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介護施設の種類・費用・選び方(月刊誌から)

*「月刊日経マネー」特集セレクト(丁寧でわかりやすい記事です。)
「知っておきたい介護施設の選び方 介護のお金の仕組み」→日本経済新聞公式サイト

<ここからは、私(しば)の思うことです。>
先日、ある人と話しました。
60代半ばのその方と70代の御主人は、大の甘い物好きで運動は大嫌い。
医師から夫婦で減量を勧められていますが、生活習慣を変える気は、ありません。
「だってコレ(お菓子)楽しみに生きてるんだから〜。止められないわよ」
「もし病気や認知症になって介護が必要になったらどうするんですか?」
「大丈夫!その時は老人ホームに入れるから。お父さんにもそう言い聞かせてあるの」

彼女は、特別養護老人ホームに入れずに入居を待っている人が、どの施設にも何百人もいるということを知りませんでした。(都市部ではどこでもそうだと聞いています。)

介護度が重くなれば即座に入れると思っている人も少なくありませんが、要介護5でも簡単には入れないのが現状です。今後、ますます厳しくなっていくと思います。

過去にも何度か書きましたが、介護施設は、まだ全く必要性を感じていない内からよく調べ、見学に行き、選び、予約申し込みしておくことが大事だと思います。

自宅介護ができなくなる日は、突然来ます。
*症状が一気に変わり、介護者が夜眠ることもできなくなる。*介護者が、過労や心労で倒れて入院したり、介護うつ病になる。*介護者自身も認知症や深刻な病気だとわかる。
その日になってから慌てて施設を探し始めますか?
私は、そうでした。
夜、ほとんど眠れない状態で、昼間は死に物狂いで施設を探して回りました。

「心身共限界。でも自宅で介護したい。施設になど入れたくない」という人もいます。
もちろん気持ちはよくわかりますが、決意して選択するしかないと思います。
自分も助かりたい、親にも私がするのと同じ最高の介護をしたい、その両方を取るのは(普通の経済状況の人には)無理です。

夢のような施設は、どこにもありません。家族に代わる人はいません。
その現実は、どんなに辛くても受け入れなければいけません。
でも施設の足りない部分は、家族が補うことができます。
近ければ、毎日通って、笑顔と愛情を届けることができるかもしれません。

最近、家族会の方から聞いて知った「逆ショートステイ」という方法もあります。
仕事のある平日は施設で看てもらい、週末は自宅で家族水入らずで過ごす方法です。
平日に数日間の休暇を取って、一緒に車いすで旅行に行くことだってできます。

100%かゼロかではありません。
工夫すれば、色々な道が開けてきます。
困った時は、とにかくなるべく沢山の手(兄弟や親戚、有料ヘルパー等)を借りて、早めになるべく沢山の人(ケアマネ、家族会、相談機関、施設等)に相談すれば、必ず何とかなります。

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権萃(ゴンズイ)。別名「狐の茶袋」「黒臭木(クロクサギ)」だそうです。



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施設で個別ケアを可能にするには

2012年6月25日放送のNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で「闘う介護、覚悟の現場(介護福祉士:和田行男)」を途中から見ました。(内容詳細は、こちら
(再放送は、7月13日午前1時40分=12日の深夜過ぎ。東北地方を除く)

全部を見ていないので番組の感想は書けません。
ただ『これと同じことを介護現場に求めることは無理だ』と思いました。

和田さんは、もちろん素晴らしい方で、介護現場の不可能を可能とするために文字通り闘い続けています。
しかし同じことを日本中すべての介護施設、介護職員に求めるのは、間違っているだろうと思うのです。

和田さんの施設では、認知症の方1人に介護職員が1人付いて、電車に乗って海に行きました。
現在、日本には、270万人の認知症患者がいると言われています。
(認知症介護研究・研修東京センター推計)
その内の何人が施設にいらっしゃるかはわかりませんが、和田さんのような個別のケアを全員にしようとすれば(ごく単純に考えると)同数の介護職員が必要になります。

その介護職員(その家族を含め。)の生活を支えていくためには、十分な報酬が支払われなければいけません。(現在、報酬が十分でないことが知られています。)
個別のケアを可能にするためには、非常に大きな費用がかかります。
介護家族は、今の何倍、いえ、それ以上の費用を負担することができるでしょうか?

介護職員の方々は、もう既に限界まで頑張っていらっしゃいます。
どの施設でもそうだと思います。
もっと頑張れというのは、理不尽です。

では、どうすれば個別のケアが可能になるのか。
私は、今以上にボランティアを活用するのが良いのではないかと思っています。

米国では、老人ホームに居る決まった方を定期的に訪ねて話し相手になるというボランティアがあります。
老人ホームに居る希望者が、施設のバスに乗って週1回ショッピングセンターに買い物に行く時、個別に付き添うというボランティアもあります。
どちらも非常に喜ばれました。(20年近く前、米国に住んだ時に経験しました。ただあまりに古い話ですし、買い物の付き添いは短期間しかしなかったので、ここに書くのはとても気が引けます。)

ボランティアに関する問題など、更に詳しいことは、次回に書く予定です。

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紫陽花(アジサイ)






「生活力回復 促す介護」日経新聞記事

2011年9月20日~22日の日本経済新聞夕刊 「人間発見」というコラムに掲載された記事。

紹介されたのは、社会福祉法人「夢のみずうみ村」(山口市・浦安市)代表 藤原茂さん(作業療法士)。
「様々な仕掛けで生きる意欲と生活力の回復を促し、要介護度の改善度合いが、全国で群を抜く」と紹介されている。

介護の世界の常識を覆(くつがえ)す方法に驚き、目を開かされる。
見学に行きたい。


以下、新聞からの抜き書き(青字部分)。

例えば入浴で、素早く要領よく手品師のごとく洋服を脱がせ入浴を済ませる、そんなスタッフこそプロと称賛される傾向があります。
一見良さそうですが、実は、本人のできる能力を奪ってしまう可能性があります。
遅くてものろくても、自分でできることが大事でステキなことなのです。

(夢のみずうみ村の)象徴の1つが、バイキングの昼食です。
自身で好きなものを好きなだけ選んで盛りつけ、召し上がって頂く。
車いすの方も体を伸ばし、やっと皿を手にする。
ご家族が見ると、どうして手伝わないのかと腹が立つ光景かもしれません。
しかし、上げ膳据え膳は駄目なのです。
「できる」「できそう」「できない」。スタッフは、そこを見極めます。
見極めには、知識よりも相手への強い思いが必要です。
そして、ご本人が3段階のどこにいるかを自覚してくれれば、そこから、意思の力による自らの工夫が生まれます。

(利用者は)きょう1日、自分が何をするか自分で決める。メニューは200種類。温水プール、料理、陶芸などの他「カジノ」「ごろ寝」「ボーっとする」などユニークなものが並ぶ。

施設内は、バリアフリーならぬ”バリアアリー”。
実生活で出くわす坂道、階段などもわざとこしらえ、施設内は雑然としています。
カジノでは、花札やルーレットなどに施設だけで通用する通過「ユーメ」を儲けます。
ユーメは、洗濯物を自分でたたんだとか人にものを教えたとか、何かをしなければ稼げない。
苦労して稼いだユーメを賭け、カジノに熱中することも意欲や感情を刺激してくれます。
メニューカードはバーコード内蔵で、何のメニューを選んだかを担当スタッフが瞬時に把握し、自己選択の自由を支えます。
自己選択の機会と実生活に戻ったような環境を利用することで生活能力の回復を目指すのです。

(老人病院で働いた時に取り組んだこと)
お年寄りは3日寝たきりにすると起きることができるまでに3ヶ月かかります。
ヤクルトの容器に水を半分入れ、ストローでブクブク吹く。
メロディーに合わせ3分間。きつい。だが肺を鍛えると起きることが苦痛でなくなります。
ベッドを離れることが習慣になります。

7月には、千葉県浦安市に新しい夢のみずうみ村を開設しました。
全部でも一部でもいいから、この自己選択、自己決定方式の介護の手法をまねし、盗んでほしいと思っています。
浦安の施設もどんどん見学してほしいのです。

夢のみずうみ村には、たくさんの先生がいます。
脳卒中の後遺症で車いす生活になり、懸命のリハビリで歩けるようになったものの、利き腕は使えないままの女性。
左手だけで料理をする工夫を続け、ネギを千切りするのに剣山を使うといった料理方法を編み出しました。
現在、75歳を超えたこの女性は、施設外からも声のかかる「片手でできる料理教室」の人気先生。
実社会復帰のモデルです。


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珍しい白い彼岸花(曼珠沙華)。

日経新聞「「認知症を知る」(下) 介護・地域編

日本経済新聞(2011年8月21日)の特集記事(SUNDAY NIKKEI)。
今回の記事で目新しい情報は何もないが、施設を探し始める前の家族には、施設の種類もよくわからないと思うので抜き書きする。(青字部分のみ)

場所にもよると思うが、すぐに入ることができる施設は、有料老人ホーム以外は、ほとんどないと思う。
どこも大勢の人が、入所の順番が来る日を待っている。

グループホームは、ある程度自立した生活ができる人たちが、共同生活を送るための場所。
車椅子で、かつ目の離せなかった母(当時は要介護4)は、あるグループホームでは、「対象外。特別養護老人ホームへ」と断られた。
受け入れてくれるグループホームに入ったが、圧迫骨折で動けなくなってからは、風呂に入ることが不可能になり、衛生状態の悪化を理由に退所を余儀なくされた。

特別養護老人ホーム(特養)には、寝たまま入浴できる装置がある。
しかし医療が必要になると入院せざるを得なくなる。
胃ろうの人、インシュリン注射が必要な人などの入所を断る所もある。
暴力をふるう人は、断られる。
一般的に何百人(都内では、千人を超すと聞いた。)もの待機者(入所待ちの人)がいる。
まだ入所を考えていない時から、多くの施設を見学して回って、複数に入所申し込みをしておいた方が良い。

老人保健施設(老健)も本来の目的から外れて、自宅介護の難しい人が、特養に入所できるのを待つ施設になりつつあると聞く。

以下、新聞記事のコピー。(青字部分)


<認知症の人が介護保険で利用できる主な施設>

 「グループホーム」(認知症対応型共同生活介護)

少人数の認知症の人が家庭的雰囲気の中で介護を受ける。
利用者負担(費用):月12万~20万円程度


 「特別養護老人ホーム」(特養)

主に重度の人が利用。亡くなるまでの利用になることが多い。個室タイプ、相部屋タイプで費用も違う。
月5万~15万程度


 「老人保健施設」(老健)

原則は、リハビリで家に戻ることを目指す施設。
月6万~16万程度


 「介護療養型医療施設」(老人病院)

慢性病などで長期療養が必要な人が入る。
月7万~17万程度


 「有料老人ホーム」(特定施設)

民間企業などが経営。入居金が数千万円などの高級タイプも。
月15万~30万程度


(注)利用者負担は目安。施設の場所や利用者の状態などによって異なる。
施設の費用は、「高齢者の住まいガイドブック」(高齢者住宅財団)などを参考に作成。
一部施設やサービスを除き、認知症以外の要介護者も利用できる。


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マツヨイグサ(待宵草)
原っぱに咲いている。

特養での訪問リハビリ(1)

特養の主治医との話し合い(入所前。)の前日、母の訪問リハビリを担当している○○院に電話をした。
特養から保険を使った訪問リハビリは10人に限っていると言われた件について担当者と話したいと伝えた。
(その件は調べて電話をすると言われていたが、まだ電話をもらっていなかった。)
折り返し電話をしてきたのは、院長だった。

「(特養での保険を使った訪問リハビリは)制度上は、人数の制限はありません。10人と限っているのは、主治医の方針か、或は、施設の方針です。
私たちが、それに対して口を出すことは、できません。しかし家族がお願いするのは、構わないと思います。もう1度、リハビリを是非続けたいとお願いしてみたらどうでしょう。○○さん(母)にとっては、リハビリを続けることは、重要だと思います」

特養の主治医との話し合いの日、日帰りで帰省しようと調整したが、急なことで仕事の休みが取れなかった。(訪問リハビリのこと、アリセプトの量のことなど、新しい主治医と会って直接話したかった。)
その日は、なんとか早退させてもらい、自宅で待機した。
妹には、訪問リハビリのこと、アリセプトの量のことなどをメールで連絡した。
話す機会があれば妹から、なければ私から電話で話したいと伝えた。

妹も職場に無理を言って、早退して話し合いに行ってくれた。

話し合いが始まって1時間程して、「相談員と話すことがあれば電話を」というメールが来た。
妹の携帯に電話をし、リハビリの話はまだだと聞き、相談員に話した。

訪問リハビリの院長と話したところ、10人という制限は、制度上のものではなく、主治医の方針か、施設の方針と言われたことを柔らかく伝える。
「施設の方針でなく、主治医の方針です」
母は、まだ72歳と若い。しかしどんどん体が固まりつつある。家族としては、もし可能ならば何とかして訪問リハビリを続けさせたいと願っている。そのことを1度、主治医に直接会ってお願いしたいと思っている。
できる限り控えめに、柔らかく、けれど切実に訴えた。
「もし訪問リハビリを受けるとなると、訪問リハビリを頼む所も変わりますが、それでも構いませんか?」
「構いません」
「わかりました。それでは、私から主治医の先生に頼んでみます」

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半化粧(半夏生。ハンゲショウ)のつぼみ
夏至から11日目を半夏生といい、
その日はタコを食べると、今年初めて聞いた。

特養での生活の始まり

母は、入所後、調子が良いとは聞いていた。
けれども中々それを信じることは、できなかった。
特養の相談員と電話で話してから沈み込んでいたこともあり、思考も普段よりネガティブになっていたのだろう。
環境が変われば、必ずせん妄(手のつけられない状態)になると、ほとんど確信していた。

けれども父は、久しぶりに弾んだ声で電話をして来た。
「今日、お母さんのとこ、行ったらなぁ、”来てくれてありがとう”って真っ先に言ったぞ!
(リクライニング式)車いすに乗って、みんな居るとこに居てなぁ。かなり(背もたれを)起こしてたけど、30分位、全然痛がってなかったぞ。飯もお母さんが一番たくさん食べてたな。全部食べたぞ!自分でコップ持って、お茶も飲んでたぞ!
変なことも言わんし、文句も言わんし。すこぶる調子いいなぁ!」

自分でコップを持って、お茶を飲んだ?!
信じられない。

グループホームの職員は、介護度の重い人には慣れていない。
(母の居た階の9人の内、寝たきりは、母1人だった。)
特別養護老人ホーム(特養)の職員には、それが日常のことだ。
それにしても随分違う。

翌日、父は、携帯で母の所から電話をくれた。
電話をして欲しいといつも頼んで来たが、(他に母と電話で話す方法がない。)父は、グループホームでも1回位しか電話してこなかった。
この日は、母が、3ヶ月振りに風呂に入った日だった。

「○○(私の名)だよ。お母さん、調子どう?」
「うん。悪くないよ。あんたも元気にしてる?病気してない?」
「元気!元気!元気過ぎて困ってるよぉ。・・お母さん、そこ、慣れた?」
「うん。ここは、みんな優しいし、毎日歌歌ったり、ピアノ弾いたり、色んなことして
 くれて楽しいよ」
「本当?!良かったねぇ!お母さん、今日、お風呂入ったんだって?気持ち良かった?」
「気持ち良かった~!!気持ち良かったよ~!やっと入れた。寝たまま入ったよ」
「そりゃ~良かった!垢、一杯出ただろうねぇ」
「秋?」
「部屋から見える景色もいいんだって?」
「景色もいいよ。○○、見えるよ」
「部屋から?!本当?!凄いね!・・お母さん、何か、困ってること、ない?」
「ないけど・・。ご飯は、美味しくない。でもじき慣れると思うよ。心配しなくていい
 よ」

「ばあば、何だって?」
電話を切った後、近くに居た子供(成人)が訊いた。
「みんな優しいし、楽しいって」
自分でも不思議なくらい笑いながら、涙が汗のように流れた。

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アガパンサス(紫君子欄)だそうです。
アフリカ原産なんですね。

特養から入所前に必要とされたこと

担当の相談員は、とても申し訳なさそうに言った。(青地部分)

今日、特養の主治医が診断書と紹介状に目を通した。
面接に行った看護師とも話し合ったのだが、○○さん(母)の場合、パーキンソンの症状が、急激に、しかも相当進行している。

医療面でのリスクが非常に高く、特養に入所するという段階を越え、医療施設に入るレベルと考えられる。
既に認知症がうんぬん、介護がうんぬんのレベルではなくなっている。

食べられなくなるのも時間の問題だと思われる。

間もなく啖(たん)もからむようになるだろう。
そうなると窒息死しないように24時間吸引が必要になるが、特養には吸引のできるスタッフに限りがあり、病院のように万全の体制は取れない。

私たちは、○○さんを受け入れたくないと言っているのでは決してない。

ただせっかくここに入っても、急激に病状が悪化して入院という可能性が非常に高い。
長くは居られないと思う。
それを家族が、十分に理解、納得の上、なお入所希望ということであれば、私たちも最善を尽くしたい。


  どう思うかと訊かれ、私と妹は、母を入所させたいと強く願っていると言った。
  父には、私たちから説明すると伝えた。


主治医が、そのことについて家族とじっくり話し合いたいと言っているので、来週、妹さんに来てもらうことになった。

こちらとしては、ここに入所したいという家族の強い希望があるので、是非入所して頂きたいと思っている。
診断書をここまで早く持って来て頂いたのも強い気持ちの表れだと受けとめている。
しかし主治医からすれば、ここに入ったから急激に悪くなったと思われても困るし、家族の理解と納得を確認して安心したいという気持ちがあるのだと思う。
決して断ることが前提の話し合いではないので、そこは安心して欲しい。


最後の言葉で、話し合いの意味が、よくわかった。
担当の相談員は、誠実で信頼できる人だと感じていたが、その通りの人だった。

しかしこの電話は、私には、重過ぎた。
言葉が、頭の中で渦を巻いた。
「食べられなくなるのも時間の問題だと・・」
「ほとんど完食しますし、飲み込みも問題ないですよ(グループホーム職員)」
「飲み込み、悪くないって?!本当?!信じられないなぁ(レビーの主治医)」
「この前来た時は、車いすじゃなかったでしたっけ?(G.H.のホームドクター)」
「骨折は治りました。ゆっくり段階を追ってリハビリを進めて下さい(整形外科医)」
「今度は車いすで来てね!(整形外科看護師)」

いつの間に、なぜ母は、そんなにも悪くなってしまったのか?
なぜそのことに今まで気が付かなかったのか?
なぜその前に、何か手が打てなかったのか?
なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ?・・・
私は、「なぜ」の洪水の中に沈んでいった。

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原っぱの草

6月の帰省4日目(1)介護認定調査 特養面接

仕事の休みが取れた妹と要介護認定の訪問調査の立ち会いに行く。
母は、あまり元気がなく、ささやくような小声で話す。
この4日間で1番小さい声だったが、妹は、これが普段の声の大きさだと言う。

調査員は、詳細に体を調べたり、施設職員と家族の両方から聞き取り調査をした。
1番最初に名前を訊かれた母は、しばらく考えた後「○○(私の苗字)○○(母の名)」と答え、一同驚いた。
生年月日と年齢と季節は、ほぼ正確に答えられた。(答えられない時が多い。)

介護に関して話していると、職員に対する態度と家族に対する態度が違うことがわかる。
職員には、常に気使いがあり、反抗したり、怒りをぶつけることはないようだ。

「拘縮(足が固まって動かない)、腕の筋力低下も進んでいます。間違いなく要介護5です。ご家族は、さぞご心痛のことでしょう。どうぞお大事になさって下さい」

「心痛」という言葉が、消化されずに固く重く残った。
『母の状態は、私たちが考えている以上にひどいものなのか・・・?』
後になってわかるのだが、私たちは、その時、その深刻さににまったく気が付いていなかった。


午後には、特養から相談員、介護職員、看護師の3人が面接(調査)に来る。
母は、6人(家族と職員も含む)に取り囲まれて緊張していたが、質問には答えられる。
介護方法に関わる具体的なことをこと細かく確認していく。
今までの母の趣味、楽しみ、性格なども丁寧に訊き、記録していく。

ケアに関する家族の希望も訊かれた。
何も考えていなかったが、「これ以上体が固まってしまわないように、よく動かし、リハビリをして欲しい」と伝える。(訪問リハビリは、難しいと前日伝えられていた。)

看護師「私たちの所は、離床(寝たきりにさせない)が基本ですが、それでもいいですか?」
 私 「その方がいいです!」
看護師は、病気のこと、薬のことなどを職員から詳しく訊いている。
母は、持病が多い。何と言う病気が何歳から始まったかなどは、妹が正確に答える。

話の切りが付いた所で、主治医となる医師の薬に対する考え方を看護師に訊く。
「なるべく少ない薬を処方される先生です」
母は、リスパダールで歩けなくなったり、アリセプトで興奮したりして、副作用が激しく出るタイプなので、毎月主治医と話し合って、薬の量を減らしてきたことなどを説明する。
今は、幻視と妄想がひどいが、これも主治医と話し合って、薬を増やすことはしないことにしたと伝える。

骨粗鬆症の注射治療(フォルテオ)の話もする。
主治医とグループホームさえOKなら制度上毎日訪問看護を呼ぶことができることを確認したと伝える。
「グループホームと特養では違うと思いますが、訪問看護で毎日注射を打つことは無理でしょうか?」
「訪問看護は・・(ありえない)。骨粗鬆症治療に関しては、主治医と相談してみますので・・」

入所には、主治医の診断書(レントゲン結果を含む)と紹介状が必要。
グループホームの職員と話し合って、診断書(紹介状も)は、グループホームのホームドクターに頼み、紹介状は、レビーを診ている医師からももらうようにという話になった。

私 「じゃあ、私が、明日母をホームドクターの所に連れて行きます」(妹は仕事)
職員「福祉タクシーは、前日では、予約が取れませんよ。混んでて無理無理」
しかし妹が、すぐに電話をし、手配してくれた。
1日でも早く、母を湯船に入れてやりたかった。

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コウオウソウ(紅黄草)だそうです。
英名french marigold(フランスのマリーゴールド)
の方が、ぴったりですね。

6月の帰省3日目(1)特養入所に関する説明 終末期医療

昨日1人で見て回った特養に電話をし、見学の予約をして再び訪ねる。
担当の相談員が、1床空きが出たという4階を案内してくれる。
(過去に何度も電話で話しているが、この相談員は誠実で信頼できる人だ。)
空いているのは、4人部屋の窓側だが、症状によっては、スタッフルーム前の個室に入る可能性もあるという。

津波対策の説明から始まる。(郷里では、それが深刻な問題になっている。)
10日分の水と食料は4階と屋上に備蓄してある。建物は、震度6強まで耐える。
「私たちは、どこにも行きません。ここでお世話を続けます」

医師は、週2回来る。母の主治医は、その医師になる。
毎日の注射治療はできない。インシュリン注射の方、胃ろうの方の入所も断っている。

家族の希望があれば、看取りをする。
症状が進むに連れて家族の気持ちも揺れるので、何度も話し合いを重ねる。
ここでは、週2回の点滴と酸素、鼻からの経管栄養に限ってできる。
それで対応できなければ、入院になる。

15年程前までは、多くの方がここで亡くなった。
今は、医療事情が全く変わって、ここで亡くなる方は少ない。
「肺炎で入院すれば、ほとんどの方が胃ろうになって帰って来ます。まだ自分で歩けるのに胃ろうの方もいます。
急変したからと救急車を呼んで、”延命措置はしないで下さい”と言うと、”じゃあ何でここに連れて来た!”」と家族が怒られるんですよ。私も付き添って行って、何度も見ています。”命を救うことならいくらでもできる。でも死なすことはできない”と病院は言うんです。
意識があれば本人に”どうしますか”って訊くんですよ。生きたいか、死にたいかと本人に訊くんです。そう訊かれたら、誰だって生きたいって言いますよ。
家族の思いと医師の考え方は、大きく隔たっていることが多いんです。本当に難しい問題です」


風呂は、1人用、数人用など8種類あり、その人に合ったものを選べる。
寝たきりの人が入る機械浴(リフト浴)は、週2回。皮膚疾患や多汗の人は、週3回。医師の指示があれば毎日。

リハビリは、一人一人の利用者の状態に合わせて計画を立て、看護師とスタッフが、やっている。
理学療法士はいないので、リハビリの時間やリハビリの専門スタッフはいない。
訪問リハビリを外部から呼ぶことは問題ないが、主治医が保険のための意見書を書けるのは10人まで。既に10になっているので、保険は使えず、全額自己負担で呼ぶことになるのでかなりの高額になる。
(この人数制限については、制度上のルールではないと訪問リハビリの責任者から後日、電話で直接聞いた。)

家族会は、年2回。ランチを挟んで朝から午後2~3時まで。親睦も兼ねている。

ボランティアは、定期的に来ているのは2グループと少ないが、毎月色々な所から次々とは来ている。

レクは、日常的には、デイサービスほどではないが、行事は他の施設と比べても多い。
夏祭りは、地域を巻き込んだ大掛かりなもの。

今回たまたま1床空いた。○○さん(母)1人にしか声は掛けていない。
面接は、現時点で24時間医療が必要な状態ではないということを確認することが目的。
現在の主治医の診断書と推薦書が出れば、すぐにでも入れるが、診断書に1~2週間かかるケースもある。

「相談でしたら、電話でもどんなことでも私がお答えします。4階の担当ですから。以前は、介護スタッフでした。そうです。ケアマネの資格を取って、相談員になりました。
お母様の病状や様子が知りたいということであれば、私が、担当スタッフや看護師から詳しく訊いてご連絡します。いつでもお電話下さい」

注射治療と訪問リハビリのことに失望し、色々な面には安心し、複雑な想いで特養を後にした。


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名前不明。

6月の帰省2日目(2)特養を見に行く

明後日面接に来る予定の特別養護老人ホームに一人で行く。
郊外にあり、私の住む地域にはない大規模な施設だ。

面会家族のふりをして全階(4階建て)全フロアーを細かく見て回った。
(ルール違反は承知。施設は、解放されていて、自由に行き来でき、家族は、何時でも自由に訪問できると、以前もらった印刷物に書かれていたので、行っても大丈夫だと思った。)
壁の掲示物も残らず読み、写真も1枚1枚見た。
後日、職員に案内してもらう前に1人で丹念に見たかった。

ステージ付きの広いホールがあり、喫茶店があり、ボランティア研修室がある。
職員が作ったのか、ボランティアが作ったのか、簡単にはできない大掛かりな飾りが各フロアーにあった。
他の施設では、見たことがない。

職員は明るく、誰もが、私に気持ちよく挨拶してくれる。
歩ける利用者のグループからは、笑い声も聞こえる。
姿を隠して職員と利用者の会話を聞く。
心の通い合ったあたたかい会話だ。
スパイのような行動に、かなり後ろめたさもあったが、母のためにも自分のためにもどうしても確認しておきたかった。納得したかった。
声を掛けてくれた特養が、ここで良かったと思う。


帰宅して母の訪問リハビリの担当者と電話で話す。
「痛みを訴えるので座らせることもできない。実際に見に来て欲しい」と言われる。
父は、立ち聞きして、また怒っている。
母が少しも良くならないのは、いい加減なリハビリのせいだと言う。

「リハビリさえちゃんとやれば、絶対に車いすに乗れるようになる!大手術した後だって、ちゃんと歩けるようになったじゃないか!10人の医者に診せれば、10人言うことが違うんだ!治せる医者もいる!いい加減なやつばっかりじゃない!骨は治ったんだから、これからどんどん良くならなきゃおかしいじゃないか!」
「じゃあ、お父さんが連れてってよ!介護タクシー呼んで、ストレッチャーに乗せて、10軒の病院に連れてってよ!」と叫ぶ自分を想像しながら黙っていた。
父も辛いのだ。

父は、母を1度も1人で病院に連れて行ったことはない。
多分、何をどうすればいいのかわからないのだろう。
病院に連れて行くのは、(私の帰省時でない限り)常に妹だ。


その後、柔らかいイカを買って来てサラダを作る。
職員が、母にあればと言っていた食事用のベッド・テーブルもスーパーでもらった発砲スチロールで作る。
テーブルクロス代わりに、母のバンダナを巻いたら可愛くなった。

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カランコエだそうです。
(カランエコだっけ?コエンカラだっけ?と
色々検索しても出ず、1人で唸っていました。)

特養から電話が来る!

急展開だった。

グループホームでの生活が「限界」と職員から伝えられた妹は、急遽、新しい特養を訪ね歩き、既に申し込んである特養には、窮状を訴えた。
ある特養では、グループホームに意見書を書いてもらい提出するように言われた。
グループホームで十分な介護ができない理由を具体的に書かなければいけないようだ。

既に1年前に申し込んであるある特養からは「何がどうなるかわからないので、いつでも入所できる心構えでいるように」と言われたという。
順位を知りたいと切実に思うが、既に経験しているように、特養は、「(順位は)刻々と変わるものだから」と慎重な態度を取る。

運もある。
期待してぬか喜びするのは、辛い。
しかしその言葉に期待は、高まる。
その言葉の細かいニュアンスや真意はわからないにしても・・。


翌日。
その特養から妹に電話が入った。
母を面接したいという。
(面接は、近々入所できる人に対して、問題がないかどうかの確認のために行われる。)

2月には、入所順位約200番と言われた所だ。
その順位を聞いた時は、全身から力が抜けた。
2月の帰省で色々調べ、3月に入所を断った特養の担当者からも言われた。
「特養に入れるということは、宝くじに当たるようなものですよ。今、断れば、次はないですよ」

・・捨てる神あれば、拾う神あり・・。
天でも仏様でも神社でも、何でもいいから手を合わせて感謝したいと思った。
必死で頑張ってくれた妹と手を取り合い、飛び跳ねて喜びたかった。

面接は、来週。偶然、私の帰省中に予定が組まれた。


電話では、父も喜んでいた。
「立派なとこだぞ~」
(私も以前、妹と見学に行った。かなり規模の大きい特養だ。)
父は、実家から少し遠くなることなどは、まったく気にしていないようだった。
ひとまずほっとする。

入所前に、確認しておかなければいけない点を考えて、書き出す必要がある。
入所までまだ間があるとしたら、入浴のこともあらためて考えなければいけない。
(家族数人でグループホームへ行って入浴介助をする?
利用者と一緒に風呂に入る家族がいると、以前聞いた。)
前回のように父の行動が問題視されることは、もうないとは思うが・・。
(父が一人で母を連れ出すことは、不可能な身体状態になったから。)
時間が経つごとに、より多くのことが、頭をめぐっている。

P1020751.jpg
英語では、hydrangea。
ハイドレンジア(「水の器」が語源)

緊急の施設探し 保健師のアドバイス

去年、受診拒否をする父を病院に連れて行く時に相談にのってくれた保健師に電話で相談をした。(実家のある市の保健所・保険予防課勤務なので、今は、会いに行けない。)

  以下、保険師からのアドバイス。

確かに清拭(体を拭く)だけだと床ずれもできやすく、問題がある。
入浴は、衛生面だけでなく、血流を良くしたり、健康のために良い効果が多い。
グループホームは、元々重症の人のためにできていないので、手が届かない部分がある。

かと言って、すぐ入れてくれる特別養護老人ホーム(特養)などどこにもないので老人保健施設(老健)や老人病院を1つ1つ当たっていくしかない。
どちらもベッドが空いていれば、すぐ入れるが、今は、高齢者が多く、どこも一杯の状態が続いている。

グループホームで重症化して、そういう所に移った人が過去にもいるはずなので、どういう所に行ったか、グループホームに訊いてみて、まずそこから当たってみては?
グループホームによっては、同じ系列の老人病院があったりして、優先的に入れてもらえる。

グループホーム側も特養にすぐ入れないことは、よくわかっているはず。
「今、一生懸命次の所を探しているので、次が見つかるまでは、お願いします」と頼んでいれば、グループホームも理解し、「すぐ出て行って欲しい」ということは言わないはず。

老人保健施設(老健)は、元々自宅に帰るためのリハビリ施設だったが、今は、特養に入るまでの間、待機する狭間の施設として利用している人も結構いる。

寝たきりでも3ヶ月で退院させられる普通の病院とは違い、療養型病床(老人病院)なら、期間を気にせず長期(年単位)に居られる。
ただ、ある程度良い所は、費用がかなり高額(月数十万円)になるので経済的に可能かという問題が出てくる。
(注byしば:安い所は、家族が『こんな所にだけは、入れたくない』と思うような所だと聞いている。)
どこも空いてさえいれば入れるが、最近は、一杯になっている。
問題行動(暴力をふるう、大声を出す等)があると断られるが、認知症で多少困った行動がある位なら受け入れてくれる。

いずれにしても特養に入ることができれば、それが一番良い。
特養に直接足を運んで、窮状を理解してもらうという手もある。
介護認定で要介護5が出て、グループホームでも看られない、御主人もピック病で自宅介護できないとなれば、特養入所の順番は、格段に高くなるはず。


 医療保険を使った訪問看護サービスを制度上は問題なく受けられると言われているが、
 グループホーム側が、無理だと言い続けている理由を訊いた。

施設側の理由は、色々あると思うが、よく聞くのは、グループホームの担当医師が、他の医師の指示で訪問看護が入ることを嫌がるということ。
もちろん色々な医師がいるが、「もう歳なんだからしょうがない」と、家族が求める治療やリハビリを認めない担当医師がいるという話は、過去にも何度も聞いたことがある。
それが理由で、グループホームを出て行ったという話も聞いた。
グループホームには、他の施設にはない難しさがあるようだ。

P1020736.jpg
紫露草(むらさきつゆくさ)
放射能に反応するとネットに書いてあり驚く。
本当?

グループホームに居られない

状況は、突然、変化した。
全介助となった母は、グループホームから出て行くことを職員から勧められるようになった。
その方が、母のためになるからと。

先月までは考えもしなかったことだ。

グループホームには、寝たきりの人を風呂に入れる設備はなく、母は、清拭(せいしき。ベッド上で体を拭く。)のみで2ヶ月を過ごした。
「清拭で衛生を保つのは、もう限界」と妹は、職員から言われた。

寝たきりになった時の入浴はどうなるのかと、2月に施設長に確認したが、その時には、「2ヶ月で限界になる」とは言われなかった。
「まだ何年も先のことですし・・。大丈夫です」と言われた記憶がある。
(私の記憶が間違っていなければ。)

既に特別養護老人ホーム(特養)には、いくつも申し込みをしてあるが、さらに申し込みを増やすよう職員に言われ、妹が、奔走してくれている。
妹は、風呂に入れてもらえるグループホームも見つけた。

私は、在宅なら受けられる移動入浴サービスをグループホームで受けられないかを調べたが、「在宅サービスと施設サービスの併用はできないので、不可能だ」と、実家のある市の保健師から言われた。

去年の8月と同じように、再び、突然、母の行き先(施設)探しが始まろうとは・・。

妹からその話を聞いた瞬間から、無力感が全身に広がっていった。
「なぜこんなことになってしまったのか?」
考えても答えがないとわかっている問いが、沸々と沸き続けた。
「なぜ私は、こんなになるまで何もできなかったのだろう?」
百害あって一利もないと知り尽くしている自責が、押さえても押さえても頭をもたげた。

「答えはない!!」「自責は無意味だ!!」
振り払っても振り払っても、それは、梅雨の湿気のように全身にからまりついた。

けれども追い詰められた気分は、数日間で、薄れていった。
考えていても母を救うことはできない。
去年の8月と同じように、姉妹で協力し、とにかく動くしかない。


P1020745.jpg
額紫陽花(がくあじさい)

追記/グループホームにパソコン

2011年4月15日の日本経済新聞夕刊に載っていた「津波の映像を繰り返しみることの危険性」をこのブログの過去の記事に<追記>として簡単に書き加えました。

今日、通りがかりに見た隣の町のマンホールの写真を過去の記事の中に加えました。
浦安市ではありませんが、液状化で、1mほど持ち上がっています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今月下旬に帰省するので、母への土産を作っています。
手元にある動物の写真をカラーコピーした写真集です。
(我が家のプリンターは、故障中。)

母も私も動物が、とても好きです。
『あぁ、これは可愛い。これは面白い』と思った雑誌等の写真は、捨てられずにとってあります。
動物の絵葉書も気に入ると買わずにはいられません。
意識したことはなかったのですが、考えてみると30年近く集め続けてきました。

母は、見ればきっと微笑むと思います。
問題は、白内障の目でちゃんと見えるのかどうかです。
妹を私と違えるというのも、よく見えないからかも知れません。

このアルバムは、グループホームの共有スペースに置いて頂いて、皆さんに自由に楽しんで頂けたらと思っています。

それにしても、グループホームにパソコンさえあればとコピーした写真をハサミで切りながら思いました。
そうです!
特養でもどんな施設でもパソコンがあれば、どんなに利用者が楽しめるでしょう。

花や動物の写真をスライドショーにして楽しむこともできます。
YouTubeで昔懐かしい映像も音楽も大笑いできる映像も楽しめます。
スカイプで家族の顔を見ながら会話すらできます。無料で。
もちろん職員の調べものにも使えます。
会話の中でどうしても思い出せない有名人や物や場所なども画像を出して、「ほら~、これよ」と確認することもできます。

施設にパソコン。必須だとは思いませんか?
それとも以前のリハビリの話のように、私が知らないだけで、もう既にどこにでもあるのでしょうか?

P1020181.jpg
ミッキーマウスという品種のチューリップ
名前は、この花を育てた方から聞きました。




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tag : グループホーム 特養

帰省4日目(3)グループホームのケアマネと初面談

グループホームに戻って母はトイレに直行。
職員「(リハビリパンツは)濡れてませんでしたよ」

見たことのない女性が、一人ひとりに声を掛けて回っている。
市の介護相談員で、毎月1回来るそうだ。
相談なら家族の方が、ニーズがありそうに思うが、私には何も話し掛けずに帰って行く。

絵の得意な利用者が、ひな祭りイベント用の紙芝居を集中して描いている。
ここに初めて来た時「へい、らっしゃい!」と言ってくれた男性だ。
私「凄いね~!上手いね~!プロみたい!」
母「そんなのみんな知ってるよ。知らないのは、あんただけ」


ケアマネと施設長と3人で母の部屋に入って面談をする。

母の介護度が上がった時、グループホームでの介護がどうなるのか、再び確認する。
施設長と同じ答えが返ってくる。

先月、リハビリの担当者からリハビリの目標を定めて欲しいと言われたが、家族だけで決定できることなのか、ケアプランはどう作られるのかと訊く。
ケアマネ「ケアプランは、職員の一人が担当しています。何か要望があればその職員に伝
     えて下さい。家族の希望をリハビリ担当者に直接伝えることは、別に問題ない
     ですよ」

毎週父が自宅に連れ帰るが、バリアフリーではないので、トイレに行く時、支えられて2メートル程歩く必要がある。それさえでき続ければと家族は考えていると話す。
ケアマネも施設長(前施設長は入所前に自宅を見ている。)も驚く。
ケアマネ「そんなニーズがあるとは、想像もしませんでした。そこまで具体的な目標があ
     るのなら、それをそのままリハビリの担当者に伝えるのが良いんじゃないでし
     ょうか。とてもわかりやすいし」
施設長 「ここでもトイレの数メートル前で車椅子から下りて頂いて、手引きで歩くとい
     うこともできるかも知れませんね」

試験的にデイサービスに参加する活動を始めたと妹から聞いたが、母の参加は可能か訊く。
ケアマネ「送迎のハイエースに車椅子なしで乗り込むことさえできれば大丈夫です。
     車椅子ごと乗る装置がないんです。向こうに着けば車椅子で居られます。それ
     もリハビリの担当者に伝えてみたらどうですか」
施設長 「月1回ですが、○○さん(母)ならきっと楽しめると思いますよ」
私もそう思うが、車のステップを登ることは、母には相当高いハードルだ。

母に何かできる仕事はないだろうかと訊く。
ケアマネ「趣味は何でしたか?」
私   「去年までしていたのは、絵手紙ですが・・」
施設長 「それをしてみましょう」

色々な相談は、今後ケアマネにすればいいのかと確認する。
在宅のケアマネと施設のケアマネは、違うので、相談は、施設長にと言われる。
施設によっても違うのだろうが、いつでもどんな相談にも乗ってくれた在宅のケアマネが、今更ながら神様のように思えた。

帰省3日目(3)特養の利用者の表情

面談の後、見学を希望すると認知症フロアーを案内してくれる。
去年の夏にも見学に来たが、建物がきれいだということ以外、あまり印象がない。
あれは、何時だったのだろう。
フロアーには、人はまばらで、職員の対応も観察できなかった。

今回は2時頃。フロアーには、20人以上の利用者が居た。
介護度の重さ別にユニットが2つに分かれている。

全神経を集中して利用者全員、職員全員の表情を見た。
笑っている人がいない。穏やかな表情の利用者もいない。
無表情か、暗い表情、険しい表情。
職員は、多くがマスクをしているので表情がわからないが、利用者への明るい声掛けが聞かれなかった。
案内してくれる相談員も、案内中ということはあるが、利用者の誰にも声を掛けず、利用者の誰からも話し掛けられない。


私が以前、短い間だが働いていた特別養護老人ホームは、建物も古く、サービス向上に努める雰囲気も特にない所だった。
理事長からの通達は、「経費削減のため、手ふきペーパーは1日1枚」などというものだけだった。
それでも心ある職員は、利用者と接する時、必ず笑顔だった。
「○○さ~ん。調子どうですか?」「わ~!○○さん、その服、素敵!」など、利用者に明るい声を掛けながら歩いていた。
評価とか給料とかには、まったく関係ない。
利用者との心のふれあいを彼ら自身が、何よりも楽しみにしていただけだ。
多くの利用者もそんな何気ない会話を楽しみ、嬉しそうに微笑んでいた。


フロアーを見て回った後、座ったまま入ることのできる風呂を見せられる。
寝たまま入る風呂は、使用中ということで見なかった。
これがグループホームにあれば・・・。

午前中には、ボランティアによる喫茶コーナーが運営され、一杯百円でコーヒーが楽しめるという。
妹は、コーヒー好きの母が喜ぶと言っていた。
しかし父は、コーヒーを飲まないし、2人でテーブルを挟んで向かい合ったところで、会話にならないだろう。

帰り道。私は、もう迷ってはいなかった。
けれども翌日、グループホームのケアマネと会う約束をしてあったので、最終結論は、そこで出せばいいと思った。
見落としや思いがけない落とし穴がないよう、確認しなければ。
家族一人ひとりの意見も違っているので、それぞれを尊重しながら慎重に進めなければいけない。

帰省3日目(2)特養での面談

母の入所の順番が来たという特別養護老人ホームに面談に行く。

入所するのかしないのかの返事が欲しいと最初に言われる。
「まだ決められずにいます。どこに居ることが母にとって一番幸せなのか、検討中です」
ありのままに答える。

相談員は、電話でも何度も繰り返した「リハビリができない理由」を再び話し始める。
「私と妹はリハビリにこだわっていません。リハビリをどうしても続けたいと希望しているのは、母と父です」
正確には、『妹はこだわっていないが、私は、もうこれ以上何を言っても、リハビリをしないという施設の方針は変わらないのだろうと諦めた』。
(2月初旬までは、理事長とこの特養のかかりつけ医を説得してリハビリをしてもらうことを考えていた。)
リハビリに対する施設の考え方は、利用者のQOL(生活の質)に対する考え方、姿勢を示すものだと私は考えている。
私「リハビリで歩けるようになって、自宅介護をと真剣に考えている両親をどう説得するのかは、難しい問題です」

その後、私から色々な質問をする。
終末期の特養でのケアについては既に電話で訊いている。「特養C」がこの特養)


Q 特養に入ったら主治医は、この特養の主治医に変えなければいけないのか。
A 無理に変える必要はない。ただこの○○市にはレビーの専門医が一人もいないので、誰が診ても変わりはないと思う。

Q 4人部屋に入ると聞いているが、母は同室の人の眠りを妨げるはずだし、その逆もあるのではないか。
A 4人部屋は、既に他の方の入所が決まったので、次に空くのが、どんな部屋かはわからない。

Q 母は、何か仕事がしたいと言っているが、そういう活動はあるだろうか。
A 洗濯物をたたむ仕事は、希望者にしてもらっている。中にはお皿を洗う人も居る。

Q 娯楽活動のようなものには、何があるか。
A 定期的に書道ができる。他には特にないが、その日、着る服を一緒に選んだりするのも娯楽の一種と考える。

Q 認知症のフロアーに入って、母が会話を楽しんだりできるだろうか。
A 会話はできると思う。雰囲気は、メンバーによって変わる。○○さん(母)が入れば明るくなるだろう。

Q 母は、お茶をあまり飲まず、スティック式のコーヒーを飲んでいるが、それは可能か。
A 勿論可能。できる限り自宅に居るのと同じ生活ができるように最善を尽くしている。

Q 現在、サプリメントを飲んでいるが、問題ないか。
A 医師の許可が必要になる。許可が出なければやめてもらう。

Q 日中もベッドで過ごしている方の割合は?
A 胃ろうの方でも1日1度は、リクライニング式の車椅子でフロアー(共有空間)に来てもらったりする。朝から晩までベッドで過ごす人は、いない。

Q 妹や私が付けば、母の外出、外泊は可能になるか。
A お父様が事故を起こす可能性が高いということを知っていながら、外出や外泊を許可する訳にはいかないことを理解して欲しい。死亡事故が起これば、施設も責任を問われる。
娘さんが、必ず運転し、同行するということであれば、何の問題もない。
リハビリをしないことと、この点だけは、ご両親を説得して約束して欲しい。

私「両親共認知症なので、それが一番難しいんです」
相談員「完全に理解しなくても半分の理解でいいんです。とにかく約束さえして頂けたら入れます」


追記:この記事のコメントに施設での音楽療法や様々な娯楽についての有益な情報などがあります。

帰省1日目(2)グループホームでの終末期ケア

時間をさかのぼる。
母と話をする前、施設長と職員の○○さんと話をした。

「(受診のための)病状については、○○(職員)から説明をしますので」
と言って帰ろうとする施設長(先月着任。)を引き止めて話しをした。
(先月「会ってお話ししたい」と手紙を出したら身構えられたので、今回は、敢えてこうした。)

特別養護老人ホームから順番が次だという連絡があったこと、どうすべきか悩んでいることを伝える。
重症化した時のグループホームでの介護がどうなるのか1つ1つ質問する。

☆食事は、介護食(きざみ食、とろみ食、ミキサー食)の対応ができるが、食べられなく
 なった時や胃ろうになった場合は、郊外の提携病院に優先的に入院することになる。
☆グループホームに看護士はいないので、医療が必要になれば入院せざるを得ない。
☆風呂は、座ったままシャワーとなり、職員2~3人がかりで湯船に入れるということ
 まではできない。
☆ベッドで全身清拭(せいしき)をすることはできる。
☆特養(看護士常駐。機械浴有り)ほどには、十分なケアができない部分はあるが、
 ○○(母)さんがここに居たいということであれば、要介護5になってもできる限りの
 ことは、精一杯したいと思っている。
(要介護5は、寝たきり、意思の疎通も難しい状態。)
☆介護度が重くなってきたので出て行って下さいと言うことは絶対にない。
☆何か問題があれば、その時、その時で相談してよりよい方法を探っていくこともできる。

「1日中何もしないことが辛い、仕事がしたい」と言っている母に、何かできることはないか相談する。
☆お皿拭きなどは、する人が既に決まっていて、それを○○さん(母)にもということが、中々難しい状態にある。
洗濯物をたたむ仕事はやってもらっているが、他にも考えてみる。

ケアマネとも一度会って話したいと伝えると、週2日来るので、火曜日に面談するように手配すると言われる。

歩けないことを理由に入所を断られたグループホームも複数あったのに(’10年8月)、要介護5でも看ると言ってもらえることは、本当に有り難い、信じられないようなことだと思う。
しかし持病(甲状腺、肝臓)がいくつもあり、骨もボロボロだと言われている母が、最晩年を過ごす場所は、間違いなく(母の大嫌いな)病院なのだろうとも思い、気持ちが軽くなることはなかった。


職員の○○さんから母の症状について説明がある。

波はあるが、ここの生活に慣れ、大体は落ち着いてる。
夜は、たまに叫ぶ時がある。
一晩眠ることは、滅多になく、1~2時間置きには、人を呼ぶ。
夜中、一人でずっと独り言を言っていることも多い。
調子の良い時は、冗談を言っては、皆を笑わせてくれる。
悪い時は、体の傾きがひどく、言葉もあまり出ない。
泣いたり、怒ったりすることはない。
抑うつ症状もほとんどないと思う。
食欲は、とてもあり、誤嚥(えん)もない。
以前は軟便だったが、最近は、良い便になっている。

ここまで話していると、遠くに居た母が言う。
「先生(職員)は忙しいのに、そんなにいつまでも話してたら迷惑だよ~」

職員「○○さん(母)は、ああやっていつも私たちに細やかに気を使ってくれるんです
   よ~。本当に優しい人で・・。ただどうしてかわからないんですけど、(私
   たちを)先生って呼ぶんですよねぇ(苦笑)」
○○さんは、母の肩を抱いて「もう終わったからね~」と微笑んでくれる。
母もうっすら微笑んでいる。
以前からだが、この人は、母を愛してくれていると思う。
この人に日常的に介護してもらえるだけで、幸せだと思う。

母は、2つの顔を持っている。
人間は、誰でもそうなのだろう。
症状も1つにまとめることは、できないのだと思う。
主治医に対しても「施設ではこうですが、家族にはこうです」と言う以外ない。
それでいいのだろうと初めて思った。
どちらかが本当なのではなく、どちらも本当なのだから。

「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」に相談

今、順番の来た特養に入るべきなのか、グループホームに残るべきなのかという選択を迫られている。

以前から頼りにしている「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」にメールで相談させて頂いた。
お二人の方から親身なお返事を頂き、高まっていた不安が、徐々に解消されてきた。

次回帰省時に、特養とグループホームに行き、じっくり相談する予定でいる。
以下(青字)は、お二人の長いメールから要点のみを書き出したもの。(文責しば)
施設選びについては、多くの方の参考になると思うので、おしゃべり会の許可を得て記載させて頂く。


今、穏やかに生活できているなら、今回の特養入所は必要ないのではと思う。
入所順位は、重症化など介護状況により一気に上がる。(場合によっては、療養病床になることもある。)

本来は、ここにケアマネが入り、家庭の事情を施設にしっかり伝えておくべき状況。

家族は、各特養に行き、相談することが大切。
電話や一度の面接だけで諦めない。
受け入れ体制(条件)、環境、医療の問題、家族はどこまで譲歩できるかを確認する。
数か所見て回るだけでも、施設の雰囲気や職員の対応は様々で、そこから見えてくるものがある。
重介護の方が多い所など特養の雰囲気によっては、レビー患者(状況が掴める)には、合わない場合も。

グループホームで、重症化した時、医療の問題が起こった時、今までは、どうしていたかのか訊くこと。
グループホーム側の意見も確認し、家族の意見もまとめる。

母の担当ケアマネは、グループホームに入所した時点でグループホーム付きのケアマネに変わると言われていた。
けれども家族も私も新しい母のケアマネに一度も会ったことがなかった。
恥ずかしいことに、名前すら知らない。
次回の帰省では、母のケアマネにも会わなくてはいけない。

最期に、はっと目を開かれた部分を原文のまま。

「お母さんの幸せは、特養に作られるものではありません。
家族の思いが、お母さんに伝われば幸せは続くし、
特養は最低限の基本生活を快適、清潔に過ごさせてくれる環境を
提供してくれる場所と考えていたほうが、安心です。
だけど、そこにスタッフのやわらかな心があれば最高なので、
そのスタッフを作って行くのも家族や利用者やケアマネや、いろんな
人のエッセンスが必要だと思います。
だからこそ、対面の交流が必要だと思っています。」





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特養の入所順位はどう決まるか

母の入所申し込みをしてある他の2つの特養にリハビリや終末期医療のことを問い合わせた時、入所順位についても訊ねていた。

1。「現在は、200番前後です。在宅の方が優先になりますから、グループホームに入っていらっしゃると、どうしてもその後ということになります」

2。「順番はお伝えしないことになっています。申し込みは毎日あり、順番は毎日変わります。緊急度の高い方が優先されますので、一度お伝えした順番が下がることはあっても上がることは、まずありません。お伝えしたことで、がっかりされるご家族がいらっしゃるので・・。
在宅かグループホームなどの施設に居るかということは関係ありません。条件は同じです」


順番を教えないという特養に再び電話をして、事情を話し、順番を教えて欲しいとお願いした。
そこに入所の可能性があるのなら、順番が来たと連絡のあった特養は断って、そこに入所できる日を待ちたいと伝えた。
決まりだからと繰り返し断られたが、最後には受け入れられた。
「入所順位の担当者は、別なんです。明日、来ますので、明日、お電話頂けますか」


入所順位の担当者は、順位が毎日激しく変わるものだと何度も強調した後で、今、現在の順位は、180~220番のランクの中だと教えてくれた。
私 「ということは、何年待っても入れる可能性は低いということですね?」
特養「状況はどんどん変わるので、こればかりは何とも言えません」
私 「入所の基準は、施設ごとに違うんでしょうか?」
特養「県内は、すべて一緒です。点数制です。」
私 「グループホームに入っていると順位は下がりますか?」
特養「そういうことはありません。自宅も施設も同じです」
私 「自宅と施設では違うと他の特養からは言われたんですが、どういう基準で・・」
特養「詳しくは言えないんです。悪用して操作する人が出ても困りますし」

基準は同じでも、入所希望者にどういう人が多いか等によって、特養ごとに順位が大きく違うということはありえると説明される。
特養間で話し合って、順位を調整することもないという。

特養「どこに入れるか、入れないかは、全く予想が付かないので、とにかく一番最初に声がかかった所に行くようにと、私たちはいつも勧めているんです。でないとどこにも入れないということが、実際に起きます。
こちらの方が良いからと待ったとしても、そこに入れるかどうかは、まったく予測できないですから。
仰る通り、特養間の移動は、不可能です。制度上はできるんですが、それを始めたら収集がつかなくなりますから。1度入ったら他には移れないと思って下さい」

順番が来たという特養には、入所を躊躇するいくつかの点があると説明する。
特養「外泊を許可しないというのは・・ちょっとよくわかりませんが・・」
私 「父も認知症なので、危険性が高いという判断からだと思います。確かに危険なんですが、父も母もそれを何よりも楽しみにしているので・・」
特養「確かに施設にも責任がありますからね。危険を知りながら許したとなると責任を問われるでしょう。週末に自宅に泊まらせる時、娘さんが、必ず一緒に付くなどして安全を確保すれば、許可されるんじゃないでしょうか?」

私「今、次々と出来ているという新しい小規模特養に申し込みをすることをケアマネから勧められましたが、そこに申し込んでもやはり200番位になるでしょうか?」
特養「全く予測できません。運良くポンと入れてしまうということも場合によっては有り得るでしょうし、人気があって入居希望者が殺到して何年待っても入れないということも十分あります。実際に申し込みをしてみなければ、本当にわからないんです」

親切に細かく教えて頂いたことに心から感謝した。




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4月に特養に入るための条件

特養のリハビリについてあちこちに電話をしていた2月2日、妹から連絡が入る。
順番が近付いてきたと母を面接した特養から電話があったという。
妹「4月に4人部屋なら入所できるって。健康診断書と医師の紹介状を準備して下さいって」

「母は、夜、眠らないし、大きな声を出したりするので同室の人に迷惑をかける」と妹が伝えると、「そんな人ばかりなので心配いらない。個室が空いた時、個室に移れば良い」との答え。
「特養に入るということは、宝くじに当たるようなもの。この機会を逃せば、もう次の機会は来ない」とも言われたという。
「沢山の特養を見学して回って、ここが一番清潔で明るい感じだった」という妹は、リハビリを捨てても是非ここに入れたいという。
妹「評判も良いって聞いたし、担当者も明るい良い人だし・・」

しかし私には、疑問がいくつもあり、入所を即決する気持ちにはなれなかった。
その後、1週間、私と妹は、何度もこの特養に電話をした。
説明され、明確になったのは、以下のことだ。


*4月にこの施設が増設されるため、まとまった人数の入所希望者が一度に入所できる。

*母は、ショートステイにこの特養を利用していたこともあり、今回は、幸運にも順番が来たが、今、断る(先延ばしにする)と入所順位が大きく変わり(グループホームで何の問題もなく満足しているということで)もう入所の機会はなくなると思われる。

*リハビリに関しては、訪問リハビリも施設外(自宅や病院等)でリハビリを受けることも無理。
介護保険を使ったリハビリはできないし、今、医療保険で受けていると言うが、それも無理。
他の家族で、やはりリハビリを受けさせたいという希望があったので県の福祉担当者と話したが、主治医が認めないだろうから保険も認められないだろうという回答だった。その家族にもお断りした。

*○○さん(母)も面接の時「歩けるようになって家に帰りたい」としっかり意思表示していたし、お父さんもそういう希望を持っているなら、しっかり2人を説得して納得させてもらわなければ入所はできない。

*入所後は、お父さんが、○○さん(母)を自宅で入浴させたり、泊まらせることを許可することはできない。
事故の可能性が高く、責任問題が出て来るため。

*健康診断書を提出した人から入所が決まる。妹さんからの健康診断書の提出が遅れているために、既に下の順番だった人が繰り上がって入所決定になっている。それによって入所予定時期がどうなるかは、何とも言えない。入所を希望するなら提出を早くして欲しい。
(妹は、そういう説明は受けていなかったと言う。)


妹「家にはもう帰れないなんて、お母さんには言えない。お父さんが、納得する訳がない。お父さんに何て話す?」
父に状況を話すことと結論を出すことは、もう少し待つように妹に伝える。
選択肢を減らさないために、健康診断書だけは、早めに出しておくことを頼んだ。
他にどんな可能性があるのか、もう少し調べてみなければいけない。

特養でリハビリを続けられるか

母は、現在続けている訪問リハビリによって歩けるようになり、施設ではなく自宅に帰って生活したいと何より強く願っている。
そう毎日訴えられる父も母の願いを叶えたいと真剣に考えている。
父「お母さんが一人で歩いてトイレに行ける位になれば、俺は、仕事(自営業)を辞めて、家で面倒を看てもいいと思ってる。お母さんは歩けるようになる」

しかし入所の順番が近付いてきたと連絡のあった特養(特別養護老人ホーム)の担当者は、「トイレに行く時に立つなどの生活リハビリはしますが、それ以上のリハビリはありません。入所の前にご両親を納得させて下さい」と言う。

1月下旬の帰省の目的の1つには、両親の説得があった。
もう歩けるはずがないことを両親にわからせ、諦めさせようとした。

しかし両親と何度も話した結果、説得は、不可能とわかった。
認知症の父に母の自宅介護を任せることはできないという私と妹の気持ちに変わりはない。
ただ、歩けなかった母が、突然歩くのを見て、リハビリをどうするかの判断は、より難しくなった。
(注:母は、いつでも歩けるわけではない。立つことも難しい時もある。)


まず他の特養でのリハビリの扱いがどうなっているのか、確認しなくてはいけない。
以前、このブログに特養のリハビリの問題を書いた時、リハビリを行っている特養に家族が居る方は、リハビリがあるのが当たり前と考え、そうでない特養しか知らなかった私は、そんな特養があることに驚いていた。
全国で何%の特養が、リハビリを積極的に行っているのかは、調べてもわからなかった。

自宅に戻ってから、母が申し込みをしてある他の2つの特養の担当者とケアマネ3人に電話をしてリハビリのこと等を質問した。

1。特養Aの回答
「リハビリは、皆さん、やってます。理学療法士や作業療法士もいますし、訪問リハビリをご希望なら勿論それを受けることもできます」

2。特養Bの回答
「理学療法士や作業療法士はいませんので、全体で特別なリハビリをすることはありません。ラジオ体操とか、その程度です。訪問リハビリを受けている方は、何人もいらっしゃいます。問題なく受けられますよ」

3。東京都でケアマネをしている友人の回答(メール)
「特養の担当者に問い合わせたら、訪問リハビリは、在宅での介護保険のサービスのため、施設入所後は利用できないとの話。但し、特養にも理学療法士や作業療法士がいるので、必要に応じて個別の計画を立ててリハビリは実施しているとの説明。訪問リハビリが無理なら他の方法を考えてみたら」

4。母の元担当ケアマネの回答
「それは施設の方針でしょうから、○○(母の入所できるという特養)でリハビリを導入させるのは、かなり難しいと思います。○○のトップと話しても○○の担当医と話したとしても簡単には変わらないと思いますよ。
入所を先延ばしすることは、勿論できます。”今は、落ち着いているので”とすぐには入所せず、もっと先に入るというのも選択としては良いと思います。問題ないですよ。
今、新しい小規模特養が次々とできているんです。全室個室で値段も良いですが、ケアも手厚いし、リハビリにも積極的だと思います。そういう所を当たってみるのはどうですか?」

5。母のもう1人の元担当ケアマネの回答
「○○は、リハビリをしないんですか?!特養はどこでもやってるものと思ってました。リハビリをすれば介護する方も楽になるのに・・。どうしてしないんでしょう?不思議ですよね。私もちょっと調べてみます」
入所の先延ばしは問題ない。新しい特養にも申し込みをと言われる。

特養によって言うことが違うということがわかる。
これを踏まえて、母の入所が近付いたという特養に電話をした。

「認知症と長寿社会」(講談社現代新書)

「認知症と長寿社会」(信濃毎日新聞取材班著。講談社現代新書)を読んだ。
日経新聞の書評欄(2011年1月9日)を見て知った。
新聞協会賞(編集部門)、日本ジャーナリスト会議賞、ファイザー医学記事賞大賞、日本認知症ケア学会・読売認知症ケア賞特別賞の4賞を受賞したルポルタージュ(2010年1月~6月まで信濃毎日新聞に掲載)。

期待が大き過ぎたせいか、新しく知れたことは少ないという印象。
しかし家族に認知症患者が居ない人が読めば、患者、家族、近所の人、施設職員、、ケアマネ、ボランティア、医師、看護婦ら大勢の語る言葉に驚愕し、心を揺さぶられ、深く考えさせられ、涙するだろう。

「認知症の人は気楽でいいわよねぇ。本人は何にもわかんないんだから」
という誤解がまだまだまかり通っている中では、この本は、必読書かも知れない。
認知症患者の家族にとっては、身につまされる箇所、深く共感できる箇所、涙する箇所があるだろう。

本の中で私が特に目を引かれたのは、3カ所。
1.「認知症短期集中リハビリテーション」(P140)。
週3日作業療法士らと1対1で20分以上、新聞の音読や計算ドリル、歌などのリハビリをする。
認知機能や意欲の向上、暴言などの症状に「薬物療法に近いほどの効果」(国立長寿医療研究センター病院長談)が見られたという。
しかしそれを受けられるのは3ヶ月のみと厚生労働省が決めている。

2.認知症患者や知的障害者や障害児などが集う「共生型施設」(P224)。
母が最近「お世話になりたい」と言っているデイサービスは、託児所と併設しているが、施設長は知的障害者も一緒に生活できる場を目指して努力を続けている。
開設当初からそのために「何度も何度も市役所にお願いに行ったが、許可はついに下りなかった」と施設長は言った。

知的障害者は、ストレスを受けるとパニックを起こして叫んだり怒鳴ったりするので、知的障害者を知らない人は身の危険を感じたりして恐れる。(兄との体験で知っている)
けれども知的障害者が人に危害を加える可能性は、世間一般の人が傷害事件を起こす可能性よりも遥かに低いだろうと思う。
少なくとも兄が人に暴力をふるったことはない。
大江健三郎(長男が知的障害者)も書いているが、知的障害を持っている人には、人の心を癒す魔法の力のようなものがある。
それは「心が純真だから」の一言では表せない本当に不思議な、奥深い、魂の持つパワーだと感じている。
そのパワーが、認知症患者にとっても良い効果を生むということは十分理解できる。

3.「週1回の話し相手、有償ボランティア」(P229)
1時間900~1200円の利用料で見守り、話し相手、外出の付き添いなどのサービスが受けられるシステムだ。
こうしたことには、多くの場合、介護保険が適応されない。
しかし必要性を痛切に感じる。





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しば



オムツなし・パワーリハビリ実践の特養

母が入る予定の特別養護老人ホームでは、特別な(個別の)リハビリテーションはない。
見学に行った他の特養にもなかったし、私が以前、短期間働いていた特養にもなかった。
そのため特養には、生活リハビリ(トイレで立たせる等)はあっても本格的なリハビリはないのだと思っていた。
けれどもそうではない特養もあるのだということを知った。
(全国で何%の特養が、リハビリに積極的なのかは、わからない。)

世田谷区立の特養「きたざわ苑」では、スポーツジムにあるようなトレーニングマシーン6台を使ったパワーリハビリテーションを実践している。

母がそうであったように、毎日座らせてばかりいて歩かせずにいると、あっと言う間に膝関節が固まって伸びなくなる。歩けなくなる。
筋肉は、使わなければ、急速に消えていく。
立てなくなれば、トイレも使えない。
車椅子に座っている筋力もなくなれば、寝たきりだ。
人間らしい生活を維持していくために筋力トレーニングは、とても重要だと思う。
特別養護老人ホームでのリハビリが、全国で当たり前のように行われて欲しい。

パワーリハビリをしている「きたざわ苑」では、驚くべき自立支援介護の実践もしている。→<きたざわ苑公式サイト

平成21年1月には、入所者百名全員が日中おむつを使わないという偉業を達成した。

これは、特養で働いたことのある私には、<奇跡>のように思える。
「お金がない。人手が足りない。時間も足りない。だから出来ないのは仕方がない。
もっと人手があれば、もっと細やかなケアができるのに・・」
職員の誰もが、そう思いながら、多くのことを完全に諦めていた。

「たきざわ苑」では、どんな重度の利用者でも入所した日からおむつを外すという。
夜間帯もおむつを外すこと、リハビリパンツから布パンツに切り替えること、下剤や向精神薬を廃止することなどにも取り組んでいる。

母は、毎日下剤を飲み(長年してきたことではあるが。)向精神薬(セロクエル)を飲んでいる。
セロクエルは一度は中止したが、グループホーム職員の強い勧めがあり再開した。
しかし再開しても状況は何も変わっていない。
母は、夜、ほとんど眠らず、よく抑うつ状態になっている。

深く考えさせられる。



特養に入るための条件

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グループホームでの飲み物

(昨日に引き続き、「施設の難しさ」その2)

母は、昔からだが、水分をほとんど取らない。
40年近く前に橋本病(甲状腺の機能が落ちる病気)になって以来、夏でも汗をかかず、まったく喉が渇かないと言う。

グループホームでは、食事の時、おやつの時にお茶が出されるが、母は、いつも残す。
水分を十分取ることは、熱中症などの予防以外にも幻視(幻覚)や妄想、認知能力の低下を防ぐためにも大切なのだそうだ。(「レビー小体型認知症の介護がわかるガイドブック」小阪憲司・羽田野政治著。P80より)

「お母さん、家では何を飲まれてましたか?」
まだ暑かった頃、一人の職員に訊かれた。
「コーヒーとか、コーラとか・・」
と答えながら、母にだけ手間のかかるコーヒーだのコーラだのを出してくれとは言えないだろうと思っていた。
以前、特別養護老人ホームで少し働いた時も皆、同じお茶(嚥下障害のある人は、とろみをつけたもの)を飲んでいた。他のものを飲んでいる人は一人もいなかった。
「コーヒーにこの位のミルクと砂糖を入れて飲ませて下さい」とは、とても言えなかった。

けれども先月、帰省すると母は、コーヒー牛乳をおいしそうに沢山飲んでいた。
妹が買ってきたものを冷蔵庫に保管し、母に出してくれていると知った。
個別に対応してくれるのだと知って、私もお湯を入れればカフェオレになるスティックを買って持って行った。

しかし先日、妹が母を訪ねると母は怒って言ったそうだ。
「こんなに寒いのに、毎日冷たいコーヒー牛乳ばっかり出すんだよ!」
母と職員のコミュニケーション不足を感じ、我々家族と職員のコミュニケーション不足も感じた。

施設にどこまで要求できるかという問題は、常に付いて回る。
職員によって、手間ひまを惜しまず、快く何でもしてくれる人もいる。
「大勢看ているんだから、そこまではできません」と最初から断る人もいる。
個人差は、思う以上に大きい。

それでも普段からなるべく職員とコミュニケーションを取り、労をねぎらい、感謝し、信頼関係を築くことが大切だろう。
その上で、普段の様子を細かく訊き、一緒に問題解決に向けて知恵を出し合うという形を取っていけば、職員も理不尽な要求(一方的なクレーム)を受けたとは感じないはずだ。
あきらめず、根気よく、要求は、伝え続けなくてはいけない。
職員にとっては、大勢の中の一人でも、こちらにとっては、世界に一人の大切な母なのだから。




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母の腕の湿疹

母の腕の乾燥と湿疹(数カ所)を私が見つけたのは、先月。
その湿疹が、腕中に広がっているのを妹が先週見つけた。
風呂上がりに乾燥予防の薬(クリーム)を付けようとした時だ。
妹は、すぐにグループホームの職員に伝え、その職員は、病院に連れて行くと言った。
その職員は、母を風呂に入れた職員に、「なぜ気が付かないか」と注意をした。

先日、妹が、別の職員に「病院には行きましたか?」と訊くと、湿疹のことは何も知らず、その時初めて見て驚いていた。
けれども「乾燥からこうなることもあるし、そんなにひどくもないので、病院に行く必要はないと思う」と言われ、妹もそれ以上は、何も言えなかったという。
確かに痛くも痒くもなく、母自身は気にしていない。

けれども家族としては、いったい何なのだろうと気になる。
単に皮膚の問題ならいいが、万一内蔵の異常から来ていたら恐いなと思ってしまう。
職員同士のコミュニケーション不全も気になる。
情報は、常に正確に共有されていて欲しい。

母の飲む薬も毎月「もう少ししか残っていません。次回の診察まで持ちません」と妹が連絡を受ける。
毎回しばらくすると「別の場所の別の箱の中にありました。色々な職員が扱うので」と説明される。
それもちょっと問題ではないかと妹も私もずっと気にしている。

些細なことと言えば、些細なことだ。
私も妹も母がとてもお世話になっていることを考えると、気軽にはものが言えない。
様子を見て、明らかに問題だと思わない限り・・。

施設には、入ってみなければわからないそういう難しさがある。


下は、母の腕の写真。あまり気持ちの良いものではないが、アップで見ないとわからないと思ったので、あえて拡大写真で。

湿疹


グループホームでのトラブル 特別養護老人ホーム

ある一人の職員に対する母の妄想と不機嫌は、ずっと気になっている。
母は、その職員とグループホーム入所当時からずっとそりが合わない。
記憶障害の目立たない母は、その職員が何を言い、何をしたかを詳しく話す。それが余りに詳細なので、私も妹も妄想が混じっているとしても何割か(かなりの部分)は事実だろうと思わずにはいられない。
例えば、入浴時に、「洗面器に熱湯と水を入れて、かき混ぜずに体にかけるの。だから、熱いっ!冷たいっ!熱いっ!冷たいっ!ってなるの」と母は言う。
母は、時々、入浴拒否をするようだが、それが原因ではないかと想像する。

妹は、私が帰省する前、「グループホーム側に話をしてみようか?」と言った。けれども私は、それが良い方向に向かうか、悪い方向に向かうかの予測ができず、とりあえず待つように伝えた。
母は、他の職員にも話をするだろうから、他の職員もきっと知っているはずだ。いずれ様子を見て、伝えるにしても、話す相手とタイミングを見なければならないし、言い方にもかなり気を付けなければいけない。
同時に、大勢の職員の中に1人位この仕事に向かない人がいても当たり前だろうという気持ちもあった。

妹が、先日(私の帰省後)施設長に「家族皆でレストランに行った日は、もの凄く機嫌が悪かったんですが、あんなこと、よくありますか?」と訊いた。
「一人、ちょっと言い方が悪い職員が居ましてね。相性っていうのもあるもんですからね~。何でもないことで、○○さん(母)の機嫌を損ねちゃってね。」
「母がすみません」
「いえいえ。認知症患者さんへの対応は分かってるはずなのに、できない職員が悪いんですよ。他の職員なら何でもないことなんですが・・」

しかし、私が、帰省を終えた後、妹が母の足の爪を切ろうとして、足にひどい水ぶくれが複数あるのを見つけた。
母は、何も訴えず、他の職員は、誰も気がつかなかったらしい。
妹は、火傷と確信した。しかし妹が、グループホームの職員(施設長ではない。)に訊くと、摩擦でできることもあると言う。病院には連れて行かれたようだが、正式な説明は、受けていない。妹もそれ以上は、訊かなかった。

私は、医師の診断結果を聞きたかった。
グループホームを非難する気持ちは全くない。事故はいつでも起こりえる。
素晴らしい職員の方も多く、良い介護に心から感謝している。
むしろ夜眠らないで叫ぶ(今は、あまり叫ばなくなったようだが。)母や暴走するピック病の父の方が、グループホームにとっては、余程大きな負担だろうと思う。

施設というのは、入ってみないとわからないことも色々ある。
<どんな施設にも女番長のような入所者はいて、美人が新しく入所するといじめられたりする>と何かの本にも書いてあった。(書名は忘れた。)母は、美人ではないので、その心配はないのだけれど・・。

このタイミングで、最近、第一希望の特別養護老人ホームから妹に電話が入った。
「次の入所が、○○さん(母)になりました」
母が、何百人という入所待ちリストの一番上になったという。
父が、病院でピック病と診断されたことを妹が、特養に電話連絡した結果だ。(両親の介護関係、兄の福祉関係の連絡先は、電話も郵便もすべて妹になっている。)

しかしこんなに突然、こんなに早く順位が回ってくるとは・・・。
いつかはわからないが、遠からぬ内に、母は、そこに入所できる。かかる費用も今の半額程度(月7万円位)になる予定だ。郊外にあり、実家からは少しかかるが、周囲は、田園風景が美しい。
母が、新しい環境にスムーズに慣れるのかどうか、職員や入居者と上手くやっていけるのか、心配は尽きないのだけれど・・・。

施設入所決断の遅れ 

今、妹は、市内中のグループホームに見学に行き、片っ端から申し込みをしてくれている。
あまり良い印象を受けない所も色々あるようだが、「選んでる場合じゃないよね」と言う。
勿論、空きのある所などない。(特別養護老人ホームの何百人待ちとは違い、数人待ちという所が多いが。)

妹は、9月1日には再就職する。
そうなれば朝晩実家に行って母のデイやショートの準備や送り迎えをすることはできなくなる。
(認知症が疑われる父の準備は全くおぼつかないし、送り迎えの時間でも仕事の電話が入れば車で飛び出して行く。
9月からその時間帯は仕事をしないと父は断言しているが、私も妹も信じていない。仕事は、父の生き甲斐であり、仕事のこととなると我を忘れる人なのだ。)

ケアマネは、9月からは朝晩1時間ヘルパーを入れて妹の代わりをさせると決めたが、それでも安心できない妹は、施設探しに焦っている。
9月は、ショートステイも可能な限り増やしたようだが、母の在宅の間、父が眠れない日は続くだろう。
父は、元々夜中に一度も起きることなく朝まで熟睡するタイプで、睡眠不足には、昔からとても弱い。
父が目を離したすきに母が再び転倒骨折する可能性も限りなく高い。

一連の状況を妹から聞きながら、自分の判断ミスを痛切に感じる。
母の言うことが支離滅裂でまともな会話も成立しなかった6月、私は、母を施設に入れるように父と妹を説得した。(それは、私にとっても、今までの人生の中で最も辛い選択だった。)
しかし結局、父も妹も「できる所までは自宅で介護をしてみて、どうしてもダメだったら、その時、施設入所を考える」という方向に変わった。その決意は固かった。
そして私自身、時々認知症ではないかのように普通に会話ができるようになった母を7月に見て、決断が揺らいだ。
父も妹も(多分、兄も)限界だと十分わかっていながら、「どうします?」というケアマネの問いに「施設入所でお願いします」とすぐ答えられなかった。
名古屋フォレストクリニックに行きさえすれば、もしかしたら劇的に良くなるかも知れないという望みもあった。

私の完全な判断ミスだ。
施設入所など必要ないと思っている時期から、あちこちの施設をじっくり見学して回り、予約をしておくべきだった。入所できる順番が来ても、必要なければキャンセルすればいいだけのことではないか。
母を預かってもらう所が、どこでも良いはずがない。絶対に厳選したい。
今になって慌てて探しても、もう遅過ぎる。

とは言え、妹とケアマネで厳選したはずのデイサービスもショートステイも母は行くのを嫌がっている。
母は、どんなグループホームを選ぼうと嫌がるだろう。
ある時は、泣き、ある時は、父や妹をなじるだろう。ある時は「こんな所は私の居るべき所では全くない」と理路整然と言うだろう。
それとも、これも私のただの勝手な推測で、母は、グループホームで穏やかな日々を送れるようになるのだろうか?
わからない。全くわからない。





働く側から見た特別養護老人ホーム

書くのはかなり気が引けることなのだが、私は、特別養護老人ホームで週2日、1年少々働いたことがある。
3~4年程前のことだ。
けれども私には勤まらず、体調を崩したのを機に辞めた。
挫折した人間に、あれこれ語る資格もないと思うが、特別養護老人ホームについて少し書いておこうと思う。

私は、ヘルパー2級の資格を取って、パートの仕事(1回4時間)に就いた。
入居者の入浴前後の着替え、食事介助、歯や入れ歯磨き、シーツ交換が、主な仕事だ。
それは、頭も体も心もフル回転させなければできない、想像以上に大変な仕事だった。
事故(転倒骨折など)防止には常に神経を使い、入居者1人ひとりの細かい多くの情報を暗記する必要があった。
自分の体重の倍ある寝たきりの人を1人で抱え上げることもあった。
仕事の日は、毎回500g体重が減った。
職員のほとんどは、深刻な腰痛持ちだった。

それでもそこで働く職員(パートを含めて)のほとんどは、本当に心の優しい人たちだった。
皆、入居者の笑顔をやりがいとして、問題行動(弄便、暴言、暴力、何でもあった。)に接しても笑顔や声かけを絶やさず、決して叱りつけたりせず、辛抱強く、愛情を持って接していた。
今、思い出しても本当に頭が下がる思いがする。

もちろんそうでない職員も何割かはいる。
でも彼らは、次々と退職していった。
愛情を持てなければ、決して続けられない仕事なのだと思う。

一番辛かったのは、入居者の気持ちよりも健康と安全を優先させなければならない時だった。
それはいつも葛藤を生んだ。
母が病院でされているように、危険性のある人は、本人がどれだけ希望しても部屋には戻さない。
夜間の問題行動がある人は、「眠い。横になりたい」と言っても何とか起きていてもらう。
「食べたくない」という人には、色々話しかけ、気を散らせながら、とにかく半分以上は食べてもらう。
(もっともこれはやりがいを感じる仕事だった。母の病院での食事介助にも役立った。)
「お風呂に入りたくない」という人は、色々説得するが、職員によっては、無理矢理入れた。
それは、皆、健康(衛生を含める)と安全を守るために必要だった。そう上司から説明された。

家族によっては、1日風呂に入っていないだけでもクレームを付けてくる場合がある。
限りなく要求してくる家族は常にいた。
家族の気持ちは良くわかる。
でもそれを叶えるためには、職員の数を倍増しなくてはいけない。
慢性的に人手不足の中で、職員は、文字通り骨身を削って必死で働いていた。
時間さえあれば、人手さえあれば、もっと細やかにお世話したいと、皆、思っていたのだ。

全ての物事に良い面、悪い面があるように、特別養護老人ホームにも多くの良い面、そして悪い面がある。
それは家族の自宅介護でも同じではないだろうか。
家族にしかできないことはあるが、介護職員だからこそ上手くいくこともたくさんある。
様々な人の様々な問題行動を実際に見、介護が困難な多くの人たちを見た後、私は、家族よりもプロの介護の方が望ましい場合があると考えるようになった。

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プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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