしたのですが、購読者以外は、ネット上でも読めないと表示されました。
この震災で中断しているようですが、色々な病気を取り上げ、患者や家族にしかわからないような悩みや苦労を丹念に描き、深く考えさせられる素晴らしい連載です。

私は、いつか選択を迫られる日が来るであろう胃ろうについて、少しづつ情報を集めています。
このブログの左下のカテゴリー「胃ろう・嚥下障害」にあります。

ここでは、2011年2月27日に掲載された「患者を生きる No.1518 命のともしび 食べること 6 情報編」の内容を要約してご紹介したいと思います。(以下、新聞の記事より)



年をとり、口から食べることが難しくなった場合、短期(1ヶ月前後)ですむ場合には、鼻から管で、長期にわたりそうな場合は、胃ろうになる例が多い。

1979年に米国で生後数ヶ月の子供の患者向けに開発された胃ろうは、日本では、90年代から使われ始めた。
2000年代以降、お年寄りらに急速に広がった。

厚生労働省の高齢者の医療のあり方に関する報告書(07年3月)によると胃ろうをした患者・家族107人の8割以上が、説明を受けた直後から約1週間以内に決めていた。

一方、「また口から食べられる見通しがある」と言われたが、そうはならなかった、合併症が少なくなかった、介護負担が軽減できなかったなど「説明と違う」と感じた人も3割いた。

胃ろうにしたことで、老人保健施設や特別養護老人ホーム、一般病院から退所・退院を求められたり、入所・入院を拒否されたりした人もいた。

厚労省の報告書は、きめ細かいインフォームド・コンセントの指針を作る必要性を指摘している。

名古屋大の葛谷準教授は「胃ろうなどを選ばない場合の生活の質の向上を目指した栄養ケアのあり方も考えていくべきだ」と言う。


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ローズマリー(料理に頻繁に使うハーブ)



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tag : 胃ろう 嚥下障害

祈り(東日本大震災から1ヶ月)

今日もとても大きな地震がありました。
福島、茨木で震度6弱。
関東のこの場所は、震度4という発表でしたが、震度5に近かったと思います。
その後も繰り返し、繰り返し揺れています。

3月11日以降、関東に住む私たちは、違う「世界」に生きるようになった気がします。
小説「1Q84」のように。



昨日、テレビで、ある被災者の方が、話されていました。

  私は、ここで、何でもない普通の生活をしていました。
  今、思うと、それは、夢のように幸せな暮らしでした。

被災者の方々にとっては、「世界」は、あまりに過酷です。
1ヶ月目の今日。
今日は、今は、ただ、祈ります。


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ルオー「ピエロ」
ブリジストン美術館蔵

  ♪<フォーレのレクイエム>透き通った美しい静かな歌曲でどなたが聞いても心の平
  安を感じられると思います。

  ♪<バッバ 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ(シャコンヌ)
  苦難の人生を、傷付きながらも生き抜こうとするひたむきさを
 (私は)感じる曲です。
  聴く時の気分によっては、暗く辛い曲に聴こえてしまうかもしれません。    




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tag : 東日本大震災 被災者 フォーレ レクイエム バッハ シャコンヌ

母の妄想 みかんの絵手紙

4月に入ってから母は、自分の家が人手に渡ったという新しい妄想に取り憑かれている。
「新しい家は、どこ?!どこに引っ越すの?!いつ引っ越すの?!」
と父に迫り、逃げ帰る父に向かって
「もう2度と来るな!!」と泣いて叫ぶという。

私「それがいいよ。逃げるしかないよ。
  (妄想は)説明したって、説得したって変えられないんだから。
   病気が言わせてること、まともに取っちゃダメ。聞き流すしかないよ」
父「おぅ。わかってる。大丈夫だ」

私が高校を卒業した春に亡くなった曾祖母(母の祖母。90を越えてから認知症になった)も「娘(母の母)が博打で借金をして、この家を手放した」と言って号泣していた。
無実の祖母(母の母)は、泣いて曾祖母に掴みかかった。
18才の私は、ただ見つめているしかなかった。
今なら、何か、できるだろうか・・?

妹は、仕事が忙しく、中々面会に行けないという。
最近、2回行って、2回とも妹を私と間違えたそうだ。
母「あんた、○○(私の怪我をした子供)が大変な時に、こんな所に来てていいの?!」
私は、怪我のことなど決して言わない。

40数日会わない間に、母は、また別人のようになっている。


昨日(9日)グループホームから初めて私宛に封筒が届いた。
開封すると母の絵手紙と桜を背景にした母の写真が入っていた。
(職員の方のあたたかい配慮だ。)
母は、穏やかな表情をしている。

<げんきですか 今日 みんなでお花見に行きました>
懸命に書いたであろう不揃いな字。
添えられた抽象画のような黄色い絵。人の顔のようにも見える。
<みかん とても甘いです>

もう母に手紙は書けないだろうと思っていた。
自分でも知らないうちにポロポロと涙が落ちた。


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tag : 認知症 妄想

認知症の方と介護家族への支援ガイド(避難所、家庭で)

「ためしてガッテン」で紹介された「センター方式」を開発した
「認知症介護研究・研修センター」が運営する
認知症介護情報ネットワーク」の中に以下のような役立つガイドがあります。

  < 避難所でがんばっている認知症の人・家族等への「支援ガイド」のご案内

「このガイドは、阪神淡路大震災の時に避難所で支援した体験、関係者、当事者等の智恵と意見を集め、すぐに役立ててもらえる点に限定してコンパクトにまとめたものです。ぜひご活用ください」と書かれています。
でもこれは、避難所だけでなく、ご家庭で介護をされている方にも役に立つと思いました。

このサイトは、4月5日の記事にコメントを下さった「のんた2号」さんのブログ、「若年性アルツハイマー病の妻と弥次喜多道中」の中で知り、「のんた2号」さんの許可を得て、ここでもご紹介させて頂きました。
「のんた2号」さんに感謝。


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今、咲いているレンギョウの花
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しば

tag : 認知紹介護 センター方式 避難所

兄からの贈り物

4月。兄(重度知的障害がある。)が、51才になった。
今年は、初めてショートステイ先で誕生日を迎えた。
誕生日には(それが誰の誕生日であろうと)ケーキを食べることが兄の決まりだ。
兄は、家を離れてもケーキで祝ってもらえただろうか。
(自宅に戻った今日8日、妹が、ケーキを持って行ってくれたそうだ。
 電話で兄と話すと、ケーキをとても喜んでいた。
 ショートステイ先でもケーキを用意してくれたらしい。良かった。)

私は、長年、家族4人でお祝いのメッセージを書き、実家にファックスしてきた。
プレゼントも花もケーキも贈ったことがない。
何かを贈ろうかと思ったことも何度かあったが、兄は、こだわりがとても強いので、気に入らないものは、絶対に使わない。
後ろめたさを感じながらも毎年毎年、ただファックスだけを送り続けていた。
それを兄が、どう受け止めているのかは、知ることがなかった。

去年の3月、帰省した時、(それが母が、自力で生活できていた最後の時だった。)
兄の部屋で偶然ファックスの束を見つけた。

去年送ったもの、一昨年送ったもの、5年前、10年前、15年前に送ったもの・・・。
<○○おじちゃん、また、いっしょにあそぼうね>
今はもう成人した私の子供の幼い字があった。

毎年1枚送られてくるファックスを、兄は、しわ1つつけず、1枚も失うことなく積み重ねてあった。
真っすぐに、きっちりと揃えて。
まるで黒い大きな盆の中の卒業証書の束のように・・・。


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近所の桜。クリックするときれいです。



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tag : 知的障害

大好きな写真、贈ります

しっかりしよう! がんばろう!
そう 毎日 自分に 言い聞かせるのですが
心が 体が 中々 言うことを ききません。

この大惨事に 打ちのめされています。
被災者でもないのに、情けなく、申し訳ない。

被災された方々に 伝えられる言葉が 何も出てきません。

だから、今日は、大好きなこの写真を贈ります。

しば


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 あざらしの親子。
(何年も前の日本自動車連盟発行の小冊子「JAF Mate」の表紙の写真の切り抜き)




tag : 被災者

野の花を贈ります

東北には、まだタンポポは、咲かないでしょうか?

関東には、たくさんのタンポポが、咲き始めたんですよ。
例年になく遅い春の中で、冷たい地べたにくっつくようにして。


野の草や花のように生きられたら・・
過酷な自然にも無言で耐え抜き
ただそっと咲いている
名もない野の草や花のように
私も生きられたら・・


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P1000880.jpg
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東日本大震の災被災者の方に 2つの詩を

悲嘆にくれている方々、気持ちが深く沈み込んで苦しんでいる方々のお気持ちを考えると、何の言葉も出ません。
谷川俊太郎の2つの詩をただご紹介しようと思います。

「朝」は、健康な時にはわかりにくい詩かもしれません。
私が、うつ病だった頃。
朝、目を覚ますのがつらくてたまらない日々に、この詩を読んで力をもらいました。
「今」や「十年」という単位ではなく、「百年」「何千億年」という単位の中に
自分を置いて見るようにしようと思いました。生きていくために。

   

 しぬまえにおじいさんのいったこと

(略)わたしの いちばんすきなひとに
   つたえておくれ
   わたしは むかしあなたをすきになって
   いまも すきだと
   あのよで つむことのできる
   いちばんきれいな はなを
   あなたに ささげると  

(「魂のみなもとへ」から。谷川俊太郎・長谷川宏著)



  朝

また朝が来てぼくは生きていた
夜の間の夢をすっかり忘れてぼくは見た
柿の木の裸の枝が風にゆれ
首輪のない犬が陽だまりに寝そべってるのを

百年前ぼくはここにいなかった
百年後ぼくはここにいないだろう
あたり前な所のようでいて
地上はきっと思いがけない場所なんだ

いつだったか子宮の中で
ぼくは小さな小さな卵だった
それから小さな小さな魚になって
それから小さな小さな鳥になって

それからやっとぼくは人間になった
十ヶ月を何千億年もかかって生きて
そんなこともぼくら復習しなきゃ
今まで予習ばっかりしすぎたから

今朝一滴の水のすきとおった冷たさが
ぼくに人間とは何かを教える

魚たちと鳥たちとそして
ぼくを殺すかもしれぬけものとすら
その水をわかちあいたい  

(谷川俊太郎詩集「空に小鳥がいなくなった日」から)

P1020084.jpg
カラスノエンドウ。
クリックするときれいです。




認知症の父の暴走

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プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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