11月の帰省3 郵貯解約手続き 湯葉 ゴミ出し

この記事はブロとも、もしくはパスワードを知っている方のみ閲覧できます
パスワード入力
ブロとも申請

11月の帰省2 母の受診 外食 トイレ

この記事はブロとも、もしくはパスワードを知っている方のみ閲覧できます
パスワード入力
ブロとも申請

11月の帰省1 タクシー 父の探し物 

この記事はブロとも、もしくはパスワードを知っている方のみ閲覧できます
パスワード入力
ブロとも申請

27日、帰宅しました

この記事はブロとも、もしくはパスワードを知っている方のみ閲覧できます
パスワード入力
ブロとも申請

22日~27日、帰省します

この記事はブロとも、もしくはパスワードを知っている方のみ閲覧できます
パスワード入力
ブロとも申請

グループホームでの飲み物

(昨日に引き続き、「施設の難しさ」その2)

母は、昔からだが、水分をほとんど取らない。
40年近く前に橋本病(甲状腺の機能が落ちる病気)になって以来、夏でも汗をかかず、まったく喉が渇かないと言う。

グループホームでは、食事の時、おやつの時にお茶が出されるが、母は、いつも残す。
水分を十分取ることは、熱中症などの予防以外にも幻視(幻覚)や妄想、認知能力の低下を防ぐためにも大切なのだそうだ。(「レビー小体型認知症の介護がわかるガイドブック」小阪憲司・羽田野政治著。P80より)

「お母さん、家では何を飲まれてましたか?」
まだ暑かった頃、一人の職員に訊かれた。
「コーヒーとか、コーラとか・・」
と答えながら、母にだけ手間のかかるコーヒーだのコーラだのを出してくれとは言えないだろうと思っていた。
以前、特別養護老人ホームで少し働いた時も皆、同じお茶(嚥下障害のある人は、とろみをつけたもの)を飲んでいた。他のものを飲んでいる人は一人もいなかった。
「コーヒーにこの位のミルクと砂糖を入れて飲ませて下さい」とは、とても言えなかった。

けれども先月、帰省すると母は、コーヒー牛乳をおいしそうに沢山飲んでいた。
妹が買ってきたものを冷蔵庫に保管し、母に出してくれていると知った。
個別に対応してくれるのだと知って、私もお湯を入れればカフェオレになるスティックを買って持って行った。

しかし先日、妹が母を訪ねると母は怒って言ったそうだ。
「こんなに寒いのに、毎日冷たいコーヒー牛乳ばっかり出すんだよ!」
母と職員のコミュニケーション不足を感じ、我々家族と職員のコミュニケーション不足も感じた。

施設にどこまで要求できるかという問題は、常に付いて回る。
職員によって、手間ひまを惜しまず、快く何でもしてくれる人もいる。
「大勢看ているんだから、そこまではできません」と最初から断る人もいる。
個人差は、思う以上に大きい。

それでも普段からなるべく職員とコミュニケーションを取り、労をねぎらい、感謝し、信頼関係を築くことが大切だろう。
その上で、普段の様子を細かく訊き、一緒に問題解決に向けて知恵を出し合うという形を取っていけば、職員も理不尽な要求(一方的なクレーム)を受けたとは感じないはずだ。
あきらめず、根気よく、要求は、伝え続けなくてはいけない。
職員にとっては、大勢の中の一人でも、こちらにとっては、世界に一人の大切な母なのだから。




試しに始めてみました。ランキングというのは、ちょっと抵抗があるのですが
これをクリックして頂けるとどの記事に訪問の方が多いか等が分かるようです。
今後書く記事の参考にしたいと思っています。
クリック、どうぞよろしくお願いします。
しば

母の腕の湿疹

母の腕の乾燥と湿疹(数カ所)を私が見つけたのは、先月。
その湿疹が、腕中に広がっているのを妹が先週見つけた。
風呂上がりに乾燥予防の薬(クリーム)を付けようとした時だ。
妹は、すぐにグループホームの職員に伝え、その職員は、病院に連れて行くと言った。
その職員は、母を風呂に入れた職員に、「なぜ気が付かないか」と注意をした。

先日、妹が、別の職員に「病院には行きましたか?」と訊くと、湿疹のことは何も知らず、その時初めて見て驚いていた。
けれども「乾燥からこうなることもあるし、そんなにひどくもないので、病院に行く必要はないと思う」と言われ、妹もそれ以上は、何も言えなかったという。
確かに痛くも痒くもなく、母自身は気にしていない。

けれども家族としては、いったい何なのだろうと気になる。
単に皮膚の問題ならいいが、万一内蔵の異常から来ていたら恐いなと思ってしまう。
職員同士のコミュニケーション不全も気になる。
情報は、常に正確に共有されていて欲しい。

母の飲む薬も毎月「もう少ししか残っていません。次回の診察まで持ちません」と妹が連絡を受ける。
毎回しばらくすると「別の場所の別の箱の中にありました。色々な職員が扱うので」と説明される。
それもちょっと問題ではないかと妹も私もずっと気にしている。

些細なことと言えば、些細なことだ。
私も妹も母がとてもお世話になっていることを考えると、気軽にはものが言えない。
様子を見て、明らかに問題だと思わない限り・・。

施設には、入ってみなければわからないそういう難しさがある。


下は、母の腕の写真。あまり気持ちの良いものではないが、アップで見ないとわからないと思ったので、あえて拡大写真で。

湿疹


更年期障害のホルモン補充療法

介護者の多くは、女性で、45~55才(更年期)の人も少なくないだろう。
その人たちの参考になれば・・。

私は、両親の症状が比較的安定し、とりあえずがむしゃらに頑張って何かをする必要がなくなった。厳しいストレスから解放されて、ゆっくり休める時期になった。
ところがその途端に、体調がおかしい。
「緊張がとけるとガタッと来る」というのは、何人かの友人知人から言われていた。
はい・・仰せの通り。

一番辛いのは、不眠。朝起きた時から始まる疲労感、倦怠感、頭痛。
肩こり、耳鳴り、異常な冷え(寒気)。

これらは、うつ病でも出る。(更年期障害でうつ病に近い状態になる人も多い。)
でもうつ病の疲労感や倦怠感は、朝が一番ひどくて、午後から徐々に楽になり、夜はほとんど消える。
今回は、時間による変化がないので、うつをぶり返しているとは思えなかった。
不眠もうつ病の場合、寝付きが悪い、何度も目を覚ますことに加えて、早朝覚醒(夜中の3~4時に覚醒し眠れなくなる。)が特徴だが、今は、早朝覚醒はない。

その内に(1ヶ月程前から)急に暑くなる症状が始まった。
ホットフラッシュ(1年以上前に4~5回あったが、動悸とめまいを伴うものだった。)ほど激しくないが、ちょっと動いただけで急に暑くなって汗をかく。
長年ひどい冷え性だった私は、夏でもあまり汗をかかなかった。冬に汗をかくのは、初めての体験だ。熱がある時のように暑くなったり寒くなったりするので、上着を脱いだり着たりを繰り返す。
夜寝ていても突然ひどく暑くなって目が覚めるということが毎晩続くようになった。
(去年までは、パジャマの上にフリースを着て、靴下をはいて寝ても夜中に寒気で何度も起きた。)
これでやっと更年期障害に間違いないと確信を持った。

最近「ためしてガッテン」でホルモン補充療法を強く勧める放送をやっていたが、ネットで調べると賛否両論。反対派の情報を読むとやはりちょっと恐くなる。(ガンになりやすくなるというのは、正しくないようだ。)

しかしとにかくやってみて効かなければ止めればいいだけのことなのだと思い、随分久しぶりに産婦人科に行った。

症状を訴えると「ホルモン補充療法を希望ですね?」
本来は、生理が止まった人が受ける処方と説明されたが、パッチ(体に貼付けるシール式の薬)を処方された。
「これで症状が改善されたら更年期障害ということです。改善されなかったら精神科に行って下さい」
早い人で6時間後から、遅い人でも1週間後には、効果が出ると説明された。
副作用は、胸が張る場合がある、生理が不順になるという説明。ネットで調べると体重が少し増えるとある。

処方前に内診もあった。なぜ内診?と思ったが、予想外のものが見つかった。
「子宮に大きなポリープがありますね。8千円かかりますけど取りますか?」
「取らないとどうなるんですか?」
「取っても取らなくても更年期障害には関係ありません。ただまれにガンの人がいます」
8千円を惜しんでガンで死ぬのも困る。痛いと言われたが、切除に痛みはなかった。(翌日1日下腹がチクチク痛んだ。)
この歳になると「叩けばホコリが出る」んだなぁとつくづく思う。
人間ドックにでも入れば、脳に萎縮や梗塞など、知りたくもないことが次々と見つかりそうな気がする。

医者は「ポリープがあるってことは、女性ホルモンは、ちゃんと分泌されているってことですよ」
友達が受けたという血中のホルモン量を計る検査はしなかった。

パッチは、見たこともない程薄いシールで、五百円玉大。しかも2日に1度しか張り替えない。
こんなんで効くのか?!と思う。

けれども付けてから11時間後、入眠困難を感じることなくすんなり眠れた。
熟睡感があり、朝の疲労感、倦怠感、頭痛も消えた。
ぐっすり眠れたのは、6月以来の快挙(?)だ。
10分自転車をこいで汗でびっしょりになることも、いくら厚着をしても寒くてたまらないということもピタリとなくなった。首から肩にかけて鉛が詰まっているような不快な肩こりも消えた。
楽だ。
胸の張りも、困った副作用も今のところない。
まだ始めて2日しか経っていないが、これは思ったより良いかも知れない。

続きはこちら。「黄体ホルモンを飲む」



母の帰宅(泊まらず)

この記事はブロとも、もしくはパスワードを知っている方のみ閲覧できます
パスワード入力
ブロとも申請

認知症を早期発見する一言の質問

母は、5年以上前から明らかにレビー小体型認知症だったのに、正しく診断されたのは、今年の5月だった。
3月に突然、家事一切ができなくなり、あっという間にオムツをして寝たきりになったのも、元をたどれば薬の飲み忘れが引き金だったと思う。
父が、そのことに早く気が付いていれば、父が適切に介護できていれば、あそこまでの急変はなかったはずだ。
けれども父は、認知症(ピック病)だった。薬の飲み忘れに気付くことも適切に介護することも不可能な状態だった。
私は、それに8月まで気が付かなかった。
今でも思い返すと、なぜもっと早く気が付かなかったのかとたまらない気持ちになる。


認知症かどうかの判別は、実は、医師にとっても思っているよりもずっと難しいようだ。
以下は、「知っておきたい認知症の基本」(川畑信也著 集英社新書)からの抜き書き。

認知症診断では、社会生活や家庭生活に支障をきたすことが条件になりますが、ここが認知症診断の弱点ともなっています。社会生活でどこまで支障をきたしたら認知症と判断するかの線引きが、実はあやふやなのです。
(中略)
認知症の診断は、その患者さんの年齢や生活環境、性格などによって大きく変化してきます。認知症を確実に診断できる検査法があるわけではありません。とくに認知症が軽度の場合、同じ患者さんであっても、A医師は認知症と診断するかもしれない、B医師は年齢のせいだから心配いらないと判断するかもしれない、といったこともあり得ます。
近年、認知症の早期発見、早期診断が強調されていますが、実は認知症は、早期であればあるほど、正確な医学的診断がよりむずかしいのです。



それでも認知症にいち早く気付く方法というのは、段々に見つかっている。9月22日に「あさイチ(NHK)」で紹介された「たった1つの質問で早期認知症患者や予備軍を発見する方法」は、印象的だった。

「最近のニュースは、どんなことがありましたか?」

この1問で、記憶力の低下と社会への関心(意欲)の低下の両方を見抜くことができるという。
答えが「古い」「あいまい」、忙しくてニュースは見ていないなどと言い訳をし「取り繕う」ケースは、認知症が疑われるそうだ。
認知症ではなく記憶障害だけがある「軽度認知障害」の人も見抜くことができる。
答えられない場合は「物忘れに困っているメッセージ」だと受け止め、生活に支障が出てくるようであれば医師に相談してくださいと「あさイチ」のホームページに書いてある。 


夢 回復 夫

久しぶりに恐い夢を見た。

  45度に傾けた介護ベッドのようなものに母を座らせる。
  その横に父も寄り添う。
  2人は服を着ているが、このまま風呂に入るところ。
  2人とも嬉しそう。
  「ゆっくり入ってね」と声を掛けて、私は、お湯のスイッチを押す。
  お湯がどんどん湧き出してくる。
  私は、そこを離れる。
  しばらくして様子を見に行くと、2人ともお湯の中に沈んでいる。
  私は、慌てて2人をお湯から引き上げる。
  でも2人とももう息がない。
  私は、立ち尽くして泣いている。
  夫を呼んで叫んでいる。
  でも夫は来ない。誰も来ない。

母の病状が急変した春には、毎晩悪夢を見た。
一番大変だった8月頃には、夢をまったく見なくなった。
その頃、体重は4キロ減ったが、最近、また戻ってきた。

春から読めなくなっていた小説も読めるようになった。
(認知症の本以外、集中して読むことができなくなった。)
映画やドラマも見られるようになった。
(時間はあったのだが、落ち付いて何かを見る心の余裕がなかった。)
花を見ながら、散歩もできるようになった。
8ヶ月ぶりだ。
母を自宅介護しながら、入所できる施設を探し回った日々が、遠い夢のように思える。
(左下、「カテゴリ」の「帰省時の私の介護」の中にある。)

私が、何度も実家に帰るようになってから、料理にまったく興味を示さなかった夫が
「ナスは、何分蒸すの?炊き込みご飯って、何を入れるの?」
などと訊くようになった。
「炊き込みご飯に決まりはないよ。何を入れてもいいんだよ」
と答えると
「じゃあ、魚もいいの?」
と訊く。新鮮な発想。夫と話していると創作料理が色々作れそうだ。
(しばらく遠ざかっていたが、私は、新しい料理を作ることも好きだ。)

夫は、私が、何回実家に帰っても嫌な顔をしない。
「介護離婚」という言葉もあるのに・・。
感謝している。

夫は、私が、不調になっても好調になっても一喜一憂することなく淡々としている。
今、振り返れば、それが良かったのだと思う。

介護の道は、長い。
いずれ再び、(今度はピック病の父のことで)困難な時期が来るだろう。
今は、しばし休憩。




試しに始めてみました。ランキングというのは、ちょっと抵抗があるのですが
これをクリックして頂けるとどの記事に訪問の方が多いか等が分かるようです。
今後書く記事の参考にしたいと思っています。
クリック、どうぞよろしくお願いします。
しば

認知症介護家族の心理の変化

「認知症の人への対応がよくわかるQ&Aブック 認知症なんでも相談室」(三宅貴夫著)の51ページに書かれていた介護家族の心理の変化。
これを読んだ時、もっと早く知っていれば、もう少し心にゆとりが持てたのではないかと思った。
第1段階、第2段階にある時には、その先に希望があるということが想像できなかった。
不安が消えることはないけれども、今、私は、そこを通り過ぎ、随分楽になった。
(ピック病の父に振り回されることになるのは、もう少し先のことだろう。)

また家族の気持ちとして9つの感情が紹介されていた。(56、57ページ)
これらも知っていれば、そう思う(感じる)のは、自分だけではないのだと知り、楽になると思う。
本では、家族の会の集いなどに参加し、同じ経験を持つ家族と語り合うことを勧めている。

<家族の気持ち>

落胆 (診断後)
期待 (誤診ではないか、治るのではないか)
悲嘆 (変わってしまった姿を見る辛さ)
不安 (先の見通しは立たず、負担は増していく)
怒り (なぜ私をこんなに困らせるのか)
孤立感(誰も理解してくれない。誰も助けてくれない)
自責 (悪くなったのは自分の介護の仕方が悪いから)
後悔 (施設に入れたこと)
喜び (家族の介護の工夫で認知症の人の表情が和らいだり、話が通じるようになったり
    介護の努力が報われたと感じる)。

<認知症介護家族の心理の変化>

Step1 まさかそんなはずはない、どうしよう。

    驚愕・戸惑い おかしい行動に少しづつ気付き始め、驚き、戸惑う。
     
    否定     周囲になかなか理解してもらえない。家族自身も病気だという
           ことを納得できないでいる。

Step2 ゆとりなく追い詰められる。情報を手当たり次第探し始める。
    
    混乱     認知症の人を拒絶しようとする。そんな自分が嫌になる。
           認知症症状に振り回され、心身とも疲労困憊(こんぱい)する。
           やってもやっても介護が空回りする。  
    怒り・拒絶・抑うつ
           『自分だけがなぜ?』『こんなに頑張っているのに』と
           苦労しても理解されないことを腹立たしく思う。   

Step3 なるようにしかならない

    あきらめ   怒ったり、イライラしても仕方がないと気付く。
           介護保険サービスを使うなどして生活を立て直し始める。
  
    開き直り   なるようにしかならないと開き直る。
           自らをよくやっていると認められるようになる。
  
    適応     認知症の人をありのままに受け入れた対応ができるようになる。
           介護に前向きになる。

Step4 認知症の人の世界を認めることができる。

    理解     認知症症状を問題ととらえなくなり、
           認知症の人に対する愛しさが増してくる。
           

Step5 受容     介護の経験を自分の人生において意味のあるものとして位置
           づけていく。

(出典 杉山孝博著「杉山孝博Dr.の認知症の理解と援助」を一部改変)

<カテゴリ>
*「介護家族の心理変化・気持ち
*「認知症とは/ケア・介護など

診察から認知症を疑うポイント

認知症早期発見のチェック項目に補足。
「知っておきたい認知症の基本」(川畑信也著 集英社新書)から抜き書きした「患者さんの診断から認知症を疑うポイント」(31ページ)。
なぜかあまり広く一般に知られていないと思う。



年齢や生年月日を尋ねることは、認知症の判断にはほとんど役に立ちません。
認知症が相当進んだ患者さんでも、年齢や生年月日は正答できる場合が多いのです。

日時や曜日を尋ねることも、認知症の判断にはあまり役に立ちません。
しかし、季節を間違える場合は、認知症の可能性が高くなります。
現在の季節を尋ねることは、認知症の有無を判断するうえで重要です。

ご飯を食べたのに食べていないと答えるときに認知症の可能性が高いのは当然ですが、診察当日あるいは前日のご飯の内容を思い出せないときにも、認知症の可能性は否定できません。

認知症でないならば、多くの場合、具体的な食事内容を思い出せなくても、思い出そうと努力する様子がみられます。さらに、思い出せないと自分が認知症になったのではないかと心配したりします。

一方、認知症に進行した患者さんでは、「いろいろです。魚や野菜などいろいろです」「自分は食事に関心がないから」などと言い訳や弁解が多かったり、考えようとしなかったりして、自分が答えられないことに対する深刻感がないのです(病識欠如の反映です)。





試しに始めてみました。ランキングというのは、ちょっと抵抗があるのですが
これをクリックして頂けるとどの記事に訪問の方が多いか等が分かるようです。
今後書く記事の参考にしたいと思っています。
クリック、どうぞよろしくお願いします。
しば

認知症早期発見のチェック項目

これは両親が、現在通っている病院に置いてあった院長作成の通信に載っていたもの。
2つ以上当てはまったら受診するようにと書いてある。
父(いまだに自営業を続け、一人で暮らしている。)に当てはまる項目が多く、驚いた。

レビー小体型認知症の母(要介護4。既に中期を過ぎていると思う。病識はある)は、12項目中6つ程当てはまる。
(もちろんレビーの症状で、日によって時間によって認知度はまったく違うが。)
アルツハイマーによくあると言われる(そして父にも頻繁にある)言いつくろい(作話)は、母には、一度もない。最近の出来事を忘れることもほとんどない。依存性もない。

ピック病の父(要支援2。病識はまったくない。)は、少しでも当てはまるものを含めると10。
それでも父と短時間接する人(ケアマネや民生委員など)は「まったく認知症には見えない。普通に会話できている」と口をそろえる。
事実と違うことを本当のことのように言うし、言いつくろいも驚くほど巧みなので、私でもつい父の言う通りなのかと思ってしまう。
他人が認知症を見抜くのは、いかに難しいかということだろう。



<記憶・忘れっぽさ>
1.いつも日にちを忘れている(今日が何日かわからないなど)
2.少し前のことをしばしば忘れている(朝食を食べたことを忘れているなど)
3.最近聞いた話を繰り返すことができない(前回の調査結果など)

<語彙・会話内容の繰り返し>
1.同じことを言うことがしばしばある(同じ話を繰り返す)
2.いつも同じ話をする(昔話などを繰り返す)

<会話の組み立て能力と文脈の理解>
1.特定の単語や言葉が出て来ないことがしばしばある(仕事上の使い慣れた言葉が出て来ないなど)
2.話の脈略をすぐに失う(話があちこちに飛ぶ)
3.質問を理解していないことが答えからわかる(質問に対する答えが的外れで、かみ合わない)
4.会話を理解することがかなり困難(なんの話かわからないなど)

<見当識障害・作話・依存など>
1.時間の観念がない(午前か午後かもわからないなど)
2.話のつじつまを合わせようとする(答えの間違いを指摘され、言いつくろうとする)
3.家族に依存する様子がある(本人に質問すると家族の方を見るなど)




試しに始めてみました。ランキングというのは、ちょっと抵抗があるのですが
これをクリックして頂けるとどの記事に訪問の方が多いか等が分かるようです。
今後書く記事の参考にしたいと思っています。
クリック、どうぞよろしくお願いします。
しば

父、毎週母を連れて帰ると言う

この記事はブロとも、もしくはパスワードを知っている方のみ閲覧できます
パスワード入力
ブロとも申請

悲しみの詩 救われる言葉

11月7日(平成22年)の日経新聞の文化欄に皆川博子(直木賞作家)の「風」というエッセイがあった。
生死について書かれたものだが、ひどく心に染みたので、ここで紹介したい。

これは皆川博子の童話作家の友人が夫を亡くし、医師に勧められて書いたという詩。

わたしのくらし

<七歳と七七歳と>
あなたは七歳のとき
かあさまを亡くされた
わたしは七七歳のいま
あなたを亡くした

七歳のあなたのかなしみは
どんなでしたろう
七七歳のわたしは
二つのかなしみが重なりあって
涙をながすのです

<ひとりごと>
ずい分
おしゃべりになりました

それから すっかり
無口になりました

<孤独>
厚着をしても
暖房をしても
冷たい風が
臓器と臓器のすき間を
ふいているのです


私は、ごく短い間だが、特別養護老人ホームで働いたことがある。様々な種類の認知症の方々が、どんな風に進行していって、どんな末期を迎えるのか、少しだけ垣間見た。
母の症状の進行を知ってから、当時見た方々をまざまざと思い出して、胸がふさがる。
「臓器と臓器のすき間をふく冷たい風」を感じる。言葉を失う。
でも悲しい時には、悲しい絵や音楽や文章が、それを癒すのを知っている。この詩は、多くの人を癒すだろう。

以下の一文も深く印象に残った。

カトリックの作家が著した小説に、老いて視力、体力などが衰え、失われてゆくのは、「1つ1つ、神様にお返ししているのです」という一節があった。

私は、何の信者でもないけれど「引きはがされ、奪い取られていく」と感じていたものも「初めからなかった。一時期預けられたものを、今、少しづつ返している」と思うと、少し救われる気がする。
父のことも、母のことも。そして自分自身のことも。

私も更年期(45~55才)の影響を最近ひしひしと感じる。目も耳も頭もすっかり悪くなり、体力もがくりと落ちたと実感する。(耳は、母方が代々早くから難聴になり始めた。)
でもこれも抗(あらが)えないこと。受け入れていく過程で学ぶこともあるだろう。




試しに始めてみました。ランキングというのは、ちょっと抵抗があるのですが
これをクリックして頂けるとどの記事に訪問の方が多いか等が分かるようです。
今後書く記事の参考にしたいと思っています。
クリック、どうぞよろしくお願いします。
しば

母、自分の名前を忘れる 民間療法 兄のオムライス

自宅に戻ってから父とは毎日電話で話すが、母の様子は、よくわからない。
「今日は調子良かったぞ~!95%正常だ!」
「どんな話したの?」
「・・・・・。色々だ」

「今日行ったら、お母さん、物忘れがひどくなったって、ひどく気にしててな。何とかならんか?」
「お母さん、例えば何を忘れるの?」
「・・・・・」
妹に訊くと、母は、一度自分の名前を忘れたのだと言う。
母自身がショックを受けて毎日気にしているようだ。
私も愕然とする。今まで目立たずにきた記憶障害が、これから一気に吹き出すのだろうかと不安を覚える。

妹が言うには、頭がとてもはっきりした日があったが、その日は、ベッドに横になったまま1時間以上話していた。よく「疲れた」と言うようで、午前も午後もベッドで横になることが日課になっているらしい。知らなかった。

抑肝散を飲み始めてから消えたはずの子供の幻視(常連。母は「元気」「がんちゃん」と命名)もまた出てきたという。
妹は、声も小さくなったという。これは前回の帰省で気が付いた。もし球麻痺という症状なら、遠からぬ内にものが飲み込めなくなる(嚥下障害)ということか。

レビー小体型認知症は、進行していく病気なのだということをあらためて思い知らされる。あがいても、あがいても結局進行は止められないのだ。


先日は、母の高校の同級生が夫婦でグループホームを訪ねてくれた。そこで偶然妹とも会った。
「認知症って聞いて来たけど、全然そんなことないじゃない!」
まだ人と会う時は、正常に戻るようだ。不思議と言えば不思議だ。どこにそのスイッチがあるのだろう。

父は、本屋に行って「認知症」と書かれた本を5冊、内容も見ずに買って来たと言う。
「家に帰ってパラパラ見てみたらな、1冊だけ面白い本があったぞ。大根とか人参とかをすって飲ませると認知症が治るって書いてあるぞ!粉ミルクも効くって書いてあるぞ!」
「それは、マユツバだよ」(「非科学的」と言うのは止めた)
「薬害がないんだから、試してみたっていいじゃないか!色々なんでも試してみるんだ!」
「試してみるのは、いいけどね・・・」
そんな罪な本が売られているのかと驚く。また父が暴走しなければいいのだが・・。

兄は、ショートステイを10月から週6日利用する予定だった。しかし金曜日に帰宅すると、土曜日に通所授産施設(隔週休み)やショートステイに行くことを拒否することが多いようだ。そうなると金土日と自宅で過ごし、月曜から通所授産施設に行くことになる。
兄にしてみれば、週末位は、自分だけの個室で誰にもじゃまされずに自分のペースで過ごしたいのかも知れない。
問題は、兄の薬(てんかん等)だ。
電話をして「お兄ちゃんに薬飲ませた?」と確認すると、父は、いつも「知らん」と答える。
「ちゃんと毎回飲ませないと、また倒れるよ」
「そんなもの、どこにあるんだ?」
妹が、薬のことを伝えても、ショートステイから持ち帰る兄の洗濯物を頼んでも、父はそれを完全に忘れる。

先日は、妹が、実家に行って、兄の好物のオムライスを作ってくれた。
兄はとても喜んで「アリガトウ!○○(妹)、アリガトウ!」と何度も言ったそうだ。
私は、自宅に戻る前に兄の好物のプリンを冷蔵庫に入れてきたが、兄は、それを見つけて食べただろうか。

帰省から戻る時、毎回冷蔵庫にすぐ食べられるものを色々買って入れてくるが、次の帰省の時、何もかもそのまま捨てることになる。(賞味期限切れで。)
電話で伝えてもほとんど効果はない。冷蔵庫に何が入っているかということを、父はほとんどわかっていない。
あることがわかっていても「なぜだか食べる気がしない」とも言う。(言い繕いか?)
以前、温めるだけの冷凍のおかず(煮魚など)をたくさん送ったが、父が自分から食べることは一度もなかった。

<追記 ここのコメントに嚥下障害についての詳細な情報があります。>

10月の帰省(7)ピック病の父の奇妙な明るさ

この記事はブロとも、もしくはパスワードを知っている方のみ閲覧できます
パスワード入力
ブロとも申請

10月の帰省(6)母の思いやり 初家族旅行 

この記事はブロとも、もしくはパスワードを知っている方のみ閲覧できます
パスワード入力
ブロとも申請

10月の帰省(5)ピック病(前頭側頭葉変性症)の父の日常(その2)

この記事はブロとも、もしくはパスワードを知っている方のみ閲覧できます
パスワード入力
ブロとも申請

10月の帰省(4)ピック病(前頭側頭葉変性症)の父の日常(その1)

この記事はブロとも、もしくはパスワードを知っている方のみ閲覧できます
パスワード入力
ブロとも申請

レビー小体型認知症 原因物質発見(11月3日のニュース)

2010年11月3日のニュースで朗報。以下、ネット上のニュースの原文通り。

***************************************

レビー小体型認知症 原因物質発見(「NHKニュース」より。11月3日 4時54分 )

アルツハイマー型に次いで多い「レビー小体型」と呼ばれる認知症を引き起こす脳の神経細胞の中の新たなタンパク質を東京都の研究所などのグループが発見し、新しい治療法の開発に道を開く成果として注目されそうです。

発見したのは東京都神経科学総合研究所の橋本款研究員らの研究グループです。

レビー小体型認知症はアルツハイマー型に次いで多い認知症とされ、物忘れなどの記憶障害のほかに、存在していないものが目に見える幻覚も引き起こすと指摘されています。

これまでは脳の神経細胞に出来る「レビー小体」と呼ばれる異常なタンパク質の固まりが原因と考えられてきましたが、橋本研究員らのグループはそれだけではさまざまな症状が起こる仕組みが説明できないとして、新たな原因物質を探していました。

その結果、レビー小体とは別にあってこれまで無害だと考えられていた「βシヌクレイン」というタンパク質が脳の神経細胞に損傷を与えることを発見し、マウスを使った実験によって証明したということです。

今後さらに解明が進めば発症の仕組みに共通点が多いパーキンソン病の治療にも応用できると期待されています。

脳の神経の病気に詳しい順天堂大学医学部の服部信孝教授は、「パーキンソン病にもβシヌクレインが関与している可能性を示したもので、パーキンソン病とレビー小体型認知症の2つの病気の治療法の開発に道を開く成果だ」と話しています。

この研究成果は3日に発行されるイギリスの科学雑誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」に掲載されます。

10月の帰省(3)立てた リハビリ 財産管理

この記事はブロとも、もしくはパスワードを知っている方のみ閲覧できます
パスワード入力
ブロとも申請

NHKスペシャル「認知症を治せ」 レビーを治療する医者と薬

2010年10月31日、NHKスペシャルで認知症の特集があった。
認知症の研究は、この10年でおおいに進み、進化しているというものだった。
アルツハイマーを治す新薬は続々と開発中という内容には期待が持てた。
数ヶ月前、「きょうの健康」でも来春には、3種類の認知症新薬が出ると言っていた。
絶望している家族の希望の光になるだろう。

何かの本(先日紹介した新書?)に「初期のがんです」と言われるより「初期のアルツハイマーです」と言われた方が、本人や家族のショックは、はるかに大きいと書いてあった。
介護負担が、アルツハイマーよりもずっと重くなるレビー小体型認知症(早期から身体介護が必要。骨折の危険性も高い)、ピック病(前頭側頭葉変性症の1つ。体は元気だが行動が反社会的になる)と診断されれば、そのショックは計り知れない。

昨日の番組では、専門医にレビーと診断されれば、適切に治療を受け、歩行困難や幻視(幻覚)などの症状を抑えることができるとかなり楽観的な(希望の持てる)報道をしていた。
しかし介護家族に言わせれば、ことは、そう簡単ではない。

私も母の症状が激変してからの8ヶ月程、どれだけ悩んだかしれない。
どの病院に行けば母を助けてもらえるのか、薬は、何を飲めば改善されるのか。
けれども今は、わかった。答えは、「ない」。ただ1つの正答など、どこにもないのだ。

一番の問題は、レビーという病気の特徴として、薬に対して過敏に反応することだ。
反応の仕方は、個人差がとても大きい。
沢山の人に効いたからと言って、自分の家族に効くとは限らない。
それどころか医者も予想しなかったひどい副作用で苦しめられることは、よく起こる。
(母は、リスパダールやベンザリンで歩けなくなった。)

レビー患者に決まった処方は、確立されていない。これさえ飲めば良くなるというものはない。
時間が経ってから副作用が出ることもあれば、最初は効果があったのに、だんだん効果がなくなるということもある。(母の場合、抑肝散で消えた幻視は再び増えている。抑肝散で副作用の出る人も中にはいるそうだ。)

医師から処方された薬が、良い効果を発揮するのか、思いがけない副作用で苦しめられるのかは、「実際に飲んでみなければわからない」(「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」から聞いた言葉)。
まったくその通りだと実感している。

しかもレビーは、日により時間により頭も体もまるで別人のように変わってしまうので、観察が容易でない。
それでも日々冷静に観察し、家族が薬について勉強し、医師と話し合って調整していくしかないのだ。
専門医なら一度でピタリと最適の薬を出せるなどということは、有り得ない。
主治医が4回変わって思い知った。(最初の1人は、病院の都合で変わった。市立総合病院の神経内科の医師だが、今年3月に”レビーには、薬も治療法もない”と言い切った。後の2回は、自分で調べて主治医を変えた。)

その後、調べると大学病院や「レビー小体型認知症家族を支える会」で紹介している医師やコウノメソッド医(ネットで公開)が、必ずしも良い訳ではないということもわかった。
「医師の人柄も大いに医療の一部」(「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」から頂いた言葉)ということが、今は、身にしみてわかる。

ある程度、レビーの患者を診ていて、勉強熱心で、家族の悩みや相談を真摯に受け止めて努力してくれる医師ならば、その人を信じられるなら、それでいいのだと、「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」の方からアドバイスを受けて確信できるようになった。
(私は、2回目に主治医を変える時、まだかかったことのない2人の医師に「レビーですが診られますか?」と直接訊いた。誠実で、処方に自信がなければ、正直にNOと言ってくれる。)

何より大切なのは、家族が勉強することだ。
難しいことは何もない。医学の専門書を読む訳ではないので、私のようなずぶの素人にも出来る。
どんな名医の処方よりも家族の日々の観察と医師への相談が重要なのだ。
名医(と言われている医師)の言うことならばと鵜呑みにしたり、お任せにしてはいけない。

レビーの薬物療法については、小阪憲司・羽田野政治氏の「レビー小体型認知症の介護がわかるガイドブック」に詳しく書かれている。名古屋フォレストクリニックの河野和彦氏は、ネット上に「コウノメソッド2010(認知症薬物療法マニュアル)」他、レビーに関して膨大な情報を提供している。「認知症治療28の満足」(河野和彦著)にも詳しい。
それらを参考に(妄信することなく。)最適の処方を日々探っていく以外に方法はない。

追記(2013年10月12日):治療(どういう時、何という薬をどの位飲めば良いのか)についての情報を詳しく書本では、「新しい認知症ケア 医療編」(河野和彦著 講談社)が良書です。→詳細

プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR