早春の野の花

2月の大雪の後、雪解けした地面に、小さな花が咲いているのを見つけました。
前を向いて歩いていたら、踏みつぶしてしまいそうな仏の座やイヌノフグリです。
雪は 重かっただろうに、冷たかっただろうに・・。

3月。しゃがみこんで見ると、小さな空き地は、一面の花畑です。

どうして こんな形をしているのか。
どうして こんな色をしているのか。
だれが、どうして、この花を こんなふうに創ったのか。
なぜこんなに寒い中でも春を知って、毎年こんなに美しい花を咲かせるのか。

考えても考えても わからない不思議です。
でも わからないということを、いえ、わからなくてもいいということを、
わからなくても 大丈夫なのだということを  私は、うれしくも思うのです。
慰められも 励まされもするのです。


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ホトケノザ

3月11日に。言葉に代えて・・

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ปรัชญา ชีวิตに掲載されていた写真です。

3月11日 私たち全員が抱いている痛み

1年・・・。
犠牲となった方々のためにお祈りをする。
被災者の方々の心身のご健康とお幸せを心から願う。

・・けれども、たった1年で、いったい何が変わるだろう、とも思う。
1周忌は、心えぐられるものではないか。


東北の、福島の映像を見る度に、涙が出る。1年前も、今も。
涙など、何の役にも立たないと知りながら・・。

あの時、関東で起こったことを思い出すことも苦しい。
1年経っても、私は、無力で根性なしのままだ。


1年・・・。
この1年で、私たちは、どれほど多くのものを失ってしまっただろう。
大地も海も、風すら、その意味を変えてしまった。
私たち全員に取り憑いた不安が消える日が、いつか来るだろうか。

私たち世代は、高度成長期という春に育ち、社会に出た頃は、バブル期という夏だった。
今、子供たちは、秋から冬に向かう冷たい風の中に生きているように見える。

「頑張ろう」とは、今も、言えない。
「大丈夫だよ」と肩を抱くこともできない。
ただ被災地の復興を祈りながら、震度7が予想されるこの地で暮らしていく。

あの日、近所の何軒もの家が傾き、その後、更地に変わった。
液状化の泥で自動車も自転車も埋まった通りがあった。
地割れや破損で普通に道を歩くことができなくなった。
近所の12階に住んでいた友人の家では、家具がすべて倒れ、すべての食器が割れた。
「死ぬかもしれないと思った」と、周囲の多くの人の口から聞いた。
そのどれもマスコミには、ほとんど取り上げられることがなかった。
私たちが知らないだけで、もっと広い地域で大きな被害があったのだろうと思う。

死を思うことで、人は本質が見え、よりよく生きることができると言われる。
不憫に思える若者たちも、浮かれていた時代の私たちと比べれば、ずっと堅実で、身の丈に合った暮らしの幸せを知っているように見える。
計り知れないものを失った私たちは、それ以上のものを確かに得ているのかも知れない。
今日は、ただ、痛みしか感じられないけれども・・。

(これは、心理学でいう「命日反応」に似たものだろうか。
 これからは、もっと力が出ると信じよう。もっと復興に役立とう。)

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2012年3月10日。近所の公園。修復工事が始まっていた。
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2011年3月27日。閉鎖された公園。元は平地だった。

当時の付近(関東)の被害写真は、もう1つのブログに載せています。(こちらです。)

なぜこんな苦しみ、悲しみがあるのか

昨日(4月21日)また震度4の地震があった。
この40日間で、いったい何回目だろう。

大きな余震が来る度に、隆起したり、陥没したりして地形が変わっている。
(私の住む地域は、液状化がひどかった。浦安市ではない。)
補修した所が、また崩れたり、地割れが広がったりしている。
補修されずに破損したままの場所も無数にある。
歩いていると、毎日どこかでつまずいて転びそうになる。
(被災地と比べれば、取るに足らない。
ただ私には、自分で体験したことしか書けないので、関東のこの地域の日常を書いている。)


昨日の「クローズアップ現代」では、まだ数年間、大きな余震が続く可能性があるという。
巨大地震によって地盤の状況が激変し、どこでどんな地震が起こってもおかしくないという。

そんな中、原発事故の影響は、日増しに大きくなっていく・・・。
何百万人、何千万人の人の心が、張り裂けていく・・・。


それでもなお、私は、「なぜ?」とは、問うまい。

「なぜこんなことになってしまったのか?」
「なぜこんな苦しみ、悲しみがあるのか?」
「なぜ死ななければならなかったのか?」
不幸の意味を問い続ける限り、苦しみは止まない。

  『答えはない。
  答えは存在したことがない。
  答えはこれからも存在しない。
  それが答えなのだ。』  
    

(著作家で詩人のガートルード・スタインの言葉。
出典は、春秋社発行「癒しのことば」ラリー・ドッシー著。
これは、学術本で癒しの言葉集ではない。)

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名前不明。教えて下さい。
追記:オオツルボでした。
お陰さまでやっと今日名前がわかりました。
和名があるとは思っていませんでした。


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しば

tag : 液状化

心をほぐす 山椒の花

大震災から40日。
関東ですらストレスの強い状態が続いています。
気持ちが沈むという話を人から聞かない日はありません。
まして被災地の方々のストレスは、誰も経験したこともない程大きなものだと思います。
心の健康を何とか保って頂きたいと祈るばかりです。

昨日、ヨガのインストラクターから、初めて「笑うヨガ」を勧められました。
「ワーハッハッハッ」と大声で何度もバカ笑いします。
最初は、相当恥ずかしく、「小学生の劇」になってしまうんですが、続けているとそんなことをしている自分が可笑しくて本当に笑えてきます。
終わると心が、何だかとてもすっきりして軽くなるのを感じます。
笑いの力は、凄いですね。
免疫力が上がって、病気も予防できるそうです。

座って目を閉じてするいつもの腹式深呼吸もイメージを浮かべてするように教えられました。
吸う時は、宇宙のエネルギーが自分に取り込まれて、あたたかく美しく輝く光となって体内を照らしているイメージ。
吐く時は、ストレス、疲れ、痛み、不安、悲しみ、怒りなどが、黒い煙となって体から出て行くイメージ。
繰り返しながら、どんどん体内が浄化されていくことを想像します。
これも終わった後、びっくりするほど爽快感を感じました。

楽しみを持つこともずいぶん救いになりますね。
それがどんなに小さなことであろうと。

私は、この1ヶ月で伸び始めたベランダの草たち(主にハーブ)を見ると、無条件に嬉しくなって、元気が出ます。
私のもう1つのブログ(趣味の料理レシピ、草花の写真、気楽な話を載せています。米国でのホスピス・ボランティア体験記もウェブ・ページに入っています。)に山椒の花のつぼみの写真を載せました。
よかったら覗いてみて下さい。

4月11日の記事「祈り(東日本大震災から1ヶ月)」への追記 芸術の力(音楽と絵画)

4月11日「祈り(東日本大震災から1ヶ月)」という記事を書きました。

そこに「シャコンヌ」と呼ばれるバッハの曲を入れました。
私の好きな曲ですが、とてもシリアスな旋律で、聴く方によっては、お辛くなる可能性もあると思いました。

それで、フォーレの「レクイエム」を付け加えました。
日野原重明医師が、著書の中で「自分の臨終の枕元で流してくれたら幸せにあの世に行ける」と書かれていた曲です。
本当に心の癒される、美しい、優しい曲です。
フォーレを聴いて、心安らかなひと時が過ごせますよう・・・。


  ♪<フォーレのレクイエム>透き通った美しい静かな歌曲でどなたが聞いても心の平
  安を感じられると思います。(YouTubeにつながります。)

  ♪<バッバ 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ(シャコンヌ)
  苦難の人生を、傷付きながらも生き抜こうとするひたむきさを
 (私個人は)強く感じる曲です。(YouTube)
  聴く時の気分によっては、暗く辛い曲に聴こえてしまうかもしれません。    


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ルオー「ピエロ」
この絵のことについては多くは知りません。
ただ、昔、とても辛いことがあった時、ブリジストン美術館(東京駅の側)で、偶然この絵と出会いました。
この絵に『救われた』と体感した経験があります。(私は、何の信者でもありません。)
とても小さな絵です。常設されています。

祈り(東日本大震災から1ヶ月)

今日もとても大きな地震がありました。
福島、茨木で震度6弱。
関東のこの場所は、震度4という発表でしたが、震度5に近かったと思います。
その後も繰り返し、繰り返し揺れています。

3月11日以降、関東に住む私たちは、違う「世界」に生きるようになった気がします。
小説「1Q84」のように。



昨日、テレビで、ある被災者の方が、話されていました。

  私は、ここで、何でもない普通の生活をしていました。
  今、思うと、それは、夢のように幸せな暮らしでした。

被災者の方々にとっては、「世界」は、あまりに過酷です。
1ヶ月目の今日。
今日は、今は、ただ、祈ります。


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ルオー「ピエロ」
ブリジストン美術館蔵

  ♪<フォーレのレクイエム>透き通った美しい静かな歌曲でどなたが聞いても心の平
  安を感じられると思います。

  ♪<バッバ 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ(シャコンヌ)
  苦難の人生を、傷付きながらも生き抜こうとするひたむきさを
 (私は)感じる曲です。
  聴く時の気分によっては、暗く辛い曲に聴こえてしまうかもしれません。    




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tag : 東日本大震災 被災者 フォーレ レクイエム バッハ シャコンヌ

認知症の方と介護家族への支援ガイド(避難所、家庭で)

「ためしてガッテン」で紹介された「センター方式」を開発した
「認知症介護研究・研修センター」が運営する
認知症介護情報ネットワーク」の中に以下のような役立つガイドがあります。

  < 避難所でがんばっている認知症の人・家族等への「支援ガイド」のご案内

「このガイドは、阪神淡路大震災の時に避難所で支援した体験、関係者、当事者等の智恵と意見を集め、すぐに役立ててもらえる点に限定してコンパクトにまとめたものです。ぜひご活用ください」と書かれています。
でもこれは、避難所だけでなく、ご家庭で介護をされている方にも役に立つと思いました。

このサイトは、4月5日の記事にコメントを下さった「のんた2号」さんのブログ、「若年性アルツハイマー病の妻と弥次喜多道中」の中で知り、「のんた2号」さんの許可を得て、ここでもご紹介させて頂きました。
「のんた2号」さんに感謝。


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今、咲いているレンギョウの花
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tag : 認知紹介護 センター方式 避難所

大好きな写真、贈ります

しっかりしよう! がんばろう!
そう 毎日 自分に 言い聞かせるのですが
心が 体が 中々 言うことを ききません。

この大惨事に 打ちのめされています。
被災者でもないのに、情けなく、申し訳ない。

被災された方々に 伝えられる言葉が 何も出てきません。

だから、今日は、大好きなこの写真を贈ります。

しば


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 あざらしの親子。
(何年も前の日本自動車連盟発行の小冊子「JAF Mate」の表紙の写真の切り抜き)




tag : 被災者

野の花を贈ります

東北には、まだタンポポは、咲かないでしょうか?

関東には、たくさんのタンポポが、咲き始めたんですよ。
例年になく遅い春の中で、冷たい地べたにくっつくようにして。


野の草や花のように生きられたら・・
過酷な自然にも無言で耐え抜き
ただそっと咲いている
名もない野の草や花のように
私も生きられたら・・


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東日本大震の災被災者の方に 2つの詩を

悲嘆にくれている方々、気持ちが深く沈み込んで苦しんでいる方々のお気持ちを考えると、何の言葉も出ません。
谷川俊太郎の2つの詩をただご紹介しようと思います。

「朝」は、健康な時にはわかりにくい詩かもしれません。
私が、うつ病だった頃。
朝、目を覚ますのがつらくてたまらない日々に、この詩を読んで力をもらいました。
「今」や「十年」という単位ではなく、「百年」「何千億年」という単位の中に
自分を置いて見るようにしようと思いました。生きていくために。

   

 しぬまえにおじいさんのいったこと

(略)わたしの いちばんすきなひとに
   つたえておくれ
   わたしは むかしあなたをすきになって
   いまも すきだと
   あのよで つむことのできる
   いちばんきれいな はなを
   あなたに ささげると  

(「魂のみなもとへ」から。谷川俊太郎・長谷川宏著)



  朝

また朝が来てぼくは生きていた
夜の間の夢をすっかり忘れてぼくは見た
柿の木の裸の枝が風にゆれ
首輪のない犬が陽だまりに寝そべってるのを

百年前ぼくはここにいなかった
百年後ぼくはここにいないだろう
あたり前な所のようでいて
地上はきっと思いがけない場所なんだ

いつだったか子宮の中で
ぼくは小さな小さな卵だった
それから小さな小さな魚になって
それから小さな小さな鳥になって

それからやっとぼくは人間になった
十ヶ月を何千億年もかかって生きて
そんなこともぼくら復習しなきゃ
今まで予習ばっかりしすぎたから

今朝一滴の水のすきとおった冷たさが
ぼくに人間とは何かを教える

魚たちと鳥たちとそして
ぼくを殺すかもしれぬけものとすら
その水をわかちあいたい  

(谷川俊太郎詩集「空に小鳥がいなくなった日」から)

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カラスノエンドウ。
クリックするときれいです。




「銀河鉄道の夜」から

昨日は、巨大地震の前に書いておいた記事を載せました。

3月11日以来、状況は、日々変わってきています。
亡くなられた方々、行方不明の方々、避難所生活を送る東北の方々、その方々の力になろうと働いている方々、自衛隊の方々、
原発事故の被害に遭われている方々、そこに留まって働いている方々、目に見えない数え切れないほど多くの苦しんでいる方々・・。
その方たちの気持ちを想像すると、私は、何を書けばいいのか、わからなくなります。

冷静であること。心を落ち着かせること。
自分にできることをしていくこと。
それが、今は、大事なのだと、自分に言い聞かせています。




  「銀河鉄道の夜」 宮沢賢治著

その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、

風や凍りつく湖水や、激しい寒さとたたかって、

だれかが一生けんめいはたらいている。

ぼくはそのひとにほんとうに気の毒で、

そしてすまないような気がする。

ほくはそのひとのさいわいのために

いったいどうしたらいいのだろう。

ジョバンニは首をたれて、すっかりふさぎ込んでしまいました。

「なにがしあわせかわからないです。

ほんとうにどんなつらいことでも、

それがただしいみちを進む中でのできごとなら、

峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから」

(9.「ジョバンニの切符」より)




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「しなう心」心を支える詩

昨日(23日)は、2週間振りにヨガのクラスがあった。
(先週は、計画停電による電車の遅れなどで中止。)

疲れていたが、行けば心身の疲れが取れることを知っているので行った。

最初にインストラクターが、地震後に体調の変化があるかと全員に訊いた。
「よく眠れない」「疲労感が強い」「風邪が治らない」「余震の度にひどく緊張する」等々、次々と出てくる。
「地震直後から過呼吸を起こすようになった」という人も居た。

東北の被災者の方々の苦しみを思えば、誰も何も言えない。普段は黙っている。
しかし関東でもストレスの影響が出ている人は、相当数居るのだとあらためて思った。

地震のあった地域だけではない。
日本中の人が、心に痛みを抱えている。



    し な う 心

  苦痛のはげしい時こそ

  しなやかな心を失うまい

  やわらかにしなう心である

  ふりつむ雪の重さを静かに受け取り

  軟らかく身を撓(たわ)めつつ

  春を待つ細い竹のしなやかさを思い浮かべて

  じっと苦しみに耐えてみよう                           


(「詩集 病者・花」細川宏遺稿集。
  著者は、胃がんのため44才で亡くなった医学部教授)

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ねじばな(もじずり)
芝生などの間にひっそりと咲く。




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東京電力の電力使用状況

東京電力電力使用状況が、ヤフーのトップページに出るようになりました。

今日22日9時現在で、使用量、99%。

更なる節電を一緒に頑張りましょう!!

しば

追記:東京電力の電力供給能力は、(1960年頃の日本、現在のマレーシアの全電力供給能力に相当する)2100万kWが欠落。
供給能力は、約5200万kWから約3100万kWに、約4割減りました。
この結果、この時期のピーク時の想定需要量4100万kWに対して、約1000万kWの大幅な供給力不足が発生しました。
(資源エネルギー庁発表)

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tag : 東京電力 電力使用状況

支援物資を送ることの問題点

一昨日は、『何かしたい!』という気持ちに駆り立てられて支援物資を送る活動をご紹介しました。
活動は、支援したいです。
しかしやみくもに、深い配慮なく送られれば、先方も仕分けばかりに時間が取られたり、余計なご苦労をおかけすることにもなるでしょう。
個人が、ほんの少しの支援物資を送ることでガソリン不足や交通渋滞などの問題を悪化させる可能性もあります。
呼びかけておいて、本当に恐縮ですが、支援物資を送られる場合は、是非ご配慮をお願い致します。

しば

追記:支援物資を送ることについてもらった友人のメールを以下にご紹介します。

物資を送ることについて、なかなか難しい面があると思います。
宅配ルートをむやみに使っていいものか?という疑問が一番先に浮かびました。

同じ物ばかり届いて、本当に必要な物が無いという話は、送り手にとって手に入りやすい物、無かったら大変だろうと共感する物が偏る結果かとも思います。またそれが買い占めにも繋がってしまうと思います。
物資は有り余るほど集まっているのに、それを運ぶ手段、仕分けの大変さ、配布のルールが問題になっていることは地震が起こってからずっと言われ続け、「物は送らないで」とまで報道されていることに納得してしまいます。

全ては《人手が足りない》ことに原因があるのでしょう。
日本青年国際交流機構(IYOE)本部では義援金を募り、それをボランティアの派遣費用に使うそうです。IYEOには訓練されたメンバーが沢山いると思うので、現地で役立つ人材を送り込んでくれることを期待しています。

我が家では仮設住宅建設に従事している仲間のサポートという形で協力していきたいと思います。たぶん夫も現地に行くでしょう。
私に今できることは、節電、買い控えと、夫が安心して仕事が出来るように家庭を守ることかもしれません。
子供は今日、学校で義援金集めです。次代を担う若者が、この震災をきっかけに、「共に生きる」とはどういうことかを考えてくれれば、震災前よりいい日本に生まれ変わるチャンスかもと思います。

実際に被災された方々の困窮状態は理解していますし、見捨てるつもりもありません。
何とぞ踏ん張って生きてください。
直接の被害に遭わなかった我々にも、これから違う形でじわじわと震災の痛みがやってきます。みんなが痛みを分かち合い、やっぱり日本はすごいと世界に証明できる日を信じて頑張りましょう!




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ふるさとを津波で失うということ

今日(2011年3月21日)の日本経済新聞文化欄に芥川賞作家の辺見庸(へんみよう)が「置きざりにされた記憶」というエッセイを書いていた。
辺見庸は、石巻市南浜町で育ち、テレビでそこが津波に飲まれる様子を見た。

避難所で生活されるお1人おひとり、全国に散らばった数多くの方々が、同じ想いでいらっしゃるのだと想像する。

エッセイの一部をご紹介させて頂く。
言葉にならない悲しみを表現した美術、音楽、文章は、悲しみを癒す力があるから。



「置きざりにされた記憶」辺見庸

と、海がもりもりともりあがり、全身をおもいきり広げて陸へとむかい、息つぐまもなく、南浜町がCG映像みたいに怒とうの下になってきえた。
わたしの家があったあたりはみつけるまえに海になっていた。
あーっと叫ぼうとしたのだが、喉がつまって声がでない。(略)
泣こうとしたが、栓がつまったようにやはり声がでない。
身もだえしたら栓がぬけて、からだのいちばん奥底から、声というよりからだの音が、ウォーッと口からふきでてきた。
泣いたのではない。
喉より上でさめざめと泣くのではなく、悲しみと苦しみを臓腑ごとたばねて音にしたこれは「哭」の声だ。
海なりの底に無数の哭の声がしずんだ。
記憶が津波にさらわれそうになった。
いや、若い日の記憶のあかしがごそっとさらわれて、記憶そのものはひとりとりのこされたのだった。
そうなると、ひとは悲しみをひきとる器がなくなって狂おしくなる。


(原文通りの表記だが、原文に改行はない。)

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tag : 辺見庸 津波

救援物資を送りたい!

昨日(19日)からこの地域でも役所が救援物資を集め始めた。
調べてみると物品がごく限られていて、新品(袋を破っていないもの)以外受け付けない。
我が家から提供できるものが、何もない。
それなら東京都に送ろうと思い、調べると都内の住民からしか受け付けていない。
もどかしい。
既に募金はしたが、何か、何でもいいからできることをしたい。

今日、友人からメールが来た。
内閣府主催の「世界青年の船」の参加者小原さん(岩手県花巻市在住)が救援物資を集めている。

ご協力頂ける方は、非公開コメントをクリックして、私宛にメールアドレスを知らせて下さい。
(コメントは、ブログには公開されず、私だけが読む事ができます。)
救援物資の送り先をメールで送らせて頂きます。
どうぞよろしくお願い致します。

(ご面倒だと思いますが、小原さんの個人情報を守りたいと思います。)

以下、小原さんからのメールのコピーです。
勝手ながら文章の順番を変え、集めている物資を上にしました。
詳細は、その下を読んで下さい。

しば
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
追記(22日に来た小原さんからのメール)
ありがとうございます!
ヤマトと佐川は「営業所止め」で受取可能です。
仲間と受取に行くことが出来ます。
既にヤマトを利用して発送手続きをされた方より、「受取の際には伝票番号を提示することが必要」との情報がありますので、お手数ですが、発送手続きを終えられましたら次の点をお知らせ頂きますよう、お願いいたします。

1)宅配会社名
2)発送手続き期日
3)伝票番号
4)届け先営業所名(あるいはコード番号)

以上4点です。
ご支援、ご協力頂きまして、心から感謝しております。
どうぞよろしくお願いいたします。 小原

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(20日に書き込み)
受入期日:4月4日消印有効。
発送について期日を設けたいと思います。どれくらいのご支援をいただけるか分からないのですが、物資を送付下さる方は、4月4日の消印まで有効とし、一度、受入状態の整理と必要物資を再検討したいと思います。

(1)衛生1
石鹸、歯ブラシ、歯磨き粉、タオル、洗濯洗剤、台所洗剤、ビニール手袋、雑巾、小型ほうきと塵取り
(2)衛生2
生理用品(ナプキン、生理用ショーツ)、ベビーおむつ、ベビーおしり拭き
(3)衛生3
介護用品(介護用おむつ、大人用おしり拭き、など)
(4)衣料1
下着(シャツ、パンツ、靴下、下ズボン)
(5)衣料2
大人用衣服
(6)衣料4
乳幼児衣料
(7)衣料5
子供衣料
(8)赤ちゃん用品
お世話に必要な物全般(ベビー綿棒、爪きり、哺乳瓶、粉ミルク、母乳パット、ガーゼ、除菌シート、湯温計、体温計等)
(9)調理器具
フライパン、鍋、フライ返し、菜箸、ひしゃく、ボール、大小様々なザル
(10)調味料
味噌、醤油、塩、砂糖、胡椒、調理用油
(11)食器
茶碗、汁椀、大小様々な皿、スプーン、フォーク
(12)食料
乾麺(ラーメン、蕎麦、うどん、ラーメン、など)、米、高野豆腐、焼き海苔)
(13)生活用ペーパー類
トイレットペーパー、ポケットティッシュ、ティッシュ、ウェットティッシュ

送付方法:
上記の中で調達出来る物資を検討し調達願います。
項目の物資を数多く調達出来る場合は、同じ箱にまとめてご送付願います。その際、送付伝票の内容欄に、上記(1)から(13)を明記して下さい。
上記物資の限られた項目を同じ箱でご送付頂く場合は、内容欄に該当項目番号を明記して下さい。
上記物資を少しずつご寄付頂く場合は、内容欄に(14)とご記入下さい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ご存知の通り、非常に広い範囲で被害があり、どこでも大変な状態です。支援にも様々な性格や目的、対象があることと、被災から1週間が経ち、次の段階へと支援活動が移行する時期でもあります。私が責任を持って実施可能な支援活動を開始出来る状態になったことから、皆様にご支援を賜りますよう具体的な提案をしたいと考え、この度このようなメッセージを送信するに至っております。

<支援策>
支援を絞って出来るところをやって行きたいと思います。宅配便サービスが再開したことを踏まえ、皆さんが対応する時間、宅配に必要な時間、及びこちらでの作業時間を考慮しました。

第一に、物資支援として支援物資の受入と分類作業。特にも、仮設住宅やアパートでの生活が開始した際の物資の支援に着目します。 (18日に釜石市を訪ねた際、仮設住宅申し込みが始まり、早ければ3月中にも入居可能という説明があったということでした。)
第二に、物資の配達。有効な手段を都度判断し、自治体、支援団体、ボランティア仲間などで協力して避難者の手に渡るように運搬します。
第三に、仮の住まいが決まるまでの間、入浴可能な施設等へ避難者をご案内すること。
場合によっては、我が家に一泊してもらうこと。しかし、残念ながら、この活動は我が家の自家用車のガソリンが確保出来なければ実現しません。

対象地:私の自宅から最寄である、岩手県釜石市、大槌町、大船渡市とその近隣地域

皆さんにご協力をお願いしたいのは、物資支援です。次の物資の支援を受け入れたいと思いますので、ご協力できる方はぜひ以下をご覧下さい。これらは、18日に釜石市と大船渡市在住の友人とその家族の安否を確認に行った際、今後必要になるだろうと思われた物資です。もちろん、以下の物資には今すぐにでも必要な物資とそれを必要としている方々がいると思います。臨機応変にニーズに対応したいと思います。対象地域についても同様です。分類や避難者の方々への配布を可能な限り円滑に行うために、次のとおり項目ごとにまとめました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以上の支援を、特にも3番目の支援については、「バイオディーゼルアドベンチャー」と一緒に展開して行きたいと考えています。バイオディーゼルアドベンチャーは、廃油を利用して走行するバイオディーゼル車で今回の大震災被災地への支援を開始している素晴らしいグループです。友人から紹介してもらった頼もしい仲間です。彼らのホームページにも、この度の被災地での様子などが掲載されていますので、http://biodieseladventure.com/japanese/menu/profile.html の、「周生のブログ」をご覧下さい。毎日、被災地へ通って感じたり見聞したことを丁寧に説明しています。彼なりに必要と考えられている物資も挙げられています。
また、一緒に活動していけそうな仲間も集まって来ています。ホームページを作っている方も居ますので、ここに紹介します。

自然農園ウレシパモシリ http://ureshipa.com/index.html 
やえはた自然農園 http://yaehata.com/
エコールグロッセ http://www.grosse.co.jp/ecole/index.html
私の夫 アニアス・ワイルダー http://www.aeneaswilder.co.uk 特に被災地関係情報
(英語)は http://www.aeneaswilder.co.uk/writingsIwateQ.html

皆様のご意見やご提案も歓迎いたします。
以上の他には、託児用のおもちゃを届ける予定ですが、おもちゃはこの辺でも結構集まると思いますので、ひとまず少し様子を見ようと思います。
ご協力いただける方は、無理の無い範囲でご協力頂きますよう、どうぞよろしくお願いします。

小原○○○




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しば

東北関東大震災 その後の関東(4)昔に戻る 不眠不休で働く人々

今日(19日)も震度4の地震。(茨木震度5)
家族全員、震度を正確に言い当てるようになった。

震度4と震度5強の差は、とても大きい。同じ災害とは思えないほど。
同様に震度5と震度6、震度6と震度7には、格差があるのだろうか?


数日前のスーパーを見て安心し、午後から買い物に出掛けると、また空の棚が目立った。

今まで書かなかったが、ガソリンスタンドもすぐ売り切れて店を閉める状態。
街から車が激減し、自転車が増えている。

液状化現象で噴き出した泥は、中々取り切れず、車が通ると砂ボコリでもうもうとなる。
子供の頃、舗装していないデコボコの道を車が通った時、こんな風になったことを思い出す。

補修工事は、さらに進んだ。
壊れた所にアスファルトを塗るだけで、美観無視だが、少なくともつまずいて転ぶ事はない。


近所の人が、飼い猫にキャットフードを与えることを止めて、残飯に切り替えたと言った。
「昔は、皆、そうだったんだものね。昔に戻ればいいのよね」

ソニーのストリンガー会長が、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルに寄稿。
「日本人には、不屈の精神がある」と指摘したと19日の日経夕刊に書いてあった。
私たちの親の世代は、見渡す限りの焼け野原から立ち直った。
私たち昭和30年代生まれは、日本の貧しさを覚えていると何かで読んだ。
「不屈の精神」は、貧しさの記憶から生まれるのではないだろうか。


テレビでは、17~18日位まで避難所に救援物資が届かないことばかりを放送していた。
しかしその時、既に自衛隊が、衝突の危険のある夜間でもヘリコプターで食料等の物資を投下していたと関係者から直接聞いた。
そうした努力は一切放送されずに、足りない部分だけを強調し、批判を煽るような報道がやり切れないという。

今、この瞬間も、被災者のために命を削って、不眠不休で仕事をしている人が、いったいどれだけいるのだろう。
その人たちを心配し、心を痛めている家族も・・。

私の住む地域の被害の写真はこちらを。



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発達障害、知的障害を持つ人と地震

<その後の関東>
17日には、スーパーなどはほぼ正常に戻っている。
牛乳2点、米1点、トイレットペーパー、ティッシュペーパー、生理用品、カイロ、各1点などの購入制限はある。
江戸川区のスーパーには何もないと聞き、親戚に18日に食料品を送るという話を聞いた。

18日、地割れの幅が広がっている所をいくつか見る。
地震後は、1cmくらいだったものが、今朝になって2cmくらいに広がっている。
(19日に計ったら3cmだった。その数メートル先の地割れは、7cm幅になっていた。)
昨日までなかった陥没(わずかだが2畳くらいの広さでへこんでいる。)も1カ所で見た。
弱くなった地盤に、16、17日と続いた震度4の地震の影響か?
今日も震度3の地震が続いている。

私の幻の揺れ(錯覚或はめまい)は、17日をピークに減り始めた。
これ以上ひどくなったら日常生活に支障をきたすと思っていた。

被災地には、一刻も早く救援物資が届くことをひたすら祈っている。
我が家からも提供できる物は、提供したい。
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近くに住む知人のお子さん(20代)は、高機能広汎性発達障害という障害を持っている。
知的障害はなく、学校の成績にも問題はなかったが、コミュニケーションなどに障害がある。

知人の話では、気温や季節に合った服を選ぶことができない。
「召し上がれ」と目の前にさし出してあげない限り一日中まったく何も食べない。
様々な生活上の問題があるという。

地震の後、お子さんは、強い不安感に苛まれ続け、生まれて初めて過呼吸の発作を起こしたという。
不眠にもなっていたが、「何も言わないから何もわからなかった」と知人はいう。
お子さんは、仕事にも行けなくなり、一人にして置けないので、知人も仕事を休んでいる。

知的障害の兄が震度5強の地震を経験しても、間違いなくパニックになるだろう。
(繰り返すが、知人のお子さんには、知的障害は、まったくない。)
ひっきりなしの余震のたびに極度に怖がり、叫び出すかも知れない。

昨日、認知症患者、うつ病患者、うつ病の緩解期(症状が消えている状態)の人への地震の影響について触れた。
障害を持つ大勢の人もまた苦しんでいるのだと思う。


追記:2011年4月11日。「発達障害に気づかない大人たち」(星野仁彦著。祥伝社新書)は、様々な発達障害の特徴、対応、その優れた能力の生かし方などを書いたとてもわかりやすい良書です。



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tag : 発達障害 知的障害 うつ病 認知症

東北関東大震災 その後の関東(3)

今日(16日)イヌノフグリが一面に咲いていることに初めて気が付いた。
春を告げる小さな可憐な花だ。
こんな大惨事が起こっても、季節は移り、花は咲くのか・・。

昨日(15日)は、やっと朝から買い物に行けたので9時半から行列に並んで(10時開店。)地震後初めて牛乳、パン、玉子、豆腐、納豆などが買えた。
3日間毎日(夕方)買いに行っても買えなかったのでほっとする。
懐中電灯、電池などはなく、入荷も未定。
家にある懐中電灯は使えない。
(毎日停電の準備をしているが、まだ計画停電からは免れている。予定時間になっても電気が消えないので、初めて免れたことがわかる。)

一転して今日(16日)は、午前11時頃スーパーに行ったが、商品は豊富にあり、買い物客も落ち着いていた。
昨日のような逼迫感、ヒステリックな感じは、もうない。
牛乳、米、玉子などは、1人1つと購入制限があるが、あるだけいい。
役所の車が「冷静になり、買いだめはやめましょう」と言って回っていた。

断水は、16日でも続いている所があるようで公園から水を運んでいる人達を見る。

陥没による段差のひどい所(自転車を下りなければ通れない。)は、とりあえず補修工事がされていた。

22日から帰省する予定で新幹線の割引切符を買ってあるが、どうするか迷っている。
JTBに電話をすると22日までの分は、キャンセル料がかからない特別措置が取られたと言う。

今日も震度4の地震があったが、少し揺れているとしか感じない自分に驚く。
(この地震の影響で、携帯電話がつながりにくくなっている。)
一々報道されないが、震度3程度の余震は、(減ってはいるが)まだかなりの数ある。
一日中感じる幻の揺れ(めまい?)は、ひどくなっている。

子供は、一人暮らしで落ち込んでいる友人が心配だからと都心に出掛けて行った。
私のことも心配してくれている。
そんなに辛いならテレビを見るなと言い、何かしたいなら募金をすればいいと言う。
(既にネット募金はしてある。)
「気持ちが落ち着くから」と昨日も今日もハグしてくれた。
8年振り(私の記憶では。)に抱きしめる子供は、驚く程大きい。

コメントに「一日中ずっと震災のニュースを見続けると、その悲惨な状況にうつ状態になるので、見つづけないように」と精神科医が言っているとあった。
避難所生活を送っているわけもない人間が、うつ状態になっていては、申し訳ない。
気を付けて、心身の健康を保たなければいけない。

私の住む地域の被害の写真はこちらを)


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東北関東大震災 その後の関東(2)14日

今日(15日)東北で4日振りに2人が発見、救出されるというニュースが流れました。
『良かった!』と心から思う半面、『たった2人。後の1万人以上の人は?』と思ってしまいました。
助かった方々も食べ物、水、毛布、薬、何もかもが足りないと伝えられていて、たまらない気持ちになります。
原発も日々不安が高まっています。
3月15日

以下、私の住む関東の都市の様子です。(写真はこちらを)
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今朝(14日)、近所の公園の水道から水を取っている大勢の人を見た。
同じ町内でも断水している地域があるということを初めて知った。

地震後初めて駅の反対側に行くと駅前広場の石畳が滅茶苦茶になっていた。
○○小学校前の道路が隆起しているとか、○○の地割れの段差が激しいなど、色々な話を聞くようになった。

近くのマンションの11階と12階に住んでいる友人と会うと、それぞれ全ての食器が壊れたと言っていた。
食器棚の物がすべて飛び出したという。
壁に掛けた額もすべて落ち、テレビも倒れた。
部屋中にガラスや陶器の破片が散らばり、足の踏み場もないという。
同じ町でも被害の大きさにこれ程の格差があることを初めて知る。

今日は、ショベルカーが出て、道路の堆積した泥(液状化現象で出た。)を取り除いていた。
荷台一杯に泥を積んだトラックが走っていくのも見た。

停電初日(実際にはなかった。)と電車運休の影響は、大きい。
家族は、就職試験、バイトに行くことをそれぞれ諦めた。
職場に一泊して仕事をしている夫は、再び帰宅ができなかった。

スーパーに殺到する人は、益々増えた。狂気を感じる。
石油ショックのトイレットペーパー騒動を思い出す。

開店前からもの凄い行列ができ、店に入るには入場制限がされている。
早朝から並んだ多くの人が、大きな袋に2つ、3つと買って行く。
そして、あっと言う間に売り切れる。

地震以後、夕方にしか買い物に行けない私の目の前に広がるのは、空っぽの棚ばかりだ。
地震発生以来、パンも牛乳も豆腐も玉子も懐中電灯用の乾電池も買えない。
友人(北京出身)は、ろうそく、マッチ、ライター、懐中電灯も買えず、停電になっても明かりを取る方法がまったくないと言っていた。

今まで停電など一度もなかったので、停電になると水道が止まるのかどうかもわからない。
(マンションは、停電によって水道が止まると言われている。)
風呂は、電気で動くパネルでコントロールしているので、使えなくなるのは、確かだ。

追記;停電になると断水すると確認した。
   植木に散水するための栓と洗車用の栓が、3月25日でも断水している。
   配管の破損と説明された。



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巨大地震 その後の関東(1)

救助を待っている多くの方々の所に一刻も早く救助隊が到着することを願っています。
1人でも多くの方の命が救われますように!
被災された方々にも食べ物と毛布が、早く届きますように!
3月13日
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

テレビでは、関東のニュースは、帰宅難民のこと以外、見ていない。
関東は、被害は小さかったが、その後の生活への影響は、色々ある。

今日、友人と話すと隣の駅では、13日もまだ断水が続いているという。

我が家(マンションの低い階)では、物の落下の被害は、皿10枚だったが、高い階は、かなりたくさんの物が落ちたと聞いた。

スーパーには、客が殺到していて、昨日、今日と夕方行ったが、空の棚があるだけだった。
パンも牛乳も豆腐も納豆もトイレットペーパーもティッシュも全くない。

カップラーメンやバナナや無洗米などすぐ食べられるようなものもなくなっている。
2軒回ったが、同じ状態。他の客から「どこも同じだ」と聞いて諦めて帰って来た。
イトーヨーカドーでは、どのレジでも30人以上並んでいたとか、開店前にもの凄い行列ができていたと友人から聞いた。
食料を買い貯めしている人が大勢いる。

道には、地割れであちこち段差ができていて、つまずいて転びやすい。
自転車を降りて引っぱり上げなければいけないほどの段差がある所もある。

救急車は、1日中サイレンの音を響かせている。(理由はわからない。)

震度1~3の余震は、一日中ひっきりなしにある。
乗り物に酔いやすい家族は、昨日(12日)まで「酔った。気持ちが悪い」と言っていた。
私も地震のない時でも常に揺れを感じている。一種のめまいか。
友人も同じだと言っていた。

液状化現象で噴き出た泥は、乾いて粉のようになり、車が通る度に舞い上がってもうもうとしている。目が痛い。

避難所で大変な生活をされている方々、まだ救出されずに飲まず食わずで耐えている方々のことを思うと、自分は何と恵まれていることかと申し訳ない気持ちになる。
それでもこれが、かつて経験したことのない不便な生活であることも事実だ。
それがまったく報道されることがないということも何だか不思議な気がする。
教訓として次に生かされれば良いと思う。

今朝(14日)起きて、もうすぐ停電だと知る。
東京電力のサイトを見ても、この町は2つのグループに分かれていて、私の家がどちらのグループに入るのかは不明。
一方のグループならあと数分で停電する。

(被害の写真はこちらを)



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伯父の一周忌 地震

3月12日
地震の被害の深刻さが、次々と明らかになってきました。
テレビを見ていると呆然とし、本当に辛くなります。
被災された方々に一日も早く平穏な日が来ることをひたすら祈るのみです。
3月13日
今朝起きて、テレビで海岸線の街の様子を見て、涙が止まりません。
ブログなど書いている場合ではないと思いました。
更新すべきかどうか迷ったのですが、昨日書いたものをアップすることにしました。
こんな悲劇の時に、そぐわない内容ですが、お許し下さい。

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両親と兄は、12日、伯父(母の兄)の1周忌の法事に出た。
父「手押し車を買って、それで行ったんだ~」
また歩行器を買ったのか(4台目?)と思ったが、話しているとどうも小型の車椅子を買ったようだ。(父の説明は、とてもわかりにくい。)
「具合いいぞ~。新品で4千円だ~!」(リサイクルショップで購入)
父は、上機嫌だ。
母も調子が良く、親戚と会って楽しそうだったという。

父は、昨日から何度も同じセリフを繰り返す。
父「こっちは、ほとんど揺れんぞ~。全然問題ない。大丈夫だ~」
私「そっちは揺れてないんだから大丈夫に決まってるでしょ!大丈夫じゃないのはこっちなの!」
思わず声が大きくなる。
地震がどこで起こったのか理解しているとは思えない。
私「こっちは震度5強で、道路もベコベコで、液状化現象で泥だらけなの!」
(正確には、「歩道が波打ち、泥が堆積している所が随所にある」)
父「そうかぁ?大丈夫かぁ?」
私「大丈夫!水、絶対、買っとかないとダメだよ!食料も!」
父「何とかなるだろ」
私「何ともならないんだってばっ!!」

立場が逆でなくて良かったと思う。
実家に大地震が来ていたら、心配で居ても立っても居られないだろう。
駆けつけたくても新幹線も動かないはずだ。
携帯メールもネットも使えない父の安否確認は、容易ではない。

2011年3月11日の巨大地震(1)

信じられないような大災害が起こってしまいました。
今、助けを求められている方々が一刻も早く救出されますように・・・!!
被災された方々が、一日も早く普通の生活に戻れますように・・・!!
被害が最小に収まりますよう心からお祈りしています。


関東の私の住む場所も震度5強の揺れでした。
ゴーっという新幹線が通る時のような轟音が聞こえた直後に激しく揺れました。
立っているとよろける位の揺れが長く続きました。
スーパーに居たのですが、ワインの瓶、ビールの缶などが散乱し、通路はワインの海でした。
外では地面が何十センチも持ち上がり、泥水が吹き出しました。
液状化現象です。
あちこちで地割れも起きました。

家の中も滅茶苦茶になっているだろうと思って帰ると、大したことはありませんでした。
お皿が10枚割れたくらい。
自宅に居た子供(成人)が、倒れそうになった食器棚を押さえてくれたためです。
昨日は、水道、ガスが止まりましたが、今朝から復旧しています。

自宅に辿り着いて、まず心配しているだろう実家に電話をすると、何度もかけてやっとつながり
父「おぅ。こっちは、ほとんど揺れてんぞ~。そっちはどうだ~?」
関東地方への危機感は、ゼロでした。

下は、近所の写真です。(追記:浦安市ではありません。)
クリックすると大きくなります。
すべての場所がそうではないのですが、この一角は、特に液状化現象がひどく、泥水が大量に噴出したようです。
町民が、皆、出て、泥の撤去作業をしています。

P1010904.jpg
液状化で噴き出した泥に埋まった車と自転車。

P1010908.jpg
自転車のサドルの高さまで泥が。

P1010877.jpg
地割れから液状化した泥が大量に流れ出ています。

P1020241.jpg
これは隣の街。マンホールは、ほとんどすべて隆起。
ここは、1mくらい持ち上がっています。

P1020217.jpg
隣の街。石畳の歩道は、あちこち破損がひどいです。

(その他の写真はこちらを)



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しば

tag : 液状化現象 地震 マンホール

プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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